歌姫の卵

年が明けて、最初の大きなイベントは娘の舞台発表会だった。


それはとある高台にある、こんな美しい会館の中で行われた。

思い起こせば傍にいつも歌があった。

とはいえ、私が非常に音楽愛好者というわけではない。
もちろん音楽は大好き。でもその度合いは”並”だと思う。

比べて私の周りは何故か、歌を愛する度合いが”強”以上という人が多い気がする。
妹も友人達も合唱部だったり、常に歌を意識している人が多い中で最強なのはオット。とにかく合唱合唱と歌に明け暮れる毎日。
うるさいほどの、そののめり込みぶりに、すっかり私は引き気味で、芸術に理解のない妻を決め込みながらの結婚生活25年である。
そんな中で子供が生まれ、娘に様々習い事をさせたが、ついぞ深く音楽をとは思わなかったのだ。
ピアノだけ形ばかり。
歌なんて趣味でたまに歌えばいいよねという感じで、また娘は今時の子らしくなくカラオケ嫌い。家で普通に歌っている分には好きという様子で、私は全然それで構わなかった。

なのに、どうしたことだろう。
ふとしたはずみで見学したある学校の体験レッスンで、娘は声楽に出会い、目覚めてしまった。
その瞬間の朗々とした声。先生に褒めていただき、引き出された声で歌いながら輝いたその表情。
カエルの子はカエル、というのはこのことなのか・・・!と私は目の前でその瞬間を目撃しながら呆気にとられた。

ピアノの腕はソナチネまで。
あまり好きではなかったけれど、先生のお力でなんとかそこまで習ってやめたところで、もう十分だよね、なんて娘と二人で笑っていた。
別に音楽の専門家を目指すわけじゃないもんね。まあ、教養の一つということよ、なんて。
なのに、いきなり声楽部に向かってまっしぐらである。
娘はそれまで、あまりよく自分の夢というものがわからない様子で揺れていたけれど、それがなくなった。
非常に集中して新しい勉強に取り組み、弟子入りした先生のもとでイタリア歌曲を、別の先生に学科を学び始めた。
学校の勉強も頑張り、部活動も頑張り、どれも何も休まず、ひたすら猛勉強の末、昨年秋のAO入試でめでたく志望校から合格をいただいたのである。
進路を決めてから10ヶ月ほどでの成果だった。

その運命の出会いをし、ずっと指導してくださった先生の門下生としての発表会。
先生にはもう、頭が上がらないほどお世話になってもいるし、他の諸先輩がたのお姿を見るのもお声を聞くのも実は初めてで私も今日は緊張した。
4月の入学式以降は色々そういう機会もあろうが、今の所はまだずっと個人レッスンばかりの娘もその親の私たちも、他に学んでいる方々を知りようもなかったのだ。
ドキドキしてしまう。

そして夢のような時間が始まった。
美しいドレスに身を包み、頭にティアラすら飾った美しいお嬢様方が次々に舞台に立たれ、同じ大学のピアノ科の方々の伴奏を受けて、素晴らしい美声を響かせる。
その空間に酔いしれた。
常々私は歌も踊りも祈りのようだ、神に捧げる供物のようだと思っているけれど、美しいお嬢様方はさながらその任に就く巫女様のよう。
何か特別の力、そう音楽の天使をその身に宿していらっしゃるのではないかと思えてしまうくらい。
圧倒的な声量、表現力は本当に学べば身につくものなのだろうか?
娘はたった一人の高校生で、キャリアも浅すぎる超新人で、土台が現在全く違う。
まだまだあんなお姉様方のような声は出ない、出せないから、出そうとしないように、ただ今の状態で一番の歌い方をなさいと先生におっしゃっていただいたように歌った。
その姿を見て、思わず涙ぐんでしまった。

ぺーぺーすぎる分際なので、今回ドレスはご遠慮し、白いブラウスに黒いミディ丈のスカート(ちょっとゴスロリ仕様)、小さな花モチーフの髪飾りだけつけて娘は歌った。
全くの新人です、お姉様方、どうぞよろしくお願いいたしますという感じ。
こんな綺麗な、崇高なようでさえある世界に、娘はこれから数年なりとも属していくのだと、私もオットも身の引き締まる思いになった。
声量はまだ全く弱くて小さいけれども、その声の質は悪くないと我が子ながら思う。歌には厳しく譲らないオットもそれは認めた。
娘が「パパに似てよかったと初めて思った」と言うのには笑ってしまった。
 

会館側から見下ろす街並み。

人生は思うようにはならないことが多い。
だからほどほど諦めろとかいうつもりは全然ない。私だって今もまだやってみたいと思うことがあるくらいだし。
若い人ならなおさら何でもやってみればいいだろう。
何かを目指してする努力は、たとえ目的地が当初思ったものと違ったとしても無駄にはならないものだと思う。
それで誰かを傷つけない限りは。
娘が何を夢見ているのかはわからないけど、ただ何となく今はこの道に進みたいと思い、舞台でその声を響かせることがやってみたいことなのだというのなら、できる限りの応援はしようと思って、ここまで来たんだねえとしみじみ夫婦で話し合った。

偶然だけれどここは娘が生まれた街とも近い。
当時、あまりに泣き声が大きいので、よく色んな人に「この子はオペラ歌手になるんじゃない?」と言われて、私は「けっ、そんなことあるかい!」と内心舌を出していたのだったけど、本当だったなー、とただびっくりする思いもある。
まだまだ道は遠い、きっとそう簡単には音楽で飯は食えない、でもとりあえずその末端の歌姫を目指し、その卵になろうとしているのだ。

人生って本当にわからないもの。
そういうものかしらん。

 

コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック