2012.05.16 Wednesday author : かりん

愛しき空白

昨日の、雨の中の鉄塔。
鉄塔好き。

手帳に予定を書き込むことは嬉しい。でもその反面、どこか残念。
心嬉しく、楽しく眺めていた手帳の空白に、キコキコと文字を書き入れる直前は、誰かとの約束にうきうきしているはずなのに、後でなんだか面倒な気持ちになる自分に困る。
いや、人に呼んでもらうって嬉しいことだし、行って会えば実際楽しい。嬉しい時間を持てて良かったと思うことは確実なのだと判っているけれど。

今日はまだ、前年度の役員としての仕事の後片付けで学校に行く。久しぶりな気がするし、反面ひどく馴染みすぎている気がするなあと感じながら、習慣として身に付きすぎた作業をこなす。
それから仲間と軽くランチ。
楽しい。
いろんな話はやっぱり自分の生活の糧になっていくなと実感できる。友を敬い、自分を反省。まだまだもっと頑張れる、気を使えるところがあるなあとしみじみ思う。
判る、気づく、ということが、生きていく上ではとても大事だ。
予定が埋まっていくということは、それだけ神に「勉強せーよ」と言われているということなのかもしれない。

帰宅後は再来月の娘の修学旅行の為の買い物をネットでするべく、PCの前に座りっぱなしだった。四泊五日の南国の旅で、水着は何着いるものか・・・きっと2着はいるだろう。娘の希望はラッシュガード。息子の水泳の授業も来月にはもう始まるから、新しいラッシュガードの上下を買っておかなくてはならない。子らは二人とも夏用パジャマがないのだった。加えて娘は、その修学旅行の際のパジャマになるようなルームウェアがいるだろう。バッグもいるしなあ………気がつくと何時間もPCの前に座っていた。
予算が無限にある訳ではない中で、手頃で素敵と思ったものはすべて、娘のサイズ売り切れである。世の中、どれだけ150センチの人がいるの?よりによってこのサイズだけないのはどうして。
そう思うくらい、すべて売り切れ。でもまだ5月半ばだよね。みんなそんなに先もの買いしているもの?それとももしや、どのネットショップも去年のシーズン終わりのまま更新していないとか・・・んな訳ないから、やはりこれは順当にもう、すでに売り切れということなのだろう。
皆さん、お買い物が早い!そういえば私のところにももう、秋物冬物の予約をせよというカタログが届いているのだった。
今は本当に、旬にその季節のものを買おうとしてもだめなんだなあ、ということをしみじみと実感した本日。
だったらもう、次の冬に必要な子供達のPコートやらダッフルコートやらを買っておかなくては。
でもまだ全然ピンと来ないわ〜。
| 日々のつぶやき | 23:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2012.05.15 Tuesday author : かりん

おうちに居ること

ドーナツ型の可愛いコンセント。
子供達がそれぞれiPadを持つようになり、
私も年中iPhoneをいじっているし、
ノートパソコンだって頻繁に使っているので、
”充電”というのは日常ですごく大きなテーマになっているのです。
無駄に高い…と思いながらも
毎日よく使うものだからと買ってしまったこれ。
でも。
可愛いとやっぱり嬉しい。
目につくたび可愛いと思うし、それが楽しい。
床にあるだけでも本当に可愛いです。




娘の学校お休みにつき、子宮頸癌予防ワクチン2回目接種を受けにいく。
それ以外はのんびりのんびり。
前回、娘と出かけるときにも雨だったのだけれど、今日もやはり雨である。
娘に「さすがママ。雨女〜」と感心されて、いよいよ私も本物だなあと妙な感慨を持った。

