人形姫の視る夢は…

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管理人かりんの日々のつぶやきです。
コレクションしているお人形のこと、育児のこと、主婦業のこと…
いろんな日々のつれづれ日記です。
2013年の、あの人は・・・


久しぶりの猛暑がやってきた今日という日に、よりにもよってだが、
家族で海へ出かける。
鎌倉の由比ガ浜。

暑い。
でも素敵。


娘の夏期講習にあわせてオットが早退し、
その2人を駅に迎えに行って家族合流、そこから出発したので、
海辺に到着したのは午後3時過ぎ(最も暑い時間!)
ひとしきり子等が泳いで楽しんで引き上げるときにはそろそろ夕方近く。

しかし本番はこれからだった。
よりによってこんなに暑い日に私が外に出ることも特殊なら
それが海辺で,家族の海水浴を見守りつつ
ずっと太陽光に炙られながら、だらだらと汗を流して
ちょっと軽めの色んな方達の言動に耐える・・・なんて苦行を
私が普通だったら受け入れるわけがない。


今日ここに来た真の目的はこれ。

鶴岡八幡宮『ぼんぼり祭り』

今年も竹宮惠子先生が奉納され、
その絵は『地球へ・・・』のソルジャー・ブルーだという。

竹宮先生が奉納されるぼんぼりの絵が、
『地球へ・・・』だと聞いては足を運んで・・・
今年で何回目だろうか。
もう家族も習慣として覚えていて
オットなど「去年は確かこのあたり・・・あ、やっぱりおんなじ場所だ!」
とまで。

そこにおわしたのは、ブルー。
ソルジャー・ブルー。



あなたですね、なんて呟いちゃったりして。

ジョミーの大切なあなただから、
私もあなたを大切に思う。
私はジョミーが大好きだから。

あなたもジョミーが大好きなんですよね。
何もかも、全てを託していくほどに。
だから私達はある意味同士。
彼という人に惹かれ、その力を認めた者同士、という。


会えてよかった。
会いに来れてよかった、今年も。

竹宮先生がこの鶴岡八幡宮のぼんぼり祭りに
ぼんぼりの絵を奉納されるのは今年最後かもしれないとのことでもあるし・・・





ぼんぼりは、こんな感じで立っているのだ。
なんだか「おいたわしや、ブルー様」という感じだった。



願わくば、来年もやっぱり先生の絵が奉納されればいいなあと願う。


家族でまた海を見ながらドライブをして
美味しいしらすと小エビのパスタを食べた。


夏キライの割には、結構夏を楽しんでいるんじゃないかと思う今日この頃。
ま、なるべく太陽を避けてますけどね!

* by かりん * 22:35 * 「地球へ…」 * comments(6) * trackbacks(0) *
2012年のジョミー
朝すぐに家を出て、鎌倉へ車を走らせる。
昨日、突然決めたこと。
毎年、8月6日から9日にかけて行われる鶴岡八幡宮の『ぼんぼり祭り』
平日だと訪れるのが難しい年もある。
今年も、この三日だけなら無理だった。
子らを連れて電車でゴトゴト行くには遠いし、
自分で運転するのもちょっと・・・だから。
しかし閏年にはぼんぼり祭りは4日間に延長されるという、今年はまさにその閏年。
しかも前から今日はオットが休暇をとることになっていたのだ。

境内にはいって足早に、ずらりと左右に並んだ灯籠に目を走らせていく。
そうして見つけた。
とたんに、胸がいっぱいになった。
嬉しさと、切なさと。
まさに、初恋の人に再会したような気持ち。


ジョミーとブルー。
大好きなジョミー。
今でも、いつまでも、ずっと。

2007年に、「地球へ・・・」がアニメ化されて本当によかった。
そうでなければこうして何度も、
竹宮先生が新たなジョミーを描いてくださることはなかったと思うからだ。
ことに、近年描かれるジョミーは少し大人びていて、
その表情を見ると胸がどきりと一拍打たれるような。
画集「ただ一度の存在」の表紙に使われている顔が一番好きだけれど、
このジョミーもとても男らしい。

これを見る為だけに家族を引き連れて、渋滞の中2時間もドライブして来てしまった。
オットには感謝感謝だ。
しばらくたたずみ、眺め入って、一度お参りしてから帰りにもう一度、目に焼き付けるように見つめて来た。
後ろ髪引かれるようとはこのことだと思った。


たくさんの、本当にたくさんの灯籠が、様々な方達から奉納されて並んでいる様子を見るのは圧巻。一つ一つ見るだけでも楽しい。祭殿への長い階段を上りきり門をくぐろうとすると向かって左に東京都知事の石原慎太郎氏の力強い文字「尖閣死守」と書かれたものが立っていて気迫を感じた。

竹宮先生の灯籠のひとつおいた左に庵野監督の灯籠が、
そのお隣には漫画家の安野モヨコ先生の灯籠があった。
数年前に安野先生の「監督不行届」で、
鎌倉に移転される経過を楽しく拝読した。
ずっと鎌倉にお住まいなのかな、と少し嬉しくなった。


それから一気に、またオットに運転してもらって有明まで車を走らせる。
覚悟していたけど湾岸線、少し混んでいた。
ただ今日は空気がからりと乾いていてさほど蒸し暑くなかったのが本当に救い。
本日はこの、有明に行く為にオットが休暇を取っていたのである。
というのも息子の学校で申し込んだボリショイサーカスのチケットが2枚当たったからだ。
相談して、オットと息子がサーカスを観ることにし、私は娘と「大江戸温泉物語」という施設で遊ぶことに、急遽なったのである。
というのもその巨大お風呂屋さん(???)がこの夏は銀魂とコラボしているとの情報をたまたま偶然知ったからだった。
昨年もそういえばそんな話を聞いたような・・・。
でもわざわざ面倒で行かなかった訳であるが、今回のような事情が絡めば行くにやぶさかではない。

