『DESTINY 鎌倉ものがたり』

いい加減、「時間ができたら・・・」という言い訳を自分にするのはやめることにした。

今更である・・・というか、今頃、と言うべきなのだろう。

時間なんてきっとずっとできない。できる時、それはもう相当に高齢者になってからだと近頃本当に自覚した。

だったら今度ゆっくりと、本当に気持ちが落ち着いた時にじっくり精査しながら楽しみにブログを書こう、なんて小さな欲望を温めておくのはやめにした。

どうしたって私のおっちょこちょいさは変わらないだろうし、バタバタし続けたまま平気で時は1年2年と時は過ぎているのだ。

この分だと高齢者になるまでブログは書けない。

それは悲しい。

自分のために記録はしておこうとやっぱり思う。

バタバタだけど、それなりに幸せと言えなくもないこの大事な日々のことを。

 

そんな訳で、家族と久々に観た映画の話である。

家族で、というのはちょっと正確ではなくて、愛する息子が欠けている。

そもそもその息子が本日、就活の一旦として東京都教育委員会のチャレンジ雇用の第一次選考というものを午後受けに行くことになったのだ。

それに付き添うために私は休みをとり、送迎をオットが引き受けてくれて、娘は授業が午後からだし、ということで、たまたま空いた午前中を埋めるために映画でも見よう、ということになった。

選んだのは、CMで気になっていた堺雅人さんと高畑充希さん主演の「DESTINY 鎌倉ものがたり」。提案したら、娘は一も二もなく飛びついて来て、オットはまあいいよ、という答え。

でもそのオットが前々日、いそいそとネット予約をしてくれたのだった。

原作の漫画が人気があるのは前から知っていたのにちらっとしか読んだことがない。いつか・・・と思っていた作品の一つである。

でも原作をほとんど知らない、その状態で観る方が映画はいいのかもしれないと思った。

大好きな鎌倉の景色が多少なりとも見られるなら、それだけでいいとも思ったし、ファンタジーというカテゴリーが私も娘も好きだし。

それ以上の期待はなく、気負わず気楽に観初めて、だからとてもよかったのだと思う。

 

正直、私たちはもうかなりファンタジー慣れしてしまっている。大概の設定にも驚かないし、何をどう持ってこられても、そう意表もつかれない。

パラレルワールド、どんと来い。

鎌倉だけど鎌倉じゃないよ、という設定も全然オーケーである。

時代設定の曖昧さも喜んで受け入れます。

なんとなくレトロだけど古すぎず、でも携帯電話やPCはなくて、テレビもない感じくらいのちょうどよくぼやけた感じ、いいんじゃないかな。

主人公二人がそもそももう出会って恋して結婚した直後なので、面倒臭い恋愛部分(こう思うようになった時が年とった証拠かしらね)が割愛されているのがありがたいしね。

こんな甘く緩い認識で観れば良いお話で、余計なツッコミはせずただ楽しむべし。

 

死というものがテーマなんだ、と気が付いた、それが一番意外だったかもしれない。

妖ものが普通にいるより、身近な人が死んでも普通に触れて、霊体なのに気づかれず暮らせている状態が、そう多くはないけれど稀でもないという、それが当たり前だという物語の中の鎌倉という町。

主人公たちには普通に霊が見え、妖怪が見え、死神も見えて会話もこなす。

その上で身近な人に死が訪れる。心残りがないわけがなく、当然霊体として残ろうと死神に交渉するも、実は死神世界でそれをやりすぎて破綻しているため、身近な人から生気を吸い取るか、魔物に転生するしか残る道がないという。

それが軸になり、物語は展開していくのだけれど、美しく楽しい画像に目を奪われてとても楽しい。

貧乏神役の田中泯さんも素晴らしかった。

堺雅人さん、高畑充希さんは大きなスクリーンでドアップになっても全く問題のない、本当に美しいお顔立ちなのだなあと単純に感心したし、作り込まれたセットや小物に見とれ続けて、映画が終わってからももう一度、あのセットや小道具をゆっくり見直したいなあと思ったほどで、とても楽しい時間を過ごした。

死神役の安藤サクラさん、いつもは凄みある役所を怖いほど迫力を持って演じられているイメージだけれど、今回はあくまで軽妙に可愛くおしゃれで理解ある死神を素敵に演じられていることが新鮮で。

いつか私もこんな風に案内してもらって、江ノ電で黄泉の世界に行きたいなあと憧れるような気持ちになった。

 

やっぱり鎌倉に住みたかったとつくづく思う。一時は本当にそれを計画し、実行に移すべくオットと色々話し合っていたのだけれど、家族の予定はそうは運ばなかったんだよね、と少なからず残念な思いも噛みしめる。

そろそろまた鎌倉行こう、と思いながら映画館の席を立った。

素敵なひと時だった。

 