子宮頸癌についての知識を得たのは恥ずかしながらつい最近である。13歳時点の少女達への接種推奨という厚生省のお達しを、その年頃の娘を持つが故に知って、へえ!と思った。
昔、つきあう女性が皆、病気になると悩んでいた男性がいたが、やはり彼はウイルス持ちだったのに違いないと今更ながらに思う。欧米ではすでに盛んに接種されているワクチンとはいえ、日本での歴史がまだ浅い故に、私はそれを娘に受けさせるのが怖かった。ポリオのワクチンのこともある。良い良いと今現在言われているものが、「実はやっぱりだめでした」なんてことに後々なるのではないかと思うと、正直怖い。
しかし実際に病魔に冒される不安と比べてどちらが怖いか、などの判断基準を自分に課すと、おのずと答えは見えてくる上、信頼している人に、是非接種しておくべきと力説されて心は決まったのだ。
何より娘自身が同級生との会話によって、皆が受けているから私も受けとく、というきわめて単純明快な結論をだしてきたことでもある。
将来に向けての幸せの確立は一つでも、少しでもあげておきたいしなあとしみじみ思った。

それ以外は、のんびり家で過ごす。そして、あっという間に一日は終わる。
けれど家に居られることが幸せだと思う。
手をかけ、丁寧に面倒を見ると、ものはなんでも質が上がるなと近頃しみじみ思うのだけれど、家そのものもやはりそう。家事はやろうと思えばいくらでもやり込めるし、手を抜くと決めれば別段何もすることもない。でも私はある程度は整っていて、清潔度は絶対高いお家が好きだ。
オットは何も見えない、生活感のない家を要望するが、それは私の好みではない。取り出しやすい、使いやすいという状態にすべてのものがあることこそベスト。どんないいものを持っていても、取り出しにくい収納状態であれば何十年でも取り出さない、置いておけるという夫婦の性格上、しまい込むことはタブーなのだ。
どれも可愛く、目で見て楽しみながら飾り付ける収納を、と私は心がけている。
そうした結果、居心地良くて好ましくなった空間に、自分自身が癒される。

今は可愛い蚊遣りが欲しい。
今日、久しぶりに蚊に噛まれたのだ。生協の配達品を受け取る為に数分開け放していたドアから、蚊が飛び込んで来てしまったのである。
さっそく蚊取り線香を炊き、その匂いにまた、季節が一巡りしたことを実感した・・・のはいいのだが。おしゃれで可愛い蚊遣りがないから、その線香の情緒も今ひとつでつまらない。
毎年可愛い、好みの蚊遣りを絶対買うぞと誓いながらまだ実現できていないことになっているのを、今年こそはなんとかしようと思うのだった。
夏用可愛い帽子もいるしね。あと、運転に差し支えないレインシューズも。
欲しいものがいくつかあると、人生なぜか活気づきます。
| 日々のつぶやき | 23:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2012.05.14 Monday author : かりん

映画「テルマエ・ロマエ」を観てきました


原作のファンである私とオットは、映画化の話を聞いたときから是非行きたいね!と頷き合っていたのだけれど、本日、めでたくオットが休暇を取れたので、朝一番の上映を観に行った。

