夢に見たのはハイジのおじいさん
私がオットにいつも感謝していることの一つは、ドライブに連れ出してくれること。
助手席から見る景色が楽しくて大好きで、特に空の様子は当たり前だけれど日によって違うので、
見ていて飽きない。
雲の形と光の加減にやはり神聖さを感じる。
もちろん歩いていても景色は楽しい。
クリスマスまでの、秋から冬にかけての季節はいつも大好き。
クリスマスのお楽しみとして、家族でプレイしようよとと今更だけれど任天堂switchを買った。
ドラゴンクエスト12のソフトも一緒である。
これは何年も前に、PS4で一度プレイしているので、どんなものか知ってはいるのだ。
が、のちにswitch版で出たものは、キャラクターに声が吹き込まれていて、
それも主役は大好きな斎賀みつきさんだというので、switch版も欲しいよね、と
ずっと子ども達と話していたのだ。
switchは発売当初からしばらく入手困難だったみたいだし、
すごく熱望していたわけでもないので、なんとなく買いそびれていたけれど、
この季節になって、生活必需品じゃなくほしいもので買いやすいものは?となると、
バルミューダのトースターだのスピーカーだの色々ある中で、
私と子らの一致した希望により購入することになったのである。
ゲームを始めるのが今からとても楽しみだ。
一応クリスマスプレゼントなので、せめて24日までは待とうよ、と
私と子らでゴクリと生唾を飲む様にしている現状だ。
乗り遅れているものは他にもいろいろあって「どうぶつの森」もそうだし、
マリオも久々にしてみたい、
娘はフィットネスになるのがものすごくほしいというし、それは私も全く同意見である。
やる時間が果たしてあるのかはさておき、少なくともおこもり状態間違いなしの年末年始は、
バラエティ番組など見飽きたころにせっせとやるだろう。
アニメといいゲームといい、とかく乗り遅れてばかりのオットも
今度ばかりは参戦すると宣言している。
会社に行くのもあと数回。
毎年恒例の那須への旅行は今年はもちろん中止したけど、
その分家でのんびり過ごそうと年末年始の休みがとても楽しみだ。
全然時間を割けず、大した知識もないのだが、
私は性格的にはかなりのゲーマーで、
自分でしっかり歯止めをかける決意をしていないと、
廃人にまでなりかねないところがある。
忙しいといいながら。日々進めているスマホのゲームもいくつかあって、
でもやっぱり時間がかからない育成物をコツコツこなしている感じ。
本当はロールプレイングゲームが一番好きで、やりたいのだ。
なんてったってドラクエとFFから始まった私の趣味の世界である。
スマホゲームにもロールプレイングの秀作がたくさんあると聞く。
絵柄も素敵でその上、声優さんたちも素晴らしい。
アニメ好きでもある私から見たら垂涎ものだ。
なのに、いまだに一つも、これといってスマホでRPGの世界に入り込めていない。
原因は私の非社交性。
とにかく私は人と付き合うことが嫌いなのだ。
心にはずっとアルムおんじが住んでいて
人里にはおりたくない、気ままに一人でくらしていたいと頑固な主義を守っている。
もちろん、現実での私はアルムおんじのような自給自足でやっていく術を持たない。
なので、便利な都会に多くの人たちと群れて住まい、
愛する家族と自分のために様々なコミュニティに所属し、
わりと上手に生きれている社交家である。
幼い頃からそうしてきたスキルをフルに使って頑張っているのだ。
有難いのは子らが育ってもうさほど、
ママ友同士のおつきあいに重点を置かなくてよくなったことだろうか。
本当に好きな、信頼できる人数人いて、時々連絡を取り合えるくらいが私にはちょうど良く、
それでとても幸せである。
そんな私が毎日せっせとログインし
、密に繋がり、共同で戦線を張って…みたいなグループに、
ネットの中でまだ入りたいと思うはずがあるだろうか?
気を使いあい、力関係を推し量りあうような関係を余分に持ちたいと思うことがあるだろうか?
いや、ない。
良さそうなゲームアプリを見つけてストアのレビューを見ると
グループのリーダーさんがいい人だから、とか、
グループの皆さんが優しいので云々と書いてあることがよくあり、
見るだけで私は震えあがっている。
優しい人ばかりだとしても怖いんだって!
これ以上誰かと知り合っていくことが・・・。
そもそも今を遡ること20年近く前、
インターネットというものを使える生活になった時、
私は非常にわくわくした。
これで何かを知りたいときなどに、
頑張って直接人に会ったり電話したりして言葉を交わし、
気を使いながら情報を得なくてすむ、
さっといろんな情報が居ながらにして、自分一人で得られるのだと思ったからだ。
つまり私にとってインターネットとは
人と少しでも合わないで生きていけるようになるための最大の便利ツールだ。
多くの人もそうなのだろうと信じて疑わなかった。
だって好きでも何でもない知らない人と一々関りを持たないといけないなんて、
すごいストレスがかかることではないか。
そのストレスをゼロにしては生きていけないけれど、
そうしなければいけない理由は少なければ少ないほどいい。
ところが、世の大半の人の使用目的、思想は私のその発想とは違う、
ということに間もなく気づいた。
多くの方は人と繋がることを面倒とはとらえていらっしゃらない。
むしろ歓迎すべきこととしてさらにその範囲を広げるため、
インターネットという広大な世界を外交的に使われ始めたのだった。
その風潮の中にも乗り遅れたまま、今の私がいる。
私のようなものが便利にネットの生活を楽しめるのは、
大多数の積極的で友好的な方達の善意による情報公開のおかげである。
おかげでうろ覚えにしかわかっていないような事柄でも
ぽつぽつ単語を打ち込み検索すれば、
結構な確率でほしい情報を得られる世の中になっている。
ものすごく有難いことである。
精神的なものはもちろん、物理的な満足を得るためにもネットの恩恵はすさまじい。
居ながらにして様々な商品を検討でき、注文すれば翌日には届くことも多い。
私の最大の趣味で大昔は発売日に確保するために必死で出かけていた本屋さんも
置く場所と値段の多少の安さで熟考の末選んだ電子書籍という世界だと
あらかじめ予約購入しておけばその日すぐにダウンロードできる状態になっているし、
現物にしても発売日当日に届くことも多い。
自宅でできる仕事であればもうすでにアルムおんじ生活達成ではないか。
引きこもり、という言葉に良いイメージはないけれど、
生活費を他人に頼らず自力で稼げているなら実にそれは結構なことだと思う。
特に今のような時期には無駄に菌にさらされないし、ふりまかないし。
このコロナ下で今更のように、家にいて過ごす時間のぜいたくさが言われているが
私はもう何十年も前からそのような生活を理想としていた。
せっかくこうなったのに、大抵の会社が休業しても休業できない職種の会社で
務めるようになっているのは運命の皮肉ではあるけれど
夢の引きこもり生活はそう不可能な時代ではなくなってきた。
地価の高い都心部に住んでいる必要があるのかも前からずっと疑問に感じていた。
15分で新宿や渋谷に出られる利便性を私は全く生かさず、何十年も暮らしている。
子どもの学校、オットの会社勤めとそれでも理由はあったけれど、
コロナが終息したとしても今後はもう前のように毎日は出勤しない、
テレワークの日の方が多くなるとオットも言うし、
子らもどうなるかわからないから。
オットの田舎で家を新しくして、死ぬまでの間を平和にただ穏やかに
あまり気を使うことなく暮らしていけるとしたなら。
私はもうそれだけでとても幸福である。
のどかなRPGの町の人たちみたいな時間の中で暮らせるといいなあ。
モンスターはいらないけど。
- ゲーム
- comments(0)
- -
- -
- -