漫画を愉しむ

やっと「パレス・メイヂ」6巻が電子書籍化されていたのを読むことができた。

 

大昔から漫画が好きで、今もその気持ちは変わっていない。

けれど自分が歳とったことは事実であり、経験値から感性がまた変わっているなと感じることも否めない。

ゆえに・・・というのも乱暴かもしれないけれど、でもやっぱりもう、そう簡単には恋の話にときめかないのだ。

嫌いではない。ただ飽きた、のかな?パターンが見えてくると、ふと興味が薄れていくというのか。

最近好きで、自分の中で大ヒット!と思った作品は確かに恋愛は全くテーマでは無い。

 

本来の、紙の書籍に比べて情緒がないというのは残念だけれど、それでも電子書籍のありがたいところはいくつもある。

まず、どんなに買ってもかさばらないところ。

これは小さな家で家族と暮らす本好きにはたまらない大きな長所だ。

少し値段が安いというのもいい。場合によっては半額だったり無料だったりすることもある。

そして試し読みができる。

このシステムによって、歳をとって昔ほど精力的に本を求めて行けなくなった私も随分楽しく嬉しい、新しい出会いをすることができた。

その出会いの一つがこの「パレス・メイヂ」なのだ。

 

この私たちの国の、明治時代に似ている感じのお話らしい・・・という緩いファンタジー設定がいい。

そこにおわす美しい少女の帝とそれに仕える、本来なら期間限定の侍従の少年のお話。

宮廷を巡る、帝の身近で起きるエピソード・・・と最初はその設定だけで楽しく読んだ。

もちろん帝と主人公の御園少年の間に淡い恋があっても良いなあと、自然な気持ちで見つめていた。

その微笑ましかった好意が、どんどん、深まり、本当の愛に成長していく過程にいつしかとても引き込まれて、5巻あたりからは本当に切ない物語になった。

切ない、と胸締め付けられるほど、心惹かれるようになっていた。

 

彰子女帝の美しい生き方、そんな彼女を完璧に理解し、添いたいと願う御園の気持ちを本気で応援したくなる、その気持ちは熱い。

愛とか信頼とかさえいえば、他の何を傷つけても誰を裏切っても許されるという風な選択をする人も少なくは無い世の中で、恋する気持ちを自分のわがまま、身勝手と抑えながら相手の幸せを祈ろうとする人たちの姿は、歯痒くも尊い。

だからなんとか幸せになって欲しいをねがうのかな。

小さな東宮様が二人の希望の光になってくれることを祈りつつ、次巻をとても楽しみに待つ。

 

 


金の国 水の国

 

これも素敵な、本当に素直でいじらしい二人の、応援したくなる物語だった!

 

実はずっと思っていることがあるのだが、私はどうも長々しいのは苦手である。

いや、短編短編と毎回読みきれて、どこから読んでもいつでも楽しめる作品は好きなのだが、一つのテーマがずっと長く長く、何年何十年も続いているものは、それは素晴らしい作品だと思うけれども勘弁してくれ〜とさすがにもう思う歳でもある。

ゆえに何かの作品をうっかり読んで、それが5、6巻以上だと結構本気でため息がでるのだ。

せめて10巻までならそれでもなんとか買ってでも読む!と思えるのだけど。

そんな私にこのお話は1巻。

1巻だけど癒され方は深いし、面白いし、もうなんて有り難いの!と感動できたお話なのだ。

思えばこの岩本ナオ先生のお話も電子書籍の試し読みで読ませていただいたけれど「町でうわさの天狗の子」は面白かった。

未だに続きが気になって、いつか(娘の大学の学費を払い終えたあたりかな・・・)買って読もうと思っているけれども。

こんな素敵なお話を1巻きりでまとめて出してくださって本当にありがたい。

 

心が喜ぶ作品に会えると、本当に人生って楽しいって素直に思える。

良書はまさに魂の食べ物だ。
 


冬の庭そして春を呼ぶ雛

息子がいる喜びをしみじみ噛み締めながら穏やかな朝食。

週末はいつも、オットと相談して予定を決める。

今日は我が家の猫の額庭園のメンテナンスをしようと決めた。

新しい花の苗が欲しいと家族で少し遠いホームセンターまでドライブ。

さらにスーパーにも寄り、美味しいものをどっさり買い込む。

それぞれ好きで食べたいものを買ったから、ホクホクした表情で帰宅して、美味しいお昼ご飯を作って食べた。

そして眠くなる前に庭仕事。

今日、いちばんのお気に入りはこのアルメリア・バレリーナ。

繊細な立ち姿にまさにバレリーナの姿を見る。

赤く小さなお花の塊もかわいい。

貧乏なので、基本、多年草が好きなのだが、

1年草とわかっていても買ってしまうのはこのネモフィラ。

Baby Blue Eyesとも呼ばれる本当に可憐なお花。

この花がこんもりと咲き誇ってくれると、見ているだけで幸せになる。



予算は一株198円以下だったのだが、

多年草なら話は別よと言い訳しながらお迎えのアネモネ様。

情熱の赤い色が庭の中でものすごく引き立つ。



可愛すぎるデージー、ピンク色。

白と黄色の2色買ったポピーの魅力はいかにも細い、

いたいけな様子。

儚げと見せて案外丈夫。

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隙間を美しく埋めてくれるアリッサム。

昨日に比べて風が冷たく、庭仕事も楽では無いのに、心が楽しくて、夫婦で黙々と何時間か庭で過ごした。

綺麗に彩られた庭に心が和む。

春になれば、たくさんの花が咲いてそれは綺麗だろうとわかっているけれど、

冬が好きな私は、今のままの庭も好き。

厚いダウンを着込みながら、しばしブランコに揺られて庭を眺める。




雨水の日でもある今日、また我が家に雛人形を飾った。
ずっと娘の役を引き受けてくださってありがとう。
今年もよろしくお願いします、と祈りながら。

春一番と息子帰還

昨日まで穏やかに晴れていたのに、今朝は強い風が吹いていて驚いてしまった。

普通じゃない・・と思わず呻く。

春一番というのがある季節だということをすっかり忘れていた。

よりによって今日でなくても〜、と思ってしまうのは、今日は息子が帰って来る日だから。

飛行機は大丈夫なのか悩んでしまった。

 

この季節では当たり前だが、インフルエンザの猛威もすごい。

体調管理がものすごく難しい時期である。

 

感染力の強い病気が流行って、気をつけても気をつけても逃れられない、ということがある。

この時期になるといつも思い出すことがある。

 

昔、娘が通っていたバレエ学校の発表会もこの時期で、いつも本当に大変だったのだ。

幸い我が家は困ったことはなかったが、周りではまさかという人に限ってインフルエンザやノロウイルスに罹患して、せっかく今まで練習を重ねてきたのに、舞台に立てなかったという子もいた。

それはシビアな問題で、単に練習の成果をお披露目できなかったことが残念、では済まない。

他のところはどうかよく知らないけれど、少なくともうちが通っていた学校は、発表会参加費用に数十万円、衣装のレンタルに数万円払っていて、それは舞台に出なかったからといって返って来るものではなかったのだ。

それからもちろん役への執念・・ということもある(ことに、センターポジションだったり、ソロをとったりしていると・・・)

だからか、ある年は具合が悪くてろくに挨拶もできない状態で連れてこられたお嬢さんが、ついに楽屋で嘔吐してしまって阿鼻叫喚の地獄図になったことがある。

人数の割には小さな楽屋で、窓もない地下室のそこは空気が悪く、しかもかさばるけれども美しい衣装の数々がある場だったので、大変だったことは今思い出してもぞっとするほどだ。

