わが町こうべ

通りかかった新宿伊勢丹のショーウインドーが
素晴らしいことになっていました。


一昨日の夜、たまたま、何か面白いものやってないの?と家族で言いながらチャンネルを回していて、リモコンボタンの押し間違えで、普段ほとんど観ることのない東京MXの画面がちらっと映った。
そこに、神戸、の文字を見て、ふっと手を止めたら、それが「神戸在住」というドラマだったのだ。

この作品の噂は耳にしていて、何度か、その原作漫画を読もうかと思ったことがある。
それがドラマ化、映画化されるほどに人気だったんだね、とオットと言いながらそのまま見入ってしまった。
後で見ると、感想は色々別れるようだけれど、私たち夫婦としては「大変良かった」と思っている。

あの阪神・淡路大震災から気がつけば20年経っていて、私の故郷東灘区は非常に被害甚大だったにもかかわらず、今ではすっかり美しい町並みを取り戻している。
当時、私はもうオットと結婚して4年目で、彼の転勤に伴い広島に住んでいた。
母も妹も友人たちも、命だけでいうなら皆無事で、そのことには感謝している。
妹の友人の男の子たちは当時、あちこちを必死で飛び回って、一人でも埋まっている人を助けようと大活躍したという。
心から尊敬している。
今でも思い出すと涙が出るのだが、目のご不自由な方の飼い犬が、震災直後出て行ってしまい、これはさすがの地震の恐怖でパニックになったのかなと思っていると、しばらくたって戻ってきて必死でご主人をどこかへ促そうとする。それへついていくと、ちゃんと最寄りの小学校へ誘導された・・・とのお話で、私は本当にそのお話で感極まった気持ちになってしまい、以来、盲導犬への募金箱など見ると素通りすることができない。

震災時についての思いを語り出すときりがないのだけれど、私の心にずっとあるのは、罪悪感である。

不思議なことだが、神戸の人間なのに、そこにいなくて、震災を体験しなかった、ということに対するような?妙な疚しさなのだ。
当時の体験を友らに聞くたびに思わず「ごめんね、私、そこにいなくて」という言葉が出たりするからそうなのだろう・・・
変な感じなのだけれど、消えないんだよなあと思っていたら、そういう方は案外いらっしゃるという。
神戸を心の基本として、離れていても私は故郷に誇りを持って生きてきた。だから、なのかな・・・。
よくわからないけれども。

神戸在住、を観ていて何か通じる気がしたのは、物語はまだ19、20歳の若い女性とそのお友達で、みんな震災を知らない、もしくは小さくてよく覚えてないという人達だったせいもあるのかもしれない。
その、神戸にとっても繋がっているつもりなんだけれど、あの震災のことは知らないんだよ・・・みたいな距離感と、でもその震災で受けた痛みある人達に寄り添いたい気持ちが、今の私と一致したのかと思う。

とりたてて激しく震災について語られるドラマでは全くない。
むしろ、事後の神戸の姿を淡々と描いていて、今らしくて、そこがとても良いと思う。
すごく奇抜な事件も何も起きない。
ただ東京から移り住んだ女の子が、慣れない言葉やリズムに戸惑いつつも神戸と次第にリンクしていく感じの姿が描かれていて、それがとてもいい。
将来を決めかねる年頃の人が、何か一つ好きなものを見つける、それだけでも随分違うんだな、ということも実感出来る。
好きなものを見つける、ということは、案外難しいものだから。

いかにも神戸、といった感じのおしゃれな風景もそこそこ映るが、私が何度もはっとしたのは、ポストカードになるような風景ではない、けれど神戸らしい街の中の1シーンだったりして、その度に思わず声をあげると、オットも「ああ。この感じだったね」と相槌を売ってくれてそれがとてもうれしかった。
たとえば、通りの切れ間にさっと覗く六甲の山並み、何気ない坂道の風景など。
幼い頃から数え切れないほど目にしてきた風景と、今、私はなんて遠く離れて生きているのだろうと、画面の中のそれらを見ては胸がいっぱいになるような思いがした。
若い頃、毎日なんて代わり映えしない風景だろう、このまま何にもないまま生きるなんて嫌だな!と思ったりしていたことが今、とてもおかしい。
大変ありがたい景色の中に私はいさせてもらっていたのに。

友人が、神戸市東灘区岡本あたりに行って、今私が住んでいる場所と似ていると思ったと言ったがそうかもしれない。海と山はないのだけど。
なんとなく、故郷に似た場所をつい選んでしまうのは、誰にでもあることなのだろうか。

これは映画にもなっているそうなので、我が家の近くだと渋谷になるのだが、今度観に行こうよとオットが言ってくれた。
楽しみである。
漫画もぜひ、読んでみようと思う。

わが町こうべ、とは、子供の頃学校で使っていた社会の副読本のタイトルである。
当時、ポートタワーが写っているノートなんかも普通に使っていて、それが当たり前のことだと思っていたのだが、神戸独自のものだったということを知ったのは割と最近のことだ。
そりゃそうだよね。
テレビ  c.0  t.0

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