オバケと息子

  • 2018.01.16 Tuesday
  • 23:15

可愛いものは好き。

それがお安いとありがたい。
コスメもそんなにこだわりないので、

長いこと、それなりの良いお値段のものは買ってない私。
ドラッグストアのキラキラした可愛いコスメ空間が好きで、
何か足りないものがあると、いそいそと出かけて、
色々眺めて選ぶのを楽しみます。

このコンシーラーも三色パレットの可愛さ、

気が利いている使い分け仕様が気に入って購入。
大雑把な私は

そんなに細かく丁寧に使い分けしないんだけれども、

持っているだけでなんだか嬉しい。

 

 

子供もおおきくなったとはいえ、日々、子供らのことばかり考えて生きてる感じがまだまだ抜けず、進路がまだふわっとしか決まっていない息子のことは特に今、色々考えることがあるのだけれども。

とにかく今の息子の課題は社会性をもっと身に付けること。

社会性・・・そういう先生、あなたが全然身についてないでしょ、というツッコミはこの際おいておいても、実際に障害あることへ配慮をお願いするとはいえ、できる限り、健常に近い状態にもっていけることへの努力は日々必要なことはもちろんなのだ。

きちんと挨拶する、わからないことを質問する、報告する、ちゃんと並んで順番を待つ、などなど日常のそういうことはまあまあできていて、敬語も一生懸命使い分ける努力を周囲の人が感じてくれているのでなんとかなりそうなのだが、

そういう配慮で補いきれない弱点がある。

 

一般に障害ある人はそれぞれになにかこだわりを持つことが多いと言われていて(でも健常な人でもこだわって譲れない人は多いとおもうけれど)、息子についてもよく聞かれるのだが、

たとえば上着は全部きちんとボタンやファスナーを閉めないと気が済まない、着崩す、という観念を嫌がる、などの他に、鳩を非常にこわがることと、昼間であっても、一人になるのをとても怖がる、ということがある。

だからどんなに窓の多い明るい部屋であっても一人でそこで作業をする、などはできないかもしれない・・・と先方にお伝えして、配慮をお願いする。

これは小さい頃からそうで、学校でも更衣室に一人だと入れなかったり、教室に忘れ物をして、一人で取りに行くよう支持されても、できなくて廊下をずっと「困ったな、どうしよう」と呟きながらさまよっていたりすることがあった。

そのことを先生とお話していたところ、実は今年になってから学校でそれがないという。

教室で一人になっても平然としているというのだ。

去年はすさまじく怯えて大変だったのに。

年相応の成長ですかね、やっと大丈夫になったのかなと笑った私は、前に区のケースワーカーさんにもその息子の弱点をお話したとき、

「もしかしたら何か視えているのかもしれませんよ・・・じつは、そういう子、多いみたいなんです」

と真顔で言われ、きゃー、こわい、なんて盛り上がったんですよ、知的障害で心が純粋な分、犬や猫や赤ちゃんなんかが視ているらしいものが視えていることが多いんですって、とお話したら、担任の先生が奇妙な顔をなさった。

実はもう一人、クラスメイトの女の子が、去年の教室ではずっと

「オバケがいるよ。オバケがいるの」

と言い続けていたのが、今年、教室が変わってからは全く言わなくなったそうなのだ。

先生と無言で見つめあった後、ふたりできゃー!!と騒いでしまった。

学校は古く、周囲を二つの大きな病院に囲まれている。もう、何がでてもおかしくない環境ですよね、やっぱり何か、あの教室にはいたんだ、と私と先生とで納得してしまった。

 

息子は今年度、3箇所の就労移行支援施設と企業に1度、実習に行かせて頂いたのだが、そのうちの企業も含めた3箇所では、鳩も出現しなかったし、トイレも更衣室も一人で平気ではいっていて、問題ありませんでしたよ、と言って頂いたのだが、ある施設でだけは実習期間中終始、一人で更衣室やトイレに行けず、指導員の方を呼びに来て、一緒に来てくださいとお願いして付き添って頂いたそうだ。

綺麗で明るい、建物は新しい施設なのだけど・・・何かいたのか。

 

今後、たとえば引っ越しなどの予定が入るときには、とりあえず息子にお伺いを立てようと密かに思い始めている。

昨年の夏、戦ったことについての長いお話

  • 2018.01.15 Monday
  • 23:34

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娘がお土産に頂いてきた可愛いお菓子。

小さなお多福のお面が可愛い!

そうか、次の行事は節分か・・・ちゃんと豆まきしよう・・・!

 

 

 

会社に行くと、日頃、事務所の要として全てを知り尽くし、采配している方がぎっくり腰になりかけたと腰をさすり、困っていらっしゃった。

私も経験者。あれの辛さはよく知っている。

「ノーモアぎっくり腰」

その方が頼りにしてかかっていた整体の医師が行方不明になって困っているというので、ご夫婦で腰痛持ちで、腰痛治療医に詳しい友人にラインで、最寄りの名医を尋ねたら電話で返事があったので、昼休みに折り返し電話をして、おしゃべりしたら、とても楽しかった。

 

同じ地域で、障害を持つ同年齢の子を育て同じ学校に通って、一緒に役員をするってかなりのご縁なのだと思う。

しかも今年、私たちの息子の学年では、明らかに進路指導の先生に恵まれていないのだ。

就労を希望している生徒になんのリアクションもなく1学期を終え、問い合わせに、デタラメでトンチンカンな回答をしてきた進路指導の先生のこと、それを許す校長のことなど彼女の怒りに私も激しく同意で、盛り上がる。

その先生は知的障害ある子供達にも影でひどい毒舌を吐いているのを入学当初から私自身が目撃し、それがうちの息子に対したものでなくても不快で、非常に不信を抱いていた人だった。

それで色々注意していたら他にもあちこちから不穏な噂が聞こえてきて、これはいけない、近寄らないようにしようと思っていたのだ。

そうしたら大切な3年になって突然、担任からはずれて進路指導専任になった。

大丈夫なの!?と案じていたら全然大丈夫でなくて、保護者の希望を全く聞かない、尊重してくれない。

まずは志望調査表に色々気持ちを書いたのを読んでいただいたと思うが、なぜお返事がないのかと問い合わせることから昨年の夏の戦いの幕が切って落とされた。

 

不可思議な微笑を浮かべた進路指導教諭は
「ああ、志望調査書は保護者のお気持ちを知るために頂いてるので、いちいちお返事をしないことにしているんです」
としゃらっと言われた。

私は言葉を失った。

 

私たち保護者は、障害ある我が子の未来を思って必死で進路のことを考える。

夢が大きく現実とかけ離れていることもあるだろう。けれど何らかの可能性があるならそこにかけたい気持ちもあるし、でも我が子の負担になって苦しめることはしたくない、そこのあたりの落とし所としてどのような方針がいいのか、とにかく希望と不安の間を行きつ戻りつしながら、そのことで指標を頂きたくて先生に相談を、志望調査書をお出しするのだ。

それに返事はいちいちしないことにしてる、と笑顔で言われては。

みんなずっと返事を待っていたのに。


なんて、私達親の、切ないような気持ちに寄り添ってくださる気のない先生なのだろう、といっそはっきり思い切ることができるほどだ。

何も1学期が終わって、良くできる子ならまだしも、あれ?あの人全然何もできないのに、どうしてあの企業に実習に行ってるの?先生の選択基準がわからない、どうしてうちは何も声をかけてもらえないの?と1学期の終わりにざわついていた訳で。

 

呆れた私が親友に吐露したことから、このことは即座に保護者に知れ渡り、皆、気色ばんで騒然となったが、中でも私とオットは容赦しなかった。

 

この教師はいろんな保護者の要望に、面談の場で冷静にそれぞれのお子さんの短所をあげ、能力がない、故に希望に応えられないと追い詰め、諦めさせるのだという。

これだけ証拠が並んでもまだそれを希望されますか?というような会話の流れだったそうだ。

(親友から事細かに聞いた)

 

傷つけて撃退する・・・そういう人であるのかと私は考えて面談に望んだ。

 

手前味噌とわかっているから恐縮だけれど、

我が子は確かに知的障害者だから、健常な年相応なお子さんと比べれば理解できていないことはたくさんあるけれども、その障害の中でも精一杯良く育ってくれている方だと私もオットも自負している。

 

息子に障害があるとわかった時から私が心を砕いてきたことは、たとえ障害があるにしても精一杯、社会性を身につけ、モラルに反しない言動の人になれ、マナーを身につけ、絶対守れということだった。

人に預ける時も徹底してそれをお願いし、悪いことは悪いときちんと叱ってくださいと伝えてきた。

皆さんすごく共感してくださって、おかげさまで息子はいろんな方に教えていただき訓練されて、穏やかに落ち着いて成長できていると思うのである。

もちろん、完全ではない。失敗もするし、反省点は多々ある。でも素直でまっすぐなので、うまく行かない時もストレートであり、陰険ではない。

自閉症ではあるが人と合わせてやっていくことがそう苦手ではない。

 

しかし進路指導教諭は息子に就労はすすめないとおっしゃった。。

例えばある日、息子は終わりのホームルームでクラスメイトに伝えるべく、国語教諭を探して明日の持ち物を聞いてくるよう担任に仰せつかった。

息子が探し出した国語教諭はくだんの進路指導主任と対話中で、息子はちょっと待っていたのだけれど時間の経過にどうしていいかわからず、結局二人の教諭の話の腰をおって「○○先生、明日の持ち物はなんですか?」と聞いてしまったそうだ。

もちろんそれはいけない。

家でも家族の会話で人の話の途中で割って入らない、急ぐ時にはごめんねと声をかけて、とは教えるが、それはそう多いことではないから、十分に身についていなかったのだろう。

「そこで先生が注意されたら息子はどうしましたでしょうか?」

「すみません、と言いましたね」

「それ以降どうですか」

「気をつけているようです」 

「学べたのですね」

「そうですね」

「だけどその一度のことがあるから就労には適さないと先生は判断されて、私の志望調査書を無視して就労移行支援施設への入所に向けて指導をすすめられているということですか、私の了解なく?」

「そういうわけでは・・・」

「そういう会話のマナーで、D類型

(息子の学校は障害の特性で類型分けされていて、重度の方がAで3人の生徒さんに2人の担任がつき、

B、C、D類型で8人の生徒に二人担任という構成になっている。

類型により授業内容が変わってくるので、ちゃんと合っていることが大切だし、

Dに近づくほど能力が高いという通念がある)

のお子さんは完璧なんですか?」

「いえいえ!できない子が多いですよ」

「ではうちの子ができなかったことはそれほど極端にひどい訳ではないんですか」

「もちろんです」

「でしたら、うちの子が就労に適さないと今おっしゃったことはなんですか?Dのお子さんと比べて○○が何かひどくご迷惑をおかけしたことはないと思います。電車やバスでご迷惑をおかけしたこともないですし、登校拒否もしていません(Dの方には両方多い)」

「そうですね。きちんとしてますねえ」

「勉強も・・・Dの方で、うちの子より読み書き計算ができない状態の方、わりといますよね」

「そうです。ただ喋れるだけで何もできない、という生徒も多いです」

突っ込むと否定しない。肯定されると、だったらどうして?とやはりどうしても訝しさが募ってしまう。

 

類型分けによるクラス編成にも前から疑問があったのだ。

学校は何ができなくてもとりあえず喋れて(多弁症でも構わないらしい。すさまじく喋る人は会話ができない人よりもっと周囲を困らせることがあるけれども)、

一人で通学できるという人を最初にとにかく高めに評価するように思えていた。

その通学の仕方を知りもしないで・・・年相応のマナーが身についていない状態のお子さんはもちろん、中には一人で通学できると申告しておいて、実は親御さんが隠れて送迎している方もいて、ちょっと詐欺だなと感じていたのだ。

類型によって受けられる授業に非常に差ががあるので(極端な話、A・B類型の生徒さんは古い学校の中でもっとも築年数があたらしく綺麗な校舎で授業を受けるチャンスは一度もない)、そこにこだわらないではいられなくて私も辛いところだけれど、興味があるからつい他の方の様子もみてしまうし、そうすると色々気が付いてしまうことがあって、そのことと学校の指導のズレににずっと違和感を覚えていた。

 

年相応に物事が理解できていて振る舞えないからうちの息子はだめなんだというように、教師は話を展開した。

が、それで私にダメージを与えることはできない。

「十八歳の年齢として当然という理解力があれば、それは知的障害者ではないです。特別支援学校に来ていません」

と私はキッパリ答える。

彼はぐっと言葉に詰まった。

学校ではしばしば指摘されることに「それがやりたくてもできない、だから障害なんじゃん!!」と、これ、どのお母さんもみんな言ってることなんですけどね。

 

特別支援学校とは、障害ある子の特性を理解して、伸ばせるところを伸ばし、短所を補い抑制する訓練をする場所であって、

健常ならこうだけどあなたの子はこう、つまりあなたの子は健常じゃないですよ、と

わざわざ保護者に再確認させ、子供の未来を思い描くことを諦めさせるところではないはずだ。

それがわかっていない保護者は我が子を特別支援学校に通わせませんからね。

 

息子は小さな頃からは読み書きが得意でルールに外れることはしなかった。間違ったことをしてしまう時は、それがよくないことだと知らない時で、いけないと教えると大方しない(女性好きで女性に近寄りたがるという癖だけは幼い頃から治りにくい。とほほ・・・)

つまり基本的なルールは普通に理解し守れて、共同生活を幼稚園や学校で送れており、言葉は幼稚園の時で2語文、小学校3年生くらいの時で3語ほどしか話せなかったけれど、家庭や学校でコミュニケーションはよくとれていた。

知らない人、信頼関係が築けていない人の前では無表情になるが、基本は表情豊かで自分の気持ちを伝える動作や表現がうまく、愛嬌がある。

それが小学校5年くらいから文章として話せることが増え、今ではかなり会話ができ、敬語も一生懸命場に応じて使おうと努力している。

綺麗に字がかけ、辞書やスマホを使って文字を調べたり、PCの入力も得意で、最低限度の計算もでき、カレンダーや時計もしっかり理解して、生活に使っている。

これらはすべて今まで学校側からも報告されてきたし、私自身もよく知っている。

運動神経が良く(足、早い)、手先がものすごく器用であることは全ての先生が認めてくださっているし、美術が得意なので小学生時代から今に到るまで学校で画伯と先生方に呼ばれている。

そして、なにより、性格温厚だ。冗談もわかって面白く、柔軟な反応ができることも多い。自閉症の割にはコミュニケーション能力が高いほうなのだ。

他害、自害一切なし。

正直に言ってしまうととても自慢の大切な息子。

頑張って育ててきたのだ。いろんな方に頭を下げ、お詫びとお礼を何万回も言いながら。

 

違うというならどうぞ否定を、と私は教諭に迫り、横で無言でただメモだけ撮り続けていた(これも異様で、他のお母さんがたも、横で担任の先生が何もフォローしてくださらなかった、と嘆いていた。進路指導主任に一切口をだすなと言われているのは明白な様子)担任も大きく、こくこくとうなづいていた。

私はその担任に

「○○はそんなにダメな生徒ですか?C類型最低の子でしょうか」

と伺うと、担任の先生は大きく息を吸い込んだ後、

「いえ。○○くんは勉強も運動もよくできて、何よりお友達にものすごくやさしいです。○○くんの気遣いにみんな助けられています。」

と、進路指導主任をじっと見ながら言ってくださった。

追い詰められた進路指導主任は、椅子を後ろにひいた。

そしてとても歪んだ妙な笑いをうかべ、1学期のある就労移行支援施設での実習時に、息子はできないことに苛立ち、施設を飛び出したことがある、そんな生徒には就労を進められないんです、と言って勝ち誇ろうとしたのだった。

 

その施設は、実習にくる生徒すべてにまず折り紙の折り図を渡すのだった。

それを見て、いかに折り紙をできるかで、知的にどの程度か判断し、手先の使い方も見るとのことだった。

息子はヤッコや箱、風船など綺麗に折れた。が、鶴でつまづいたらしい。

施設としては助けを借りず、そこまで折れたことでもう十分すごいと思っていてくださったそうだが、息子は完璧主義。

できない自分にイラだち、「僕はもうここをやめます。家に帰ります」とすねたらしい。

「とても面白かったです!わーっとパニックになるのではなく、プライド高くグレた。でも、『まあまあそんなこと言わないでさ、次はこれをやろうよ』って話して別の作業を促したら気分を変えて、おちついて最後まで過ごせましたからね」

と施設の指導員さんに後に言われた。

 

その日帰宅した息子は「ママ、鶴を折る」と私に言ってきて、5回ほど折って習得し、翌日の実習で指導員に「僕は鶴を折ります」と声をかけ「お!やってみるか!よし』と気持ちよく指導員さんが応じてくれた目の前で鶴を折り、すごいなとほめられてニッコリ笑ったそうだ。