また別の年にはインフルエンザなのに、やってきてしまった方がいらした。

もちろんその子も親御さんもその時はちょっと風邪気味だけれど大丈夫としかおっしゃらない。

しかしその子の具合の悪さは側から見ても明らかすぎたし、困ったことに、その発表会の直後、お友達7、8人がばたばたとインフルエンザに倒れてしまう事態となった。

感染源は間違いなくその子だというということで多くの人の意見が一致してしまい、かなり困った雰囲気になった。なんというか・・・少女漫画の中の揉め事のようなことが起きてしまったのだった。

幸い我が家はいつも風邪もひかず、無事にのりきってきたので直接揉め事とは無縁だったし、中学受験を控えて辞めることを決めていたのでよかったのだけれど、それにしてもいろんな話を耳にして、色々なことを肝に命じたものだ・・・。

 

今回、息子のクラスメイトの一人が、出発の朝から具合の悪そうな様子で登場した。

いつもは笑顔が素敵なお子さんがひたすらだるそうにしているのだが、お母様は明るくて、ちょっと風邪を引いたけれど大丈夫、熱はない、薬も飲ませたと笑顔でお話され、元気に息子さんを見送られる。

息子さんの方はいつもより寡黙な様子で、ややノロノロとした動作で空港に消えていった。

こんな空気、前にも覚えがあるなあと記憶を探った私の脳裏に蘇ったのが上記の、娘のバレエ学校時代の思い出なのだが、やはり予感的中で、そのお子さんは向こうに着いてからろくに観光もできずに寝込んでしまい、現地でインフルエンザの診断を受けたそうで、翌日にはお母様が飛行機で飛んで迎えに行き、連れ戻ったと連絡があった。

ああ・・・。

 

でも気持ちはわかるけれどね、と今日、空港にお迎えで集まった私たち保護者はうなづきあったのだった。

発表会ならまだ毎年あるから・・・と思えなくもないけれど、修学旅行にリベンジはないものね。

 

一つ言えるのは、会場を抑える都合だったり、ツアー料金の都合だったりなど、色々事情はあるにしても、それでも、少しでも皆のために良い形をと願うお気持ちがあるのなら、この時期に大きなイベントを持って来るのはやめていただきたいということだ。

全ての学校、習い事の関係者のみなさんに心からそう訴えたい。

バレエ学校のインフルの親子さんなんて、その後とても辛い思いをされて、多分一生の傷になっていると思うのだから・・・。

 

今回の修学旅行では前日に発症して行けなくなったお子さんも一人いらして、さらに言えば、先週末からから校長先生自身もインフルで倒れていると風の噂に聞いていた。

修学旅行の前の週にノロウイルスで倒れて、治ったけれど吐いたり下したり散々し尽くした後で、と、ボロボロになった直後の体で旅立ったお子さんも何人かいたという。

本当に無理のある企画だった気がしてならない。

 

それに比べれば何事もなく、行って帰ってこれたことは大きな幸運だったと思う。

でもその結果が出るまで、私はものすごく緊張して、ずっと息子の体調に気を配ってきたので、当然だよと言いたい気持ちもある。

母たるもの、子らの体調を気遣わぬ日は1日たりとて無いと言えるが、それでもこの1ヶ月は本気で神経を使い、修学旅行1週間前にはその神経を削るようにして、あらゆる用心を重ねてここまできたのだ。

 

ずっと見つめ続けてきた我が子だから、顔をみたら色んなことがすぐわかる、とも自負している。

三日ぶりに息子の姿を認めた瞬間、こちらと目が会う前から、友達と笑顔で楽しそうに歩いて来る様子で、元気で、この数日間がとても楽しかったのだということがわかった。

目が合った瞬間の笑顔で幸せな気持ちになった。

解散式が終わる最後の時まで係の仕事を果たして、先生からも笑顔で問題なく立派でしたと言っていただいて帰ってきた息子を、オットも娘もハグして迎えた。

実際に先生方が、忙しい日々の中でとても丁寧に描いてくださった連絡帳を読むと、本当によく遊び、よく食べ、よく寝て、元気一杯だったようである。

飛行機の到着が40分あまり遅れて解散までかなり時間がかかったけれど、ほっとしてとても幸せな気持ちだったので、何もかもが輝いて見えた。

 

