オバケと息子

  • 2018.01.16 Tuesday
  • 23:15

可愛いものは好き。

それがお安いとありがたい。
コスメもそんなにこだわりないので、

長いこと、それなりの良いお値段のものは買ってない私。
ドラッグストアのキラキラした可愛いコスメ空間が好きで、
何か足りないものがあると、いそいそと出かけて、
色々眺めて選ぶのを楽しみます。

このコンシーラーも三色パレットの可愛さ、

気が利いている使い分け仕様が気に入って購入。
大雑把な私は

そんなに細かく丁寧に使い分けしないんだけれども、

持っているだけでなんだか嬉しい。

 

 

子供もおおきくなったとはいえ、日々、子供らのことばかり考えて生きてる感じがまだまだ抜けず、進路がまだふわっとしか決まっていない息子のことは特に今、色々考えることがあるのだけれども。

とにかく今の息子の課題は社会性をもっと身に付けること。

社会性・・・そういう先生、あなたが全然身についてないでしょ、というツッコミはこの際おいておいても、実際に障害あることへ配慮をお願いするとはいえ、できる限り、健常に近い状態にもっていけることへの努力は日々必要なことはもちろんなのだ。

きちんと挨拶する、わからないことを質問する、報告する、ちゃんと並んで順番を待つ、などなど日常のそういうことはまあまあできていて、敬語も一生懸命使い分ける努力を周囲の人が感じてくれているのでなんとかなりそうなのだが、

そういう配慮で補いきれない弱点がある。

 

一般に障害ある人はそれぞれになにかこだわりを持つことが多いと言われていて(でも健常な人でもこだわって譲れない人は多いとおもうけれど)、息子についてもよく聞かれるのだが、

たとえば上着は全部きちんとボタンやファスナーを閉めないと気が済まない、着崩す、という観念を嫌がる、などの他に、鳩を非常にこわがることと、昼間であっても、一人になるのをとても怖がる、ということがある。

だからどんなに窓の多い明るい部屋であっても一人でそこで作業をする、などはできないかもしれない・・・と先方にお伝えして、配慮をお願いする。

これは小さい頃からそうで、学校でも更衣室に一人だと入れなかったり、教室に忘れ物をして、一人で取りに行くよう支持されても、できなくて廊下をずっと「困ったな、どうしよう」と呟きながらさまよっていたりすることがあった。

そのことを先生とお話していたところ、実は今年になってから学校でそれがないという。

教室で一人になっても平然としているというのだ。

去年はすさまじく怯えて大変だったのに。

年相応の成長ですかね、やっと大丈夫になったのかなと笑った私は、前に区のケースワーカーさんにもその息子の弱点をお話したとき、

「もしかしたら何か視えているのかもしれませんよ・・・じつは、そういう子、多いみたいなんです」

と真顔で言われ、きゃー、こわい、なんて盛り上がったんですよ、知的障害で心が純粋な分、犬や猫や赤ちゃんなんかが視ているらしいものが視えていることが多いんですって、とお話したら、担任の先生が奇妙な顔をなさった。

実はもう一人、クラスメイトの女の子が、去年の教室ではずっと

「オバケがいるよ。オバケがいるの」

と言い続けていたのが、今年、教室が変わってからは全く言わなくなったそうなのだ。

先生と無言で見つめあった後、ふたりできゃー!!と騒いでしまった。

学校は古く、周囲を二つの大きな病院に囲まれている。もう、何がでてもおかしくない環境ですよね、やっぱり何か、あの教室にはいたんだ、と私と先生とで納得してしまった。

 

息子は今年度、3箇所の就労移行支援施設と企業に1度、実習に行かせて頂いたのだが、そのうちの企業も含めた3箇所では、鳩も出現しなかったし、トイレも更衣室も一人で平気ではいっていて、問題ありませんでしたよ、と言って頂いたのだが、ある施設でだけは実習期間中終始、一人で更衣室やトイレに行けず、指導員の方を呼びに来て、一緒に来てくださいとお願いして付き添って頂いたそうだ。

綺麗で明るい、建物は新しい施設なのだけど・・・何かいたのか。

 

今後、たとえば引っ越しなどの予定が入るときには、とりあえず息子にお伺いを立てようと密かに思い始めている。

昨年の夏、戦ったことについての長いお話

  • 2018.01.15 Monday
  • 23:34

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娘がお土産に頂いてきた可愛いお菓子。

小さなお多福のお面が可愛い!

そうか、次の行事は節分か・・・ちゃんと豆まきしよう・・・!

 

 

 

会社に行くと、日頃、事務所の要として全てを知り尽くし、采配している方がぎっくり腰になりかけたと腰をさすり、困っていらっしゃった。

私も経験者。あれの辛さはよく知っている。

「ノーモアぎっくり腰」

その方が頼りにしてかかっていた整体の医師が行方不明になって困っているというので、ご夫婦で腰痛持ちで、腰痛治療医に詳しい友人にラインで、最寄りの名医を尋ねたら電話で返事があったので、昼休みに折り返し電話をして、おしゃべりしたら、とても楽しかった。

 

同じ地域で、障害を持つ同年齢の子を育て同じ学校に通って、一緒に役員をするってかなりのご縁なのだと思う。

しかも今年、私たちの息子の学年では、明らかに進路指導の先生に恵まれていないのだ。

就労を希望している生徒になんのリアクションもなく1学期を終え、問い合わせに、デタラメでトンチンカンな回答をしてきた進路指導の先生のこと、それを許す校長のことなど彼女の怒りに私も激しく同意で、盛り上がる。

その先生は知的障害ある子供達にも影でひどい毒舌を吐いているのを入学当初から私自身が目撃し、それがうちの息子に対したものでなくても不快で、非常に不信を抱いていた人だった。

それで色々注意していたら他にもあちこちから不穏な噂が聞こえてきて、これはいけない、近寄らないようにしようと思っていたのだ。

そうしたら大切な3年になって突然、担任からはずれて進路指導専任になった。

大丈夫なの!?と案じていたら全然大丈夫でなくて、保護者の希望を全く聞かない、尊重してくれない。

まずは志望調査表に色々気持ちを書いたのを読んでいただいたと思うが、なぜお返事がないのかと問い合わせることから昨年の夏の戦いの幕が切って落とされた。

 

不可思議な微笑を浮かべた進路指導教諭は
「ああ、志望調査書は保護者のお気持ちを知るために頂いてるので、いちいちお返事をしないことにしているんです」
としゃらっと言われた。

私は言葉を失った。

 

私たち保護者は、障害ある我が子の未来を思って必死で進路のことを考える。

夢が大きく現実とかけ離れていることもあるだろう。けれど何らかの可能性があるならそこにかけたい気持ちもあるし、でも我が子の負担になって苦しめることはしたくない、そこのあたりの落とし所としてどのような方針がいいのか、とにかく希望と不安の間を行きつ戻りつしながら、そのことで指標を頂きたくて先生に相談を、志望調査書をお出しするのだ。

それに返事はいちいちしないことにしてる、と笑顔で言われては。

みんなずっと返事を待っていたのに。


なんて、私達親の、切ないような気持ちに寄り添ってくださる気のない先生なのだろう、といっそはっきり思い切ることができるほどだ。

何も1学期が終わって、良くできる子ならまだしも、あれ?あの人全然何もできないのに、どうしてあの企業に実習に行ってるの?先生の選択基準がわからない、どうしてうちは何も声をかけてもらえないの?と1学期の終わりにざわついていた訳で。

 

呆れた私が親友に吐露したことから、このことは即座に保護者に知れ渡り、皆、気色ばんで騒然となったが、中でも私とオットは容赦しなかった。

 

この教師はいろんな保護者の要望に、面談の場で冷静にそれぞれのお子さんの短所をあげ、能力がない、故に希望に応えられないと追い詰め、諦めさせるのだという。

これだけ証拠が並んでもまだそれを希望されますか?というような会話の流れだったそうだ。

(親友から事細かに聞いた)

 

傷つけて撃退する・・・そういう人であるのかと私は考えて面談に望んだ。

 

手前味噌とわかっているから恐縮だけれど、

我が子は確かに知的障害者だから、健常な年相応なお子さんと比べれば理解できていないことはたくさんあるけれども、その障害の中でも精一杯良く育ってくれている方だと私もオットも自負している。

