思い出BGM

  • 2017.01.16 Monday
  • 22:00

例えば、ファンクラブにはいるとか、コンサートに行く・・・

というアクションを起こすほどではなかったけれど。

やっぱり普通に好ましく見ていたんだなあと解散後に思う。

ベスト盤CDは是非欲しいと思った。



馴染みの曲がいっぱいある。

思い出す、いろんな情景。

私の記憶のいろんな場面に流れている歌がある。

 

前にも書いたことかもしれない。

 

私が初めて出産した時だ。

 

全前置胎盤という大変危ない妊娠状態の私は、

初めて少し出血した妊娠27週の時から、

最低限ここまでは持たせようと言う医師の判断で32週までの日々を入院してすごした。

産科は明るい病棟で、同室の仲間それぞれが妊娠中毒だったり、

多胎妊娠で胎盤早期剥離などが心配されるための長期入院組で、

だいたい皆、帝王切開予定者だった。

まあ楽しくのんびりやっていて、

順に皆がお産して、元気に退院していかれるのだ。

その時、先に帝王切開をした人に聞くのが手術室での話で

何やら音楽が流れているという。

有線ではない、どうもCDだと。

ずっとお琴の音が流れていたという人もいればドリカムだった、とか

私はなんかずっとグロリア・エステファンだったよ!という人もいて、

内心それが楽しみになってきていた。

 

そう、つまり私の時にはSMAPだったのだ。

 

それもいきなり「がんばりましょう」だ。

 

元から明るくて大好きな曲だったので、素直にうれしかった。

 

万全を期して、危なげのないように入院していたのに

想定外のことがおこり、あわや私も娘も死ぬところだった。

けれど素晴らしい先生方のおかげで無事に元気に嬉しい朝を迎えることができた。

ずっとSMAPの音を聞いていた記憶がある。

 

 

だから、と言うわけではないけれど、

実際に見て楽しいバラエティやドラマの数々などでも

素敵だなあと思いながら拝見していた。


人にはいろんなことがある・・・

好きなのに理解できないこともある・・・

でも変わらないものもある。

 

大切な思い出に絡む素敵な歌を、これからもきっと何度も聞くだろう。

家族と一緒の、大好きなドライブの時に。

歌姫の卵

  • 2016.01.16 Saturday
  • 22:30
年が明けて、最初の大きなイベントは娘の舞台発表会だった。


それはとある高台にある、こんな美しい会館の中で行われた。

思い起こせば傍にいつも歌があった。

とはいえ、私が非常に音楽愛好者というわけではない。
もちろん音楽は大好き。でもその度合いは”並”だと思う。

比べて私の周りは何故か、歌を愛する度合いが”強”以上という人が多い気がする。
妹も友人達も合唱部だったり、常に歌を意識している人が多い中で最強なのはオット。とにかく合唱合唱と歌に明け暮れる毎日。
うるさいほどの、そののめり込みぶりに、すっかり私は引き気味で、芸術に理解のない妻を決め込みながらの結婚生活25年である。
そんな中で子供が生まれ、娘に様々習い事をさせたが、ついぞ深く音楽をとは思わなかったのだ。
ピアノだけ形ばかり。
歌なんて趣味でたまに歌えばいいよねという感じで、また娘は今時の子らしくなくカラオケ嫌い。家で普通に歌っている分には好きという様子で、私は全然それで構わなかった。

なのに、どうしたことだろう。
ふとしたはずみで見学したある学校の体験レッスンで、娘は声楽に出会い、目覚めてしまった。
その瞬間の朗々とした声。先生に褒めていただき、引き出された声で歌いながら輝いたその表情。
カエルの子はカエル、というのはこのことなのか・・・!と私は目の前でその瞬間を目撃しながら呆気にとられた。

ピアノの腕はソナチネまで。
あまり好きではなかったけれど、先生のお力でなんとかそこまで習ってやめたところで、もう十分だよね、なんて娘と二人で笑っていた。
別に音楽の専門家を目指すわけじゃないもんね。まあ、教養の一つということよ、なんて。
なのに、いきなり声楽部に向かってまっしぐらである。
娘はそれまで、あまりよく自分の夢というものがわからない様子で揺れていたけれど、それがなくなった。
非常に集中して新しい勉強に取り組み、弟子入りした先生のもとでイタリア歌曲を、別の先生に学科を学び始めた。
学校の勉強も頑張り、部活動も頑張り、どれも何も休まず、ひたすら猛勉強の末、昨年秋のAO入試でめでたく志望校から合格をいただいたのである。
進路を決めてから10ヶ月ほどでの成果だった。

その運命の出会いをし、ずっと指導してくださった先生の門下生としての発表会。
先生にはもう、頭が上がらないほどお世話になってもいるし、他の諸先輩がたのお姿を見るのもお声を聞くのも実は初めてで私も今日は緊張した。
4月の入学式以降は色々そういう機会もあろうが、今の所はまだずっと個人レッスンばかりの娘もその親の私たちも、他に学んでいる方々を知りようもなかったのだ。
ドキドキしてしまう。

そして夢のような時間が始まった。
美しいドレスに身を包み、頭にティアラすら飾った美しいお嬢様方が次々に舞台に立たれ、同じ大学のピアノ科の方々の伴奏を受けて、素晴らしい美声を響かせる。
その空間に酔いしれた。
常々私は歌も踊りも祈りのようだ、神に捧げる供物のようだと思っているけれど、美しいお嬢様方はさながらその任に就く巫女様のよう。
何か特別の力、そう音楽の天使をその身に宿していらっしゃるのではないかと思えてしまうくらい。
圧倒的な声量、表現力は本当に学べば身につくものなのだろうか?
娘はたった一人の高校生で、キャリアも浅すぎる超新人で、土台が現在全く違う。
まだまだあんなお姉様方のような声は出ない、出せないから、出そうとしないように、ただ今の状態で一番の歌い方をなさいと先生におっしゃっていただいたように歌った。
その姿を見て、思わず涙ぐんでしまった。

ぺーぺーすぎる分際なので、今回ドレスはご遠慮し、白いブラウスに黒いミディ丈のスカート(ちょっとゴスロリ仕様)、小さな花モチーフの髪飾りだけつけて娘は歌った。
全くの新人です、お姉様方、どうぞよろしくお願いいたしますという感じ。
こんな綺麗な、崇高なようでさえある世界に、娘はこれから数年なりとも属していくのだと、私もオットも身の引き締まる思いになった。
声量はまだ全く弱くて小さいけれども、その声の質は悪くないと我が子ながら思う。歌には厳しく譲らないオットもそれは認めた。
娘が「パパに似てよかったと初めて思った」と言うのには笑ってしまった。
 

会館側から見下ろす街並み。

人生は思うようにはならないことが多い。
だからほどほど諦めろとかいうつもりは全然ない。私だって今もまだやってみたいと思うことがあるくらいだし。
若い人ならなおさら何でもやってみればいいだろう。
何かを目指してする努力は、たとえ目的地が当初思ったものと違ったとしても無駄にはならないものだと思う。
それで誰かを傷つけない限りは。
娘が何を夢見ているのかはわからないけど、ただ何となく今はこの道に進みたいと思い、舞台でその声を響かせることがやってみたいことなのだというのなら、できる限りの応援はしようと思って、ここまで来たんだねえとしみじみ夫婦で話し合った。

偶然だけれどここは娘が生まれた街とも近い。
当時、あまりに泣き声が大きいので、よく色んな人に「この子はオペラ歌手になるんじゃない?」と言われて、私は「けっ、そんなことあるかい!」と内心舌を出していたのだったけど、本当だったなー、とただびっくりする思いもある。
まだまだ道は遠い、きっとそう簡単には音楽で飯は食えない、でもとりあえずその末端の歌姫を目指し、その卵になろうとしているのだ。

人生って本当にわからないもの。
そういうものかしらん。

 

いつまでも

  • 2016.01.12 Tuesday
  • 21:30
くらい夜明けに目が覚めた。
胸が重く塞いでいた。
私はとても悲しんでいるのだと思った。
久しぶりの雨がぱらつく朝である。
とても寒くて、あの長く暖かかった小春日和の日々が嘘のよう。
なんて、今の気持ちにふさわしいことか。

スマホを見ると友人からLINEのトークが入っていた。
ボウイが死んだことへの感想、私への気遣い、遠い日の思い出のことについての言葉が並んでいた。
起きてすぐ、引き出しの中のバインダーを取り出した。

高3のある時の音楽雑誌にあったこのボウイの写真がとても素敵で、
大切に切り取って下敷きに挟み、毎日持って登校していた。
席替えのくじ引きで惨敗した私は、
クラス中の皆が最も嫌い、最悪と拒絶する教室最前列のど真ん中、
つまり教卓の真ん前の席を引き当ててしまっていたのだが、
そこはこの写真入りの下敷きを立てかけるのには実にうってつけの場所で、
私は教卓にそれを立てかけて拝みながら勉学に励んでいたのだ。
クラス中の注目を浴び、彼のことを知らないクラスメイトにまで
「ふ〜ん。デヴィッド・ボウイっていうんや〜」と教える結果になった。

それからなんと31年の月日が経っているというのに、この切り抜きは色あせず、散々引越しした私の身近に常にあった。

子供の頃にテレビで見たボウイという人に私はたじろぎ、恐れすら感じた。グラムロックスターとしての彼の映像は衝撃的だったし、両親が批判的な言葉を口にし、眉をひそめる様子を子供らしさで素直に受け入れ、妙な人だなあと思った。
高2の夏に映画「戦場のメリークリスマス」を観た。
ボウイってあのボウイ?といろんな本を読み漁って調べて納得した。当時はネットなんてなかったから、何かが気になればとにかくあらゆる文献を漁るしかない。音楽雑誌を何冊も買い、あらゆるラジオやテレビの番組を聴いたり見たりしてボウイの情報を集め、あの鮮烈に奇妙だった方が今はこうなのだと納得し、映画の中のセリアズ少佐に魅入られ(今も時々頭の中に、セリアズの弟の美しい歌声が響くことがある)、ラジオで聞いたボウイの歌に完全に心を掴みとられた。
「戦場のメリークリスマス」のサントラ盤を買い、ボウイの「Let's Dance」を買った。
実に正しく分かりやすく、まっしぐらにのめり込んでいったのだった。


家族のために衣食の世話をし、家事をし、子供を送って車を運転しながら、合間合間にボウイを想った。
ちょうど先週、私は彼の最新のアルバムを手に入れたばかりで、それが発売された8日の朝、ラジオから彼の曲が流れるのを聞きながらオットに、この歳になってもまだ、当時大好きだったボウイもまた元気でロックスターで、こうして新しい曲を聴けるなんて幸せだし、やっと子供の手も離れてきたから、今度彼が来日したら、なんとかしてライブに行きたいものだと話していたのだ。
オットもそうだね、ぜひそうしようと言ってくれていた。

昨日は娘のレッスンのために、家族で横浜市内のとある町に出かけていて、しばし散策を楽しみ、美味しいお菓子やお弁当などを買い込んで、楽しい気分での帰り道に、車の中でふと開いたニュースアプリの見出しに彼の名前を見つけたのだった。
さっと目を走らせて文字を読んだ瞬間、嫌!と叫んで運転していたオットをひどく驚かせ、心配させてしまった。

世界中に溢れる哀悼の思い、その言葉に、ただ私も気持ちを添わせる。
私は彼のファンの方々の中でもほんの末端、さほど深くはファンらいしいことのできるものではなかった。けれど。
それでも私なりにずっと彼を敬愛していた。
その気持ちは今後も変わらないだろう。

日常の雑事に追われるその合間合間にふと、彼はもう今、この世にいないんだと思い出してはもりもりと目に涙が湧き上がってくる。時に溢るそれをぬぐいながら、それでも私は良かったと思ってもいる。
彼は家族に囲まれて、見守られながらその命を閉じたという。
優しい、素敵な亡くなり方だったのだ。
彼はとても幸福に、その生涯を閉じていくことができたのだなと、素直に私はそれが嬉しい。
激しく生きた人のようだけれど、後年、あらゆるインタビューでよく答えていたように、愛する人たちとの時間を大切にしながら、良い時間を過ごしていたのではないか。
ここ最近の彼の写真を見るたびに、かくも綺麗に枯れ、老い方まで素敵なのだから、きっと彼は人らしく幸せなんだろうなと思っていた。
私の勝手な想像だけれど、多分そんなに外れていないのではないかな。
良かった、と本当に思う。

アルバム「★」はあまりに的確すぎて、まるで遺言、彼からの最後の贈り物のようだ。
死を見つめ、冷静に穏やかに、茶化すように受け入れ、分析するボウイの言葉、音楽。
最後までかっこよくて、やられたなあと泣きたくなる。
本当に泣いてしまう。

Bowie

  • 2016.01.11 Monday
  • 23:10

言葉もない…

好きになったら

  • 2015.08.04 Tuesday
  • 19:45
間違って切ってしまったモンステラの葉をオットが悲しそうに持ってきた。
でも大丈夫。
モンステラちゃんは結構丈夫。
挿し木にしてもいいけれど、今の我が家はグリーンがいっぱい。
なのでひとまずお水の中に避難させる。
オットが飲んだカールスバーグのボトルが素敵。
iPhoneImage.png
綺麗なグリーンでボディにロゴが浮き彫り、
ラベルもクラウンのイラスト。
捨てるに忍びないと思っていたので、ちょうどよかった。