とても綺麗な大きな建物で、入るといきなり銀さんの声が響きわたった。
なんだか色々銀さんが喋っているのを聞きながら笑ってしまう。あちこちに銀魂とのコラボを感じさせるような大きなポップなどが立てられていて、ああ、そういうキャンペーン中なんだなあと本当に思った。
働いている人も若い方達が多い。殆どは学生さんのアルバイトかなと思うけれど、よくオリエンテーションされているようで、受付から対応も親切。この施設の仕組み自体がとても丁寧で良く出来ているので、基本さえがっちりスタッフに覚えてもらえば順調に回るようになっているのだろうなと感心する。
入り口にはいってすぐの下駄箱に靴を入れる。そこから先はずっと裸足。
私も娘も不潔な場所にとても弱くて、お風呂のように他人の生々しさに触れる場所は本来とても苦手なところ。でもいっそ人工的に、衛生的でさえあるならそう嫌でもなく、目を皿のようにはしないようにして、さっと見ている分には綺麗だったのだ。
受付をすませてすぐに浴衣を借りる。男女、男の子、女の子とそれぞれ数種類の中から浴衣が選べて、何色もの中から帯も選べる。対応の人が慣れていてぱっぱっと見てサイズなどアドバイスして渡してくれるので楽しく選んで更衣室へ。
受付でロッカーのキーになる『手形』を渡されるのだが、これにバーコードがついていて、中での買い物飲食代などすべて帰る時に一気に精算される仕組みだから、着替えてロッカーの鍵をかけたらもうお財布を持ち歩く必要はないのだ。
更衣室から「八百八町」という飲食店や売店などが集まっている一大ゾーンへ。
当然だけれど建物はすべて江戸風なので、この大きなゾーンときたらちょっとした時代劇のセットの中のよう。娘はお祭りみたいと大喜び。
さらっと町中を見て回りながらまずはお風呂へ。
ここでバスタオルとフェイスタオルを貸してくれる。
好きなロッカーに手形もいれるように注意された張り紙がある。なるほど、手形もいれて浴衣もいれて、ロッカーの鍵だけ手首につけておけば大丈夫ということ。
お風呂場も大きくて、数種類あり、娘と順番にはいって楽しんだ。
子供はのぼせるのが早いので、私の心づもりよりは早く出て、また町に戻り、キヲスクで『銀魂スタンプラリー』に申し込み、娘と二人で新八を探す旅に出た。

スタンプラリー、一人500円。
万事屋版と新撰組版があり。
5個のスタンプを集める為には館内をぐるっとまわることになり、
なるほど、これは良い企画。

でもこういうところって食べるもの飲むもの、お土産物と何でも高いのだ。なまじ、その場でいちいちお金を払う訳ではない分、ついついお金を使ってしまうだろうと気を引き締めてかかる。
それでも、このスタンプラリーで1000円と娘と二人、昼食にそれぞれ1000円ちょっとの食事(娘の希望でお寿司。銀魂特別メニューはどれもすごく高かった!たかがカードやステッカーがおまけにつくくらいで払う金額ではないと私的には速攻却下。娘も希望しなかったしね)、
かき氷とソフトクリームを食べたら帰りの精算は駐車場代込み8800円だった。
これはおそらく妥当な値段なのだろう。施設の維持代、人件費を思うとぎりぎりなのかなとすら思う。でも一般家庭の基準で言えば高い。正直、頻繁には来れない。
この金額があれば、近くのヴィーナースフォートで結構なものが買えたと思う。娘がほしがっている新しいサンダルやワンピースなどなど余裕だったはず。
でもまあ。
何事も経験。何より娘が「思ってたより全然楽しかった!なんか面白かった!」と大喜びしていたので私的にもOKになった。
海外からいらした方もとても多かったけれど、面白かったのではないかしら。
ざっくりしたことを言えば、どのような形であれ、和風っていいなとやっぱり思った。
和柄の美麗さ、可憐さ、意匠の洗練されていること。こういう空間があるのはいいなと本当に思う。
例えそれが多少キッチュであったとしても。



気がつけばジョミー、銀魂、そして夜中は大澤誉志幸さんのラジオでしめる、という。
実に自分の好きなもの尽くしとした私だった。
オットは明日から趣味の合唱のそのメンバーと箱根に一泊旅行に出かけるので、私の希望にはどんなことでも応えると言い切っており、それを見事に活用させてもらった形である。
ほほほ!

* by かりん * 23:59 * 「地球へ…」 * comments(0) * trackbacks(0) *
時の旅

そういえば、昨年も雨じゃなかったっけ?オットと二人で、会場についてから気がついた。
東京駅ちかく、京橋のギャラリーくぼたで開催される竹宮恵子先生の個展。
昨年は『地球へ…』がテーマで非常な混雑の中、それでも胸を熱くしてジョミー達に眺め入ったのだけれど。
今年は「ファラオの墓」がメイン展示と伺って、それもまた非常に感慨深く、今日までに何度もサリオキスやスネフェルのことを思い出していた。
この作品ではスネフェルとアンケスエン姫が大好きだった。(ナイルキアを好きにならずにはいられないから、わざわざ書くまでもない。もう一人,後にサリオキスを結ばれる予感を感じさせる姫君?可愛いけれど凛々しいタイプの方がいて好ましかったのに,今どうしても名前が思い出せない)昔発売されたこの作品のイメージアルバムも持っているのだが,実家から取り寄せるのが間に合わず残念。もっともLPだから今は手元にあっても聞けないのだけれど、それでも中のライナーを読み返し,竹宮先生のコメントを再読したかったなあと思う。作品のイメージにぴったりだと、当時の私と友人達は感心して、しばらくは誰の家に集まっても『ファラオの墓』のイメージアルバムを聴いていたものだ。いや,それ以前に『ファラオの墓』を全巻、祖母が大人買いしてくれた時の感激と感謝の気持ちは今もまだ胸に熱く甦る。そんな贅沢はめったにさせてもらえない家庭だったので、夢かと喜んだものだ。母はおばあちゃんが耄碌したと激怒したが、なんのことはない、祖母もこのファラオの墓…豊かな美しいエジプトの中の小国が野心ある他国の若き残忍な王に突如攻められ、滅ぼされる、辛うじて生き延びた王子が故国再興と復讐の夢を遂げるというストーリーにかなり惹かれた様子だったのである。しかも王子の母と敵王の母は…そして王子の妹は敵王と…などなど、ドラマチックでロマンティックな要素一杯。これをちびちび一冊ずつ買うのではなく、一気にまとめて入手して一気に読破するという喜びは今だって相当なものだと思う。我が友人達は歓喜して私の家に集まり,みんな順番で読みふけったし,後にはしっかり私の母自身もハマったのだった…。
そんなことなどを次々に思い出す。
今は亡き祖母、そして父。年取ったけれど元気な母、結婚して子育てをしている友人、あるいは独身を謳歌中の友人達…個展会場に入らせて頂くまでの間だけでも『初めて<ファラオの墓>を呼んでいた頃」というキーワードひとつで、ざっと一通り自分の半生という時の回廊をすら旅してきたような気持ちに、もう私はなっていた。

入場して、カラー原稿の美しさにまず息を飲む。
目が吸い寄せられて離れない。
あまりにもよく知っていて,今までにも何度も見とれて来た印刷された先生のカラーイラスト。
その原画を今,この目の前にしているという幸運が信じられない。
やはり先生の貴重なイラストも出版社側で紛失されるという厄災をご経験なさっている、けれど謝罪を受け入れ,その後、やはり非常に気に入っている作品だからと出来るだけ当時の作風、色あいを思い出しながら再度描かれたという美麗としかいいようがない絵の前でたたずむ幸福。
そしてこの新しい年に新しく描かれた素晴らしい絵。眼福そのものだった!
人が少なく、ゆったりできたのも幸運だった。
幸福はさらに続く。
わんマネさまこと、竹宮先生の御妹君さまとお話できてしまったのである。
あまりにお優しく,暖かいお人柄で接してくださって泣きそうになってしまった。
こういうとなんなのだが、結婚というのは勢いでするものだと思う。私がその勢いのままにオットと結婚すると宣言したとき、皆にあまりのスピーディー決断を驚かれ,本当にいいのかと何度も尋ねられたのだがいい、いい、と迷わなかった私。その後「うーん、はやまったか」と思う事は何度もある(明日にもまた思うかもしれない)が、やはりよかったのだと今日は確信した。オットがささやかなご縁を先生に頂いていたおかげでお話できるきっかけを持てたから。そうでなければ私にはとても、先生とわんマネさまとお話する勇気はだせなかったと思う。

もったいない、とはこういうことを言うのだろうと本当に思う。
先生もわんマネさまも他のスタッフの方々も,例外なくどのファンの方にも非常に寛大でお優しい。その様子は私も遠くから漏れうかがっていたし、昨年の大変な混雑の個展の最中でもそのようなご様子だったのを実際にお見受けしている。
しかしまさか私自身がその光栄に浴する事になるとは正直全く思っていなかったのだ。オットがご挨拶せねばならないことになり、隣で少し会釈だけでもさせて頂いてと思っていたのだが、オットが私にとって人生で一番の,永遠に大切な存在がジョミーであることを話していたために、本当に優しく接して頂く事になってしまったのである。
あまりにもったいない時間過ぎて、とてもまだ言葉にできない…。
ただ会場に,『地球へ…』の原画コーナーもあったことが私には最高の喜びだったことを、その作品一点一点をご案内頂いてしまった喜びを、いつまでも記憶にとどめておく。
アニメについても少しお話して、ちょっと苦笑いになってしまったのだけれど、でもそのおかげでこうしてまた竹宮先生が新しく『地球へ…』を描いてくださったこと、21世紀のジョミー達に出会えた事を本当に深い深い喜びに感じていますとお話したら,本当にそうですよね、と頷いて頂いた。
私が勝手に画集を縮小コピーし、常に手帳にはさんで持ち歩いているジョミー、「2008ジョミー」の原画がそこにあった。単純にアニメブームが一区切りついているし、この雨のおかげで昨年と比べたらはるかにゆっくりご覧頂けますよとやさしく言って頂いた通り、しみじみと、本当にただしみじみとジョミーを見つめて来た。
画集「ただ一度の存在」の表紙をブルーと分け合うこのジョミーの表情こそは、まさに私の胸の中にいつづけてきたもの。ああ、このジョミーだと昨年の個展では遠くからしか拝見できないながら、そして初めて拝見する絵でありながら、もう何十年もずっとこの面影に支えられて来たのだと感じた、まさに私の理想の表情なのだ。このジョミーに会いたかったのだと本当に思った。
それを間近に,長々と眺められただけでも今日の幸福は大きすぎたと思う。
今年はまだアニメ『地球へ…』の余韻があるから10点前後ほどの展示スペースが設けられていたけれど、当然ながら竹宮先生は「地球へ…』だけにはこだわらずにいかれるのであろう。いや、個展も毎年必ずするとお決めになっている訳ではないご様子。状況的にできることなら、という柔軟な御姿勢で,ファンの熱意に応えて開催なさってくださっているものと思うので、個展そのものが確約されたものではない。そう思うと,今日のような機会がいかに恵まれた大切な場であるかがわかる。
ジョミーに会えるという幸福。
今日を最後に(私にとっては。個展は9日まで続く)もういつ会えるかわからないと思うと、かなり寂しい。これからも竹宮先生が個展を開催してくださるとして。そこにまた『地球へ…』が展示される機会があったとして。その時には必ず憧れのone&onlyをお願いできるよう、今日以降は気持ちを入れ替えて頑張って働こうとひたすら堅い決意をすることで寂しさをまぎらわした。せめて原画’は必ずお願いしようと思う。次回、またジョミーに会える幸福に恵まれたなら。

個展のアンケートの次回リクエストには「私を月まで連れてって!」「天馬の血族」の2タイトルを書いて来た。私が『地球へ…』!と全力で叫んでいる事はもう、先生様には十分すぎるほど伝わってしまったと思うので、それを別とすれば、という気持ちで。
でも竹宮先生の絵は本当に美しくて,実際は見せて頂けるなら何の題材でも良い、素晴らしいと心から思っているのだ。

先生にも御妹さまにも子供達を非常に可愛がっていただいたことが、体が震えるほどの喜びだった。オットの頭蓋骨の形はジョミーに似てるなと結婚する時に思ったという、私にはいたって真面目な真実のお話(本当に真実。せめて一カ所、ジョミー似な部分があって,大変救われたのだから)にとても笑って頂き、そのオットにそっくりな(いや、かなりヴァージョンアップしているとは思うが)息子の頭部がまたジョミーに激似と私が思っていて,冬の耳当てをしている時の斜め後ろから見る姿は秀逸なのだというお話にも笑って頂き、その後頭部を先生自ら撫でて頂いたり…今日は本当に本当にもったいない一日だった。
先生のサインを抱き締めて,帰りの車の中で思わず泣いた私は、たしか昨年もそうだったと思い出したのだが,昨年より一層幸福なことに、怖さすら感じてしまった。
なんだか「愛」で一杯である。
* by かりん * 22:49 * 「地球へ…」 * comments(2) * trackbacks(0) *
カレンダーとトランプ
先週から繰り返し眺めて,頬をゆるめ,胸を熱くしている。
人になんと言われてもいい。好きだと今でもこんなに思う。

来年のカレンダー。
竹宮恵子先生の原画「地球へ…」。目眩がするほどの幸福である。長年…本当に長年ほしかったものだ。

5月の個展で拝見した絵の数々が惜しげもなくまとめられていて素晴らしい画集になっている。
何度眺めても飽きない。
あの春の日に,眩しいような切ないような想いで眺め続けたジョミーの顔にまた会えたこの嬉しさ。

ノートもいっそ神々しいです。個展の時に細長い額縁に入っていて,はっとしたソルジャー・ブルー。

そして、本当に対の額で対称にあったジョミー。
目に焼き付けようとがんばったけど、あの表情をこうして手元でまた見つめられることの喜びは何ものにも代え難い。

ジョミー。おお、ジョミー。(だから人になんといわれようと、笑われようと構わないと…〕

地球へ…、の想いに胸を熱くしていたら,ピンポーンとチャイムが鳴る。
宅配便に心当たりはないのだが,受け取ってみるとアニプレックスからで。
銀魂第2シーズンDVD全巻購入者特典のトランプが届いたのだった。

一枚一枚すべてにイラスト入りはまさに圧巻。

大好きな銀魂!子らとキャーキャー言いながら並べて楽しむ。

もう七ならべをして過すしかない年末だった。

こうして年の暮れも好きなキャラクターもので幸福になれる…私の幸せなんてささやかなものである。
本人的には非常に贅沢なつもりだけれど。
* by かりん * 23:25 * 「地球へ…」 * comments(0) * trackbacks(0) *
京都に行きたい
暢気な旅行の計画で言っているのではなく、「地球へ…」問題での願望である。
京都の三条で行われている竹宮恵子先生の個展が、春の東京個展に引き続き「地球へ…」なのだ。
行きたくて行きたくて泣きそうなくらいである。
いい年して情けないけど、こういう風に気持ちが揺れ動くのはもう、自分の中ではどうしようもないのだ。
しかし、日常のさまざまな事情を考慮して無理。
実家、関西なのに…せめて冬休み中とかだったらなんとかなったんだけどなあ、とただただため息。
春に東京で行われた個展に行けただけでもよしとするべきなのだろう、と自分の贅沢をたしなめつつ、そういえばあれはすごい人出で大変だったっけ…たしかアニテラ公式サイトで告知されたのを、竹宮先生側はご存知なくて、通常の人出しか予想していなかったための混乱?みたいな分析を聞いたなあと思い出し、公式サイトを久しぶりにのぞく。
すると滅多にない更新があるではないか。
ナニナニ、携帯アニメコミックサイト「ぱらぱらアニメ」でアニテラが配信される?
おお。
早速携帯電話をいじって、飛んでみる。
サンプル、ダウンロード。
…胸がじーんとなった。

泣きたいほど好き、という形容をたまにどこかで見聞きする度、ぎゅっと心臓が反応することがある。条件反射のように思い浮かぶ彼の面影に、この年になってもまだ胸を打たれるということにもう、苦笑するしかない。三つ子の魂百までもとはこういうことなのかなあと自嘲に近い思いもある。

運命を受け入れて、そのとき自分にできる精一杯のことを、全力でする。
何もかもを引き受けて。
スケールの小さい我が人生の、私にとっての荒波を、それでも今までなんとかくぐってこれたのは、心に受けた様々な感動のおかげだけれど、その中心でいつも飛び抜けて輝いているのは、ジョミー・マーキス・シンの姿であることにはもうずっと、何十年も変わりがない。
もう駄目かなと思う、そのときいつも不思議なくらい彼のことが思い出されて、いつの間にか自分の中から底力を引っ張りだせて、結果として切り抜けられたことが本当に何度もあった。
ああ、ヒーローなんだとその度に思った。ずっと私の中に居てくれるんだと。

我が人生の悔いは、息子にジョミーの名をつけなかったことだと本気で言ってみる。せめてシンにすればよかったじゃん、私!馬鹿だよ、私!と今更のように悔やむ独り言に、家族の誰も相槌すら打ってくれないのであるが。
こんなにも強く、京都に行きたいと思うけれど、周囲の人を困らせて、それでも来いとはジョミーは決して言うはずもない。彼なら踏みとどまって義務を果たすことを選ぶ、と思えてしまう。
もうあまりなさそうだけど、それでも一応祈りを捧げる。
どうかまたいつか、竹宮先生の描かれる生ジョミーに会えますようにと。そして個展で売っていると言う来年用の卓上カレンダーだけでも!通販されますようにと。
…要はその、来年用のカレンダーが欲しくてぐずってるんだな、とオットに一言、切り捨てられる。
それがどんなに大事なことか貴方にはわからないのよ!
と言い返した所で虚しいばかり。
ぐ、ぐずってなんかないもん…!
ただ、ジョミーに会える機会は一度でも逃がしたくないだけです。
* by かりん * 22:10 * 「地球へ…」 * comments(0) * trackbacks(0) *
竹宮恵子画集「ただ一度の存在。」
ジョミーに会いに行って来た。
ジョミーに会えて嬉しかった。今はただ、その気持ちで私はいっぱいになっている。

昨日、2008年5月3日から始まった竹宮恵子先生の個展で、新しく「地球へ…」の原画集が発売されると知った時、私はなにはなくともアニテラに感謝した。
本当に、世間的にはある意味死に体になっていると思われても仕方ないほど、記憶の彼方に埋もれていた「地球へ…」に光を当ててくれた、やはりそのことの力はこれほどに大きいのだと。
そうでなくてはもう本当に、竹宮先生ご自身すら新しく地球へ…のメンバーの絵を描こうとすらなさらなかったのではないかと思えて。(私が知らないだけで、今までも個展用にはお描きだったのかな)それがアニメとして新しい生命を持たされた事によって、新たなファンの獲得は勿論、古くからのファンの眠れる情熱、もしくはずっと眠る事すらしていなかった情熱をさらに燃やし、その結果が竹宮先生ご自身をして新しい21世紀のジョミーやキース、ブルーやフィシスらを描かせてくださることになったのだと思うからである。
その上で地球へ…限定の原画個展、そして原画集。もう二度とこのような幸運は、地球へ…ファンの身の上には起きないかもしれない。
嬉しさで、お値段1万円もなんのその、どんな内容であろうと買う!という、日頃吝嗇の私には考えられぬ決断力を沸き起こしてくれるほどの力だったのだ。

今日出掛けた個展は、素晴らしかった。
昨日の混雑ぶりはなんだったの?夢だった?とオットといぶかしみ合うほどの、ごく普通の、ギャラリーらしい光景。
しかしその中にある「地球へ…」の原画の数々は、私にとっては普通なんてものでは全くなく、本当にすごい感動と衝撃を与えてくれるパワーそのものだったのである。
至る所に、彼らの生命があった。
入り口にはいってすぐから、細長い建物を4階に上がって行く階段の途中の空間にまで、彼らがいて、輝いていた。
確かに1フロアのスペースが狭い。これでは昨日、個展開催初日に詰めかけた人達を裁ききれなかったわけだなあと納得しながらも、逆にその小さな空間を精一杯うずめるような原画の数々、そこから放出されてくる力強いものの存在を、圧倒的に感じることができる。
至近距離で、じっくり見てきた。
旧来からの、昔から知っている、ずっとずっと好きだった絵がもちろん全部あった。私が大好きな「ジョミー・マーキス・シン」そのものも最上階に入ってすぐに、大きなアニプレックスから花輪のすぐ側にカラーとモノクロ両方で掲げられていた。
新しい描きおろしの原画のは一階のロフトフロアのような小さなスペースに飾られていたのだが、その中の何点もの新作ジョミーに、胸がときめき、体温が上昇し、眼球がぐっと熱くなるような感じを抱くほど、私は感動してしまった。

それでも、私は30分そこにはいなかったのである。
元来淡白な私は、昔からギャラリー系に粘着できたことがない。

それでもそんな私なりにじっくり原画を拝見し、さまざまな想いで新たな記憶を紡ぐことができた。
その幸福感は、帰りの車の中で形になって出て来た。

今日は予定通り義妹家族が来てくれて、楽しいひと時を過した。私,お料理なんかも色々がんばったのである。彼らが笑顔で帰って行ったあと、オットが一言、行くか?と誘ってくれた。
空は曇ったあと、ぱらぱら雨を降らして、それがまた止んだりしたタイミングで、夕方とも言い切れないけれど、もう昼の名残も消えて行くような時間、本来なら疲れてもう色々切り上げて休もうかと言い出しても不思議のないタイミングだったのである。けれどオットも子らも行こうと行ってくれた。驚いたけれど嬉しかった。
それでまた家族でこの個展に来る事ができたのだ。
娘もトォニィを数点みつけて喜んで、アニテラにはなかったナスカで昏睡するジョミーの深層心理の奥底で出会うフィシスとブルーの幻想的な情景の生原稿を、非常に熱心に眺めていたりもした。
画集もポストカード二種も買えて、非常に満ち足りた幸福な思いで帰りの首都高からふと、暮れてゆく東京の空を見上げれば、少し重くたれ込めた雨雲が、それでも最後の光を届かせようとする暮れる太陽の光に晒されて輝きを重ね合っている様子が、色合いも質感もただただ綺麗で、そんな風に感じるのはいつものことなのだが、このときばかりは泣きたくなった。
そして、ああ、私はずっと泣きたかったんだと思った。

ずっと前から好きだったけど、実はジョミーに会えたのは、今日が本当に初めてだったのじゃないかなという気がしている。
会えてよかった、うれしかったと心の中で思っただけで、本当に泣けてきそうになってしまった。

画集の内容をアップするのはよくないと思うので、さわりだけ。

美しい、厚紙のボックス。

背表紙のこのタイトルを見た瞬間、ハっとした。もういきなり感動だった。


黒い布張りの表紙に銀の箔押しでのブルー、

そしてジョミー。
非常に素敵な、贅沢な装丁。シンプルで上品。

表紙を開いてすぐの見開き。2008という数字に私は意義があると思う。
裏表紙は、宇宙に浮かぶ一粒の真珠地球の絵で、これがまたため息が出るほど美しい。
中味は、私が持っている大昔のイラスト集の内容に新しく近年のイラストがプラスαされており、加えてコミックの名場面が数頁掲載されている。
竹宮先生のあとがきが私にはまたとても嬉しい、ありがたいお言葉だった。

ポストカードはAセットとBセットがあり、それぞれ5枚で千円。


どちらがAでBだったかは忘れてしまった…。
私としては大満足。娘はトォニィがいないと嘆いているけれど。
* by かりん * 22:32 * 「地球へ…」 * comments(0) * trackbacks(0) *
<地球へ…グッズ>というけれど
熱は下がったけれど、娘の体調はけして普通とは言えないので学校を休ませる。一緒にいて看病していて上げたいけれど、あいにく私は息子の学校のPTA総会と全体保護者会および厚生研修委員会の打ち合わせに出席しなくてはならず、8時50分に家を出て、帰宅できたのは14時だった。空腹絶好調。
娘はまあまあ具合よく、機嫌良く留守番していたようである。ケーブルテレビのアニメチャンネルをここぞとばかりにとっかえひっかえ見ていたらしいから、それはさぞ幸せだったに違いない。

さて、南町奉行所さんのサイトで久しぶりの「地球へ…」グッズについての詳細がアップされた。今回は完全予約受注生産で皆が買えるというのがまず喜ばしい。私も全品買う覚悟である。
タンブラー。
実はあまりにグッズがない飢餓感から、自分で作っているものの一つがタンブラーなのだが。

こんな感じ?
大好きな、本当に好きなジョミー・マーキス・シン

裏面はこんな感じ。
このタイプのタンブラーが流行りだしてからすぐ私が思いついたのがこれだった。
宝物の数十年前のイラスト集を自宅のコピーで縮小プリントしてちょきちょき切っていれたもの。個人での楽しみなら罪がないでしょうと思いつつ。
やはり原作ファンの私には、どうしてもジョミーというとこのお顔なのだけれど、無論アニテラのジョミーだって見過ごせません。その昔、映画版のジョミーすら買い集めまくった私ですもの。
久しぶりに「地球へ…」で燃えられて、昨日今日となんだか嬉しい。
* by かりん * 19:09 * 「地球へ…」 * comments(4) * trackbacks(0) *
地球へ… 携帯ストラップ ジョミー&トォニィ

という訳で、今宵の私の収穫は、数少ない「地球へ…」のグッズということで、携帯ストラップ、ジョミーとトォニィ篇。

ストラップ部分が、ジョミーやトォニィ自身のコスチュームの胸元あたりのデザインというのは変わっているような。
なるほど、そうきましたかという感じ。ある意味確かに特徴的で面白いアイデアかもしれない。
キャラクターの顔の部分の裏側がクリーナーになっている。

ご丁寧に、とりはずしできるようになっているチャーム部分。ジョミーは愛玩ペットの泣きネズミレイン。
携帯ストラップというのがグッズとしては一番ベタで、だからこそファンとしては有り難いものだと思うのだけれど、いままでついぞ発売の気配も見せず。
今回アニメフェアなるイベントで売られていたものをオットよりお土産として供えてもらうことに。

トォニィ大ファンの娘用。かっこいい。

チャーム部分がこの、アルテラからのメッセージいりカップなのを見て、ハッと胸が締め付けられた。
いまだにこんなに切ない思いが甦るんだなあと悲しく、しみじみ実感する。

娘にトォニィ、私にジョミーのお土産だと当然のように思い込んでいたらオットに否定された。
ジョミーは息子ようだという。
当然だろうと。
………そうだけど!
じゃあ私は!?もう一つジョミーとか…せめてシロエとかキースとか、フィシスとかブルーとかマツカでも!!(つまり携帯ストラップは7種類あったらしいです)
「やだよ、高いもん。1575円もするんだぞ!?」
…そうだけど!

くすん。涙ぐんで息子を見ると、日頃あなたはジョミーと言い聞かせられている彼はニヤリと笑って、さも自分のもののようにジョミー(ストラップ)を振り回しながら、去って行った。
息子〜、武士の情けでそれ、ママにください…!
* by かりん * 23:09 * 「地球へ…」 * comments(3) * trackbacks(0) *
地球へ… トレーディングカード
<前置き>
トレカなんて大人の私(いい意味としてでは勿論なく、単なる肉体的老化現象として)の人生になんの意味も為さないし,用途もないしなと思われるグッズなのだったが、「地球へ…」と名が付けば、気にせずにはいられないのも本当の気持ち。
でもね、?パック9枚入りで500円は高いし、そのパックが一ダースはいった?ボックス
6300円はぼったくりだよ、と私は厳しく眉をひそめて(美容にとっても悪いのに)購入見送りを決定したのだった。
でも気になる気になる。巷の噂を横目でちらちら。
もしや売ってたりしないかなと、トレカがあるようなコーナーでは思わず物色。
やっぱり欲しいんだか,欲しくないんだか私…と心は時にゆれていたのだけれど。
またまたオットの知人の方が贈ってくださった、有りがたや。
ぶっちゃけ、これはまったくノロケでもなんでもなく、単なる意地汚さと根性悪丸出しぶりの腹黒さで言うのだけれど、ほんと、オットと結婚してよかったかと。
理不尽で横暴で,苦しい時に助けてくれず,泣きたいくらい辛い気分のときも察してくれなかったりして、いばりんぼうで、変なところでキレて拗ねたり、わがままだけれども。
優しい所も確かにあって、子煩悩だし,私の好きなものも覚えて意識しておいてはくれるし、趣味を容認してくれるし。
あれ、これって先に述べた欠点を補ってあまりあるものかな、ちょっと待って、やっぱりなんか足りなくなーい?とか思ったりはするけれども。
でもとりあえず、よかったのかなあと、今は思う事にした。
「そんなことでか!!!!!」
とオットは怒りもするのだけれど、ねえ。
あなたの仕事の積み上げや、築き上げた人脈に敬意と感謝を表してるってことよと話して,煙に巻いて、ほくそ笑む。
<前置き終わり>


ボックス、正面。

側面その1。ジョミー、キース、トォニィ。そしてなぜか小さい枠でフィシス。このとってつけたような小ささは何?とちょっと当惑。

側面その2。一番上のこのシーン、なんか意味もないジョミーの裸体に赤面させられますが、2番目のブルーの顔の真ん中を点線がよぎることに戦慄。このボックス、斜めに開けるようになってるのだけれど、何も思い入れ無い人は当然,素直に点線通りに開けちゃいますよ!?
デザイン的に問題なくなーい!?

という訳で、正しいファンなら上から丁寧にあけましょう。優しいジョミーとトォニィの笑顔に微笑み返しで。

ボックス後ろはこんな感じ。もれなく全面にテライラストなので、当然廃棄したりできません。
続いて,袋のデザインに行きます。

振り返って笑うジョミー。明るい笑顔がぷつりと途絶えたアニメ後半、エンディングのこのシーンだけが、救いの笑顔だったことを思い出す。

このブルーの横顔。とても彼の魂を表現してるという気がする。悲しさと憧れ、諦観、一筋の希望…などなど。彼の人の想いはそういうものであったあろうと思います。それはそのままそっくり、ジョミーに移植され、さらに膨らまされたようにも思うのですが。

女神。象徴。そう見なされて大切にされ、守られる事の痛みを、フィシスからは感じます。運命に翻弄されたのは彼女も同じ。

ジョミー以上の幼さで、ミュウの長という役目を受け継ぐことになったアニメのトォニィ。
彼はまた、ジョミー以上に親からの愛を受け,実感して生まれ育った子供でもあります。
強さの理由はそこにもあることになるのでしょうか。ジョミーの強さが,愛されて育った事からくるバックボーンを理由とするならば。

求められて生まれた、という意味ならば,キースの強さも成り立つのかも。グランドマザーという、人工的とは思えない,実に感情的な機械の意志から(実際の母親、母性というのもあれくらい独善的で欺瞞な部分を持ち合わせていると思うので、実際に原作のグランドマザーも果たしてそれほど無機質か?と常々疑問なのです。暴走する母の愛というのはあんなものではないかと)

まさに愛に生き、愛に死んだ思えるマツカ。愛にも色々あるけれど、同性愛というものに惹かれる素養を全く持たない私には,彼の愛は恋ではないなあと視えるのですが、どうでしょう。
忠義というのは本当に,色恋抜きで十分に,大きな一つの愛であると思えて納得、なのですが。

いずれの袋も裏面は全て同じこの柄。あけ口を破るとジョミーの頭が破れちゃいます、オーマイガッ!

なのでもちろん正しいファンはこう開ける。カッター一本あれば済む事、ちょろいもんよ。

という訳で、いよいよ開けて見たカードは,確かに一切目新しい絵柄は存在しない、ツボをツいてる何かがあるとは私には言えない、無理に褒めてもしょうがない、みたいなものだった。
うーん、地球へ…アニメ絵本、みたいな。子供らは大喜びで、早速お絵描きの見本として活用し始め、それまでは結城さんの本を持ち出しては描いていて、内心はらはらさせられていたから、まあよかったかな、という私的小市民発想はあるのだけれど。
ミニサイズの紙芝居にするといいか?とも思う。最後に主役が死ぬ紙芝居…どんなのだ。
?ま、冗談はさておき、ボックスで、足りないカードはわずか3枚、だぶったのは31枚。
トレカというものを入手したのはこれが初めてなので、この数字がいいのか悪いのかよくわかりません。でもたぶん、トレカってコンプリートするのに大変苦労するものなのでしょう?
で、あれば初心者の私にはなかなか親切な内容かなとも感じている。

一応、100円ショップでトレカ用ファイルなぞ買ってきて,納めてみたら、やはり中々見応えある楽しいアルバムになったかな、と時間が経つと思えるようになってきた。
時々ちょっと絵を見たくなったりした時に(え?そういうことってないですか???)、やっぱり案外有効で、なるほどトレカも悪くないかもね、とちょっと感じている次第だ。
* by かりん * 20:08 * 「地球へ…」 * comments(0) * trackbacks(0) *
「地球へ…」DVD8巻 いよいよ終幕
「地球へ…」のDVD8巻を観る。
入手を待ちかねて,母子3人で観た。
実は、最終話の24話を観るのは本当に久しぶりである。
22話の「暮れる命」からしてもう辛かった。
この悲しみ、そしてハッピーエンドと言っていいのかよくわからない結末。
感動、というのはやはり面映い。
感動を何も感じない訳はないのだが…まあこんなものかなあ、と諦める気持ちに今はおちついているのだが。
1話目から17話くらいまで,非常に丁寧に話を運んでいる印象があったアニテラだったのに、終盤のこの駆け足感はどうだろう。
放映当時はそれもまた衝撃だったが今となってはもういい。
共に視聴している子供らと同じ目線に自分をコントロールしてみた。
そして結果、やはりやはり、地球へ…入門編としては良い作品であるとは思った。
私はアニテラに、どうにも辛い気持ちを抱いている。けれどそれが嫌いということかと言われると困る。正直、地球へ…と名が付くものを少しでも嫌う事なんて私にはできないのだ。
しかもこのアニテラから何も得ることがなかったか?と問われればそれは断然ノーでもある。
しかしでは作品を良作と認めるかと言われても困る。それもやはり答えはノー。
思いは色々複雑なのである。

最後だからいい事だけを思い浮かべるならば、アニメ化のおかげで竹宮先生のこの作品に対する思いを新たに伺えた。(つまり非常に皆を突き放す描き方をあえてした、不親切な作品とは思うが、描きたい事は全て描けたから満足している、等、貴重なコメント)そして新しいジョミーを、地球へ…のキャラクター達を先生が描き出してくださった、それはもうとんでもなく大きい。まさかこの年になって,新しい地球へ…イラストに出会えるとは思っていなかった。鎌倉のぼんぼり祭りでまさしく生の,21世紀のジョミーとブルーを目にした時のあの感動を忘れられない。アニテラがなければ到底望みえなかった奇跡であると本当に思う。しかも私は数十年ぶりにサイン会などにも参加させていただき、先生とお話もさせていただいたのだ。
そして何よりもこれが一番なのだが、子供らが「地球へ…」を知ってくれた。
このアニメがなければ、私の二人の子らが「地球へ…」に出会うのはもっともっと先になっただろうし、そうなっても正直どれくらい心に残せたかも判らない。
しかしこのアニテラは確実に我が子達の心にヒットし、何らかのスピリットが確かに伝えられたのである。これは私には大きな,非常に大きな福音だとしか言いようがない。
娘とともに,地球へ…の世界に心を飛ばした。息子にジョミーの存在感と心意気を理解させられた(おかげさまで、今でもここぞというとき「ジョミーはそんなことしない!」「ジョミーは負けないんだから○○○君もがんばれ!」などの言葉で教育的指導効果を上げている。ありがたや)
たぶん、全国には今回のアニテラで「地球へ…」を知った子供達がたくさんいる。つまり「地球へ…」は種子を得、それが未来に向けて蒔かれたのだ。
だからきっとまたそれは数年,数十年後に新しい命を生むと思う。
その時私は楽しむだろう。もしかしたら今度は孫と一緒に。
そんな可能性を考えられるだけでもまた幸福である。

子らには原作を読む事を強要しないつもりである。でもいつかふと、そういえば原作はどんな話だったの?と聞かれるだろうが、その時も黙って、なんの先入観も知識も与えずにただ本だけを渡したい。子らが何か、私とは違う別の思いを掴んでくれたら、それはそれでいいのである。

と以上つらつら書いてみたが、つまり子供の「地球へ…」入門編には非常に有意義な作品だった、アニテラは!ということに、わたしとしては最大の評価を置きたい。
大人の眼にはどうかということについてはもう、大いに論議したいところだけれど、今さら戦意無い事でもあるのでやめておく。これでいいという人も多数いる以上,私にどうこう言う資格もない(けれど、これでいいと容認・賞賛派の人達にも原作ファンの気持ちをどうこう言う権利はないということは確認しておきたい。互いにご意見無用ということで公正でありたい。大人ならば)。とまれ、次代の地球へ…ファンを確実に増やす下地の役目は立派に果たしたのである。

エピローグ、悪いと思わない。
でもあの泣き方、なんか変で、すごい違和感が。
なんかこう…これも時間足らずじゃない!?
もっと時間をかけて細かい描写で、ふっと涙がなぜか互いに湧いて来て,お互いに自分で自分にびっくりしている…という展開にできたならもっとよかったと思うのだが。
なんかやっぱり時間制約だったのか?だからあんな、微妙に変な,寸足らずな間で突然滂沱の涙なの????なんか、変。
ああ,最後までなんか変だよ、アニメテラ。。。

そんな気持ちをプレミアムファンディスクで多いに盛り返す。
でも正直言って私は山崎監督のあの、キャラクターへの語り口調がすごくダメだ。苦手だ。まともに聞いていられない。なんかものすごくむず痒くなる。今回もすごく引いた(蒼白)
竹宮先生の「ストーリーは変えないと言いながら微妙に変わって行くストーリーにハラハラした」コメントには大苦笑。
そうですか…ストーリーは変えないという風に最初はお話を持ってこられ、そしてあのパイロット版を見せられたのですね。それってなんかサギ…いやいやむにょむにょ。
いいのだ。いいのです。子らは気に入るアニメなんだし。
…ものごと、なんでも完璧なんてあり得ないですよね。善し悪しあるのが普通だよきっと、うん。(かなり諦め)

子安さん、斎賀さんのトークはうれしかった。本当に愛情を感じ、ぬくもりを感じ、幸福を感謝した。
この人達の愛が、地球へ…を救った、生命を吹き込んだと実感した。
地球へ…に限らず,原作ものが映像化される時にいろいろ作り替えがあるのはよくあることで、現に私もお気に入りの映画なりドラマだったりするものが原作では全然違うときかされて、へえ!?でもこれはこれで面白いからいいじゃん!?と思うものはたくさんある。それらをいちいち否定していたらきりがない,逆に作品が生まれなくなる。
特に好きな「地球へ…」だから、原作通りに絶対ね、とは言えないものだと思う。
新たな命を得た事をやはり喜び、だからこの素晴らしき役者さん達に感謝しよう。
お二人の会話を楽しみ、くすくす笑いつつ,しみじみそう感じたのだった。

そして「私立☆シャングリラ学園」
リオの泣き方,すごく好き。ツッコンだりボケたり、なんて奥深いひとなの、あなたはとその態度の使い分けにまず感動。フィシス様の可憐な美声,そして一転してドスを利かせたときの迫力が私は本当に好きなので、今回もそんなシーンがあって嬉しく、ブルーが、原作での名台詞を何気なく使いこなすシーンにもやったーと嬉しく頬がゆるむ。間髪入れないボケが好き。ボケと言えばキース。あの泣き方、あのキャラクター。本当に得難い人だわと感心。
そしてトォニィ。甘えた声と脅迫の声の使い分けにゾクゾク。
けれどなんといっても好きなのは、ジョミーの「ええええええ!?」とか「どうなっちゃうんだよぅ〜?」などなど、本当に素直で正しい突っ込みぶりで、斎賀さんの発声と台詞回しがしみじみ好きで。よかったよかったと、本編エピローグ以上の幸福感を噛み締めながら,何とか私は無事に地球へ…を最後まで見切れたと言う充足感を得られたのだった。
娘が,シャングリラ学園がこれで終わりだなんて嫌だと泣きべそをかいているのも、まあご愛嬌かと思う。
それくらい、生き生きとカワユイ主人公達だったんです、シャングリラ学園のメンバーは。
そのぬくもりに感謝。
* by かりん * 23:57 * 「地球へ…」 * comments(2) * trackbacks(0) *
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地球へ…


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