 

息子に障害があるとわかった時から私が心を砕いてきたことは、たとえ障害があるにしても精一杯、社会性を身につけ、モラルに反しない言動の人になれ、マナーを身につけ、絶対守れということだった。

人に預ける時も徹底してそれをお願いし、悪いことは悪いときちんと叱ってくださいと伝えてきた。

皆さんすごく共感してくださって、おかげさまで息子はいろんな方に教えていただき訓練されて、穏やかに落ち着いて成長できていると思うのである。

もちろん、完全ではない。失敗もするし、反省点は多々ある。でも素直でまっすぐなので、うまく行かない時もストレートであり、陰険ではない。

自閉症ではあるが人と合わせてやっていくことがそう苦手ではない。

 

しかし進路指導教諭は息子に就労はすすめないとおっしゃった。。

例えばある日、息子は終わりのホームルームでクラスメイトに伝えるべく、国語教諭を探して明日の持ち物を聞いてくるよう担任に仰せつかった。

息子が探し出した国語教諭はくだんの進路指導主任と対話中で、息子はちょっと待っていたのだけれど時間の経過にどうしていいかわからず、結局二人の教諭の話の腰をおって「○○先生、明日の持ち物はなんですか?」と聞いてしまったそうだ。

もちろんそれはいけない。

家でも家族の会話で人の話の途中で割って入らない、急ぐ時にはごめんねと声をかけて、とは教えるが、それはそう多いことではないから、十分に身についていなかったのだろう。

「そこで先生が注意されたら息子はどうしましたでしょうか?」

「すみません、と言いましたね」

「それ以降どうですか」

「気をつけているようです」 

「学べたのですね」

「そうですね」

「だけどその一度のことがあるから就労には適さないと先生は判断されて、私の志望調査書を無視して就労移行支援施設への入所に向けて指導をすすめられているということですか、私の了解なく?」

「そういうわけでは・・・」

「そういう会話のマナーで、D類型

(息子の学校は障害の特性で類型分けされていて、重度の方がAで3人の生徒さんに2人の担任がつき、

B、C、D類型で8人の生徒に二人担任という構成になっている。

類型により授業内容が変わってくるので、ちゃんと合っていることが大切だし、

Dに近づくほど能力が高いという通念がある)

のお子さんは完璧なんですか?」

「いえいえ!できない子が多いですよ」

「ではうちの子ができなかったことはそれほど極端にひどい訳ではないんですか」

「もちろんです」

「でしたら、うちの子が就労に適さないと今おっしゃったことはなんですか?Dのお子さんと比べて○○が何かひどくご迷惑をおかけしたことはないと思います。電車やバスでご迷惑をおかけしたこともないですし、登校拒否もしていません(Dの方には両方多い)」

「そうですね。きちんとしてますねえ」

「勉強も・・・Dの方で、うちの子より読み書き計算ができない状態の方、わりといますよね」

「そうです。ただ喋れるだけで何もできない、という生徒も多いです」

突っ込むと否定しない。肯定されると、だったらどうして?とやはりどうしても訝しさが募ってしまう。

 

類型分けによるクラス編成にも前から疑問があったのだ。

学校は何ができなくてもとりあえず喋れて(多弁症でも構わないらしい。すさまじく喋る人は会話ができない人よりもっと周囲を困らせることがあるけれども)、

一人で通学できるという人を最初にとにかく高めに評価するように思えていた。

その通学の仕方を知りもしないで・・・年相応のマナーが身についていない状態のお子さんはもちろん、中には一人で通学できると申告しておいて、実は親御さんが隠れて送迎している方もいて、ちょっと詐欺だなと感じていたのだ。

類型によって受けられる授業に非常に差ががあるので(極端な話、A・B類型の生徒さんは古い学校の中でもっとも築年数があたらしく綺麗な校舎で授業を受けるチャンスは一度もない)、そこにこだわらないではいられなくて私も辛いところだけれど、興味があるからつい他の方の様子もみてしまうし、そうすると色々気が付いてしまうことがあって、そのことと学校の指導のズレににずっと違和感を覚えていた。

 

年相応に物事が理解できていて振る舞えないからうちの息子はだめなんだというように、教師は話を展開した。

が、それで私にダメージを与えることはできない。

「十八歳の年齢として当然という理解力があれば、それは知的障害者ではないです。特別支援学校に来ていません」

と私はキッパリ答える。

彼はぐっと言葉に詰まった。

学校ではしばしば指摘されることに「それがやりたくてもできない、だから障害なんじゃん!!」と、これ、どのお母さんもみんな言ってることなんですけどね。

 

特別支援学校とは、障害ある子の特性を理解して、伸ばせるところを伸ばし、短所を補い抑制する訓練をする場所であって、

健常ならこうだけどあなたの子はこう、つまりあなたの子は健常じゃないですよ、と

わざわざ保護者に再確認させ、子供の未来を思い描くことを諦めさせるところではないはずだ。

それがわかっていない保護者は我が子を特別支援学校に通わせませんからね。

 

息子は小さな頃からは読み書きが得意でルールに外れることはしなかった。間違ったことをしてしまう時は、それがよくないことだと知らない時で、いけないと教えると大方しない(女性好きで女性に近寄りたがるという癖だけは幼い頃から治りにくい。とほほ・・・)

つまり基本的なルールは普通に理解し守れて、共同生活を幼稚園や学校で送れており、言葉は幼稚園の時で2語文、小学校3年生くらいの時で3語ほどしか話せなかったけれど、家庭や学校でコミュニケーションはよくとれていた。

知らない人、信頼関係が築けていない人の前では無表情になるが、基本は表情豊かで自分の気持ちを伝える動作や表現がうまく、愛嬌がある。

それが小学校5年くらいから文章として話せることが増え、今ではかなり会話ができ、敬語も一生懸命場に応じて使おうと努力している。

綺麗に字がかけ、辞書やスマホを使って文字を調べたり、PCの入力も得意で、最低限度の計算もでき、カレンダーや時計もしっかり理解して、生活に使っている。

これらはすべて今まで学校側からも報告されてきたし、私自身もよく知っている。

運動神経が良く(足、早い)、手先がものすごく器用であることは全ての先生が認めてくださっているし、美術が得意なので小学生時代から今に到るまで学校で画伯と先生方に呼ばれている。

そして、なにより、性格温厚だ。冗談もわかって面白く、柔軟な反応ができることも多い。自閉症の割にはコミュニケーション能力が高いほうなのだ。

他害、自害一切なし。

正直に言ってしまうととても自慢の大切な息子。

頑張って育ててきたのだ。いろんな方に頭を下げ、お詫びとお礼を何万回も言いながら。

 

違うというならどうぞ否定を、と私は教諭に迫り、横で無言でただメモだけ撮り続けていた(これも異様で、他のお母さんがたも、横で担任の先生が何もフォローしてくださらなかった、と嘆いていた。進路指導主任に一切口をだすなと言われているのは明白な様子)担任も大きく、こくこくとうなづいていた。

私はその担任に

「○○はそんなにダメな生徒ですか?C類型最低の子でしょうか」

と伺うと、担任の先生は大きく息を吸い込んだ後、

「いえ。○○くんは勉強も運動もよくできて、何よりお友達にものすごくやさしいです。○○くんの気遣いにみんな助けられています。」

と、進路指導主任をじっと見ながら言ってくださった。

追い詰められた進路指導主任は、椅子を後ろにひいた。

そしてとても歪んだ妙な笑いをうかべ、1学期のある就労移行支援施設での実習時に、息子はできないことに苛立ち、施設を飛び出したことがある、そんな生徒には就労を進められないんです、と言って勝ち誇ろうとしたのだった。

 

その施設は、実習にくる生徒すべてにまず折り紙の折り図を渡すのだった。

それを見て、いかに折り紙をできるかで、知的にどの程度か判断し、手先の使い方も見るとのことだった。

息子はヤッコや箱、風船など綺麗に折れた。が、鶴でつまづいたらしい。

施設としては助けを借りず、そこまで折れたことでもう十分すごいと思っていてくださったそうだが、息子は完璧主義。

できない自分にイラだち、「僕はもうここをやめます。家に帰ります」とすねたらしい。

「とても面白かったです!わーっとパニックになるのではなく、プライド高くグレた。でも、『まあまあそんなこと言わないでさ、次はこれをやろうよ』って話して別の作業を促したら気分を変えて、おちついて最後まで過ごせましたからね」