オットと子供を送り出したらもう、今日も私は家から出ない。
マーガリンがなくなっていたら(トランス脂肪酸ってとても怖いものらしいのだけれど、マーガリンをやめるってちょっと難しい気がして悩んでいる。何より手軽で塗りやすいから忙しい朝にはとても便利で助かるのだもの。バターはもちろん美味しくて好きだが、お値段が高いし、ベストな状態で慌ただしい朝にパンに塗るのは案外難しく。しかも最近ローソンさんオリジナルのマーガリンの美味しさにハマっているのでお別れし難く・・!)受験準備講習会帰りの娘に買ってきてもらい、
ボディーシャンプーが切れているのも、仕事帰りのオットに買ってきてもらう、というように徹底して暑さを避けている私。
この夏の暑さはまた格別なようで、毎日ニュースで猛暑の記録更新!みたいなことを言っているけれど昨年も確か同じことを言っていたはずだけれど、そんな中にわざわざノコノコ出て行きたくない。それくらいだったらボディーシャンプーもマーガリンも無しで済ませますとも。

と、そんな私の希望通りに家で涼しく過ごせる日々は、なんて豊かで贅沢なこと。
好きな音を聞きながら料理をしたり手芸をしたり。・・・読書とゲームもちょっとしたり、とか。

音をしみじみゆっくり聴くのはやはりとても素敵なことで、最近流行りの音楽アプリの提案してくれるプレイリストを聞いたり、時にはラジオを聴くこともある。
テレビも観るのは好きなのだが、実は音があまり好きではなくて、従って結構多いのは、朝からテレビはつけつつも音だけ消して、別に好きな音楽を小さなスピーカーで流しているというもの。
iPhoneImage.png
これが大層心地よく、私一人の時間はほぼそうしていて、時々ちらっと気になる画面の時だけテレビの音声を聞き、観たい話題が終わったらまた消音にして音楽を流す。
そうして色々聞いているうちに最近やっぱり好きなんだなあと思うようになったのが、
SEKAI NO OWARI、BUMP OF CHICKEN、UNISON SQUARE GARDEN・・・など。ゲスの極み乙女。も気になるけれど、無意識に好んで聴く回数はそれほど多くないかもしれない。
いいものはいいんだなあと、この歳にしてまだ音楽を楽しめることが自分ながら嬉しい。
それは確かに、我が青春のヒットナンバーを聴くのもかなりときめくのだが、だからといって今の流行りの音を否定すること、受け付けないなんてことはないから、まだまだ私も気分が若いなあと悦にいったりもしているのだ。
ま、そのこと自体が歳だけどもねえ。

とはいえ日々は忙しく、時間があった若き日のように自ら何か新しいもの、好きになれるものはないかと探し求めるような形での出会いはほぼ、もうない。
今の私が何かを新しく知るということは、すべては日常、何かをしつつも気がつかされたもの。つまりはとても強く、多く発信されていてその結果すでに流行っているものに、その段階でやっと気が付き、目がいったり耳を傾けたりしている感じだ。
だから若い人には何を今更という感じだろうし、そんないかにも世間一般に流行っているもののことを言ってるようじゃダメだなあなんて笑われるだろうが、まあ歳をとるってそういうものさ(で、歳をとるってそう悪いことばかりじゃないのだ。おっとりできてね)、とひとりごちつつ、好きな音を聞いている。
 
SEKAI NO OWARIさんたちのことを初めて知ったのは何年前だろう。テレビの音楽番組初出演と言われていた時だったような気がするけれど、その時に聞いた曲がなんだったのかもう思い出せない。
ただバンド名に衝撃を受け、なんて厭世的な、寂しく暗い名をつけるのだろうと苦く笑うような気持ちであったことは覚えている。(そのごに”ゲスノ・・・”さん達のことも知って、ますます苦笑いした)
『炎と森のカーニバル』という曲だったのかな・・記憶が曖昧だけれど、その曲を聞いて可愛いと思った。そして紅白での『DRAGON NIGHT』。素敵な歌で、声にもメロディーにも惹かれたけれど、何より歌詞の物語に驚いた。
聴くなり一瞬で、もう何十年も前に読んだ漫画家のめるへんめーかー先生の短編を思い出したからだ。
今もきっと家の中に持っているのに、書籍類を手近なところに整理できていないのですぐに探せずもどかしいのだけれど、確かにめるへんめーかー先生の昔の短編に、素敵な小さな恋の物語のお話があって、それが敵味方に別れてずっと戦い続けている青年と少女のお話だったのだ。
だから二人は、とても貴重で大切な休暇、休戦の日に互いを求めて戦場である街の中を探し回る。そして出会って、その瞬間にもう気持ちは通じていて・・・という、短いけれどとても印象的なお話だった。
それを彷彿とさせる歌詞。
それから気になってなんども聞いて、機会があれば観たりしているうちに好きになっていた。
フカセさんの声は流れていても私の思考を邪魔しない。つまりはちょっとした書物もできるということで、これはすごいことだと私は勝手にそんなことでも評価させていただいている。
バンドのメンバーみんなの関係、雰囲気も好きで、一緒に暮らされているというお家も前にテレビで拝見する機会があったけれど、私もオットもとてもそれを好きだと思い、印象に残った。今でも何か可愛い雑貨やインテリアなどを見ると「セカオワの家にあったみたいなの」とオットもよく言う。
近頃では「世界の終わり・・・」とつぶやくようなバンド名にも暗さを感じず、その先にある未来、希望みたいなものを感じるようになった。やはり私一人の勝手なイメージだけれど。