おもしろいものがあればそれを映像化したくなる、もしくは実写化したくなる、というのはきっと世界中の人の本能なのだと思う。
海外でも人気コミックやアニメの実写映画化が盛んなようだし、古いところで名作小説が次々映画化されていて、私達日本人にもなじみ深い作品がたくさんある。
テキストだけのものならまだ捉え方それぞれで、実写化したものへの賛否両論も想定範囲内、批判される内容も受け入れやすいのだろうと思うのだが、優れた画像・・・漫画やアニメなどが元として存在するものを実写化するというのは、作り手も、そして演じ手さん達だって大変な重圧だろうと思うのである。
大昔、私が子供の頃なんて原作ものがアニメ化されたり実写化されたら、悪くなっていて当たり前と、一ファンであるこちらも覚悟しなければならなかった。諦念、受容、許しがたければ忘却の努力・・・という心理過程を通ることになるのもやむなし、という覚悟である。でも。
ここ数年の作品はほとんどどれも素晴らしいなあと思う。
作り手さんたちの誠実さを感じる。何より原作への深い理解と愛情がまず存在して、そこからファンの気持ちを考えつつ、模索しながら具現の努力をされているのだと感じることができるのだ。
それでももちろん、個人個人に好きずきはあるのだろうし、すべての人に歓迎されるわけではないかもしれないが、こと私に限って言えば、すごいわ、素晴らしいわと感心することが多い。(もとが昔の諦めから来ているせいもあるけれど)
今回、「テルマエ・ロマエ」はキャストの発表段階からくすくす笑えてしまう感じで、あとはどう物語を映画の時間内に落ち着けるのかなあというところに興味があった。その興味が満足な形で満たされて、私もオットも面白かったね、と映画館を後にすることができたのがまず喜ばしい。
俳優さん達がいいなとまず思う。阿部寛さんは私がノンノを読んでいた頃、まさに現役メンズノンノモデルさんでいらして、世の中にはこんな素敵な男子もいるんだなあ、どこにいるんだろう、ちっとも現実的じゃないけど、この同じ空の下には確かにこういう人が存在するのねっ!・・・と思っていたくらいの方だが、そうかやっぱりすごいなあと思ったのは、圧倒的な肉体美だった。
通常、私はあまり男性ヌードに興味がない方なのだけれど(ハマっている友人が少なくないボーイズラブものにも一切何も興味がない)、これだけ見せつけられれば感心せざるを得ない。
テーマがテーマなだけに仕方ないのかも知れないが、阿部寛さん、ほとんど裸体で通されている。オットも同性ながらこの方の美形ぶりを褒め称え、きっと撮影期間中ずっと裸族だったんだろうなあ、と苦労を深く偲んでいた。俳優さんって大変だね!
現在、4巻分発行されているお話のいろんな部分の繋ぎ方が上手で、それによって原作なしに初めてこの作品に触れる人にもルシウスの人となりやお話の流れが判りやすかっただろうと思う。テンポも良い。裸族っぷりと同じくらい、すごいなあ、大変だなあと感じたのは、とにかく一人で煩悶、独白し続けるキャラ設定であるがゆえに、阿部さっっ台詞の量がすごいのだ。裸だわ、喋りっぱなしだわ・・・本当にお気の毒な限りだった。でもその熱演は甲斐あることだったと思う。私達夫婦で期待以上に楽しんだし、映画館の中には何度も笑い声が起こっていたのだから。
ヒロインの上戸彩さんとその周りのご老人達など・・・原作にはない登場人物、設定が加わっていてもそれは全然嫌ではなかった。彩さんが可愛くてよかったと思う。

映画は・・・子供の為のものではない映画はたまにしかいかないけれど、私が気に入っているので、本日はまた六本木ヒルズの東宝シネマズさんで楽しんだ。映画の後のランチも近くで。
私と同世代が少し上くらいの女性達同士の姿が多くて、ランチタイムはビジネスマンがわっと出て来てさっと去る感じ。
日常的な風景とはまったく違う空気を楽しみながら歩きまわり、毛利庭園の側でお茶をしてから息子を迎えに学校に戻った。
おしゃれじゃなくても慣れた空間はいいな〜、と、ほっと一息。
でも緊張感も大事だから、たまには空気がピリピリとして、どこか自分に厳しい気がする見知らぬ街にもでかけなくちゃね。

オットがいるとまず運転しなくていいから、ヒールの高い靴を履ける。子供が居ないとなおさら、動きやすさを気にしない服でもいい。いつもと違うオシャレができてそれが楽しい。
子供が食べられるものがあるかどうかを気にしないで食事するお店を選べることも嬉しいかな。
もっとも最近、大きくなった我が子らは案外いろんなものを食べるようになってきたし、動きも別に気にしなくても普通普通になっているのだった・・・息子だってそれなりに、六本木を楽しめてしまう年になっている。そうか、もう好きな服を着て、好きなものを食べていい時期にきたんだなあ・・・その分年はとっているけど!
ランチに私だけワインを頂きながら(オットは運転手なので飲ませられない)、不思議な開放感を味わったことも記憶に残りそうな今日だった

| 映画 | 23:03 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
2012.05.13 Sunday author : かりん