 

オットが行きたいお店があるからと、国際線ターミナルに移動。

とても綺麗な雛人形が飾られていた。

 

食べたのは、とても大きな器でたべる美味しいうどん。


家族が揃って食事できるっていいね、と言いながら舌鼓。

幸せ。

 


シーグラスや貝殻をつかって息子が作成してきた時計と、

 

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記念の小さな守り神。

 

良い旅を息子がさせていただいたことに、とにかく感謝の気持ちでいっぱい。

 

ミッションクリア!と心の中で叫びつつ。

 

 

 

 

 

 




 


日々を駆け抜け一旦停止

ある可愛いタレントさんが、

空の写真を SNSにアップするのがお好きではないとおっしゃっていたらしいけれど、

私は空を見上げるのが好きなので、

綺麗!と思った瞬間写真に撮りたくなる。

自分が好きなことをするのに、誰がどう言ったとか思ったとか、

もちろん関係ないのだけれど、ふと、心をよぎりはするものですねえ、と思いながら。

 


冬晴れの日が続く今日この頃。

抜けるように青い冬の空の美しいこと。

冬の木々の枝もまた素敵。

 

息子が作った作品が、展示されているというので

先週末は家族で上野の東京美術館へ。

たくさんの子供さんたちの作品の数々に触れられてとても良かった。

なんともいえず元気をもらえた気がした。

若さと未来、希望への輝きを感じたというか。

 

幼い頃から無類の動物園好きの息子がもちろん上野をスルーできるわけはなく、

冬の動物園を家族で堪能。

人気のハシビロコウさんにまた会えてうれしい。

遠くでそっぽを向いていらっしゃると思っていたら、

視線をくださって有難し。



夕方の根津神社の梅がとても綺麗で

穏やかで美しい冬の日々の有り難みをも実感できた。

何気ない日々の営みが単純に幸福だと思う。

特別なことは何もないけれど。

 

(いや、結構あるかな・・・・)


念入りに神様にお願いしたのは、旅立つ息子が無事であること。



晴れた日の朝、息子、修学旅行へ!

 

朝5時起きで、家族総出で羽田空港へ見送り。

先生方と学年のみんな、保護者の方達、

みんな晴れ晴れとした笑顔で、心配だけれど嬉しくもあり。

 

この旅行を控えての日々は重圧だった。

とにかく風邪をひかさないこと、それが一番。

そしてもちろん荷造りには気を使い、何度も母たちで相談を繰り返し。

 

足りないものはないか頭と心を悩まし、

朝7時半集合というその日、間違っても遅れてはならないとギリギリまで神経を張り詰め。

 

だから無事見送れて嬉しい!

心底ホッとして。



でも三日も息子がいないなんて寂しくて!

ひとり旅に出るというお母さんもいれば、

別便で行き、離れた場所に止まるからと、でも子供達と同じ場所に旅立つ母グループもあり。

私も息子がいない3泊4日、どこかに旅行、もしくは同じところに友達とと前から思っていたけれど、

オットの会社の毎年恒例の大人事異動がこの翌々日にあって、

多分我が家の平穏は変わらないとは思いつつも、やはり旅行どころではないなと

結局普通にただ家で待つことに。



気晴らしに久しぶりに高円寺に遊びに出かけてお買い物を楽しみ、

オットにバレンタインのプレゼントを購入。

美味しいお寿司でお腹も心も満ち足りたけれど、息子がいない寂しさまでは埋まらない。

元気でいるといいね、楽しんでくれるといいね、と家族で言い合いながら待ち、

 

やっと明日息子が帰ってくるので、今、とってもホッとしている私。

 