撮影法は昔から色々すごいと思っているけど、近頃はもっともっとすごいものらしい。

俳優さんたちはほとんどブルーやグリーンのシートの中で架空のものを相手に演技をされていて、そこに感情を込めるのだから大変だという。この映画もそういう意味でのネタバラシを色々テレビなどでも紹介されていて、それを知るのもなかなか楽しい。

今年話題になった「美女と野獣」ではエマ・ワトソンがその特殊なブルーシートの中で何もない中、ひたすら座って表情だけの演技をし続けなければならず、今まででもっとも退屈な撮影だったとコメントされているとか。

「美女と野獣」も素敵な映画だった。ひと時の夢に酔いしれることができた。

あのハーマイオニーが、これほどに美しい女性になったということも嬉しかったりして。

 

ここのところ、凍てつくように寒くて少し歩くと耳が痛くなる。

暖かいストールや帽子、イヤーマフなど徐々に身につける小物が増えて行く。

そんな中、最寄りの駅なんてどこからも遠いような息子の学校に車で迎えにいける幸せを感じる。

我が家から息子が通う学校へは区を縦断する感じで最寄りの沿線、バスをどう利用しても、降りたところからたっぷり歩く。

今日の息子の就活も、いっそ学校を丸っと休ませていただいて、自宅から出向いた方がはるかに楽な具合なのだが、そうもいかず、学校からまた時間をかけて都心に出るよりは、車で全て移動する方が楽だとオットにお願いしたのだ。

おかげさまでイメージ通りに予定をこなせてよかった。

見慣れぬ教職員研修センターに行けたのも良い経験。

昔、娘の進路のために調べて憧れた水道橋の都立工芸高校の建物の隣にある。

息子が健常だったらこの学校に通わせたかったなあ、なんてちらっと思ったりした。

自閉症で、精神年齢10歳くらいの今の息子が大好きだけれど、たまには普通の少年としての彼を想像することもある。(だからといて別に胸は痛まないので大丈夫)

 

選考は、読み上げられた文章を聞き書きし、その中から誰とどこへ行ったかなど部分的な質問をされたり、文書の中の個人情報はどれかと尋ねられたり、色や形によっての選別、封入作業???などであったようである。

何しろ知的障害あるお子さんたちが先生にどんな試験だったかを聞かれて話しているのをそっと聞いて知る状態なので曖昧だ。

息子はそういう作業は全て得意でよくできる。が、それを言葉で報告するのが得手ではない。そういう障害なのだ。

それでもかなりコミュニケーションはとれるので、今年繰り返した実習ではどこでも高評価で、人との関係づくりも困らなかったようである。

 

そう、今年私がほとんどブログを書けなかったことの理由の一つは、いよいよ息子が高等部3年生になり、進路のために様々な面談があり、実習に4度に渡って出かけるほどに多忙だったということがある。

実習にはその前の面談と、初日の挨拶、中日の見学、最終日の振り返りがあり、その後お礼状を書くという作業がある。

どの親御さんも必死で、大変大変とお互いに言い合い、励ましあって切り抜けるのだが、我が家はその回数が殊の外多かった。

さらにまだ年が明けてからも行く予定で、おそらく学年ピカイチかと思う。

これで息子も私も将来どういう生活をしていくのか、かなり明確にイメージを持てたし、次第に気持ちも固まってきたので必要な体験だったと思う。

 

さらに息子の美術分野の趣味を活かすために、月に1〜3回ほどアトリエに通うようにもなった。

だからというわけではないけれど、アートプロジェクト展という東京都の特別支援学校の生徒の作品の中から選ばれる展覧会に息子の作品が選ばれて今年展示して頂けたのは、高等部での良い思い出になった。

皆がとても喜んでくれて、学校の先生方はもちろん、お友達の皆さんまでわざわざ外苑前の伊藤忠アートスクエアまで足を運んで見てくださったので、本当にありがたかった。

 

そして私は5年ぶりに仕事もはじめて、月14日程度だけれども、要はそれで大変忙しくなったのだ。

けれどとても楽しい。

単純なアシスタント業務だけれど、本当にお忙しい職員の皆さんのお手伝いを、私なりに心を込めてさせて頂く。

お仕事を頂けるのがとてもうれしい。

家から近い、でも普段はそう行かなかった町が職場になり、ちょっとしたバスでの通勤も始発から終点までなのが快適で楽しく、オフィスがまたバス停の真ん前な上、そのバス停の隣にスーパーがあるので、日々快適至極で・・・ああ、ありがたい。

 

ありがたくも忙しい日々に追われ、その中で実に面白い不思議なこともたくさんあって、それらをちゃんとブログに書き残さずにきてしまったことが今年もっとも悔やまれる。

来年はもう、こんな反省はしないようにしたい。

 

年はとるけど悲しくはない。楽しくみっちり過ごしているから、過ぎ去る年月も納得して見送れる。

そしてアラフィフ過ぎてもまだ、未来は十分あると思っているのだ。

 

能天気は最強かもしれない。

 

 


コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック