そして


好き、という言葉では言い表せていないと思う、アーティスト大澤誉志幸さんへの気持ちなのだが、平たく言えばまあファンということ。
そんな私のような人にはたまらないビデオクリップ集が先月発売されたのだった。
80年代、エピックソニーに在籍していた頃の大澤さんのクリップ集。
私の青春そのものである。

当時、音楽番組の内容を詳しく知る術なんて全然なかった。インターネットもなかった時代だ。
専門誌を買うか、買ってもどこまで細かく記載されているか完璧なんて望めない。
だから10代の私にできることは、めぼしい音楽番組全てを毎回録画し続けること。
そうして大澤さんのクリップが流れた時の、それを録画できたときの嬉しさといったらなかった。
それら古いVHSは長い間私の宝物で、数年前にVHSのハードそのものが我が家から消えるまで本当に家の棚の一番大切な場所に保管され続けていた物なのだ。

それらがこうしてまとまって、綺麗なクリップ集として発売されたことが嬉しく、ありがたくてならない。

当時から、大澤さんは先を行き過ぎていると思っていた。
そうして今、改めて思う。
時代が大澤さんに追いついていなかったなあと。
そう思っているファンの方は多いと思う。
在る意味ちょっとツイてない感じの、でもだからこそカッコいい大澤さんがいつまでも、どこまでも好きであるという気持ちは、本当に私の中で変わらない。

大澤さんの音はどんな時も片時もそばから離さない。聴きたくなったらすぐ聴けるようにいつもきちんと準備しており、私が死んだら葬儀の間中ずっととにかく大澤さんの曲を流し続けて、とプレイリストも準備してある。
どこかで何か、ふいに大澤さんの歌が聞こえてくると、神様からのエールのように感じられる。
覚えているのは、ちょっと辛いことがあって、泣きたい気持ちで歩いていたら、ふと、あるお店のラジオから大澤さんの曲が流れて来たこと。
ものすごく驚いて、泣きたい程嬉しくて、びっくりするくらい気持ちが回復したあの瞬間の、やっぱり私は負けない、まだがんばれる、と気合いがはいった感じ。
好きってそういうことだと思う。
まあ、勝手なこちらの思い込みなのだけれど。

随分色々支えてもらったなあと、微笑みながら若かりし大澤さんの姿を眺める私もまた記憶タイムトリップ。
昨日無理した影響で、今日もまた腰痛をぶり返してソファーで寝込んでいたのである。

初めて大澤さんを知った頃、父が亡くなる直前だった。末期の癌だった父の、衰えて行く姿を日々見つめながらの私は青春真っ盛り。若いなりに色んな覚悟を決めながら、それでもなんとかやっていくつもりで。
18歳の誕生日のその日、学校から帰って1人で家の中を片付け(母は父の看護につきっきりで、ずっと病院に行ったままだったから。妹は中学校の部活動でやはり夕方遅くまで帰らなかった。高3の私だけがその時期、早くに帰ることが多かったのだ)ノートを広げて勉強をしている時に、ラジオから大澤さんの「そして僕は途方に暮れる」が流れて来た。
あの「その気×××」の人だとすぐにわかった。
母はその曲が好きで、『夜のヒットスタジオ』でその曲を歌っている大澤さんを、凄い人がいる、この人はすごいと私に一生懸命教えてくれたのだった。(大澤さんを好きになったのは、実は私より私の母の方が先だったわけである)
当時の私は家族で力を合わせて精一杯、父の病魔と闘っているというようなお世辞にも明るい環境とは言えない中にいたのだけれど、そんな中でも音楽は日々、心を満たし、強くしてくれるものだったし、楽しむ心は失くしていなくて、光は消えていなかった。
けれども一際大きな輝きを、その瞬間の大澤さんはくれたのだった。

それは私の中の何かを変えた。
信じられない程大きな力になって、その後、何年にもわたって・・・いや、今に至るまで私を引っ張り続けてくれている。

今でも目を閉じると、あの日の私に戻って行ける。
夕方、母が誕生日のケーキとプレゼントを抱えて帰って来てくれて、妹も、遅くなってごめん、お姉ちゃん!と言いながら走って帰って来てくれて、入院中の父からの伝言もあって、ささやかな18歳の誕生日の夜を過ごした。
そして今日、とても素晴らしい曲を知った、大好きな人ができたと母と妹に話したりしたのだった。
そのことが、私の人生を変えたと今でも本当に思っている。

悲しいことに奇跡は起きず、父はその2ヶ月半後に亡くなったけれども、私の気力は折れなかった。
運気はその後むしろ上がった。
時代がバブルで色んな人に色んなチャンスが訪れていた、ということもあるのだろう。
希望の会社に入れたし、いい出会いにたくさん恵まれながら。
色々がんばり、結婚もして子育てもして、今は時々夫婦で大澤さんのライブに行けるし、一緒にこうしでクリップ集を見ながら美味しいお酒を飲んだりしている。
無事大人になれてよかった。
これも大澤さんのおかげです。

まじめに不良やってるような、緩さと毒と倦怠と快楽と。
渋かっこ良く老い行く大澤さんと一緒に、私もらしく年をとりたい。
ぎっくり腰はもう勘弁だけれど。(あまりに痛くて何をどう考えても結局、腰痛に思考が戻る・・・)

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