この顛末を私は実習最終日の反省会の時に、良いお話、褒め言葉としていただいたのだ。

できなかったことを練習してきてもう一度してみせてくれた気持ち、本当にすごいと思いました、立派でした、と。

横で担任も聞いていたことで、その話をなんと、この進路指導主任は「改悪」したのである。

怒り心頭。大爆発。

それまで自制していた私の気の強さが奔流となって流れ出た。

私は外見的に大人しそうに気弱そうに見えるそうで、そのギャップがいつも必要以上のインパクトを人に与えるのに我ながら困っているのだが、この日の効果は高かった。

進路指導主任は立ち上がってその場で机の上に深々と頭を下げ、

「非常に申し訳ありません、他の生徒のことと勘違いしていました。○○くんのことではありませんでした!」

といい、○○くんのことは教師皆が認めています、私も認めています、今後は○○くんのの進路のために努力します、、足を引っ張りません、邪魔しませんという、実に珍妙な約束をなさったのだった。

じゃ、今までやっぱり足をひっぱてたのかい、邪魔してたのかい、と突っ込みたくなるのは仕方ないんじゃないかしら・・・。

 

このことは録音していて、オットと聞き直し、要点を整理して校長と面談。

同じくトンチンカンな校長の答えを切って捨てる。

そもそも私たち保護者は、子供をなんとか企業就労させたいと望んでいても、企業に見学に行かないでくださいと言われている。

親が勝手にアクションを起こして企業が疎ましく思い、学校全体の印象が悪くなることを懸念してのことなのだが、見学しないでどこを私たちは希望すればいいのだろう?

そうやって不安を覚えつつも待っていたら、何もしてくれなかった。

一度も企業での実習をさせてもらえないまま1学期が終わってしまった。

障害者差別解消法、ノーマライゼーションが聞いて呆れる。

見学できないで、進路を決めることができるわけがない。親は動くな、学校が動くと言われて動きを封じられて結果、何もしてもらえない、この状態こそは差別そのもの、いつの時代のどこの国なのか。

この学校こそが障害ある子供達を差別し、いいように適当に扱っているのだ、と私たちは校長と副校長に詰め寄った。

校長先生はなんとかこの学校の体質を変えたいと念願しているのだが、なかなか難しんですとおっしゃった。

何がどう難しいのかは話してくださらなかった。

 

2学期にはお手紙が配布され、保護者の方で企業見学をされる場合は、学校にもその予定をお知らせいただけるようお願いします、とやんわり方針変更が通達された。

 

 

いずれにしても以来、私はすっかりモンスターペアレントの仲間入りを果たした。

可愛い優しいお母さんとして卒業させてよ!と吠えたいところだが、もうこうなったらなんだって構わない。

今では私が行くと校長先生以下、全ての先生に緊張が走る状態で、校長先生なんか廊下でばったり会うと後ずさりし、どもりながら挨拶される。

フン。

 

そして進路指導の先生はやつれはじめた。

毒舌は自分だけの専売特許ではないと実感したことが応えたのだろう。

私の職場の方達も私とその進路指導の先生および学年主幹、校長・副校長とのバトルを知っている。

なぜならバトルのあったその夏の日、私が胃けいれんに倒れたからである。

 

その長い面談の帰りには小雨が降っていた。

ひとり、人気ないグランドを横切り帰ろうとする私の後ろから走ってくる人の足音が聞こえ、名前を呼ばれて振り向くと、他のクラスの担任で若い先生が「○○さん!雨が降っています、これをどうぞ!」と折りたたみ傘をさしだしてくださった。

それから別の、美術の先生がまた走ってきて、○○くんの絵がすごく良いので・・・・展に応募したいのですが、いいですか?よろしかったら僕が写真を撮って、書類を書いて応募しますと声をかけてくださり、私は両方の先生にお礼を言った。

暖かさを感じてうれしかった。

多分、他の先生方は心配してくださっていた、私の気持ちをもわかってくださっていたのだと思えた。

救われた気持ちがした。

したけれども、もうその時点で胃がひどく痛かった。

やばい、胃けいれん起こしてる。私もヤワだなあと情けなく思いながら、自宅までの30分の運転を必死でこなし、帰宅するなり寝込んでソファで呻いた。

子供達がオットに私の以上を伝える電話をして、帰ってきてくれたオットに時間外の救急外来に運ばれる。

しかしその時点で私はなんとかもう落ち着いており、胃薬だけもらって帰った。

翌朝、出勤前に前日の時間外診療の清算をしにいこうと乗ったバスの中で再び激しい胃痙攣に襲われた。

激しい  気性は自覚しているが、だからといって人とやりあうことが好きな訳ではない。面倒ごとは嫌いだし、できれば平和な一生を希望しているわけで、それが本気でやりあったのだからストレスにならない訳はなく・・・つまりは本当は気弱な人間なのだ、私は。

人前で呻くのが嫌で必死でこらえたが、どうにも痛みは激しく呼吸すら苦しく、バスからおりた後、這うようにして病院に行き、たどり着いた受け付けで、くずおれてしまった。

恥ずかしいことにそこから数十分、しばし記憶曖昧である。ただ会社に連絡しなければ、私が行かないと皆がどれほど心配するかということだけ強く強く思い続けていた。

ブスコパンを投与され、オットがまた呼び出され、きてくれたオットに職場に欠勤の連絡を頼んだ。

後に事の顛末を職場で話し、

「○○さん、お子さんのためにがんばったんですね!」

「それはでも戦っちゃいますよね」

と慰めていただいた。同日、学年主幹から「今までのこと、全て深く反省し、心よりお詫びもうしあげます」と謝罪の電話があり、問題の進路指導主任が体調を崩して休んでいるとその時聞いたことを伝えると、職場の上司に

「○○さん、見事、刺し違えてるじゃないっすか!」

と笑われたものだ。

 

おかげでいつも以上に暑苦しい夏を送った後の秋は、学校側が急遽手配した実習の嵐だった。

大変なのは当の息子だが、息子は状況を理解し、落ち着いて、全てをちゃんとこなしてくれた。

こんなにも成長していたんだ、と親の私が驚くほどに。

 

しかしながら、全ては手遅れの感は否めない。

就職をするならもっと早いうちから企業に打診し、実習を重ねて秋には結果をだしていないといけなくて、学校側は清掃での就労ならいくつか当てはあるが、事務補助での就労は少ないとどうしていいかわからぬ様子。

私がネットで調べた特例子会社の名をだすたびに、そこに連絡してみて、「すみません。もう締め切られたあとでした・・・」と私の怒りの再燃を怯える様子で電話してくる、ということが何度も続き、結局、何も決まらぬまま年を越した。

親がネットで調べて、学校がそれを後追いしてダメで、あとはもうリアクションがない。これが進路指導なの?

私もオットもはや、呆れるのを通り越して笑ってしまえるほど。

もとより、就労でなければならないというつもりはない。

企業に実習に行ってみて、どれくらい息子ができるか様子をみて、気が済んだら就労移行支援施設を希望しようと思っていた。

実際、区内には就労していない20才過ぎの障害ある方が大勢いらっしゃるので、行政的にどうしても高卒の子はひとまず訓練施設へ、その訓練施設をもう出る段階の人を優先的に就労へ、という思惑があるのかなとも理解できるし、先輩方に聞くと、就労移行支援施設の進路指導は素晴らしくて、見学会も実習もばんばん開催・実施してくださり、就労への道が開けやすいそうだ。

なおかつ、楽しいよ、と。

息子も就労移行支援施設での実習が一番気楽で楽しかったように見える。

なので、ひとまず必ずは申し込まなければいけないという区内の就労移行支援施設には利用希望をだしているのだけれど、どうにもすっきりしない。

そういうご家庭が今年の息子の学校の3年生にはたくさんあるのだ。

 

そんな訳で友人と愚痴をこぼしあってうさを晴らし、職場で、最近進路指導の先生が順調に痩せてきてると評判なんですよね、と話すと

「ちゃんと痩せるくらい応えててよかったっすよね」

と笑われたのである。

「しかも最近は妙に派手な変なシャツをきてくるようになっていて、夏祭りではギターかき鳴らして尾崎豊歌ってたし、変なんですよ。でも一番尾崎に嫌われるタイプの先生なんですけどね、どういうつもりなんだか」

というと、それはもうかなり危ない精神状態になってるんじゃないっすか、と大笑い。

先生には申し訳ないけど、せめて馬鹿話のネタくらいにはなっていただかないと気が済まないわ。

 

以上のようなこともあって、私は何ヶ月もブログを打つ気になれなかったのだ。

入学した時からなんだかがっかり、これで本当に日本一なの???と不可思議な学校だったが、もう卒業まで2ヶ月ほどだ。

いっそ早く卒業したいなと楽しみですらある。

4月からはどうなるのか、今もよくわからなくて、実は他にもそういう方がたくさんいらっしゃることにもう驚き呆れているしかない状態なのだけれど、こんな中途半端な宙ぶらりんからは少なくとも解放されているはずなのだ。

 

くだんの教師は今、息子の評価をあげ、きっと就労移行支援施設にはいっても半年も通いませんよ、3ヶ月くらいで就労が決まると思いますと妙にもちあげる。

校長と相談して誉め殺し作戦に転じたんだな、きっと、・・・と思っている私である。
 

今日もまた…

  • 2018.01.14 Sunday
  • 21:20

疲れた・・・いや、まだ頑張ろう!そうだよ!

と夫婦で声を掛け合った本日は

娘の日本舞踊の会。

大学では昨年はバレエの授業を選択した娘、今年度は日本舞踊をチョイス。

それは良いことと応援、着て欲しい着物もある。


和裁士だった私の祖母は中振袖が好きで

私にも2枚、縫ってくれていた。

そのうちの1枚、縮緬の、黒地に小花模様のものを気に入って身につけた娘。

天国の祖母(娘からすれば会ったこともない曽祖母)は

今、どんなにか喜んでこの様子を見てくれているだろうと思った。

踊りや三味線、お琴に唄などが大好きな人だった。

 

小さな頃から踊りは得意な娘、日舞もとても上手ではないかと夫婦で親バカに浸ってたくさん写真や動画を撮ってきた。

音大なので日本舞踊の会とは言っても皆さんそれぞれ専攻の、ピアノやフルート、時にドラムまで演奏される。

斬新でかっこよくてとても素敵。

もちろん声楽専攻生徒たちの歌もありで、2時間超と長いながらも飽きのこない、とても楽しい会だった。

そのまま打ち上げに行くという娘を置いて、夫婦で夕食用の買い物をして地元へ。

息子は移動支援のヘルパーさんにお願いして神田のアトリエに出かけていたのを、ちょうどうまく駅で拾って帰宅。

楽しかったけど、疲れた。

 

先週、成人式という一大イベントを済ませたのだから本来ならそれでホッとできるところを、1週間立たぬ昨日今日で、声楽と日舞の発表会。

また週末の金曜日には娘が師と仰ぐ声楽の先生の門下生の発表会が横浜であり、その翌日の日曜日には藤沢の教会での合唱発表もあるのだが、同日、高校生最後の息子の学園祭があって彼も劇やら第九でのソロ歌唱やらあるため、藤沢へは残念ながら行けないのだが、息子の晴れ姿もしっかり観なくてはならない。

気が抜けない。

直視しないようにしていたけど、新年早々予定ぎっしりで、なんだかなあと思っていたのだ。

 

神戸の実家で一人暮らしをしていた母が、調子を崩して昨年4月から施設に入所していたのだが、そこで非常に元気を回復したため、要介護1が取り消され、また実家での一人暮らしに戻ることになったという妹からの連絡にも戸惑い、思い悩むことがいっぱい。

息子の進路のこともある。

 

ああ。

ゆっくりしたい。

今はとにかく目の前のことを一つ一つ頑張るのみ。

でもなるべく賢く、先のことも考えていかないと・・・なのだ。

やれやれ。

 

薔薇とナイチンゲール

  • 2018.01.13 Saturday
  • 23:05

昨夜の着物の着付けの練習の疲れがまだ残っていて、今朝は予定していた時間より遅くまで寝てしまった。

当然、朝はバタバタする。

声楽の舞台発表はもう何度もしていて慣れているから、娘にしても支度にそう手間取るわけではないとしても、それでも準備が不足だった。

アクセサリー類一式を忘れて行ったらしい。

 

リハーサルのため早くに出かける娘を送り出すまでの朝の慌ただしさと、休みだからとのんびりテレビ番組に見とれて動いてくれないオットとの間に温度差がありすぎて、いくらなんでももうちょっと手伝って欲しいんだけど!と朝から憤慨してしまう。

ゴミ出し、ベッドメイキングをお願いしてあとは車で娘と荷物を駅まで送ってもらい、ようやく少しほっとすることができた。

 

小さな発表の場は年間に何回もある。

だから私たち家族も慣れっこだけれど、娘の出番が済むまではやはり緊張する。


出演者が2年生から院生までと大勢なのでとても長い舞台になる中、

娘が登場するのは第二部の最初。

二部だけは全部最後まで観るつもりで出かけた。

 

 


薔薇。

ナイチンゲール。

娘が選んだドイツ歌曲のテーマ。

しまったなあ、

こんなテーマの歌を優しく歌うのに、

朝からピリピリしていたらダメだったよね、と本当に反省。

 

娘が生まれたその時から、あらゆる行事に全て関わり、とにかくひたすら送り迎えになんらかの振込(涙)。

子育てに見返りなんてない。ただ愛おしむだけ、それだけだ。

子はかすがいとはいうけれど、かすがいにもならないことは実はたくさんある(子育てのストレスで夫婦仲がこじれていくのは実によくある話で・・・)

正直メリットなんて求めていたら子は産めない、育てられない。

そう聞くと、真面目できちんとした人ほど自分なんかには子供を育てる資格はない、と子をもつことを敬遠してしまいガチなように思うのだけれど。

 

誰かを幸せにしてあげたい。そんな気持ちが少しでもあればいいと思う。

例えがものすごく悪い、本当にわるいと分かっているのだけど・・・、犬や猫を飼うときに誰がそれを飼う自分はえらい、何か得があるかもしれない、結婚できる、結婚の絆が深まると期待するだろう?

ものすごく例えは悪いが子供もそれほどの気持ちで迎えれば失望は少ない。犬や猫ほどにこちらを愛し返してくれるとは限らない分、もっと悪いかもしれない・・・

ペットを飼うのはすごくお金がかかると聞く。餌代もケア代もバカにならないと。

当たり前だけど人間の子供はそれ以上で、かかるお金もかけなければいけない心労もものすごくて、可愛くて面白いけど、死ぬほど困らされたり悩まされたりする可能性も大いに秘めているから全く気の抜けない相手、なのだ。

私ともオットとも全く違う個性の持ち主、親の苦労もろくにわからぬ、生まれながらに全ての権利があるとでもいうような、ありがたみもさほど感じていない、そんな相手・・・それが子供というもの。

それでも可愛くて、全力で守りたいし応援したい。

ほとんどの親御さんがそうだろう。

それでも頻繁にまだ耳にする悲しい子供への虐待のニュースを聞くたびに、その人たちが子を産む前にもっと考えてくれていたらと思わずにはいられなくて。

産みさえすればなんとかなる、とは残念ながら言えないこの国はそれでも一応先進国。

貧困や虐待に苦しむ子供たち一人一人を救う力がまだこの国にない以上、虐待されるような環境のところに子供ができないようにとひたすら祈らずにはいられなくて。

言葉の難しさを痛感してしまうのだけれど・・・。

 

あの頃と今

  • 2018.01.12 Friday
  • 22:59

昨年、ダイソーで見つけて買ったカレンダー、2種。


上の大人っぽいディズニープリンセスのイラストが大好きで、

(特に白雪姫)

今までもこの絵柄のものはコスメだったりお弁当箱だったりを買っていたので、

ダイソーさんで見つけた時は

100円でカレンダーが!?と飛びついてしまった。


1月2月はアリエルとラプンツェル。

書き込みもできて可愛い。

 

大きさは閉じた状態でA4なので開くとA3なのだけど、

私的にはいいサイズ。

なんだったらもう少し小ぶりでもよかったくらい。

 

カレンダーは大切で、1年、家の壁を飾る大切なアイテムなのだけれど、

一般によくある、

縦が50センチとか60センチもあるものは、私にはいつも大きすぎると感じられる。

好きで買った絵柄のものでも圧迫感と主張がすごくて若干息が詰りそう。

時に、風水的なカレンダーにも心惹かれることもあるのだが、

神々しい図柄と巨大さがどうにもインテリアになじまない・・・。

結局今年も一つも買わなかった。

できれば取り入れたかったんだけどね・・・。

風水開運カレンダーでインテリアにも馴染むさりげないデザイン、

大きさも含めて、検討していただけるとありがたいな、と。

 

それにしても100円で、結構立派なカレンダーを手軽に買える今の世の中をありがたいとしみじみ思う。

可愛い雑貨や文房具、ファッション小物やコスメなどなど、便利で可愛い素敵なものがこんなにも低価格で買えるなんて、バブルのあの頃、予想もしていなかったなあと感慨深くすらある。

昨年から平野ノラさんや高校ダンス部のみなさんの素敵なダンスなどで非常に楽しく、バブルの頃のファッションなどを思い出す機会が多いからの発想なのだけど。

 

当時まさに青春、そして華やかに景気の良い会社でOLをしていた私。

周りはみんな本当にああいうファッション、メイク、髪型だった。

私は母のチェックがうるさくて、当時もああいうスーツやワンピは着ていなかったのだが(あの平野ノラファッションと同じく、少なくとも神戸ではお嬢様ファッションというのが大流行していたから)、そうでなくてももれなく当時の服の色合いはビビッドだったし肩パッドはどんな服にもついており(ついていなかったのはTシャツくらいのものだった)、ブラウスにカーディガン、コートと肩にパッドが3つ重なっているとある日やってきた友人のシルエットは今も目に焼き付いて離れない。

でもそれが当時はそう滑稽ではなかったのだ、本気で。

私は学生時代から三つ編みで、そのまま髪は長くしていたけれど、ある日妹に無理に前髪を半分カーラーで上にあげられスプレーで固められてトサカにされた。

みんながしているんだからお姉ちゃんもしないと!と。

ブランド全盛、誰もが同じ服、同じような濃い濃いメイク。私はよく「なんでお化粧しないの!?」と聞かれ、してるよと答えると「ほとんどしてない」としているうちに入らないと指摘されたものだ。

全員で同じ文化に酔っているとそれが変だとは思わない、わからない。

ブームがすぎて距離を置いて眺めれば笑って済ませるだけの話。

別にそれが悪かったわけではないのだ、もちろん。

ただ今となってはおかしくて、懐かしいだけ。

 

あの熱苦しいほどの熱気、誰もが飽くことなく欲望を追求し続けた意欲はなんだったのだろう。

当時も出不精、インドア派、極端には流行りを取り入れなかった私は、そういう意味ではあまり変遷がない。

ただ一つ、買い物のしやすさが今の方が断然良い、当時はなんでも高かったと思うばかりである。

100円ショップなんて神戸の高架下で一軒しか見た記憶がない。

そこですごく感激して、やけにカラフルなカゴをいくつも買い、自分の部屋の収納に使って満足していた。

本当にちょっとした文房具を始め、何を買うにも今よりずっと高かった。

ホチキスやハサミもカッターも数百円、時には千円以上。

今だってもちろんそういう品はあるのでしょうし、使い心地も耐久性も何もかも素晴らしいのに違いない。

が。

そこまででなくとも、当座しのぎでいいやくらいで求めるものはシンプル可愛く100円そこそこで手にはいるのが今だよね、と、今日も会社で仕事しながら年の近いひと(それでも6才下)と話した。

 

年はとったが今の方が私は楽しい。

雑貨もコスメもファッションもささやかなお金で十分素敵で満足できるものが手に入る。

安いから惜しげなくカスタムしやすい、というのもある。

なんにせよ、皆がそれぞれ好きな形で楽しく生きればいいんじゃないという、何に対しても今の柔らかな風潮の方が生きやすい。

 

バブルのあの頃、受験戦争が厳しく学歴は絶対で、進路の選択基準には「就職に有利」という言葉に大きく左右された。

 

私の友人は音大に行きたかった、でも親にそんなところに行っても就職できない、仕事につけないと言われて諦め、当時全盛だった短大に行ったんだと今でも話す。(うちの娘が音大に通っているのでその話題でどうしても思い出されてしまうらしい)

良い会社に就職して経理部でバリバリ働き、適齢期に恋愛結婚で寿退社、現在も旦那様の会社の経理のお仕事を手伝っている彼女はPTAでも頼もしい経理のスペシャリストなのだが、時に、もう一つの夢を思い出すようだ。

私も親に就職のことをうるさくいわれて、英文タイプ(当時はPC登場前。ワープロが普及し始めた頃。会社のおじさんたちはワープロなんて使えなかったし、最新式のビジネスフォンにも手こずり、ファックスもコピーも苦手という人がたくさんいた)や簿記、そろばんまでやっていた。

いや、それはそれで当時役に立ち、その頃身につけたことが今、役に立っているので、もちろん有意義だったのだけれど・・。

 

でも、誰もが個性的なようでいて、実はそう個性的ではない、皆と同じ流れに乗っていないことはタブーだったあのバブルの頃はやっぱり今から思うと考え方も、根底にある気持ちも古かったなあと思う。

心の中はそう自由な人ばかりではなかった。

今、ギャグとして登場するあの頃の文化を見てとても楽しく、毒々しいような魅力を再認識もするけれど。

 

バタバタしている感じだけど(明日、声楽部の娘の発表会が大学であって、そのあと明後日の日本舞踊ゼミの発表会で着る中振袖の着付けの練習を、娘と汗だくで今までしていて、今日もこんな時間まで全然ゆっくりできなかったのだが)、その時その時精一杯楽しんできたし頑張ったし、私的には今の日々でごく満足だ。

今は自分の子供達のことを含め、ま若い人がどんどん伸びていける環境で、本当に幸せなゆとりとか達成感を得られる世の中であればいいなと祈るばかり。

私は親らの厳しい老後を見てそろそろ自分の老後のことも真面目に考え、準備していかなくてはと思っている。

そうして死ぬ時「ああ、面白かったわ」と言いたいものだ。

 

今日はバリバリ

  • 2018.01.11 Thursday
  • 23:20

昨年秋に購入したiphoneケース。

手帳型で、内側にはカードケースとミラーが付いていて

使いやすくてとても気に入っていたのだけれど、

半月前、まずストラップが取れ(金具が割れてしまって再生できない感じ)

今また右側に付いているベルトが千切れかかっている。

気に入っていたのに残念!

9百数十円のものだったからそれは質はよくないのかもしれないけど・・・

デザイン、機能共にとても気に入っていたのにな。

ケース部分がソフトなのも好みだった。

本体を取り外しやすいのがいい。

iphone7は防水だけれど、お風呂で音楽を聞くときは一応ケースから外して、

防水カバー(100円ショップのもの)に入れるので、

それをほぼ毎日しているので、

カチッと硬くて、取り外しが難しいのは苦手なのだ。

 

昨年は2回も買い換えていて、

春には私にしては珍しく手帳型ではなく、

しかも黒というものを選んだ。

このゴシックパンク感に一目惚れして。

(1200円くらいだったし)

クロス型のチェーンも素敵と思ったのだけれど、すぐ切れた。

そして手帳型でないと押し間違いが多いんだと

己の粗忽さを認識することにもなった。

で、半年で買い換えることになってしまったのだ。

 



ちなみに娘のケースも昨年秋に新しく一緒に購入。

彼女のも鏡付き。

カードケース部分がものすごく多い。

でも娘はカード持ってない(笑)

大切なメモとかはさめて、それが便利だそう。

 

今のケースをさらに大事に使いつつ、次のものも探し始めた方が良さそう。

できれば2千円以下、鏡付きが便利だったのでやはり鏡付きがいいな、

カードケースも重宝したし、

とどのつまり多機能な手帳型で。

 

新しいものを探すのは楽しみではある。
 

 

昨日の充電が聞いて、今朝は体も気分も軽かった。

寒いけれど、冬は大好き。

暖かいアイテムをたっぷり身につけて、晴れ晴れと駅まで十分ほどの道のりを歩く。

始発のバス停から15分ほども揺られれば終点、そこから目の前が勤め先の事務所。

年末から一昨日までどうも仕事がなくて、それにはちょっと弱り気味だったのだけれど(暇を持て余すのは大嫌い)、やっとみなさんの仕事も本格始動で、おかげで次々に仕事が舞い込んで来たため、一日中集中して何かに取り組んでいることができた。

アルバイトだから皆さんが「こんな仕事頼んでごめんね」といちいち詫びてくださる雑用なのだけれど・・・会議に備えて数十人の来客のリストと照らし合わせながら立て名札を作る(A4の紙に所属先組織名と役職、お名前を印刷したものを三角に折り、テーブルに立てられるようにするもの)とか、色々な所に張り出すポスターとして印刷されたB4の印刷物をA3のフィルムに挟んで、ラミネート加工するとか、銀行で出金のお使い、他の営業所に書類を届けたり受け取ったり。

冬晴れの町の中をちょこちょこ移動しながら、街ゆく人たち、商店を眺め、楽しくなる。

オフィスの中で素敵なみなさんとおしゃべりしながらココアを飲んだり、お菓子をちょっとつまんだり。

難しい電話を受けたらそのことで相談して、皆でわいわい意見を言い合ったりして。

 

学生の頃の私はつまらないOLなんかになりたくないと思っていたこともあって、今は私の娘がそう思っているのだけれど、こんな生活も楽しいのだ。

ま、今の私の年齢・立場で、しかもアルバイトだから気楽さしかないという幸運もあるのだけれど。

 

帰りはスーパーで食材を買って(これも事務所の目の前で便利ったらない)バスに乗り、美味しい暖かいスープをたっぷり作って、子供達の好物を食卓に並べる。

 

今日もありがたいくらい平凡で、いい日だったな。

本当の休日

  • 2018.01.10 Wednesday
  • 23:55

ラベルの絵柄で買った日本酒。いわゆるパケ買い。

すっきりした飲み口、悪酔いしない感じ

 

 

 

話は変わるけど、

私も靴コレクション。
スクエアトゥ好き、ストラップ好き。

この靴は、両方揃ってツボだし、歩きやすくて。
足癖が悪くて、どんな靴もすぐダメにしてしまう私なのだけれど、

この子はなんとか大事に長く履きたいと切望。


そしてこちらは、シンプルなレースアップのショートブーツ。

軽くツヤある黒革のこの子も私にとっては最高の相棒。

お気に入りの靴って本当に履いてるだけで気持ちが上がる。
靴、大好き。

(なのにすぐダメにしてしまう!

なぜなの、私??

何か生まれた時にそういう呪いをどこかの魔女にかけられたのかしら、

と前から疑っているほど・・・)

 

 

 

今日こそは、のノーメイクデー、ノーコンタクトレンズデーである。

仕事が休みで、子らの学校関係の予定もなくて、病院やら役所やら銀行やら買い物やらにも行かなくていい、本当にピカピカの、予定が何もない1日なのだ。

家から出ない、誰にも会わなくていい日なんて幸せすぎる。

オットに、今日はもう本当に休ませてと念を押して送り出し、一人になって快哉を叫んだ。

 

とにかく休む、ゆっくりする、ゆっくりするんだからと念仏のように呟きながら掃除洗濯。換気扇を拭き、コンロ周りを拭き、床を拭き、エアコンのフィルターを掃除し、玄関やトイレを磨き。

オットのシャツ3枚とスラックス2本、娘の足袋3足、ブラウス1枚、スカート1枚にアイロンを当てる。

それだけしてもまだ10時になっていないと、ソファーに倒れ込んだ時の幸福。

ゆっくり家計簿をつけ、日記をつけ、スマホの中のカメラロールを整理し、必要なメールを出し・・・そのあとは正真正銘ゆっくりした。

ドラマをみて本を読んで、眠くなってきてソファに横になった。

気がつくと夕方。

珍しく2時間くらいも眠ったらしい(私のお昼寝はいつも15分ほど)

洗濯物を取り込み、たたんで、夕食を作り始める。

家族が帰って来て忙しくなった。

あっという間に休日が終わる。

 

でも少し癒された。

明日も元気に働けそう。

 

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