いつまでも母を愛す

 朝からとても体が重い。
どうしてもたまにこういう日がある。
昨日は息子の初めての絵画教室に付き添い、そのあと娘の学校の保護者会に参加して、混雑する街を歩いてバスに乗り、渋滞のため長時間揺られていて、心底疲れきってしまったのだ。久しぶりの肩と頭の重さに悩みながら寝たのだった。
湿布を肩に貼り、鎮痛剤を飲んだのだけれど、その効果があったとは思えない目覚めである。
これはもう動けないな、と早々に今日1日の養生を決める。
うつうつと優れない気持ちで、ぼんやりとコーヒーを飲み続け、重い気持ちでPCの前に座る。
一昨日は実は楽しかった。
何事もないままに、夢中で、ひさしぶりにHPを作る、という作業に没頭していたのだ。
初めてのFTPソフトの使い心地を一つ一つ確かめていくような作業はとても楽しかった。
終日掛けてできたものはささやかだけれど、それをアップロードしていくことにときめいたし、いくつか映らない画像があっても、なんとか原因を突き止め、がんばってやり遂げるという目標に燃えた。
それが今日までにかかると、もうだめなんじゃないかとへたれた気持ちに変わって来た。
全部が全く映らないわけではない。リンクもちゃんと繋がっている。でも映らない画像があるのはどうしてだろう。
体調の悪さと相まって、気分的にもどんどん煮詰まる原因になってしまう。それでは作業の意味はない。生きる為にお金を稼ぐ仕事ならともかく、自分の趣味、人生を楽しむ一つの要素として行っているはずのことで面白くなくなり、家族もそれを感じ取るようでは絶対だめなのだ。
最悪、誰かの手をかりなくてはならないが、そうして人に迷惑をかけるほどのものではないだけに嫌だし、でも諦めるのは辛いし!
という感じでうつうつとしていたのである。
夕方近くなって、サイトフォルダ内の画像ファイルを新しく作り直してアップロードしたら急に、普通にネット上に反映された。単純にうれしい。
体調もよくなってきた。
そして母から喜びの電話。
母にはユニクロで可愛いと思ったルル・ギネスとローラ・アシュレイのTシャツを2枚、それから簡単にすぐ食べられるようなものを何点か送ったのである。それらがどれも嬉しいと言ってとても喜んでくれていて、私も嬉しい気持ちになった。
オットの母からも、オットが昔お世話になった取引先の女性からもやはりお礼のお電話を頂き、お話をして暖かい気持ちになる。
母は永遠の存在だと思う。
どんなに時に、反発しても。
反発する時私はいつも、昔のままの成長していない自分に気がつき愕然として苦笑するけれど。

体調もよくなってきた…いつも夕方になると良くなってくる。
今日もそうでよかった。


オットと子供達から、ワインとカーネーションの鉢植えをもらう。
嬉しい!
| 日々のつぶやき | 22:08 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
2012.05.10 Thursday author : かりん

家庭訪問終了

 日頃の行いの悪い人間というのはこうなのだろうなとしみじみ思ったのだが、天気予報通りに午後、雨が降って来た。
ちょうど私が玄関を開けて歩き出した瞬間に。
息子の下校時には最悪の状態で、家に着く頃、その土砂降りは収まった。
いやはや。
もとから雨女ではありますが。
それにしてもこの絶悪のタイミングときたらどうだろう。
心優しい私の友人は、家庭訪問の代わりに学校での面談を申し込んでいて、それが終わって帰るときにはちょうど雨がやんでいたというから、やはり天は人を見て雷を落としーの、雨降らしーのってやってるんだなあ、としみじみ感じた次第だった。
悪かったよ、いつも意地悪で・・・とほんの少し反省した(少しだけかい!)

そんなことより(もう喉元すぎたらなんとやらになっている)家庭訪問である。
息子の担任、学校なんかにもったいないほどイケメンの先生が拙宅にいらっしゃるというので、GW期間中から夫婦揃って整理整頓に余念がなく、今日なんかことのほか朝から頑張って掃除した私だった。この美しさが保たれている間に早く来て〜!という感じだったので、先生がいらっしゃったときには緊張するよりホッとしたくらい。
4月に出会ってまだおつきあいの日が浅く、お互いに相手の人柄がよく判らない状態でのお話だったが、数時間後、私はすっかり先生のファンになっていた。
なんてまじめで優しい、暖かいお人柄であることか。この方には安心して息子をお任せできると心から思えた。去年の先生に比べてギャグが足りない、まじめすぎるわ、なんて思っていて悪かったわ。去年の先生とはまた違った魅力のある先生だった。嬉しい、嬉しい。

そんな訳でホッとする。
今月はまだ、娘の運動会なども控えているが、とりあえず気が抜けそう。
庭では薔薇も、綺麗に可愛く咲いているしね。(ミニだけど)
| 子育てちゃん | 23:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2012.05.09 Wednesday author : かりん

孝行タイム

5月6日のスーパームーン。
月の出の頃に見ると、本当に大きかったそうなのだけれど
私が見たときにはもうとっぷりと夜で。
でも、とても綺麗なお月様だった。




スーパームーンとは全然話が違うけれど、
NHKの朝の連続ドラマ「梅ちゃん先生」に
先週からコンタが登場!
キャバレーの支配人という似合いすぎる役所。
見た瞬間「コンタ!コンタだ!」と大喜びして
子供達をびっくりさせてしまった。
そろそろかつてのバービーボーイズのライブ動画を
子らに見せても良い頃かと思う。





朝、息子を送って帰って来た勢いで実家の母に電話する。

かつて。
母はよく、面倒そうに、泣き言めいて、誰にともなくこぼしていた。
一人暮らしの祖母(母の母)に、様子伺いに電話をしなくてはいけないとは判っているのだけれど、とにかくすごくしゃべるから、話が長くなって、それが辛くて電話するのも気が重い、と。

今、まさに私がそんな気持ち。
実家の側には妹が一家を構え、二人の坊やたち共々、母との触れ合いは頻繁なはずなのだが、それでもやはり毎日という訳ではない。やはり一人では心配なことも多いし、私としたら電話で様子を伺うことくらいしかできないので、それだけはしなくてはといつも思っているのだ。
しかし年々、母の話はまとまりがつかず、とりとめもなく思いつくまま、とにかくひたすら喋るという形態に変わっていった。
老いとはそういうものなのだろう。
前は苛立ち、どうしてそう、必要もないことを長々としゃべるのかと腹立たしかった。
特に母は政治の話に目がないのだけれど、かといって、政治に詳しいわけではけしてない。新聞やテレビで言われていることを大まかにざっくりと捉えているだけで、間違った理解も結構多い。なのにどうしても喋りたいのである。
一貫しているのは、政治家はずるい、汚い、言っていることとやることが矛盾している、というような、ある意味大昔から言い尽くされ、使い古されている悪口なのだが、なぜかそれをとうとうと喋るのが大好きなのだ。
私は忙しいからそれが辛い。そんなことどうでもいいじゃん、興味ないし!と思ってしまっていた。互いの近況を話して心のこもった会話をしたい、そしてまた電話するねと気持ちよく切りたいのに、と。
でも今の私は数ヶ月前までの私とは違う。仕事も役員も卒業した今、フリーな立場で時間だってできたのだ。
それを今日は親孝行にあてよう。
そう決意して電話してみる。

案の定。ほぼ喋られっぱなしの2時間だった。でも私が一切面倒がらず、ひたすらふんふん聞き続けたので母は気持ちよかったようだ。
いつも、電話すると最初は声がとても暗くて、私も非常に心配なのである。
それが会話をしているうちに、いきいきとした、私がもっとも良く知っている母の調子に戻っていく。
やはり一人暮らしで、人との会話がない時間があると、何かが衰えていくのだろうか。
今日も最初は、とてもではないが話しやすそうには聞こえず、どこか具合が悪いのかと案じてしまった。
ちなみに母は、自分の体の不調について語ることもものすごく好きである。
かつて「元気?」と尋ねて「元気」と答えたことは一度もない。これまたとくとくとして、どこがどのように悪くて、ふらつき、痛み、困惑、恐怖し、もうだめだと思ったかを微に入り細をうがって語らないと気が済まない。
前はそれも辛かった。
けれども今日の私はそれも読み込み済み。
最初から最後まで快調に、母の得意分野をすべて聞ききることができたのである。
電話を切る頃、母は生き生きとして艶やか、晴れやかな声の様子だった。
たっぷり2時間。思った通りである。
でもこれも立派な親孝行と思えば、別に惜しくない。むしろ良かったと思える。
1週間したらまた電話しよう。
とにかく、元気でいてくれるだけで有り難いのだから。(家族は皆、そうだけど!)
| 日々のつぶやき | 17:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2012.05.08 Tuesday author : かりん