なんというか小さなこと(小さくもないかな?)が色々あって、忙しいような日々が相変わらず続いている私の日常だった。

賑やかで日々の色彩は鮮明で、それを言葉や写真で残したいのに、そうするために落ち着いてPCの前に座ることができない。

座れた時にはもう眠くて仕方ないという・・・でももっと自分と向き合う時間を作ろうとしっかり心に決めたのは、久しぶりの仕事が決まったから。

 

何しろ娘の大学の費用がすごい。予想し覚悟もしていたけれどもちょっとやそっとの切り詰め方では賄いきれないというところで、老後破産の不安もあるしで、仕事をゆるゆる秋から探していたのだった。

若い時の感覚で、やっぱり人材派遣会社に登録したら色々ご紹介くださったのだけれど、とにかく遠い。

華やかなオフィス街、大きな会社はもう今の私があまり求めるところではなく・・・もっと家から近いところで、フルできちきちではなく、子供の学校での用事に対応できる感じのシフトで事務のお仕事を・・・というある意味すごい贅沢な希望を持ってさがしていたら、やはりなかなかなくて。

難しいなあと思っていたら先週、家から5分で区に関われるお仕事の、地道で堅実ながら週3、4日の事務のお仕事に採用をしていただけることになった。

それが嬉しくて。

オットも友人たちも何かと私の働き先を心配して、ああでもないこうでもないと言ってくれていたのだけれど、これには全員が文句ない、素晴らしい、一番いい!と大喜びしてくれたので、私もさらに嬉しくなった。

3月から、だから少し外に出るのだけれど長年親しんできた街の、ほんの家から5分の場所でのことなので、安心して通えそうだ。

6ヶ月契約というところがまた嬉しいのだ。それだけだと思うと本当に気楽。

 

娘はもう早々に春休みになり、丸2ヶ月となんだか夏休みより長い。

思えば今まで受験受験で勉強に追われ、部活動に追われる本当に忙しい数年間だった。昨年の今頃はもう大学には合格を決めていたものの、部活の卒業公演のための練習量が半端ではなく、休日返上だし帰りも遅いし、バレンタインの友チョコ準備も大変すぎて。

それが今年の2月はこんなに平和で穏やかで、この幸福が信じられない。

私に似て、用がなければ家に居たい派の娘にだから、今、しみじみと料理の基本を教えているところ。家の中のあれこれを教えながら、彼女を本当に大人にしていく時間を楽しんでいる。

小さな可愛い赤ちゃんだった時がついこの間のことのようなのに、もう娘も来年は成人式なのだ。

私のように早くは結婚(23歳。でも娘が産まれるまでに7年もかかったー)しないかもしれないけれど、いつでも一人でなんとかやっていけるだけのスキルはちゃんと身につけておかなくてはと、ここのところずっと気になっていて、本人もズンズンなんでもできるようになっている弟を見ながら焦っていたので、この春休みは嬉しい時間。親子で楽しんで過ごしている。

 

パタパタっと学校の役員の引き継ぎとか、息子の進路についての動きとか色々まだ気になる案件はあるのだけれど、大好きな冬の時間を楽しみながら、私は元気に過ごしている。

それが一番ありがたいかな。

 

 


思い出BGM

例えば、ファンクラブにはいるとか、コンサートに行く・・・

というアクションを起こすほどではなかったけれど。

やっぱり普通に好ましく見ていたんだなあと解散後に思う。

ベスト盤CDは是非欲しいと思った。



馴染みの曲がいっぱいある。

思い出す、いろんな情景。

私の記憶のいろんな場面に流れている歌がある。

 

前にも書いたことかもしれない。

 

私が初めて出産した時だ。

 