VAMP OF CICKENさんは長く、名前しか知らなかった。というのも当時はまだ私は本当に音を聴く余裕のないバタバタな暮らしっぷりで、ただ日々のストレス解消のネットサーフィンの中に、俳優の松坂桃李さんのブログを入れていて(今はもう閉鎖されているよう)その中で、松坂さんがよく、とても好きなバンドとして名を挙げられていたのだ。
近頃になってやっと音を聴く余裕ができ、羽海野チカ先生の「3月のライオン」の特装版封入のCDの音や、子供が好きで一緒に見ていたアニメ「血界戦線」のOPに感動したりと、しみじみ楽しく聞かせていただいている。
バンド名は「弱者の反撃」という意味でつけられているとか。いいなあ、そういうのも。

UNISON SQUARE GARDENさん。
やはり子供が好きで見ていたアニメのOPだった。「ソウルイーター」再放送のものだったと思う。気になって、当時はまだ音楽アプリなんてなかったので(あ、スマホもなかったのか?)オットにCDを買ってきてもらって、なんども車の中で子供たちと聞いた。その後も「Tiger & Bunny」の OPが好きだったり、今もやっぱり血界戦線のEDが娘の目下の一番のお気に入り曲だったりする。

音楽って楽しい。やっぱりとても心地よい。あいにく私は才能がなく、ただ聴くばかりのファンだけれど。
心が潤い、清まり、力が湧いてくるようなエネルギーを絶えず、素敵なアーティストの皆さんの作品からいただいている。
ありがたいことだ。
同年代の友人とも全く同じ趣味と好みで盛り上がり、こんなアラフィフ女性たちにも受ける曲を作れるなんて、やるな若者、とやはり勝手に思っているのだ。
好きってやっぱり嬉しいことね。

そして

  • 2014.03.02 Sunday
  • 20:30

好き、という言葉では言い表せていないと思う、アーティスト大澤誉志幸さんへの気持ちなのだが、平たく言えばまあファンということ。
そんな私のような人にはたまらないビデオクリップ集が先月発売されたのだった。
80年代、エピックソニーに在籍していた頃の大澤さんのクリップ集。
私の青春そのものである。

当時、音楽番組の内容を詳しく知る術なんて全然なかった。インターネットもなかった時代だ。
専門誌を買うか、買ってもどこまで細かく記載されているか完璧なんて望めない。
だから10代の私にできることは、めぼしい音楽番組全てを毎回録画し続けること。
そうして大澤さんのクリップが流れた時の、それを録画できたときの嬉しさといったらなかった。
それら古いVHSは長い間私の宝物で、数年前にVHSのハードそのものが我が家から消えるまで本当に家の棚の一番大切な場所に保管され続けていた物なのだ。

それらがこうしてまとまって、綺麗なクリップ集として発売されたことが嬉しく、ありがたくてならない。

当時から、大澤さんは先を行き過ぎていると思っていた。
そうして今、改めて思う。
時代が大澤さんに追いついていなかったなあと。
そう思っているファンの方は多いと思う。
在る意味ちょっとツイてない感じの、でもだからこそカッコいい大澤さんがいつまでも、どこまでも好きであるという気持ちは、本当に私の中で変わらない。

大澤さんの音はどんな時も片時もそばから離さない。聴きたくなったらすぐ聴けるようにいつもきちんと準備しており、私が死んだら葬儀の間中ずっととにかく大澤さんの曲を流し続けて、とプレイリストも準備してある。
どこかで何か、ふいに大澤さんの歌が聞こえてくると、神様からのエールのように感じられる。
覚えているのは、ちょっと辛いことがあって、泣きたい気持ちで歩いていたら、ふと、あるお店のラジオから大澤さんの曲が流れて来たこと。
ものすごく驚いて、泣きたい程嬉しくて、びっくりするくらい気持ちが回復したあの瞬間の、やっぱり私は負けない、まだがんばれる、と気合いがはいった感じ。
好きってそういうことだと思う。
まあ、勝手なこちらの思い込みなのだけれど。

随分色々支えてもらったなあと、微笑みながら若かりし大澤さんの姿を眺める私もまた記憶タイムトリップ。
昨日無理した影響で、今日もまた腰痛をぶり返してソファーで寝込んでいたのである。

初めて大澤さんを知った頃、父が亡くなる直前だった。末期の癌だった父の、衰えて行く姿を日々見つめながらの私は青春真っ盛り。若いなりに色んな覚悟を決めながら、それでもなんとかやっていくつもりで。
18歳の誕生日のその日、学校から帰って1人で家の中を片付け(母は父の看護につきっきりで、ずっと病院に行ったままだったから。妹は中学校の部活動でやはり夕方遅くまで帰らなかった。高3の私だけがその時期、早くに帰ることが多かったのだ)ノートを広げて勉強をしている時に、ラジオから大澤さんの「そして僕は途方に暮れる」が流れて来た。
あの「その気×××」の人だとすぐにわかった。
母はその曲が好きで、『夜のヒットスタジオ』でその曲を歌っている大澤さんを、凄い人がいる、この人はすごいと私に一生懸命教えてくれたのだった。(大澤さんを好きになったのは、実は私より私の母の方が先だったわけである)
当時の私は家族で力を合わせて精一杯、父の病魔と闘っているというようなお世辞にも明るい環境とは言えない中にいたのだけれど、そんな中でも音楽は日々、心を満たし、強くしてくれるものだったし、楽しむ心は失くしていなくて、光は消えていなかった。
けれども一際大きな輝きを、その瞬間の大澤さんはくれたのだった。

それは私の中の何かを変えた。
信じられない程大きな力になって、その後、何年にもわたって・・・いや、今に至るまで私を引っ張り続けてくれている。

今でも目を閉じると、あの日の私に戻って行ける。
夕方、母が誕生日のケーキとプレゼントを抱えて帰って来てくれて、妹も、遅くなってごめん、お姉ちゃん!と言いながら走って帰って来てくれて、入院中の父からの伝言もあって、ささやかな18歳の誕生日の夜を過ごした。
そして今日、とても素晴らしい曲を知った、大好きな人ができたと母と妹に話したりしたのだった。
そのことが、私の人生を変えたと今でも本当に思っている。

悲しいことに奇跡は起きず、父はその2ヶ月半後に亡くなったけれども、私の気力は折れなかった。
運気はその後むしろ上がった。
時代がバブルで色んな人に色んなチャンスが訪れていた、ということもあるのだろう。
希望の会社に入れたし、いい出会いにたくさん恵まれながら。
色々がんばり、結婚もして子育てもして、今は時々夫婦で大澤さんのライブに行けるし、一緒にこうしでクリップ集を見ながら美味しいお酒を飲んだりしている。
無事大人になれてよかった。
これも大澤さんのおかげです。

まじめに不良やってるような、緩さと毒と倦怠と快楽と。
渋かっこ良く老い行く大澤さんと一緒に、私もらしく年をとりたい。
ぎっくり腰はもう勘弁だけれど。(あまりに痛くて何をどう考えても結局、腰痛に思考が戻る・・・)

『君が選んだことだから きっと大丈夫さ』

  • 2013.10.03 Thursday
  • 22:06
 

夕刻、オットと吉祥寺で待ち合わせてライブハウスに行く。
大澤誉志幸さんとDAIさんの『渡り鳥ツアー』最終日。
そして大澤さんの56歳のバースデイでもある。

たまたま、自分の都合のいい日に行こうと決めたのだけれど、すごい日に当たったものだなあと思う。

大好き。
大好き。
ただそればかり。
『いい声してるなあ_・・・』
オットはいつもため息をつく。
誰にも真似できない瑕のあるような、それゆえに魅力がいや増す永遠のハスキーヴォイス。
高く低く、甘く、シニカルに。
響くその声に飽きた事は一度もない。
初めて、ラジオで流れる声に「一目惚れ」ならぬ「一聴き惚れ」したあの日の私は18歳になる前。
大澤さんは27歳だったと思う。
29年間ずっと私の中の絶対級のスターさんだった。
いや、過去形にすることないなあ。この先ももう、ここまできたら好きなままだろう。

長生きしてくださいと心から祈る。
私も頑張りますから。

DAIさんのお人柄の良さはもう言うまでもない。でも何よりこの方が弾きだされるキーボードの音がとても好き。ピン!と強くて柔らかくて高い明度も誇らかな感じ。楽しげで、そして優雅ですらあると思う。流麗な旋律を奏でられる瞬間、間違いなく私は大澤さんではなくDAIさんだけを見てしまう。

藤井ヤクハチ康一さんが素晴らしかった。
もう楽しいのなんのって、という感じである。
入場の為に並んでいた時、外に出て来て電話していらした。その時のご様子は「怖そう」だったのだけれど、ステージの上でもその雰囲気は捨てないままに、どこまでも緩く、ユーモラスに、音楽と戯れ、お客さんにも笑いと素敵な音楽を贈る。
すごい、この人!と夫婦で何度も顔を見合わせた。

いまみちともたかさん!
カッコいい・・・ただ感動。
初めてバービーボーイズの「暗闇でダンス」のMVを観たとき、聞いた時の衝撃は忘れられない。中でもイマサの目力の強さには圧倒される想いがした。
山下久美子さんの登場で一気に華やぐ舞台。真実の歌姫。その魅力は永遠。
イマサのギターで、音がバービーな「こっちよお向きよソフィア」を聴けてしまうという希有な体験ができた。
ああ、バービーのあの音ってイマサのギターだったんだ・・・と今更ながらに判ってちょっとびっくりしてしまった。
私って耳悪いからバカだなあ、本当に、と思う。

大澤さんのデビューしたバンド「クラウディ・スカイ」のメンバーでもあり、今回の『渡り鳥ツアー』のツアーマネージャーにしてベーシストのK.INOJOさん。
心優しいジェントルマン。素敵。

すごい舞台みちゃってるなあ、ラッキーだなあという気持ちでただただ一杯の夜を過ごした。





息子不在の寂しさをしばし忘れる。
音楽の余韻に浸ったまま、ハーモニカ横町で軽く一杯ひっかけて帰宅。
娘の顔を見てホッとする。
ライブは素敵。夜遊びは楽しい。
でもやはり母には夜も、子供と家が一番なのかも。

加藤ミリヤさんの『Love is・・・』

  • 2011.03.25 Friday
  • 20:27
評価:
加藤ミリヤ,COMA-CHI,Miliyah,Anthony Kelly,3rd Productions,Mark Wolfe,Steven Marsden,Wayne Passley
ソニー・ミュージックレコーズ
¥ 780
(2007-06-20)

 先ほど、テレビ朝日のミュージックステーションという歌番組の中から流れてきたこの曲にはっとした。
ぱっとジョミーの顔が思い浮かび、震災で苦しんでいる人たちのことを強く思って泣きたくなった。
心を込めて歌っていたミリヤさんの歌は素晴らしかった。
今、色んな人が祈っている。
色んな形で、色んな場所で、でもただ一つのことを願って。
犠牲となった方達を悼み、傷つき、疲れながら試練に耐えている人たちを想って、勇気と希望を送りたいと心から願っている。
見守る私たちも怖いのだ。いつ、それらがわが身にふりかかるかわからないことを判っている。
だからこそ今、皆で一つの勇気と希望を持ち続けたい。この悲しみと苦しみを、重く胸を圧する不安を乗り越えていきたい。
ひたすら進む時間の先に明るい光を視たいから。


母や妹が神戸から、なんとか水を確保して送ろうかといってくれたが私は大丈夫。
まあ飲み水や料理は一応、手に入ったミネラルウォーターにしているものの、それも無くなったら普通に水道水を煮沸して麦茶パックをいれて、いつののように飲むつもりだ。現時点でもパスタを茹でたり、お米を研ぐのに普通に水道水を使っている。だってしょうがないんだもの。
ニュースでも今のところ、それほどドキドキしなくなってきた。まんまとそういう策略にはまっているのかもしれないが。
周囲も皆、なんだか慣れて来たといっているが、私もそんな感じだ。原発のニュースにまだまだ関心はあるものの、黒煙が出たとか放射能がどうのとか聞いても、恐怖の度合いが麻痺してきている。
それすらも飲み込み、今日の日常という感じ。
これが人のたくましさなのかも。

息子の学校も終業式で、めでたく春休み突入だ。
3学期の終わりにいつも感じることなのだが、私はすごく別れが苦手。
一緒に活動してきた仲間がひとり、遠くへ引っ越していくことにも、とてもお世話になった担任の先生にも、がんばってご挨拶はしたものの、それがとても辛かった。
お別れは本当に苦手だ・・・別れなんて認めたくないのだ。
いつでもまたすぐ会える、そう思う感じで別れたい。
だからひとまず挨拶はするものの、本当にはお別れだなんて思ってないよ、ずっとなんだかんだで続くんだと思う、縁ってそういうものだと私は思っているから・・・みたいなことをごにょごにょ言って、お茶を濁して、いやまあこんな感じでほんとごめんなさい、でも元気でね、ありがとうね、でもほんと、また案外すぐ会うかもよ?
な〜んて、どうしようもない形の挨拶になってしまうのだ。
やれやれ。
所詮いつもヘタレな私。

110319_151908.jpg神戸の北野教会。可愛さに思わず足を止めたのです。
新神戸駅のすぐ近く。坂道の途中。

洗濯日和だ!

  • 2010.09.29 Wednesday
  • 21:50
 朝、シトシトザーザーという雨音を聴かずに目覚めたなら、それはもう、なにはなくとも一番に洗濯することを意味する今日この頃。基本毎日、何回も洗濯機は回していて、槍が降ろうが雨が降ろうがそれをしないではすまないのが4人家族の日常である。しかもオットなんて異様に綺麗好きで、毎日日に二度、下着を変えるという習慣を結婚依頼20年ずっと続けている人で、息子が通う学校がまた、とにかく運動着替え、歩行訓練着替え、とめいっぱい体力使ってくれる代わりに洗濯物も増やしてくれるシステムなので、勢い我が家のベランダは、毎日洗濯物でいっぱいである。それで雨が振るとどうなるかというと、当然室内干しでいっぱいになるのだ。一番上等のエアコンがついている子供部屋にぐるりと干して、ひたすらエアコンをかける。もったいないとか言っていられない。洗濯物は主婦には重大な関心ごとなのだから。
そんな日が続くと、普通に外で洗濯物を干せるという日はそれだけで有難い。また今日は息子の送迎以外の予定がなく、家にこもって文章練ったり、好きな音楽を聴けたりしていて、本当にのんびりと、好きに過ごせた良い一日だった。
私が今、とても好きでよく聞いているのは中島美嘉さんとJUJUさんのお二人。ヘッドフォンして聞いていると本当に気持ちよくて,うっとりするし,良いインスピレーションも沸く。
ことに最近発売されたJUJUさんの「Request」が素晴らしい。my little loverやMISIA、安室奈美江や椎名林檎、宇多田ヒカルさんなどなどの名曲をカバーしたアルバムなのだけれど、なんだ最近よくある企画かと侮ることなかれ。私もこの手の企画のアルバムは何枚か聴いているし、好きだけれど、JUJUさんの表現力の素晴らしさは群を抜いているとすごく感じた。オットなど、宇多田ヒカルさんの「First love」のカバーを聴いて感動して、本当に涙ぐんでしまったほどだ。選曲が見事に私のツボにはまっていたのにも個人的に驚いた。確か、ファンからのリクエストで決めたと聴いたと思ったけれど、納得だなあ。正直、そのミュージシャンのファンと言えるほおの熱情はないが、その曲だけは好き、というのが誰しもあると思う。私にとってそんなものが集まりすぎていた。逆に、ヒットしていたのは知っているが、当時それほど感動しなかった曲をJUJUさんのこのアルバムで聴いて、ものすごく感動したというのもある。まえに、徳永英明さんのカバーアルバムでも感じたことなのだけれど。

音楽ってやっぱり素晴らしい。あいにく私には一切音楽の才はないが、聴いて楽しむ感性だけはあることを、せめて幸福に思う。
JUJU
SMAR
¥ 2,500
(2010-09-29)

頭の中でまわる曲

  • 2010.09.24 Friday
  • 23:51
中島美嘉,杉山勝彦,Reggae Disco Rockers,Atsuko Komatsubara
SMAR
¥ 918
(2010-08-25)

 ここ数日、頭の中で廻っているのが中島美嘉さんの「一番綺麗な私を」。自身ご出演なさっていたドラマ、「うぬぼれ刑事」を、クドカンも長瀬智也さんも好きなのにも係らずちゃんと観ていなかった私なのだけれど、最終回だけはきちんと観てからこの曲が気になって。
それで本気で聞いてみたらとても切ない、でもすごく心惹かれる詩で。
大胆な歌詞のように思いつつもつい口ずさんでしまうここ数日。
中島美嘉さんは昔から好きだったのだけれど、最近特にすきになってきたよう。

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