と施設の指導員さんに後に言われた。

 

その日帰宅した息子は「ママ、鶴を折る」と私に言ってきて、5回ほど折って習得し、翌日の実習で指導員に「僕は鶴を折ります」と声をかけ「お!やってみるか!よし』と気持ちよく指導員さんが応じてくれた目の前で鶴を折り、すごいなとほめられてニッコリ笑ったそうだ。

この顛末を私は実習最終日の反省会の時に、良いお話、褒め言葉としていただいたのだ。

できなかったことを練習してきてもう一度してみせてくれた気持ち、本当にすごいと思いました、立派でした、と。

横で担任も聞いていたことで、その話をなんと、この進路指導主任は「改悪」したのである。

怒り心頭。大爆発。

それまで自制していた私の気の強さが奔流となって流れ出た。

私は外見的に大人しそうに気弱そうに見えるそうで、そのギャップがいつも必要以上のインパクトを人に与えるのに我ながら困っているのだが、この日の効果は高かった。

進路指導主任は立ち上がってその場で机の上に深々と頭を下げ、

「非常に申し訳ありません、他の生徒のことと勘違いしていました。○○くんのことではありませんでした!」

といい、○○くんのことは教師皆が認めています、私も認めています、今後は○○くんのの進路のために努力します、、足を引っ張りません、邪魔しませんという、実に珍妙な約束をなさったのだった。

じゃ、今までやっぱり足をひっぱてたのかい、邪魔してたのかい、と突っ込みたくなるのは仕方ないんじゃないかしら・・・。

 

このことは録音していて、オットと聞き直し、要点を整理して校長と面談。

同じくトンチンカンな校長の答えを切って捨てる。

そもそも私たち保護者は、子供をなんとか企業就労させたいと望んでいても、企業に見学に行かないでくださいと言われている。

親が勝手にアクションを起こして企業が疎ましく思い、学校全体の印象が悪くなることを懸念してのことなのだが、見学しないでどこを私たちは希望すればいいのだろう?

そうやって不安を覚えつつも待っていたら、何もしてくれなかった。

一度も企業での実習をさせてもらえないまま1学期が終わってしまった。

障害者差別解消法、ノーマライゼーションが聞いて呆れる。

見学できないで、進路を決めることができるわけがない。親は動くな、学校が動くと言われて動きを封じられて結果、何もしてもらえない、この状態こそは差別そのもの、いつの時代のどこの国なのか。

この学校こそが障害ある子供達を差別し、いいように適当に扱っているのだ、と私たちは校長と副校長に詰め寄った。

校長先生はなんとかこの学校の体質を変えたいと念願しているのだが、なかなか難しんですとおっしゃった。

何がどう難しいのかは話してくださらなかった。

 

2学期にはお手紙が配布され、保護者の方で企業見学をされる場合は、学校にもその予定をお知らせいただけるようお願いします、とやんわり方針変更が通達された。

 

 

いずれにしても以来、私はすっかりモンスターペアレントの仲間入りを果たした。

可愛い優しいお母さんとして卒業させてよ!と吠えたいところだが、もうこうなったらなんだって構わない。

今では私が行くと校長先生以下、全ての先生に緊張が走る状態で、校長先生なんか廊下でばったり会うと後ずさりし、どもりながら挨拶される。

フン。

 

そして進路指導の先生はやつれはじめた。

毒舌は自分だけの専売特許ではないと実感したことが応えたのだろう。

私の職場の方達も私とその進路指導の先生および学年主幹、校長・副校長とのバトルを知っている。

なぜならバトルのあったその夏の日、私が胃けいれんに倒れたからである。

 

その長い面談の帰りには小雨が降っていた。

ひとり、人気ないグランドを横切り帰ろうとする私の後ろから走ってくる人の足音が聞こえ、名前を呼ばれて振り向くと、他のクラスの担任で若い先生が「○○さん!雨が降っています、これをどうぞ!」と折りたたみ傘をさしだしてくださった。

それから別の、美術の先生がまた走ってきて、○○くんの絵がすごく良いので・・・・展に応募したいのですが、いいですか?よろしかったら僕が写真を撮って、書類を書いて応募しますと声をかけてくださり、私は両方の先生にお礼を言った。

暖かさを感じてうれしかった。

多分、他の先生方は心配してくださっていた、私の気持ちをもわかってくださっていたのだと思えた。

救われた気持ちがした。

したけれども、もうその時点で胃がひどく痛かった。

やばい、胃けいれん起こしてる。私もヤワだなあと情けなく思いながら、自宅までの30分の運転を必死でこなし、帰宅するなり寝込んでソファで呻いた。

子供達がオットに私の以上を伝える電話をして、帰ってきてくれたオットに時間外の救急外来に運ばれる。

しかしその時点で私はなんとかもう落ち着いており、胃薬だけもらって帰った。

翌朝、出勤前に前日の時間外診療の清算をしにいこうと乗ったバスの中で再び激しい胃痙攣に襲われた。

激しい  気性は自覚しているが、だからといって人とやりあうことが好きな訳ではない。面倒ごとは嫌いだし、できれば平和な一生を希望しているわけで、それが本気でやりあったのだからストレスにならない訳はなく・・・つまりは本当は気弱な人間なのだ、私は。

人前で呻くのが嫌で必死でこらえたが、どうにも痛みは激しく呼吸すら苦しく、バスからおりた後、這うようにして病院に行き、たどり着いた受け付けで、くずおれてしまった。

恥ずかしいことにそこから数十分、しばし記憶曖昧である。ただ会社に連絡しなければ、私が行かないと皆がどれほど心配するかということだけ強く強く思い続けていた。

ブスコパンを投与され、オットがまた呼び出され、きてくれたオットに職場に欠勤の連絡を頼んだ。

後に事の顛末を職場で話し、

「○○さん、お子さんのためにがんばったんですね!」

「それはでも戦っちゃいますよね」

と慰めていただいた。同日、学年主幹から「今までのこと、全て深く反省し、心よりお詫びもうしあげます」と謝罪の電話があり、問題の進路指導主任が体調を崩して休んでいるとその時聞いたことを伝えると、職場の上司に

「○○さん、見事、刺し違えてるじゃないっすか!」

と笑われたものだ。

 

おかげでいつも以上に暑苦しい夏を送った後の秋は、学校側が急遽手配した実習の嵐だった。

大変なのは当の息子だが、息子は状況を理解し、落ち着いて、全てをちゃんとこなしてくれた。

こんなにも成長していたんだ、と親の私が驚くほどに。

 

しかしながら、全ては手遅れの感は否めない。

就職をするならもっと早いうちから企業に打診し、実習を重ねて秋には結果をだしていないといけなくて、学校側は清掃での就労ならいくつか当てはあるが、事務補助での就労は少ないとどうしていいかわからぬ様子。

私がネットで調べた特例子会社の名をだすたびに、そこに連絡してみて、「すみません。もう締め切られたあとでした・・・」と私の怒りの再燃を怯える様子で電話してくる、ということが何度も続き、結局、何も決まらぬまま年を越した。

親がネットで調べて、学校がそれを後追いしてダメで、あとはもうリアクションがない。これが進路指導なの?

私もオットもはや、呆れるのを通り越して笑ってしまえるほど。

もとより、就労でなければならないというつもりはない。

企業に実習に行ってみて、どれくらい息子ができるか様子をみて、気が済んだら就労移行支援施設を希望しようと思っていた。

実際、区内には就労していない20才過ぎの障害ある方が大勢いらっしゃるので、行政的にどうしても高卒の子はひとまず訓練施設へ、その訓練施設をもう出る段階の人を優先的に就労へ、という思惑があるのかなとも理解できるし、先輩方に聞くと、就労移行支援施設の進路指導は素晴らしくて、見学会も実習もばんばん開催・実施してくださり、就労への道が開けやすいそうだ。

なおかつ、楽しいよ、と。

息子も就労移行支援施設での実習が一番気楽で楽しかったように見える。

なので、ひとまず必ずは申し込まなければいけないという区内の就労移行支援施設には利用希望をだしているのだけれど、どうにもすっきりしない。

そういうご家庭が今年の息子の学校の3年生にはたくさんあるのだ。

 

そんな訳で友人と愚痴をこぼしあってうさを晴らし、職場で、最近進路指導の先生が順調に痩せてきてると評判なんですよね、と話すと

「ちゃんと痩せるくらい応えててよかったっすよね」

と笑われたのである。

「しかも最近は妙に派手な変なシャツをきてくるようになっていて、夏祭りではギターかき鳴らして尾崎豊歌ってたし、変なんですよ。でも一番尾崎に嫌われるタイプの先生なんですけどね、どういうつもりなんだか」

というと、それはもうかなり危ない精神状態になってるんじゃないっすか、と大笑い。

先生には申し訳ないけど、せめて馬鹿話のネタくらいにはなっていただかないと気が済まないわ。

 

以上のようなこともあって、私は何ヶ月もブログを打つ気になれなかったのだ。

入学した時からなんだかがっかり、これで本当に日本一なの???と不可思議な学校だったが、もう卒業まで2ヶ月ほどだ。

いっそ早く卒業したいなと楽しみですらある。

4月からはどうなるのか、今もよくわからなくて、実は他にもそういう方がたくさんいらっしゃることにもう驚き呆れているしかない状態なのだけれど、こんな中途半端な宙ぶらりんからは少なくとも解放されているはずなのだ。

 

くだんの教師は今、息子の評価をあげ、きっと就労移行支援施設にはいっても半年も通いませんよ、3ヶ月くらいで就労が決まると思いますと妙にもちあげる。

校長と相談して誉め殺し作戦に転じたんだな、きっと、・・・と思っている私である。
 

今日もまた…

  • 2018.01.14 Sunday
  • 21:20

疲れた・・・いや、まだ頑張ろう!そうだよ!

と夫婦で声を掛け合った本日は

娘の日本舞踊の会。

大学では昨年はバレエの授業を選択した娘、今年度は日本舞踊をチョイス。

それは良いことと応援、着て欲しい着物もある。


和裁士だった私の祖母は中振袖が好きで

私にも2枚、縫ってくれていた。

そのうちの1枚、縮緬の、黒地に小花模様のものを気に入って身につけた娘。

天国の祖母(娘からすれば会ったこともない曽祖母)は

今、どんなにか喜んでこの様子を見てくれているだろうと思った。

踊りや三味線、お琴に唄などが大好きな人だった。

 

小さな頃から踊りは得意な娘、日舞もとても上手ではないかと夫婦で親バカに浸ってたくさん写真や動画を撮ってきた。

音大なので日本舞踊の会とは言っても皆さんそれぞれ専攻の、ピアノやフルート、時にドラムまで演奏される。

斬新でかっこよくてとても素敵。

もちろん声楽専攻生徒たちの歌もありで、2時間超と長いながらも飽きのこない、とても楽しい会だった。

そのまま打ち上げに行くという娘を置いて、夫婦で夕食用の買い物をして地元へ。

息子は移動支援のヘルパーさんにお願いして神田のアトリエに出かけていたのを、ちょうどうまく駅で拾って帰宅。

楽しかったけど、疲れた。

 

先週、成人式という一大イベントを済ませたのだから本来ならそれでホッとできるところを、1週間立たぬ昨日今日で、声楽と日舞の発表会。

また週末の金曜日には娘が師と仰ぐ声楽の先生の門下生の発表会が横浜であり、その翌日の日曜日には藤沢の教会での合唱発表もあるのだが、同日、高校生最後の息子の学園祭があって彼も劇やら第九でのソロ歌唱やらあるため、藤沢へは残念ながら行けないのだが、息子の晴れ姿もしっかり観なくてはならない。

気が抜けない。

直視しないようにしていたけど、新年早々予定ぎっしりで、なんだかなあと思っていたのだ。

 

神戸の実家で一人暮らしをしていた母が、調子を崩して昨年4月から施設に入所していたのだが、そこで非常に元気を回復したため、要介護1が取り消され、また実家での一人暮らしに戻ることになったという妹からの連絡にも戸惑い、思い悩むことがいっぱい。

息子の進路のこともある。

 

ああ。

ゆっくりしたい。

今はとにかく目の前のことを一つ一つ頑張るのみ。

でもなるべく賢く、先のことも考えていかないと・・・なのだ。

やれやれ。

 

娘の成人式

  • 2018.01.08 Monday
  • 20:54

本日無事に、成人式を迎えた娘。

 

初めての子供で、待望の女の子で、

私もオットもじいじもばあばも親戚も、

みんなみんな夢中だった。

この子を無事に安全に育てるために

どれほどの時間を送迎に費やしたことかとオットと二人感無量。

いや、まだこれからだってするんだけれど・・・。


赤がいいというので簪は新調したけれど、

(つまみ細工で、ゆらゆらと揺れる先に小鈴というのは私のこだわり)

あとは全て私のおさがり。

和裁士だった私の祖母が長襦袢から帯から着物まで、

全て縫ってくれたもの。

私が十九歳の夏に、祖母と一緒に呉服店に行って、

反物から襦袢の生地も帯も着物も選び、

帯揚げ帯締め半襟、草履にバッグと一緒に選んだ。

私の祖母・・・この娘のひいおばあちゃんが見たら

どんなに喜んでくれたかしら、と何度も思う。

きっと、私の祖父母もニコニコで、この娘を見守ってくれているだろうと確信がある。

 

たくさんの、本当にたくさんの新成人たち。

みんな輝いていて、うちの娘もキラキラして。

私たち親も万感の想いで。

 

毎年成人の日はすっきり晴れないそうだけれど、

今日はギリギリ雨が持ってくれた。

 

朝、早くから優しく素敵な美容師さんたちが、

腕によりをかけて娘を綺麗にしてくださった。

そこから歩いていく道すがら、

見知らぬいろんな方がお祝いの声をかけてくださってうれしかった。

私もこれからいつも、見知らぬ人でもちゃんとお祝いしようと思った。

 

誰も自分の力だけ、

一人だけでは幸せになれない。

いろんな人に助けられ、生かされて幸せがある。

与えられてばかりではいけない、

与える側になって。

 

・・・いえ、いろんな理屈はさておいて。

 

とにかく元気で。

そしてなんとかうまく(人を傷つけることだけはしないで)幸せになってください。

 

我が家の娘にだけではなく、

新成人の方に言いたい気持ちはただそれだけ。

 

とにかく、おめでとう!!

まさかの息子

  • 2017.09.11 Monday
  • 23:45

先週、5日間の息子の実習が無事に終わった。

 

 

大丈夫だろうと思いながら、やはりどうしても不安な実習の始まりだった。

夏休みが終わって、9月1日金曜日の始業式に出た翌週から早速の実習だったので、わかってはいたけれど親子ともになにか夏休みの余韻が残っている状態。いわゆる夏休みボケである。

そして、夏休みだろうがなかろうが、なにしろずっと箱入り息子に育ててきたから、一人きりの往復に(30分だけど)何か問題があるかもしれない、と心細くてならない。

天災はもとより突然の事故のニュースも最近頻繁に聞くように思うし、それにやっぱり・・・人が怖い。

 

が、なんのトラブルもなく、息子は実習を終えることができた。

 

とはいえ、やはり障害者の自立、といういかにも美しげな言葉に疑問が湧く。

自分さえ無事ならいいというものではなく、障害者を身内に持つ者の一般論としてなのだが。

 

国は障害者の自立を声高に叫び、生活介護ではない=自力通所、通学が基本です、と極端なシステムを障害児とその保護者に押し付けてくる。

けれど、障害の度合ってそんなにパキッと綺麗に線を引いて分けられるものではない。

たいていの人がその間で困惑・当惑して手段のなさに悩むことになる。

大方の日本の福祉に関する取り決めがそうであるように、自立という良さげな言葉の本質は放置に等しいことが多く、要は予算削減、人員削減の言い訳のひとつでもあろう。

語彙豊富で七色のニュアンスを含ませることも可能なな日本語は、事実を曖昧にぼかしてさも実態を事実よりそう悪くもなさそうに表現する時にその力を発揮するものだなあ、といつも感心するのだが、こと障害者に関して言えば、自立という言葉で見放すほどには周囲の環境が整えられていないことが大問題である。

健常な人ですら、突然の災害時や事故、人災を切り抜けられずに危険な目に合うことがあるというのに、身体や知的に障害を抱えていて、どうしてその場を切り抜けられるだろうか。それが一人でできるなら世話はない。

何が本当の障害者差別の解消なのか、ノーマライゼーションなのかを、ちゃんと現場で多様なモデルを見聞きしした上で、ルールなり制度なりを発信していただきたいものだと常々思う。

言いたいことは山ほどあるが、私一人の力で今すぐ良い制度を実施できる力があるはずもなく、とりあえず交通機関に関係する方々への理解と配慮への啓蒙が制度としては近年かなり浸透しているはず、ということを頼りに、私も息子を送り出した。

実は、私のような極端に心配性な人間にとっては実に幸いなことだけれど、息子はどうやら、お上の理想の標準ケースに当てはまるタイプなのだと思う。(だからいいっていうものではないのだ、繰り返し言うけれど)

バスに乗車する時、愛の手帳を見せる、運転手さんが了解してくれる、それから乗る・・・という普通のことを普通にこなして毎日通所する・・・それはつまり、障害ある人の中では比較的障害の度合が軽度でしっかりしているということになる。

とはいえ、常に支援が必要であることには変わりはない。

いっそ重度の障害なら、もう文句のつけようもなく物理的にも精神的にもん完璧な保護の繭に包み込んでしまえるのに、という思いすら内心過ぎることがある。不遜で本当に申し訳ないことだけれど。

 

 

そんな私の心配をよそに、息子は一人で移動し、職場で与えられた仕事をこなすという日々を緊張しつつも楽しんだようだ。

順当に、就労に向けての力をつけ、前回のPC作業メインの事務補助型とはまた違う、ものづくり系の今回の現場でも、とてもよく評価していただいた。

一人で放置するのは怖くてできない。

でも支援を受けながらであれば、勤勉に丁寧に多くの仕事をこなすことができる。

性質が穏やかで、自閉症のわりにはコミュニケーション能力が高いのは、本当に小さな頃から、たくさんの人のご厚意に包まれ、支援を受けてこれたからだなと思う。

人との関係の築き方をゆるやかに優しく学んでくることができたからか、と。

 

とりあえず、9月最初の修行はクリアできたかとホッとした。

だがもう10月には2回の実習が決まっている。次は企業での実習だ。

その社屋の場所を確認し、親としてどのように息子に通勤の訓練をするか夫婦で考えはじめた週末を過ごして。

日曜日の朝、気がつくと息子がトイレにこもっていた。

下痢をしているようで、熱も相当に高い。

ああ、と胸が痛くなった。

やはり実習は息子には大きなストレスだったのだ・・・・・・と、思ったけれどオットも下痢をしているという。

いやいやパパはそんなにストレスないよね!断言しきったところで疑惑が心をよぎった。

下痢や発熱は体が体内の異分子を戦い、毒素を排出するための働きなので、無理に薬で抑えようとしない方がいいという。

だから1日様子を見ていて思ったが、これは風邪とかストレスからくる何かではない。私は娘は全くなんともないけれど・・・

 

翌朝、医師に下された診断は「軽い食あたり」。

我が家の男たちは、一体何を食べたのだろう・・・確かに倒れる前日の土曜日、嬉しそうに二人であれやこれやを買い食いしていたのは間違いないのだけれど。

 

もともと体力があるので、熱がさがると息子は大変元気になった。

しかしトイレに行く感覚はまだ30分おきである。

これでは明日も登校させることはできないだろう。

今日は私が仕事を休めず、夫に1/3有給をとってもらって病院に付き添ってもらい、奇跡的に娘の授業が午後休講になったので早めに帰宅してずっと看病してもらっていたのだが、明日は息子一人で養生しつつ留守番していることになった。

実習中も家族の誰よりも早く帰宅し、一人で鍵を開けて家に入って戸締りし、私が会社から戻るまで実に立派に留守番していてくれた息子なので(自発的に、朝洗って乾いている食器を片付けてくれたり、掃除機をかけたりしてくれていた)、それも大丈夫なのだろうと思う。

 

大きくなった。

本当にそう実感する。

 

 

 

ドレスに着物に色々と

  • 2017.09.03 Sunday
  • 17:57

タイトルとかけ離れた写真ですみません。

(まあ、いつものことですが)

ウルトラセブンとゼロがかっこいいでしょ。

我が家はみんなセブンファン。

息子のゼロも大好きです。

(特に娘が)

ご多聞にもれず、宮野真守さんが大好きよ。


私はいつも、ゼロ、あなたのお母さんはどこの誰なの!?

と、それが気になって仕方ない。

 


あ、ちなみにこれは、オット愛用のビールジョッキ。

確か、どこかのウルトラショップで見つけて購入したもの。

スカイツリーでだったかな?

ビールの冷えた状態が長くキープされることをオットは喜び、

けして割れないことを私は喜んでおります。

 

 

今日も息子の一人通所練習を朝から実施。

色々注意して、一人で出掛けさせた後を、オットが尾行し、私は先回りして現地で待つ・・・みたいな、

笑ってしまうしかないやり方なのだが、大マジメにやる。

しかし何の問題もなく、やすやすと息子は往復してのけた。当たり前なのだけれど。

かねてから周囲に、○○○君はもう全部一人で大丈夫よ、あなたが大丈夫じゃないだけよ!と言われ続け、

移動支援のヘルパーさん達にすら、新宿も渋谷も代々木も何も問題ないんで、

本当は僕ら要らないかと思いますが・・・、」と言われるのだけど、

いえ、心配ですから!と見守り続けてきた。

それも社会人になったら卒業かと思う。

心配で不安な気持ちはもちろんあるけれど、よくここまで育ってくれた、大きくなってくれたなあと思う気持ちの方が強い。

子供の成長で、本当に今まで頑張ってきてよかったなあ・・・と思う。

 

成長しているのは息子ばかりではなかった。

娘が来年、成人式である・・・!

私にはまだ、生まれたての小さな娘の息づかい、ほにゃんと柔らかで、くったりと暖かい重みある体を抱き上げた時の感覚を、まざまざと思い出すことができる。

本当に、心から愛おしくて大切で、なんだか辛いと思うほどだった。

ずっと子供のいない人生を歩んできて、それで十分幸せだったのに、もうこの子なしではいられない、この子なしの人生は考えられないと本気で思った。

オットの可愛がりようも半端ではなくて、新生児室から幼稚園、小中学校、高校、そして大学でまで、非常に熱心なお子さん想いのお父さん、としての存在感を出し続けている。

 

夢中で子育てしてきた。

私もオットも、娘の送迎に費やした時間はどれほどのものか計り知れない。

下手したらまだ送っているし・・・

今、放映中のドラマ「過保護のカホコ」はかなり我が家の状態に近く、ヤバいねえと笑いながら夫婦で見ている。

いや、我が家はカホコより一足早く、自立の道を促して、色々一人ではやらせているつもりなのでちょっと自信あるんだけれど、根本的なところはもう、はい、本当にすみませんと訳もなく謝りたくなるぐらい、子離れできない親の心理と行動パターンを突かれていると思う。

でも、昨日も一人で二つに学校に行くと言った娘に、いいから、いいから、私たちもちょっとドライブしたいからさ〜、なんて言って大学まで送ってしまったし。

 

しかしもう成人式なんだなあ。

まだ幼く見えるところもカホコと似過ぎている娘は、おそらくきっと、「ハチミツとクローバー」の中のはぐちゃんのように、

成人式の写真のはずが七五三の写真のようになる可能性も否定できないと思いながら、今日は地元の、すごく可愛いセットのある写真館に電話をかけた。

成人式の前撮りをお願いするためである。

先日、それこそ娘の幼稚園時代のママ達(皆それぞれ、街を離れ、小平市や茅ヶ崎市に引っ越されているのだが)が久しぶりに今の街にやってきてくれて、とても楽しいランチ会をしたのだが、

中の一人のお嬢さんがもう成人式の写真の前撮りをなさっていたのである。

それで私は内心焦った。

しまった、そういうものがあるのを忘れていた。昨年、別の友人にそのことを言われて、うちも早めにしなくちゃとおもっていたのに、と。

気がつけば成人式まであと4ヶ月。うかうかしていたら、こちらは良くても写真館の都合で撮れなくなるかも、とおそるおそる電話をかけた。

結果、10月で日にちが空いていた。

忘れていたけど、本当に七五三もまもなくあるわけで、予約はそこそこ埋まっており、祝日土日曜日は休日料金で6千円も高くなる。

娘の大学生活はストイックで、月〜金までぴっちり授業があり、アルバイトもできないほどだ(なので代わりに私がアルバイトに出てるわけだが・・・)が、奇跡的に平日、1日だけ休みがあった。

それが写真館の空きと一致。

やった!と心から神に感謝しながらその日を抑え、事前の打ち合わせの日も娘のスケジュールを確認しつつ決めた。

やれやれ、である。

来月半ばには七五三もどきの成人式写真が撮れるようだ。

七五三の時の娘は可愛かった。

その時の着物も私がきたものだけれど、成人式にも私の振袖を着てもらう。

当時なかなか値の張る古風な着物を私が気に入ってしまって、「よりによって絞りを選ぶか」と呻かれ、祖母には「さすが、私の孫や」と変な喜ばれ方をしたものだ。

しかも23で結婚してしまったからほとんど袖を通していない。

(妹は妹で、どうしても自分用に新しいものを買うと言ってきかなかったのである。ちなみに妹の子供は二人とも男の子なのだが、どうするのだろう。上の子が中1、下の子が小1なので、孫娘誕生に期待するにしても相当な未来ということになりそう)

娘が着てくれて、これから何度か袖を通してくれれば、やっとなんとか元がとれた気がするというものだ。

 

それでホッとしていたら、娘が10月にはさらに声楽のステージがあり、その後もあちこち教会などに歌いにいくので、また衣装が、ドレスがいると言ってきた。

う・・・

ドレスに着物に、小物もいろいろ。

女の子に必要なものは華やかで楽しい。

だけどその分お金もすごく、しっかりかかる。

とにかくきちんとバイトに行こう。

そう思うしかない私だった。

 

密やかに祈ります

  • 2017.09.02 Saturday
  • 21:50

サングラスの意義が、最近になってわかった気がする。

(昔は視界が悪くなるだけ、自分に自信がなさすぎる人がつけるものだと思っていた。

実際、サングラスをつけていると気が大きくなるのか、

少しマナーを守らない人が多い。

でも、サングラスの目的は本来はそう(疚しさから目元を隠すこと)ではなく、

眩しさをふせぐことなんだねえ、としみじみしたように話すと

周囲の人全員に「当たり前だから!」と心地よいほど突っ込まれる)

地元の春のお祭りで、メガネのパリミキさんが大放出してしたサングラスに

この夏、本当に助けられた。

ミルクティみたいな色のフレームがお気に入り。


ダイソーさんのベースコートとトップコート。

安くて可愛いし、とても使える良い子だった。

しかし夏休み中は爪が割れない。

子供達がよく、洗い物など手伝ってくれるからみたいだ。

 

 

特別支援学校に通う息子もついに高校3年生。

いよいよ進路に向けて色々動いている訳で、その一つに実習がある。

文字の読み書き(漢字に素晴らしく強い)、簡単ながら計算、PCの入力などが得意で、手先も器用、そして情緒が大変安定していて薬を一切服用したことのない。

そうすると進路は企業就労が妥当だろう、という流れに数年前からなり、マッチングがうまくいけば来春には早くも社会人デビューするし、それがうまくいかなければ、就労に向けての訓練をする就労移行支援施設に1年〜2年通うことになる。

6月に一度、その就労移行支援施設の一つに5日間実習に出たのだが、来週月曜日からさらにまた別の就労移行支援施設に実習にでることになっているのだ。

 

そこに一人で通う練習を、今日は親子でする。

幸い、自宅からそう遠くなく、バス一本で行ける場所、息子に普段から馴染みのある地域である。

マイカーでいけば10分くらい。徒歩とパスで30分というところだ。

片道1時間半近くかけて現在通っている高等部にいくより、はるかに楽で快適。

6月に実習に行ったところもそうだったのだが、それで息子も実習期間中は元気が良い。

 

人に迷惑をかけず、己の身の安全をはかりながら一人で外に出られるか、という点は問題なくクリア。

でも心配なのが親心で、多分私は来週ずっと、祈りに祈って過ごすことになると思う。

 

それから珍しく今日、授業のある娘を、家族でドライブがてら送っていこうと川崎まで車を走らせた。

娘も大学2年生。これから色々イベントがあり、なかなか多忙になっていくようである。

そろそろ就職のことも考えなくちゃね、なんて話も時々する。

神社で巫女さん・・・という夢も継続中のようだが、今はやはりオペラ歌手になりたいという。

・・・また難しいことを言うね・・・。

でも、まあ。がんばりなさい・・・としか、とりあえず母は言えないのだった。

 

なんにせよ、夢のある子供でよかった。

好きなことを見つけてくれていて、それが嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

授業参観 ~ザ・社交界

  • 2017.06.28 Wednesday
  • 23:25


タイトルと関係ない写真をよく載せます。
これは先週末、家族で行った豪徳寺での光景。

願い事を託されて奉納されている招き猫達
絵馬もあるけれど、こちらはこの招き猫ちゃん奉納の方が断然多いよう。

和やかな、とても良いお顔の猫ちゃん達

しっかり御朱印も頂きました。

今年度初めての、息子の学校での授業参観が始まった。

バッチリ仕事のシフトを調整して小雨がぱらつく中を学校へと車を走らせる。

車の運転も久しぶりで、やっぱりたまにはしておかないとなあ、と思う。

時間に余裕を見て家を出たので(歳をとっていいことの一つは、どんなに疲れていてもそう長くは寝ていられないこと。おかげでかつてでは考えられなかった動きを朝することができる)
渋滞にも動じない・・・が、あまりにも遅い、迷い悩みながら運転していらっしゃる様子の、40キロの道を20キロ弱で走られる車の方がいると、さすがに辛い。
区内のよく使われる道路は1車線で、追い抜くこともままならず、ひたすらじっと我慢してついていくしかないのだ。
あるタレントさんが強引な追い越しをかけて事故を起こした現場もこの道に含まれるのだが、若干お気持ちがわかると私の周りでは言われている。
お客を乗せたいタクシーの運転手さんも、しばしば非常にゆっくり走られ、頑張れば行ける信号もあえてゆっくり溜めて赤信号になるのを待ちたい、という様子をみせることもあるからだ。
(信号待ちをしている間に、タクシーに乗りたいお客さんが走ってくることもないわけではないからなのだろう)。

私はほとんどクラクションを鳴らしたことがない。
(昔、逆走してきた車には鳴らしたけど、さすがに)
信号待ちの間、うつむいてスマホなどをいじってらっしゃって、青信号になっても発車しないような方の後ろにいても、もう次の瞬間には気がついてくださるかも、と待ってしまう。
そうするとたまりかねて、私の後ろの車の方がクラクションを鳴らされるのだ。そうして気がつかれた前の方がとっさにミラー越しに見るのは私、である。

私じゃないです。私は鳴らしてませんよ〜!

そう思う、とばっちり気分で運転せざるを得ないことが私にはよくある。

極度のトロトロ運転もまた然り。
本来もっとすいすい行けるはずの道を、おそらく遠いところからいらして慣れていない道で、どこか脇道に曲がって目的地に行くのであろうその方の、
超絶ゆったりな運転(しかも、運転そのものが多分お上手ではない)で妨げられ、朝の貴重すぎる時間を相当数奪われ続けた挙句、カーブの一瞬で前方が実ははるかにずっと空いているのがわかった瞬間、私の車の後ろの方が猛烈にクラクションを鳴らされた。

そしてまたいつも通りの目に合ってしまう私だった。

・・・まあいいけど。

危ない運転というと猛スピードのものを想像しがちだけれど、その真逆も時に人の憎悪をかきたてるものだな、とよく思う。

そんな余計な苦労を少しだけど得つつ、息子の学校に到着。

三日間あるうちの初日で、1時間目の授業が始まったところだったからまだ人少なで、そっと息子がいる教室にすべりこんだ。

なんと前に立って、クラスの出席をとっている。

特別支援校とはいえ、さすが高等部3年生。しっかりしてきたなあとびっくりしてしまった。

決められた手順で慣れているのだろう、淀みなく出欠確認を進めて、先生への挨拶もすませ、決められた手順を終えて着席後は指示に従って、将来に向けた訓練となる作業にとりかかる。

息子は昨年度後期からずっと事務班に所属している。文字を書くこと、PCの入力をすることなど好きなことなので、とても楽しんでいる。

小さな頃から手先が器用で細かい仕事に集中するのが大好きな息子は、知的障害者を採用してくれる会社に将来的には勤められるように、日々訓練を重ねている中でも、職人的な仕事をするのを得意としている。
なので最初はそういう細かな作業ができるような訓練をお願いしていたのだが、事務補助としての内容を身につけることになる事務の仕事は案外とても丁寧で、単純かつたくさんこなさなければいけないような、書類の仕分け、ホチキスどめ、スタンプ押し、ラベル貼り、何かを切り抜いて作ること(やはりラベル系か)、丁寧に糊付けして行く仕事などが案外多く、そこに配置されたら、大好きなクッキー作りの作業班よりはまってしまった。

週2回ある作業の時間はとても張り切って楽しんでいるので、今日は是非ともその様子をまた見たかったのである。

昨年よりもさらに慣れて落ち着いてこなしている印象があり、嬉しい驚きを感じた。

そうなると余裕がでてきて、他のところも見て回ろうかなという気になる。

それで外に出たら同じように考えて移動中のお母様方がたくさんいらして、ぱっと楽しいおしゃべりの場になった。

接客を学ぶための訓練の場として開かれている学校内のカフェに移動してあれこれとおしゃべり。
カフェに行きながらの途中で合った人たちとも、お茶し終わって帰る途中に会った方達ともおしゃべり。

とにかく母らのコミュニケーション。

さながら、ザ・社交界といった光景が繰り広げられる。

障害ある子たちの未来は当然ながら健常な子ほど多様ではない。

多くの方は福祉作業所に進まれる。そこで簡単な作業を行い、工賃をいただくのだ。

障害の度合いは十人十色で判断は難しい。
もちろん発達検査(何種類かある)を目処にはするけれど、当然個性というものはあるので、向き不向きを長年かけてじっくり判断していきたいと親は当然思うわけで、先生方もそう願ってくださっている。
特別支援学校の最も強い部分はそこであって、先生方も障害のことと、その進路に詳しいという、至極当たり前のことにあると思うのだ。


この子が一番幸せなところは?
この子の力が発揮できることと、その幸せは一致するだろうか?
などなど、子を愛するほどに親達は悩む。

親達の思いを受けて、先生方もかなり大変である。
健常な子との最大の違いは、知的障害のある子のほとんどは自分で進路を決められない、ということだろう。

可哀想だと思う。
だから、親達は思い、悩み、学校という限られた、でもだからこそ保護されていた世界から出た後の遥か未来をみつめ、自分たちの老いと死を考えながら、子供の進路のまず一歩を決めることに慎重になる。

我が子は流暢ではないが会話ができて、自閉症の割にはコミュニケーション能力が高い、とよく言われる。

ユーモア感覚もあってシャレの効いた受け答えができるのも意外な、嬉しい個性になった。 求められていることを理解し、丁寧に確実に作業を行えるように、特別支援学校では本当に着実に成長させて頂けたと思う。
生来、温厚な性質で乱暴をしたことは一切なく、保身に長けていて素早いので害ある相手にむざむざ傷つけられたこと、はほとんどない。(4歳の時にあって、それで学習したのだと思う)


障害ゆえのこだわりも少ない方で、そう厄介なものではない。
なので将来的には社会で働くことを、一旦は目指すことに決めた。
最初は自宅近くで保護性の高い作業所に行くとずっと思っていたのだけれど、
何人かの人にはっきりと、そこに行きたい、そこしか行けない子達がいて、入れる人数は限られていて大変なのだから、あなたは他に行ってよ!と言われ、あ、すみません、と素直に思えてしまったのだ。
一昨年から福祉作業所以外の進路、特例子会社を持つ企業や、そこに到るまでに2年、延長を含めて最長3年通うことのできる就労移行支援施設を見学するようになった。
それで私も、息子の近い将来へのビジョンを含めた覚悟みたいなものが出来てきてきた感じだ。

お母さん同士のやりとりの中で、教えられることがたくさんあり、力もいっぱいもらう。
これは関係が良く保てているからこそ。
こじれると逆に母同士の摩擦で心の力をごっそり削られることもあるから怖いのだけど、良いことだけしかないものもそうはない訳で、大抵のものと同じく人付き合いも諸刃の剣と思っていれば間違いないのだろう。

我が身一人のことなら、さして人とのやりとりの中から何かを得たい、なんて私も思わないかもしれない。

いや多分思わない。
面倒臭いという気持ちの方が先に立つ、全てに勝る。
が、可愛い子供のためならばその本能さえ抑え込んででも、諸刃の剣の中を渡ってゆこう、泳ぎ抜いてみようという気になれるから不思議だ。

そして、それは私だけではない。
学校に来るお母さん方お父さん方、時にはおばあちゃま、おじいちゃまさえも。
煩わしい気持ちを押さえて、愛しい子のため、頑張って来るのだ。
大袈裟だけど、ザ・社交界。そんな気分でとりあえず、皆と仲良く群れ集う。
これも防御の一つとして。

池袋で迷わず

  • 2016.09.09 Friday
  • 23:05

根が引きこもり好きなタチなので、普段から電車一本で単純に行ける新宿にも、バス一本で単純に行ける渋谷にも行かない。

ましてや乗り換えてのその先は、年に一度行くか行かないかという頻度で、よほどの理由があってのことになる。

今日はその理由があり、池袋に朝9時には到着していたのだった。

 

自慢じゃないけどオットと結婚、東京に来るまで、生活の中での方向感覚は全て山側、海側で通してきた神戸っ子である。

神戸の山と海から離れた途端に、大阪の街でも苦労したけれど、東京ではもうハナからいろんなことを諦めている。

実はもう、神戸で暮らした歳月よりもこちらで過ごした時間の方が長いのだから言い訳できない状況なのだが、正直今だに南だ北だ、東に向かって、はたまた西に・・・と言われてもいつもさっぱりわからずごまかしている。

見知らぬどこかに行くときはいつもほぼ勘である。もうやけっぱちに近い。

そんな私が、滅多にこない池袋の駅から歩いて7分の場所に、果たしてたどり着けるかどうかは大変心もとないので、早めに家を出たら、バリバリのラッシュだった・・・・。やっぱりもう無理。私は二度と勤め人には戻れないだろう。

すでに一仕事終わった感たっぷりの私だったが、ここからが本番である。

充電器につないだスマホを持ってマップを見ながら歩き始める。

 

スマホのマップも苦手である。なんか途中で矢印がぐるっと回って悩んで定まらないことがある。非常に不安だ。

持ち主の私が頼りないからか、私のスマホもGoogleMAPも心もとないのかしら、と毎回変に反省しちゃうぞ。

 

それでも、なんと、ちゃんと目的地に着けたのである!

これは事前に、駅からの道筋を丁寧に説明してくれ、さらに周囲の景色を撮った写メまで添付してくださった役員さんのおかげだろう。

 

おかげさまで本日、愛する我が子たちの将来のための、特例子会社さん見学の会に、母たち揃って参加したのだった。

 

障害者雇用促進法というものがあって、国は企業に対し雇用している社員の中のの2%(社員が1000人という会社だったら20人)に相当する障害者を雇用することを義務付けているそうだ。そうしない企業からは納付金を徴収するとのこと。

そのため、特別支援学校や支援施設には企業からのオファーがあるし、コーディネイトしてくださる方たちに引き合わされて、障害ある子供達にも就労の道が開かれるのだが、それは少なくとも私たち保護者の目から見れば十分な数ではない。

またひどく不安なことでもある。障害者にとっての条件などを思うと誰もが、特例子会社に我が子が入社できれば・・・と夢見ることは多いのだ。(私はそうでもないけど)

 

特例子会社というのは、会社の事業主が障害者のための特別な配慮をした子会社を設立したもののことを言う。

それで大きな企業さんなんかだと必要な障害者雇用の人数を稼いでいる・・・というと言い方があまり良くないかもしれないけれど、まあそういうことだ。

障害者のために設立されている会社だから、周りも皆障害ある人で、健常な社員さんたち管理指導していただきながら、少なくとも、まったくの普通の会社の中になんとか入れていただいて障害ある子が働く状況よりは、おそらくは快適に、仕事をさせてもらえそうだと感じられる。

実際、そうしたところは増えていて、でも、だからこそ我が子を特例子会社に入れたい!と願う親御さんも増えていて、障害者の数の方が実際にある特例子会社よりも多い、という現状は誰にも容易に想像がつくところだろう。

しかも親の方では、特例子会社ならどこでもいいですから、とは思っていない。

どれほど理解を持って、安全に障害者を受け入れてくださるお気持ちがあるだろうか、というところから親の関心が消えることは永遠にない。

 

今日、見学を受け入れてくださった企業は誰もが知っている大手さんでいらして、特例子会社設立にあたっての理解と準備、実行されていることなど素晴らしかった。

本当に夢のようで、思わず私も、ここなら溺愛している我が子を入れさせていただけたら安心かもしれないと思えた。

それほどなので、定着率100パーセント、つまり定員一杯でこの先もそう欠員は出そうにない、つまり今年も来年度も新規採用はないらしいのだが。

まあ、そんなものですよねー。ため息をつくお母様方だった。

実際に我が子就職の見込みは無に等しいにせよ、大変良い勉強をさせていただいたのは間違いない。

 

私の、子離れしていなさっぷりは、もう随分前から有名で、もはや一種のギャグとして周囲に通っているほどのものである。

そんな私が自宅からそう近くもない大都会の真ん中あたりにありそうな、生き馬の目を抜くような場所に、超満員のラッシュの交通機関を利用しながら息子を通わせたいわけがなく(鼻息荒く言っちゃいますが)、長年ずっと、企業就労とか結構ですから、と身近な福祉作業所での息子の未来を思い描いてきた。

家から徒歩7分。地震が来ても台風が来ても大雪が降ってもすぐ迎えに行ける。日常的に通りかかって、もしかしたらパンを焼いたりしているかもしれない息子の様子ものぞけちゃう。そんな未来を夢見ていた。

が、皆に、お宅はもっとほかに行ってよ、と言われるのである。時に露骨なほどに・・・・。

確かに息子の力を思うと、近いだけで選択肢の幅を狭めてはいけないと思わないではない・・・。

健常な子供と違って、自分で自分の進路を決めることは難しい子たちである(いや、健常な子だって難しいことは多いけれど・・・)。

私の一存、思い込みで選択するにはあまりに重い責任かと思う。

だからいろいろ見たい、聞きたい、とここ最近は機会があるごとに、重い腰を上げてあちこちの見学会に混ぜていただくようになっているのだ。

 

メリハリある流れ、テンポよく、飽きることなく、次々に集中して取り組める仕事があることが大好きな息子。

学校ではどの作業にも良い評価していただき、目下は大好きな食品加工をさせていただいている。

そんな彼には、将来的にはどんな生活が向いているのだろう。

得意の食品加工ももうすぐ終わって、後期は事務作業を考えていると先日の面談では担任の先生に言われた。

今日、一緒に見学したお母さん方とお話しして初めて知ったが、事務の作業班に配属を希望している方は多く(お子さん自身ではなくお母さんが)、息子の学年からは3名しか入れないらしい。それを知らない私は迂闊にも担任から言われたことを話してしまったので、若干気まずい空気になってしまった。

息子は文字の読み書きが得意で(書き順はゾッとするほど独創的だが)数も理解している。つまり封筒を100枚、クリップを何十個ずつまとめて、というような指示には楽に従えるのだ。手先は親の私もびっくりするほど器用なので、細かな作業を苦にしたことはない。パソコンも得意で、ローマ字入力を小学生の頃からマスターしている。早くて正確な方かと思う。

確かに食品加工でなければ事務が得意で、いいのだろう。先生方はよく見ておられる。

 

特例子会社では清掃をメインの仕事にしているところが多いし、今日伺ったところもそうだった。しかもいまどき3K(くさい、きつい、汚い)ではない、脱3Kを心がけていますと軽やかにご説明いただき、実際に働かれている障害ある社員さんたちの様子はスマートで、生き生きとしていらした。

掃除も上手で丁寧にする息子。こう言う会社もいいなあと、いろんなことをぐるぐる考えながら帰ってきた。

 

慣れないラッシュの電車に乗って、慣れない場所に行き、食物アレルギーのことを周囲にもお店の方にも気遣っていただきながら緊張してランチをとって。

なんだかひどく疲れてしまった。

せっかくの池袋だけれど寄り道せず帰宅。もったいなかった。

 

母、がんばる

  • 2016.09.05 Monday
  • 23:10

今朝、家族を送り出して家事を済ませ、ホッとして、紅茶を飲みながらソファーに座ってスマホをいじり始めた。

何気なくYahooのニュース画面を開くなり、え?と目が、意識が固ま流。

軽く息を吸って、瞬きして見直して、見出しの部分をクリックして、目に飛び込んでくる写真、記事の内容をを読んで、一人「え〜!!」と叫ぶ。

 

大好きな俳優の大山真志さんがニュースになってる!

嬉しくて思わずスクショしてしまった。

 

初めてこの方を知ったのが4年前の『BLEACH』のミュージカルでのこと。

その時まで私は有名なテニミュの噂をぼんやり見聞きしていたくらいで、そういう舞台がどんなにすごいものか、俳優の皆さんがどれほど素晴らしい表現者でいらっしゃるかを全く知らないでいた。

ただ単純に、子供と一緒に好きで見ていたアニメや漫画を実写化したもの、それも舞台という、後で映像技術でごまかしたりできないものだということくらいで、期待半分、怖さ半分という気持ちだった。

大好きな作品、大好きなキャラクターを生身の人が演じられて、果たして私はそれを受け入れることができるのだろうか・・・

結果はもう全くの、予想以上の素晴らしさで、私は本当にこの舞台を作られた人たちの才能に感動したし、出られていたみなさん全員の大ファンになった。

中でもこの方、私が最も好きなキャラクター、浦原喜助を演じていらした大山真志さんを、ものすごく好きになったのだった。

 

以来4年間、ずっと好きで、ネットでだけでも追っていると、本当に1年中、引きも切らずに舞台に出ていらっしゃる。

さすが、大山さんの実力は誰もが認めるところなのだろう。

この方がもっと表に、前に出てこないなんて嘘だと思っていた。もっともっと多くの人に知ってほしいと思っていた。

真田丸ではあの歌唱力とダンスを見せられることはないのだろうけれど、それでもきっと輝く姿を見せてくださるはず。

いつも体重の増減も見守らせていただいているのだが(笑)このお写真の様子を維持されることだろう。

そうしたら一気に大メジャーになってしまうのかな。舞台のチケット、取れなくなっちゃいそうだけれど。(この4年、全然行けていない私が言えることじゃないのだけど・・・子の学費が高くて。。。くくっ(涙))

 

単純な私はそんなことで大変元気が出て、午後から久々、息子の学校へ出かけた。

区を縦断する運転はほぼ40日ぶりだが道も空いていてお天気も良く、楽しかった。

久しぶりの役員室で仲間に会っておしゃべりすると、それもやっぱりとても楽しい。

人と会わずに家にいても全然平気だなあと思っていたけれど、やはり同じような立場の仲間に会えば、家に気楽に引きこもっているのとはまた違う心地よさがあり、いろんな情報も得られてとてもありがたい。

何人ものかたと様々な話をしながら一緒に作業をして、思わぬところで盛り上がったりして、充実した時間を過ごした。

 

役員仕事が終了したら次は、息子の担任の先生お二人との面談である。

今日から学校あげての個別面談週間で、だからいっぱい他のお母さんがたにも会えたのだ。

我が溺愛する息子の日頃の学校での行状について、どのようなお話が厳しめのお二人の先生の口からお聞かせいただけることになるのだろうかと、柄にもなく若干緊張しながら臨んだのだが、息子の成長と進歩、気質の優しさと明るさ、よくできることを褒めていただいて、とても優しく励ましていただいた。

よかった。

 

ふーっと長い吐息をつきながら、帰りも楽しく順調なドライブ。

こんな日々の積み重ねで、私はなんとか生きていけている

ささやかすぎる毎日だから、決して誰にも何も自慢はできないけれど、それでも私にそれが、本当に大切なものなんだと改めて感じながら。
 

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