ステテコのはじめ

気がつけば何かを集めてためこんでいる。


物心ついた時から収集が趣味な性格だった。
可愛い千代紙、ノート、消しゴム、シールなどから始まって、着せ替え人形だったり、手芸道具だったり、アクセサリーや書籍類だったりとコレクションは多岐にわたる。
思うにどうも遺伝なようで、母も祖母もそうだったし、今は娘と息子がそうである。選んだ伴侶も似た趣味があるから、それはもうどうしようもないのだろう。
けれど私はどれも半永久的にとっておきたいわけではなくて、文房具とか手芸ものなら使ってやっぱり楽しみたいと思っている派だ。
お人形などもがんがん箱出しして遊びたい派。
保存しておく魅力ももちろんわかるが、やっぱりそれを持って死ねるわけじゃないしな、なんて思ってしまって、だったら生きてる間に自分でいっぱい楽しんじゃおうと思ってしまう。
ことに可愛い生地なんかは。

とにかく可愛い布地も好きで、手芸屋さんでは本屋さんと同じくらいにゆっくりと、うっとりと長時間過ごしていることができる。たぶん絵などを鑑賞するのに似たような気持ちで、ようはテキスタイルデザイナーの方々の素晴らしい作品を、うっとりと種々様々な布地の中で味わうことが好きなのだ。そして思わず買ってしまう。曖昧なイメージのまま、適当な分量のものを。
買ったことで満足して、そのうちゆっくりとね・・・なんて独りごちながらしまいこんだらもうおしまい。
私の秘蔵の品の中にはそういう成り行きでただずっと眠らされっぱなしのものが数え切れないほどあるのだ。
そのことをとても反省したのはさすがに自分の年齢から。
あっという間に過ぎ去った来し方を思えばこの先だってあっという間にうっかり過ごして、何もせぬまま寿命を終える、なんていうことに冗談抜きでなりかねない。
いけない、しっかり楽しまなくては。

楽しみたくて買ったのだから。

というわけで、今日はお裁縫を楽しんだ。
基本は何かをしながら片手間でできる手仕事が好きで、だからミシンはあんまり出したくないなと思うのだけれど、幸い家族がいない時間が少しあって、その間にできるものをと計画したのだ。


息子のステテコ一丁できあがり。

これもまだ息子が乳児だった頃、甚平を縫おうを買った布地であある。
そう思っていたら素敵な甚平をあちらこちらから頂いてしまって、
わざわざ必死で縫わなくても・・・ということになってしまったのだった。
もはや私より大きくなった息子の役に立てるにはステテコになってもらうしかない。
しかしそれには少し生地がたりない。
仕方なく、二本の筒を縫い合わせるだけという単純至極なやり方にしたけれど、
ちゃんと形にはなるものだ。

けれど試しに私が履いてみるとどうもヒップ周りのはきごこちがよろしくなかった。
やはりある程度のカーブをつけて、
体型にあわせた製図は必要なものだなあと痛感する。
ただ、この面白可愛い龍の模様の生地を全く無駄にせず
綺麗に使いきれたことでは満足だけれど。



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