鬱が呼ぶ

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夏休直前にランチをしようと約束していた友人のお子さんが発熱し、キャンセルになった。

がっかりよりも、ホッとしている自分がいる。

友人には今すぐにだって会いたいのだが、それと家を出るというのは別なのだ。今日は昨日に比べれば涼しいほうになるけれど、それでも私は家にいたい。

ちなみに私はほぼ毎日、必ず外に出るし、人にも会う。オットと子供たちをそれぞれ毎朝必ず駅まで送り届けており、(駅から徒歩7分なので友人たちには笑われている。徒歩20分からなら考えるとか、それでもない、とかいう人多数)、息子を帰りに送り届けてくださるヘルパーさんは毎日いらっしゃるのだ。

従って、最低限の服装とメイクはする日々で、おしゃれは好きだからそれは苦ではないのだ。まあ、時々何もしたくない日はあるけれど。

だから高級な場所以外だったらいつでもすぐに出かけられる状態ではある。

であるが、それでも私は面倒くさい。そう、どこでもドアがあるならば、もっと気軽にどこにでもいくだろう(それはみんな、そうか)

 

というわけで、今日は本を読んで過ごすことにした。

前から読んでいる本をそろそろ片付けてしまわないといけないという気持ちがあった。

創元推理文庫、バリー・ライガに「さよなら、シリアル・キラー」

タイトルとカバーイラストに惹かれたのと、レビューがとても良かったのとで、5月にkindleのセールになっていた時に購入した。

それを読み始めたのが先週からで、案外てこずったといえる。

面白かった、と言ってもいいのかな・・・いや、興味は持てた、という気持ちが近い。

 

稀代の殺人鬼。それが主人公ジャズの父親である。3桁に及ぶ人を殺め、全米を震撼させた父が逮捕されて数年後、高校生になっているジャズの今の暮らしから物語は始まる。

そのモノローグから私はめげそうになった。昔のとある作品によるトラウマで、私は一人称というよりモノローグが延々とつづられる物語にはアレルギーがある。

確かに彼はひどい環境にいて、特殊な存在だ。なんといってもその父から殺人者になるべく英才教育を受けているのだ。従って彼はすべての人をまずどう殺すかという視点で見る癖がついてしまっている。どう日常に溶け込み、怪しまれず、警戒されずに人に近づき、襲いかかるか、殺しの手順、様々な方法、殺した後の始末に至るまで・・・それはもう完璧に刷り込まれていて、彼の一部になってしまっているのだ。何より、そのためには人をモノとして感じるようにという父の教えが強すぎる。

そしれ彼はそんな自分に怯えている。自分がいつか父のようになるということを。

そんな彼の周りで殺人事件が起こってしまったのだ。それも何件も。

 

そんな物語で、最初はそのぞっとする彼の妄想にひるみ、彼の父が成したこととして語られる様子にひるんだ。けれど多くの人がいともたやすく簡単に人を呪い、殺すという言葉を使いがちだし、妄想もするだろう・・・ただジャズのそれは限りなく本物に近いということで、ジャズにはそう思考してしまうだけの致し方ない理由があって、ということになるのだが、その延々とした苦悩が語られるのを読むのが楽しかったとは私には言えない。が、理解はできる。

最初はあまりよく思えなかったジャズの親友ハウイーやガールフレンドのコニーのことを読み進むほどに好きになれていけたことが私にはよかった。彼らにジャズが救われていること、ジャズが彼らを大切に思っていることがうれしかった。

楽しかった、面白かったとは言えない。

けれどジャズの苦悩に、私の内なる部分が惹かれた。怯え悩む気持ちと、明るく元気に強くふるまい、周囲に見透かされまい、心配されまいとする表面にいたるまで、私の今と部分的に重なり、途中から次元と世界と年齢を越えて、同化できるという読書の醍醐味に浸る時間は確かにあった。

鬱が鬱を呼んだようだ。

 

これは息子が父と向き合い乗り越えようとする物語だ。でもその父親が怖い。本当に怖い。並みの悪魔とかそういうレベルではなく、リアルなので怖さが半端ない。

3部作ということで、kindleのセールって大体そういう何部昨かのものだなあとため息をつく。上巻だけとかね。

1000円前後の定価であと2冊を私は今後買うかどうか。

心に闇を抱えすぎた美少年とその優しき友、ガールフレンドたちの面差しも思い浮かべながら考える。

もはや私は彼らの母の気持ちだ。少なくとも身近で見ているPTAのおばさんの一人の気持ちだよ。

ジャズにはきっと嫌われるだろうけれどもね・・・。

 

 


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