やっと一人に

 
午前の部の家事終了。ほっと一息。


こってりと、家族と過ごしたゴールデンウィークだった。
まあ、うちはいつもそうなのだが。
それにしても大概大きく育って来た子供達だが、出て行かない。嬉しいというよりすでに心配。
担任の先生に、家が居心地良すぎるのも問題だと指摘された数ヶ月前の面談のトラウマが、胸で疼く・・・でも幸せだから、まあいいか。
子供の自立は少しずつ、機会を見ては促していこうと思う。

もう何年も連休などが終わるたびに同じことを書いている気がするのだが。
家族がいないとホッとする!

まず、掃除がしやすい。何をするにも集中できる、よって作業がはかどる。
自分のペースで仕事をし、空腹さえも適当に、自分流儀で満たせば良い。
家族がいると一番うまくいかないのがこの部分だ。
とにかく一日中何かしら食べ物を供給している。そして食器を洗っている。やれやれ済んだと思ったら、間におやつや飲み物をまた所望され、それでもなんやかんやと手間だったり散らかったりで、それすら片付けホッとしていたらすぐ、次ぎなる食事の催促をされるのだ。
食事が済めば怒濤の入浴、それが済んだらもう眠い、みたいな。
もちろん、ちょこちょこ近場にだけれど外出したり、たまに外食なども楽しんだけれど、終始、圧巻の忙しさ。
私一人PCの前に座る暇など全くなくて、敵が全員睡魔に揺さぶりをかけられる頃には当の私が誰よりも眠たがっているという体たらく。
とてもじゃないが太刀打ちなどできないままに、今年度のGWは終了した。
まあ、それも確かに幸福ではあるのだけれど。

そんな日々の後だからこそ、一人になれる平常日の時間がまた至福と感じられる。
すごい。いろんなことができそう。

そう、わくわくした昨日はまず、己が歯医者に出向かなければならなかった。
仕事をやめ、PTA役員の任期も満了した私がまず真っ先に駆け込んだのは歯医者さんだった、というのが情けなくも私らしい。
ついこの間、じゃあまた、と失礼した気がするけれど、もう3年経っていると言われて、そういえば3年前にそれまで馴染んでいた土地を離れて少しだけ遠目の街に引っ越したのだった。
ちょうど娘が今の学校に転入してからの日々である。
先生ご夫婦とはおつきあいが長く、お子さんの年齢がうちと同じで共通の知人も多く、私が紹介した人もどっさり通っているし、何より義妹も家族でどっぷり通っているので、離れていてもそんなに長く会わなかったという印象がお互いに全くない。
先生方およびベテランアシスタントさんたち(ご結婚は?とはやはり聞けなかったけど・・・していたら向こうから言ってくれるだろうし)に全幅の信頼を寄せているので、よっこらしょとまな板の上の鯉になる。
歯科の治療は苦手だけれど(得意な人っているのかな)リラックスできる歯科医があるというのは幸福かもしれない。
それにしても歯の治療中の顔って超間抜けだろうなあ。一切まったくいいカッコできない場所の最たるものの一つが歯医者さんじゃないだろうか、な〜んてことを考えていると(いつも大抵、くだらないことを考えてます)、携帯が鳴った。
あとで見ると会長・・・元PTA会長だった。
あーあ(ー_ー#)・・・というのがまず率直な感情なことは否定できない。でも無視もまずかろうとこちらから掛け直す。