全前置胎盤という大変危ない妊娠状態の私は、

初めて少し出血した妊娠27週の時から、

最低限ここまでは持たせようと言う医師の判断で32週までの日々を入院してすごした。

産科は明るい病棟で、同室の仲間それぞれが妊娠中毒だったり、

多胎妊娠で胎盤早期剥離などが心配されるための長期入院組で、

だいたい皆、帝王切開予定者だった。

まあ楽しくのんびりやっていて、

順に皆がお産して、元気に退院していかれるのだ。

その時、先に帝王切開をした人に聞くのが手術室での話で

何やら音楽が流れているという。

有線ではない、どうもCDだと。

ずっとお琴の音が流れていたという人もいればドリカムだった、とか

私はなんかずっとグロリア・エステファンだったよ!という人もいて、

内心それが楽しみになってきていた。

 

そう、つまり私の時にはSMAPだったのだ。

 

それもいきなり「がんばりましょう」だ。

 

元から明るくて大好きな曲だったので、素直にうれしかった。

 

万全を期して、危なげのないように入院していたのに

想定外のことがおこり、あわや私も娘も死ぬところだった。

けれど素晴らしい先生方のおかげで無事に元気に嬉しい朝を迎えることができた。

ずっとSMAPの音を聞いていた記憶がある。

 

 

だから、と言うわけではないけれど、

実際に見て楽しいバラエティやドラマの数々などでも

素敵だなあと思いながら拝見していた。


人にはいろんなことがある・・・

好きなのに理解できないこともある・・・

でも変わらないものもある。

 

大切な思い出に絡む素敵な歌を、これからもきっと何度も聞くだろう。

家族と一緒の、大好きなドライブの時に。


リフレッシュ

曇った空が好き。

特に空を覆う雲の隙間に見える光が輝いているときが。



大好きな大澤誉志幸さんがその昔、デビューされたバンドの名前はクラウディスカイ。

よくおっしゃったものだと思う。

名前の由来はわからないけれど、

私は単純に曇り空がいいなと思う。


歩きながら見あげる空もいいけれど、

車で走りながら見る空もいいのだ。

オットが運転してくれている横で見るのが、ということだけれど。

 

 


というわけで、少し久しぶりに深大寺にお参りに。

浅草寺につぐ古刹。

お正月をだいぶん過ぎても週末などは大変な賑わい。

お蕎麦屋さんがたくさんあって、

今日は運良くすぐに、お気に入りの湧水さんで食べることができた。

 

食後は散策。

大人気の鬼太郎茶屋。

 

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御朱印もしっかりいただいて、大満足。

願うはひたすら無病息災。
 


強制休息

最近、歳をとったということが増えているのだけれど、それはまだ自分の中ではどこかギャグで、言うほど老け込んではいないなと内心思っている。

ところが食物アレルギーになったというのは、やっぱり何か弱った部分が出てきた証かなとも思える訳で、一昨年の9月に自分で驚く反応があり、医師に相談して12月からエピペンを持つようになり、その2ヶ月後の昨年2月についにアナフィラキシーで救急搬送されて・・・という経過を経てから慎重に、気をつけてすごしてきたつもりだ。

最初は食べられないと思うものが多すぎて寂しかったが、その後、食べられるものをたくさん、美味しくいただくというお気楽な思考が身についてきて、そう不自由でもなくなった。

太りすぎてきていたのでちょうどよかったとも思ったりして。

でも、何気なく普通のものを普通に食べたら具合が悪くなった・・・というのが一番困る。

特に、最近のスーパーの種類豊富で彩鮮やか、実際に美味しくてリーズナブルなお値段のものがダメな時には。

ああいう食品というのは困ったことに成分表示がパックの真裏に貼られている。

なので私のようなアレルギー持ちがそれを見ようと思ったら、商品を手に取り頭上に掲げて覗き込まないと調べることができないのだ。

それが一番困るー。お願い、真下に貼るのやめてー、パッと見てわかる上に貼って〜・・・というのが今の私の切なる願いだ。

 

昨日、友人たちとPTAの仕事の後に学校近くのスーパーに行って、美味しいお惣菜を買ってきて昼食に食べた。

一つは前にも食べて問題なく大丈夫だったもので、一つは初めて食べる鶏ザンギだけれど、見た所良さそうで、嫌だったけれど真裏を覗き込んで表示ラベルを見、アレルギー反応を起こしそうなものがないことを確認して購入した。

それでも外で、他の人たちと食べるときは私はゆっくりゆっくり時間をかけ、体の反応を確認しながら食べる。

なので1人前のお弁当では時間が足らない。ごく少量のものだ。

食べている間はただ美味しいだけで大丈夫だと思ったのだが食後5分ほどして、あれ、と思う違和感がきた。

なんというのだろう。

今回は気道が狭まっていく感じはなかったものの、喉奥が少しだけ腫れた気がした。そしてざっと身体中の血液がざわめき、手足が痺れ出す。顔面が痺れてきて、まずいと思い、すぐ薬を飲んだ。休めば落ち着くかと思ったけれど、周りの皆が私の顔色が悪いと心配しだしたところで、病院に行った。

幸い、となりが病院だったのだ。

 

パルスオキシメーターで酸素飽和度を測ると92。

通常は99か98だから、多少の息苦しさは本物だったのだろう。

驚いたのは血圧で149もあった。私は普段、100ないことがほとんどだし、アナフィラキシーだと血圧が下がっていると思っていた。実際、自分では血の気が引いていくような不安な感じがあったからだ。

自分で抗ヒスタミン剤は飲んだけれど、救急でもう一錠、飲ませていただいて横にならせていただいた。

どうやらそれで落ち着くことができた。

 

が、久しぶりのその騒ぎで昨夜から私はやっぱりナーバスになってしまったのだ。

一番ひどい症状の時から比べたら軽いとわかっていたけれど、それでもとっさに、母より先に死んではならないと思ったし、子供達のこともまだまだ心配だと思った。でも死とは案外こう言う風に突然に、本人にも信じきれずにいるうちに来るものなのかもしれないな、とも。

喘息の発作がひどかった小さな時から、長女の出産時の時や前回のアナフィラキシーショックの時など、何度か死を近くにかんじたことがある。その度に思うのは、ああ、周りはこんなにも普通で何事もなく皆元気なのに、私だけはだめで死んでいくんだ・・・ということだ。

自ら命を絶つ人は、例えばその前に自分が不治の病に罹ったらどう感じるのだろう。

そんなことまで思う私だ。

 

不安なのだろう。自信もなくした。大丈夫だと思って買って美味しく食べた何気ないお惣菜もだめだなんて、と。

鬱にもなるな、と。

 

そばにいてあげる、とオットが言った。

珍しく今日は、しなければならない大事な予定が入っていなくて、元から休みを取ろうかとおもっていたから、と急遽会社を休んで、1日一緒に過ごすことになった。

 

午後1時間しか授業のない娘も一緒である。

だから親子でまず、息子を学校に送るドライブをして、それから美味しいご飯を食べに行った。

 

 

お店の方が十分調べてくれて、気を使いながらだしてくださったたらこのパスタ。

お心遣いがありがたくて美味しくいただく。

何より、素晴らしく軽くサクッとして美味しいワッフルとホイップクリーム。

幸せだと心から思った。
 

何がどうというわけでもないけれど、家族と一緒に美味しいものを食べ、のんびりお茶を飲んで本を読み、百円ショップで雑貨を買って。

気がつくと楽しくうきうきとした気持ちになっていた。

ま、そういうこともあるな、と昨日の経験を振り返って肩をすくめる。

食物アレルギーのことはこっちにおいておいてですね、と本当に何かものを横に置くようにしながら、「他は全部健康ですから!」と断言してくださった人間ドックの時の先生の言葉を思い出し、力も湧いて来る。

実際そう痩せ細ることもなく元気に生きて、結構ランチや飲み会にも参加できているので、そう悲観することはないのだ。

なんとかなるかな。

気をつけながら明るくいこう、と改めて思った。


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