着せ替え人形コレクション公開サイト「人形姫」http://ningyouhime.vivian.jp
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ナルト ハッピーミール
 ハッピーミールが好きではなかった。
数年前に義妹が、当時滞在していた米国で、私が喜びそうだからと集めて送ってくれたマダム・アレクサンダーの人形は素晴らしかった!
これがハッピーミール?と目を疑った。
転じて日本に目を移せば、我が子らも嬉々としてハッピーミールを集めるのだが、私にはなんだかあまり有難いものに思えない。ほとんどは色鮮やかなプラスティックのおもちゃ。ちょっとしたギミックがついているものが多いが、さほど遊べるものではない。ではお部屋のアクセサリー、装飾品として有効なのかというとそれほどでもないようなデザイン・・・・要は大人がコレクションしたくなるようなセンスのものではないのだ。
この値段だから・・・と思うべきだろうか。しかしここ数年、日本には食玩という、他国では真似できないような素晴らしい文化が育っている。それらはほとんどオマケ程度のガムかキャンディ1個ついているくらいで、代金のほとんどはモノにかけられたものだとは思うのだがそれにしても大変なクオリティの高さだと思うのである。その日本のマクドナルドとしてもっとこう・・・なんか・・・・・むにゃむにゃむにゃ。。マクドナルドともあろうもの、まさか食材で手は抜けないからたしかに、最低限度の食事とおもちゃとなると、この物価高の日本では今までのもので限界なのか。ではアメリカだってけして物価はやすくないはずなのだが、かつてのMAドールのようなミールはどうだったのだろうか。

などなどと悩んでいた私をまた試すかのようなこの企画。
ナルトがハッピーミールですって?
思い起こせば数年前、まだ押さない子供達とマクドナルドのショールームを覗き、「なんだ、おもちゃはこれだよ?知らないからいらないよね?」と説得したミールがナルトというアニメのものだったのを覚えていて、成長した子供達とナルトを楽しむようになった今、判らなくても揃えておけばよかったのに!と後悔していたのだ。
もちろん揃える、と即座に決定した。
ナルトと聞いて素通りできないほど、今は親子で大好きな物語である。
ただあのマクドナルドのクオリティだからなあ・・・心はすでにあきらめ・・・いやいや悟りの境地。
それでもいいさと購入覚悟の先週金曜日。
100118_153628.jpgまずナルトをゲット。
背中のボタンをおすと、右手に翳した螺旋丸がくるくるくるっとまわります・・・。顔立ちについては触れますまい。たしか日本のフィギュアは世界一優秀なはず・・ぶつぶつぶつ。でも、ハッピーミールだから。うん、そうだよ、ハッピーミールなんだもの。
もうひとつは螺旋丸そのもの。100118_153702.jpg
子供の手のひらには余るほどの大きさで確かにちょっと螺旋丸イメージ。ボタンをおすと青く光る、球体の中でぐるんぐるんと軸が回転する音と手ごたえが、なにやら風を固めて武器にしあげる忍術のイメージ。
きっと、ハッピーミール担当の人たちもいろいろ大変なんだろうな。
限られた予算の中で試行錯誤して、版権ものの許可の申請手続きやら制限範囲内でのデザインに膨大な手間と時間をかけて。いかに子らの目を引き、購買意欲をわかせるか、それらに日々頭を悩ませておられるに違いない。これは、というものをみつけるために、毎日いっぱいにアンテナを張り巡らせていらっしゃることだろう。
そう、さまざまな思いをめぐらしつつ、今回のミールを見て「まあまあ」とつぶやいた私は非情かもしれない。
食玩・ドールハウス / 20:44 / comments(0) / trackbacks(0)
ぷちサンプル「いちごちゃん家へようこそ!」



これが、本日の衝動買い。
かわゆすぎる赤りんご青りんごさくらんぼ
とにかく私はいちご、りんご、さくらんぼ、と赤い可愛いい果物に目がないのだ。
こういう攻められ方したらイチコロ。ひさしぶりに人形姫サイトを今度こそ更新するわ〜!!グーと気力も盛り上がって来た。毎日毎日救いのないシンデレラばりに掃除洗濯炊事とおさんどん生活に明け暮れてばかり居るのはもうやめよう!
子供が大きくなるまでじっと待っていてくれたお人形達と、またそろそろ遊び始めてもいい頃だよねと最近しみじみまた思っているのだ。

そのお人形達がもっとも恐れられているのが、引っ越し屋さん。
こういう個人の価値観で、思い入れが深いコレクションものはなんでもこわいけれど、お人形関係はもう超絶的に絶対注意、お願いですからご自身で梱包なさってくださいね!!唖然ワッ!悲しいという感じだった。
無理もないです、もちろんそうしますよと私が言ったら引っ越し屋さんは心底安堵した様子。
今日、引っ越し屋さんがダンボール箱を100箱(それでも「足りますかねえ?」と危ぶまれた。我が家の荷物の多さ、推して知るべし!)とガムテープ、そして「奥様のお人形用にどうぞラブラブラブ」とプチプチシートを一巻きもってきてくださった。
笑顔で受け取り、いよいよ引っ越しだ〜と気合いがはいる。
今度のお家の広さは今の家の1.5倍。いや〜、楽になれると楽しみで仕方ない。壁の厚さは尋常ではなくて(何せ北欧の輸入住宅なので)夏の暑さも冬の寒さもよせつけないという。壁には本気で30センチ近い厚みで羊毛みたいなのがはいっているのだ。その効果はいかばかりだろう?住み心地がどんなかしらとこれも大変楽しみ。北欧の住宅の噂はかねがね聴いていたが、今回お試し期間を戴いて住むようなものである。それでオットも私も大変喜んでいるのだった。
というわけで、まもなくやって来るゴールデンウィークは我が家は引っ越し三昧ですごす。鍵をもらうまであと数日。庭に植えたい植物から、キッチンの生ゴミ入れにいたるまで私の頭の中は計画でいっぱいである。
ま、今の家の中はこれ以上ないというくらい散らかってますけどねぇたらーっ
食玩・ドールハウス / 22:59 / comments(2) / trackbacks(0)
リーメント「わんこの楽しい生活」
娘がコンビニエンスストアで欲しがったものは、私も大好きな食玩、しかもリーメント。
出来がいいに決まっていて、一つ買えば全部欲しくなるよと言ったのに、珍しく熱心にどうしても欲しいというので一箱買ってみた。

なるほど、熱心な犬好きならずとも心惹かれる愛らしさが、パッケージから漂っています。裏面をひっくり返してラインナップをみると、さらにまずいわ、と思うくらい、愛らしいわんこの情景が満載。

一箱買って、大事にもって帰ると気から娘はもう口元をほころばせてワクワクしている様子だったけれど、家に帰ってドキドキわくわくしながら開封して、このわんこ

『ムニャムニャ・・・午後のひととき』を取り出して並べて、本当にうれしそうな笑顔。
このシーンを物語る可愛い冊子もついていて、楽しさが膨らみます。つるっとした樹脂かと思っていたら、表面がちゃんと微かにけば立つ感じ(シルバニアファミリーほどではないけれど、あんな感じ)…小さいのに、わんこのリアルさが適度にでています。
うーん、さすがリーメントさん。
当然娘は「私、これとっても気に入ったわハート全部ほしくなっちゃったわよ、ママラブラブ」と熱い口調。
そうでしょうとも…。


朝から義妹が律儀にメールを入れて来てくれた。納豆ダイエットが捏造だったという大々的な報道を受け、土曜日に嘘を教えてごめんなさい、とのこと。でも義弟は現実に一週間で3キロも痩せたそうなので、彼女がそう思ったのは仕方ないことなのだ。なにしろ日本全国で信じられないくらいたくさんの人が騙されたのだから。
うふふと笑って外に出ると、通学路のあちこちにおまわりさんはもとより、父兄によるパトロール当番の人が立っている。
同じく朝から、タレントの風見しんごさんの会見を見て、私もオットもしみじみ泣いた。
幼い娘さんの尊い命が奪われたこと、その痛ましさと悲しさをけして風化させないように、もう二度とこんな不幸が誰の身にも起きないようにと、全国の人が身を引き締め、注意に注意を重ねていかなければいけないのだ。
区内の学校はみな似たようなものだと思うのだけれど、父兄による地域班というのが住所ごとにあって、全父兄が年間を通して交替で、受け持ち地区で登校時間などに立哨当番なるものをしている。黄色い腕章をつけ、黄色い交通安全の旗を持ち(これが当番から次の当番へとぐるぐる届けられて回って行くのだ)横断歩道なので子供らが安全に通行できるように導き、見守る役目である。
早朝のこの当番は中々重労働だけれど、大切な役目だと改めて思う。風見さんのお嬢さんが渡ったあの横断歩道も、受け持ちだった方がいたに違いない。たまたま立たないことにされた日だったのか…原則、毎日立つのが理想だが、父兄というのは何かと負担負担と騒ぐものである。なので強制はほとんどされない。おそらく週に2、3回程度というのが慣例になっているのではないだろうか。あの事故の日はきっと、立たない日だったのだ。
もし黄色い旗を振って見つめる立哨当番がいたら、いかに傲慢なドライバーとはいえ児童を轢き殺すことはしなかっただろうにとつい思ってしまう。。。
朝の忙しい時間、交通量の多い歩道で当番をするのも命がけだと皆口々に言う。
人は信じられないほど信号を見ていない、あわよくば無視しようとする、何度轢かれそうになったかわからない、と。
そんな経験者ママ達から見れば、あの風見さんのお嬢さんの事故は、いつ誰の身に起こっても仕方ない状況が、日頃の生活の中から漫然とあったのだ。
そういう私が、息子を学校に送りだして家に戻る途中、短い横断歩道を青信号で渡ろうとするのを、右折したい車が止まって待ってくれていた。ところがその先頭の車の後ろにつけた2台目がクラクションを鳴らし、早く行けと先頭の車を急かしたのである。
私は歩道を渡り、振り返ってクラクションを鳴らした車の運転手の顔を見た。中年男性で、助手席に小学生とおぼしき男の子を乗せており、私の鋭い凝視にはっとした顔になった。焦っていたその男性は、先頭の車がただ発進が遅いと思い、早く行けと急かしたようなのだ。車の陰になった私が見えなかったというものらしい。おそらく最寄りの私立の学校に子供を送る途中なのだろう.息子さんまでバツの悪い顔をしてこちらを見た。公立はもとより最寄りの私学もすべて、保護者の自家用車による送迎は固く禁止されており、その途中で万が一事故やトラブルを起こしたら、大問題になるのは間違いない。
運転していた男性は一瞬車を停め、私に会釈してから今度はゆっくり発進していった。
たった10分早く朝の支度をして家を出れば、そんなに焦って嫌なストレスをまき散らすこともないでしょうに。
ほんの10分がどれほど大変なものか、現役主婦の私は痛いほど知っている。けれど家がどうあろうと全てを投げ出し、早めに家を出ることで世界の平和はかなり守られるのではないかと最近思っている。
普通に朝、子供を送っているだけで、いかに人の心がささくれているか判る。
急いでいるのだ、時間がないのだ。
多分自分が家でぐずぐずしていて、その分通勤通学の時間が短縮され、数分以内で自分に都合良く駆けつけられないといけないから。自分の評価が下げられ、ペナルティを課せられないようにするためには、急いでいる自分のゆくてを邪魔するものはすべて悪なのである。歩道を全力で自転車で疾走し、幼稚園児やお年寄り、足の悪い障害者にけたたましくベルを鳴らして道を開けさせて行くことこそ、正義であり常識なのだ。
自分が朝の10分、死にものぐるいで努力して。人に自分の愚図のつけをまわさないで。
たとえ自転車であってもいつか誰かが事故をおこす。(ちなみに自転車に乗った瞬間、その人はもう弱者ではない。車道を走るべきドライバーの一人になる。歩道を自転車で走る、すでにそれだけでもう交通法違反なのだ)
歩行者であっても信号無視をして、横断歩道でない場所を無理に渡る人も頻繁にみかける。
その余波で迷惑を被った人のイライラ、迷惑をかけているのに開き直ってキレたり、よくてもブスっとして無視する人のイライラ…そんな嫌なエネルギーが町に蔓延している気がする。
それらはえてして、事故と言う名の不幸になって形を現わしやすいものだというのに、見逃されがちで、肯定すらしようとする人もいる。人は、見張りがなければ罪を犯す。信号無視やスピード違反、バス停や電車のホームでの順番抜かしなど、ちょっとしたことは全然たいした罪にならないと思っている。だから時には自分をむしろ弱者だと訴えたりもして、案外どこまでもずうずうしい。
一日の始まりである大切な朝のさわやかな時間に、穢れを振りまいている人々にできるだけ接触しないように注意すること…それが毎朝家を出た瞬間から私が気をつけていることである。
風見さんの会見は、宮崎県知事に選ばれたそのまんま東さんのインタビューと交互くらいに何回も、今日一日繰り返し放映された。
その度に、一人で昼ご飯を食べながら、子供におやつを食べさせながら、あるいは夕食の支度をしながら、何度も何度も泣けて仕方なかった。
心ある人なら誰でも想像できるだろう。トラックのタイヤの下から、血だらけの我が子をひっぱりだしたときのその恐ろしさ、悲しさ、絶望感を。
あんな風に悲痛に、もう誰も叫ぶことがないことを祈るしかない切なさにいたたまれなくなりながら。
それでも無力で小さいこの身でできることが少しでもあるなら、何でもいいからやっていこうと思う。
注意して見守る。ただそれだけのことでも誰かを悲劇から守ることになるかもしれない。
今、地域のお年寄り達にお願いしようと私達父兄がしていることは、それである。

食玩・ドールハウス / 22:47 / comments(0) / trackbacks(0)
愛する人形のために 〜ドールハウスいろいろ
とにかく私は「ハウスもの」が好きなのだ。
根本はいつまでも「おままごと」が好きなのだと思う。だから人形も、飾っておくだけのものより、着せ替えして遊べるものが断然好きだし、そのお人形遊びを膨らませることが出来る精巧なミニチュア(昨今は食玩が本当に素晴らしいけれど、それ以外に使えるものを見つけるとなんだかとっても嬉しかったりする)が好きで、それだけ道具立てが揃うと今度は無性に家が欲しくなるのである…。
これが大物でなかなか得難いという感覚があったのだけれど、今はそうでもないなあと。
ちょっと頑張ればなかなか素敵なお家を、愛するお人形さんのために買ってあげられそう。
ただし、身長10センチ前後のミニドールさん限定だけれどね、今の所は。



手頃な値段で17種類のドールハウスのキットを販売しているショップさん。ほんの一部屋分の、それもオープンなタイプだけれど、プチブライスをちょこんと置いて楽しむにはとてもいいかな、と。和風のキットもあります。このお家の大きさはW230×D190×H125。大きさも手頃かな、と思う。

部屋がオープンになっているものより、本当に建物チックになっているドールハウスの方が本当は好き…かさばるけど。
でもこんな小さな可愛いのを見つけてしまった。



ハウス本体:径20×高さ30cm。中はシンプルだけれど、だからこそ手を加えがいもありそう。



マザーグースの森さんではお人形遊びに良さそうな可愛い小物が色々販売されているのだけれど、ただいまセール中につき、このドールハウスも5800円なところが3800円になっているのだ…唐突なセールに心の準備ができず、揺れている私。




子供にかこつけて買おうと、クリスマス用に狙いをさだめているのがプレイモービルのあれこれ。これはアメリカ限定ドールハウスらしい。他にも家具とか、可愛いのがたくさんある。人形と無理にからませなくても、ただ可愛いから欲しくなる。プレイモービルはまた深くハマりそうで怖い世界なような気がして、今まで深く追求しないようにしていたのだけれど、そんな風に抵抗できなくなるのも時間の問題かなと諦めつつある。

シルバニアファミリー ハウスシリーズ あかりの灯る大きなお家


忘れてはならないのが、シルバニアファミリー。
1万円前後の大物からその半分くらいの価格のハウスまで数種類あって、どれも作りがよくて可愛い。よく出窓にシルバニアハススを置いてあるお宅をみかけるのだけれど、ぱっと見「あ、可愛い」ってやっぱり思う。


自分が大人になってみてわかったことは、案外おもちゃって大人にも必要で、ちょっとした遊びで結構気が紛れたりする、リフレッシュできるんだな、ということ。
私ほど突き進んだ人でない、ごく普通のご家庭で、ちょっと、子供にでもかこつけないと照れくさかったりするかもしれないけれど、きっかけをつかめばのめりこんで、大事にして、コレクションをはじめちゃうのはママだったりパパだったりすることが多いみたい。
よくプラレールの前などで子供は案外醒めてるのに、すごい熱意で商品を検討しているお父さんとかいる。
我が家は家族ぐるみでおもちゃ好き。私もオットも親に玩具を処分されてしまったクチで、それをいまだ哀しんでいる。よく吟味して購入したものは、ずっとずっと大切にしたいものです。たとえ一時、子供達がその存在を忘れ去っても、いつかふと思い出し、懐かしくなる時がきっとある。大人になってもう一度、大事に思う時があるから。
食玩・ドールハウス / 23:16 / comments(0) / trackbacks(0)
ドールハウスのミシン

これが昨日、那須の観光地の中の小さなドールハウスのお店で買い求めて来たミシン。アンティークで可愛いでしょう!家残念ながら動かないけれど、たとえばポンとおくだけで、小さな情景が思い浮かぶよう。お人形やドールハウスの醍醐味は「ごっこ遊び」でそれが真髄だものね。

このミシンとセットという訳ではないけれど、小さな黒い曲げ木風の椅子がまたものすごく可愛く見えたので、購入。

やはり10センチ足らずのお人形にぴったりラブラブこれだけのことがとても嬉しい。
このミシンは578円で椅子は確か310円くらい。材質がちゃんとしたアイアンと木で塗装も味があるため、私的にはこの値段で十分折り合いがつくと思ったのだけれど,実際の所はどうなのかな。ミシンはもう1種類あり、そちらはデスクがバタフライ式というか折り畳めるようになっていて、もしかしたらちょっとでも動く仕掛けがあったのかも。値段は2倍だったけれど、材質は食玩にありがちなものだったので、悩むまでもなく安い方にしたのだった。

先日、トイザらスに行った時に息子が即とびついて、買いたがったのはシルバニアファミリーの「灯りがともる大きなお家」だった。誕生日でもクリスマスでもないのに買えないよとたしなめたけれど,実は私達両親が欲しいのである。オットはかねてからシルバニアファミリー好きを公言してはばからない。可愛くてよく出来ており,クオリティの高さは芸術の域,子供の玩具としてこんなに素晴らしいものを買わないでおく手はない。子供達の成長を待ち,ものを大切にする,保管することの大切さを知るようになるまでは待っていたのだけれど、そろそろ買おうかなと思っている。娘の部屋にそれ用のスペースを作ろうと,私ではなくオットが計画中だ。見ると欲しくなるからと,以前はあまり見ないように気をつけていたシルバニアの色々なグッズを見ていると,可愛くて細かくてよくできていて、欲しいものがたくさんある。どれも絶対ミニドールちゃんで使える,遊べる。
芸術的な食玩と合わせてコーディネイトしたら、どんなに楽しいお人形遊びができるだろうか。
子供の頃,本当にドールハウスに憧れた。テレビで紹介される事があれば食いつくように見、高価な本を図書館で借りて何時間も眺めて過した。あの頃,シルバニアファミリーがあればどんなに幸福だったことでしょう。
今の子供は幸せだなあ,とため息をつく。可愛いドールハウスが、あちこちで手頃な値段で売られているんだものね。私やオットの手で手作りしてあげるということにも挑戦したい。遠い将来、孫ができたら、孫のためにお人形の衣装や家具やお家を手作りしてあげられるじいじとばあばになりたいものである。
そういえば。「ハチミツとクローバー」の中ではぐが竹本君に頼んでいたロココなお人形の家具は完成したのだろうか。いつか番外編ででもそのあたりのエピソードを描いてほしいなあ。



ひさしぶりに娘のピアノのお稽古に行く。昨日も那須から戻るなりピアノのレッスンをさせたのだが、今日は前回とは比べ物にならないひどさで、帰り道には暑い事もあってげんなりしてしまった。
相変わらず100メートル歩けば知り合いに出会う町で、一駅だけでも電車を利用しようとホームに降りれば娘のクラスメイトとそのお母様に会って再会を喜ぶ。どちらまで?と伺ったらお子様のパスポートを取りにいくのだとのこと。冬休みの旅行の準備だそうである。楽しそうで良いなあ。まだ夏休み終わってないけれど、このご家族にとっては間に挟まる9月10月11月と12月のほとんどは、きっとたいした問題ではないのに違いない。
電車を降りて歩き出せば,昨年共に幼稚園で役員として奮闘した戦友ともいうべき友達と再会。喜んで「元気!?」と聞いたら「それが元気じゃなかったのよ〜」というお返事。驚いて訳を聞くと,お嬢様がマイコブラズマで肺炎を起こし,12日間も入院していて昨日退院したばかりだという。驚いてお見舞いの言葉を口にした私もそういえば救急車に乗ったわといきさつを話したら、あなた頑張り過ぎだよ,疲れてるのよといたわられてしまった。お互いに頑張ろう,来月また食事しようと約束して別れる。
帰宅して昼食後,息子の幼稚園に遊びに行かせて頂いた。優しい先生が待っていてくれて、息子も娘も大喜びで,幼稚園の大ホール独占で遊びに遊ぶ。三月卒園以来、そして4月に入学してからの息子の成長を大変喜んでくださる先生方に見守られて、子供達は本当に生き生きしていた。
私にとって子供を育てるという事はまさに自分を育てると言うことでもあり、しみじみ濃く人生を味わうということでもあった。
この夏はまた色々思う事が多かった。どんな怪談、ホラー映画より恐ろしくて悲しい,事故や事件の数々。心が震え、暑い最中に悪寒が体の中を駆け抜けて行く。
総理の靖国参拝で,日本中が大戦とそれを推進した人達の事,結果引き起こされた悲惨な現実について思い至ったことが意義が深かったが,その中で,私は成長した娘にどう戦争について話そうかとても迷った。私が初めて,戦争の悲惨な歴史に学び、どのような人達がどのように恐ろしく悲しい目に会い、死ぬより辛い苦しみを味わったかを教えられたのは今の娘と同じ9歳の時である。
担任の先生が読み聞かせながら泣いてしまって,途中で教室中が静まり返ったあの同じ本を読もうかと思ったりしたけれど、幼い娘の無邪気な横顔を見ていたら、無理矢理そんな世界を語らなくてもいいのかな、と気持ちが挫けた。
でも遠からずちゃんと娘と息子の心の中に,反戦を貫く意識を持ってもらうための教育をしなくてはならない。
教育と言えばまた根本的に,学校というものの在り方についても悩まずにはいられない。
たとえば造形展。鶏の絵となればクラスの人数分の鶏が、同じ画用紙に同じ画材で同じデザイン,大きさで描かれた鶏の絵,あるいは桜の樹、あるいは消防車の絵が、私の心を寒くするのだ。個性個性と謳い上げながら、見事に「みんな同じが美しい」という固まった思想で形成されていく子供達の魂。生き方の自由は尊ぶべきことだが、日々の有り様まで同じであることが美化されて行くと、それは自由ではない、窮屈である。先生方はそれを強制しているわけではない。むしろ時代の風潮に合わせて,自由に伸びやかに、一人一人に個性を謳歌し,表現してほしいと望んでいる。望んでいるがそう指導する力は無い。
たとえば娘に「学校で耳当てしてるのは○○○ちゃんだけだよ。だからそれ、やめたほうがいいよ」と言いに来た女の子のように(実際はイヤーマフをしてる子は全校に何人もいた。たまたまその女の子がそう思い込んでしまったようだ)、子供同士が互いの足並みを鋭く観察し,牽制しあってしまい、それを先生方は止める手だてを持てないようなのである。造形展のことにしても、先生がテーマを与え,例えばこんな風に描いてね,作ってね、というと生徒達はそれをそっくりそのまま真似するのだという。
やがて娘の学年は受験を目標に定めだす。4年になればほとんど塾に通い、5年生からは受験前提の授業に変わらざるを得ない。公立校だが偏差値の高さを誇り,保護者らからそれを期待され、評判になっている学校の宿命である。この中で,受験しない、のびのびしたいという人は少数派となり、悪気なくても苛めでなくても自然自然と小さくなり、はずされて考えられがちになり,傷ついたり傷つけたりする関係に発展することも珍しくなくなるのだ。
今,娘は標準より体が小さく性格おっとりで、同じ年だというのにクラスの子達に随分可愛がってもらっているようである。男の子達も乱暴な口とましてや仕草を,娘に向けることはないみたい。娘はおっとりおおらかに、ひとりのんびり過している。
そんな娘にこの学校の,全体の流れ,カリキュラムが合っているとは思い難くて、それがずっとここ1年ばかりの私の悩みの核である。今の平和がそう長く続くとは信じきれないのだ。
マンモス校にはマンモス校の良さがあり、それは多いに認めるところなのだが、娘のようなタイプにも合っているとは残念ながら言い難い。
そもそも、どんな教育が人が人として生きて行くためにいいのだろうか。学校なんて皆同じだよ、とは思えない。ステロタイプに惑わされなければ、ちゃんとそれぞれ個性が見えて,方針が違って、それによって育つ子供の未来も大きく変わる事になる、というのが明らかになると思う。
何より私の世代は偏差値重視、いわば通った学校や勤め先の名前が人生のバックボーンになり,ブランドになるというのを体現してきた訳だけれど、それで人は幸福だろうかと振り返ると,人生全体にそのブランドのご利益は行き渡っていないというのが現実な気がする。

シンプルに、ただ純粋に、子供に幸福になって欲しくて、色んな事について考える。
だからみんな一生懸命中学受験するんだよ、と言われればそうかなとも思えて別に反論はないのだが、私はすでに小学校でヤバい気がしてならないのだ。これから12歳までを過す数年をもっと有意義に深く過せないのか。学び方にも色々適正があるはずで、娘のそれはどうもぴったり今の学校に合っていないのは,学校が悪いのだとは思わない。学校を学校たらしめているのは,実は教師達ではなくて生徒個人個人の後ろに控える家庭である。家庭から持ち込まれる雰囲気、主義主張が子供達の中を通って学校の中に吐き出され、溜まり積もって何かを生むのだ。良いものもあればおぞましいものもあり。その点、かなり行き当たりバッタリな、運を天に任せる成り行き次第である。
大事な子供をそんな不確実な器の中に、放り込むのはどうにも嫌だ。釈然としないこの気持ちに、何か近々決着をつけなくてはならない気がする。
食玩・ドールハウス / 23:28 / comments(2) / trackbacks(1)
ぷちサンプルを予約



実物を確認してから…なんてシャラくさいことは言わずに即予約しました。



うーん、可愛い!すごくツボです。

明日からまた旅行である。1泊とはいえ面倒くさい。今度は家族水入らずだからまだ気分はましではあるのだけれど、どうも私は根本的に旅行が苦手なのだ。荷造りを思うとなんだか嫌で,現実逃避にPCに向かってしまう。
那須は涼しいのだろうか。
昨日今日と暑くて暑くて,本当に来年の夏は日本を脱出していようと心に固く誓った。
…昨年も一昨年も誓ったけど。たぶん、計画すべき月日がきたら「それくらいのお金があったらSDをフルチョイスしよう!」とか思ってる可能性は大だけど。

帰宅したらポストに残暑見舞いのハガキがはいっていた。息子がお世話になった幼稚園の先生からで,私が最も信頼・尊敬し,心の師と仰ぐ方である。私が暑中お見舞いをかねて,息子の学校のクラス便りと通知表をコピーしてお送りさせて頂いたものへの,ご丁寧なお返事で,文面からお人柄がにじみ出ていて、それが本当に懐かしく嬉しかった。
離れても、ずっと思われ,心にかけてもらえる息子は,本当に幸せものだと思う。
いい人に触れると,心が和む。
人嫌いを気取っていても,結局私は人に癒されているのだ。
娘も今までいい先生やお友達にいっぱい支えられてここまできた。
息子はもっとそうだった。
私一人ではとうてい育てきれなかったろうと思う。今,私は育児をするにあたって心の支えにしている方達を持っている。それが幸福だと思う。

そういえばノイローゼ気味だった妹から先週末,旅行に出る前に電話があったのだった。
病院で「鬱」の診断書をとったので、保育所の入所許可を取る事ができ、甥っ子(私方)を週2日通わせてもらえる事になったと言う。
妹に言わせると、環境が変わらない事が嫌で、親友が同年齢の子を近くで育てているのを見ていると、その子がおとなしくてお行儀がよく(女の子である)、親友がとても良い母,良い妻に見えて,自分と比べて劣等感を抱き,落ち込むのだと言う。
なるほどねえ。
それは私にも判る。っていうか、いまだにそうだ。他のお母さん方がとても立派で,働き者の,素晴らしい主婦であり母に見えて眩しい。劣等感で胸が凹むことはよくある。
が、それが私一人の感覚じゃない,お互いにそう見えてるんだという事が実はもう判っているのである。
子供が幼稚園に入って,最初はぽつんとしてる気がしたのに,気がついたら気の会う友達がたくさんできて相談し合い、互いに孤独と悩みが共通している事が判った。
視野が広がり、思いが深まり、するとほどほどに割り切って考えられるようになり…早い話が一歩オバタリアン化に近付いただけのことかもしれないが、それが生きるのが楽になる進化というものかと思う。
妹にもそう話し、あと2年の辛抱、がんばれとエールを送った。
ほんと、嘘じゃないんだよ,本当だよ。
きっとこれからいい人との出会いもあって、楽しい事たくさんあるからね。(ぶっちゃけ,悩むこともいろいろあるけどね〜。まあ、悪い事ばかりじゃないってことよ!)
食玩・ドールハウス / 22:04 / comments(0) / trackbacks(2)