やはり先日仕上げた総会の報告書のことで相談があるとのこと。
なんだかなあ。昨年も彼女はそれで大騒ぎをやらかしたのだ。結果、肝心の真実には触れず、奥歯にモノの挟まったような、不可思議な文章を差し込むことで仕上げとした。総会の場で出た質問にきちんとした答えをだしていないと、昨年はずっと密かに言われることになった原因である。
幸いだったのは何人もの人から、あれは貴方が書いた報告書じゃないでしょ、今までのと違うもの、と言われたことだったかな。まあ、私にとってだけの満足だけれど。
昨年の私の相棒はこの一件でぶち切れて、いまだ元会長を許していないし、今後心を許すことは二度とないと断言している。今の相棒もまたさまざま苦しみ、彼女(の子供と、自分の子供)と同じ学校には進学したくないからと今からピリピリ神経を尖らせているくらいだ。
今年は何の問題もなく終わった総会・・・だからさほどひねりもない総会の報告書に何の問題がを感じたのかと話を聞いたら、司会が「これから総会を始めます」「これで総会を終了します」と言っている部分を削ってはどうかという話だった。
別にいいですけど。過去の総会報告書もその文言は入っている。
なぜなら総会という大行事に関わりつつ、発言の場がここにしかない人が居る為だ。
報告書の中で関係者の名前は絶対出したい。その存在感を示したい、というのが書記の私の願いであり、それは会長とも一致するのだが、表紙に名前を残して、中身の進行の部分は削ってはどうかという。式次第である一番はじめと一番終わりの部分をそれぞれ一言ずつ削ったからといって何がどうなるものでもない。
ないのだけれど、気になるのでしたらどうぞ、と言ったら、気になるというか違和感を感じたのよ、変かしら?貴方の考えを聞きたいわ、と言われる。
型通りのお話をしたら、わかった、やっぱり残す、お話できてよかった、と言われて電話を切った。
う〜ん。
こんな感じでかなりの時間をとられたなあ、という、この1年間の無念の思いが改めてこみ上げてきて苦笑するしかなかった。

いわゆる毒気に当てられた感じに近いと思うのである。
昨日はそれで息子を連れて帰って、娘を迎えて、さてこれで心置きなく、ちょっと込み入った作業ができるかと思ったのに、疲れて、呆然と過ごしてしまった。夕食、入浴、後片付け、オットと晩酌という怒濤の生活サイクル(晩酌は余計だ、とか言わないで)に飲み込まれ、最後は寝落ちで終了。

GW前に友人と過ごした癒しのひととき。
これからはこういう時間を増やした〜い!

開けて本日雪辱戦。
息子を学校に送っていって、帰って来てすぐ好きなことをしよう、でもその前にちょっと玄関の前、掃いておくか、花ガラ摘んでおくか、シーツとクッションの中身洗っちゃおう、床にウェットタイプのクイックルワイパーをかけよう、子供達の服を整理して、甥や姪に分配できるように分けておこう、オットの夏服をだして・・あ、これ今洗っちゃえ・・・
気がつくと、息子の学校の身分証明書を首からぶら下げたままの姿で家中走り回っていた。
だめだめ。今日はもういいって。

新しくPCを購入してから早、数ヶ月。
念願のHP再開に向けて、すでにもう使えなくなったHP作成ソフトのことはきっぱりあきらめ、新しい道を模索しなければならない。
時代も変われば変わったもの。PCの環境も大きく違うし、作成ソフトがなくなるとか何それ、という感じである。
しかし私のあらゆることへの知識のなさ、メカ音痴ぶりは変わらないのだ。相反するこの二つの要素が噛み合うことはあるのかどうか。
幸い悩む時間は前よりあるので、じっくり研究検討する覚悟である・・・。
あ!
今週から家庭訪問習慣で、息子の学校はいつになく早帰りスケジュールなのだった・・・もう、間もなくしたら迎えにいかなきゃ。
しかも明後日、先生、うちに来ちゃうじゃないの。
娘も今日は、学年親睦会と称する遠足もどきで、13時解散で帰ってくるのだった。
きゃ〜!

・・・やっぱり何のかんので暇はないもよう。それもたぶん、幸福なのだけどね・・・。

| 日々のつぶやき | 11:57 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |