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人形姫の視る夢は…

着せ替え人形コレクション公開サイト「人形姫」http://ningyouhime.vivian.jp
管理人かりんの日々のつぶやきです。
コレクションしているお人形のこと、育児のこと、主婦業のこと…
いろんな日々のつれづれ日記です。

あの頃と今

昨年、ダイソーで見つけて買ったカレンダー、2種。


上の大人っぽいディズニープリンセスのイラストが大好きで、

(特に白雪姫)

今までもこの絵柄のものはコスメだったりお弁当箱だったりを買っていたので、

ダイソーさんで見つけた時は

100円でカレンダーが!?と飛びついてしまった。


1月2月はアリエルとラプンツェル。

書き込みもできて可愛い。

 

大きさは閉じた状態でA4なので開くとA3なのだけど、

私的にはいいサイズ。

なんだったらもう少し小ぶりでもよかったくらい。

 

カレンダーは大切で、1年、家の壁を飾る大切なアイテムなのだけれど、

一般によくある、

縦が50センチとか60センチもあるものは、私にはいつも大きすぎると感じられる。

好きで買った絵柄のものでも圧迫感と主張がすごくて若干息が詰りそう。

時に、風水的なカレンダーにも心惹かれることもあるのだが、

神々しい図柄と巨大さがどうにもインテリアになじまない・・・。

結局今年も一つも買わなかった。

できれば取り入れたかったんだけどね・・・。

風水開運カレンダーでインテリアにも馴染むさりげないデザイン、

大きさも含めて、検討していただけるとありがたいな、と。

 

それにしても100円で、結構立派なカレンダーを手軽に買える今の世の中をありがたいとしみじみ思う。

可愛い雑貨や文房具、ファッション小物やコスメなどなど、便利で可愛い素敵なものがこんなにも低価格で買えるなんて、バブルのあの頃、予想もしていなかったなあと感慨深くすらある。

昨年から平野ノラさんや高校ダンス部のみなさんの素敵なダンスなどで非常に楽しく、バブルの頃のファッションなどを思い出す機会が多いからの発想なのだけど。

 

当時まさに青春、そして華やかに景気の良い会社でOLをしていた私。

周りはみんな本当にああいうファッション、メイク、髪型だった。

私は母のチェックがうるさくて、当時もああいうスーツやワンピは着ていなかったのだが(あの平野ノラファッションと同じく、少なくとも神戸ではお嬢様ファッションというのが大流行していたから)、そうでなくてももれなく当時の服の色合いはビビッドだったし肩パッドはどんな服にもついており(ついていなかったのはTシャツくらいのものだった)、ブラウスにカーディガン、コートと肩にパッドが3つ重なっているとある日やってきた友人のシルエットは今も目に焼き付いて離れない。

でもそれが当時はそう滑稽ではなかったのだ、本気で。

私は学生時代から三つ編みで、そのまま髪は長くしていたけれど、ある日妹に無理に前髪を半分カーラーで上にあげられスプレーで固められてトサカにされた。

みんながしているんだからお姉ちゃんもしないと!と。

ブランド全盛、誰もが同じ服、同じような濃い濃いメイク。私はよく「なんでお化粧しないの!?」と聞かれ、してるよと答えると「ほとんどしてない」としているうちに入らないと指摘されたものだ。

全員で同じ文化に酔っているとそれが変だとは思わない、わからない。

ブームがすぎて距離を置いて眺めれば笑って済ませるだけの話。

別にそれが悪かったわけではないのだ、もちろん。

ただ今となってはおかしくて、懐かしいだけ。

 

あの熱苦しいほどの熱気、誰もが飽くことなく欲望を追求し続けた意欲はなんだったのだろう。

当時も出不精、インドア派、極端には流行りを取り入れなかった私は、そういう意味ではあまり変遷がない。

ただ一つ、買い物のしやすさが今の方が断然良い、当時はなんでも高かったと思うばかりである。

100円ショップなんて神戸の高架下で一軒しか見た記憶がない。

そこですごく感激して、やけにカラフルなカゴをいくつも買い、自分の部屋の収納に使って満足していた。

本当にちょっとした文房具を始め、何を買うにも今よりずっと高かった。

ホチキスやハサミもカッターも数百円、時には千円以上。

今だってもちろんそういう品はあるのでしょうし、使い心地も耐久性も何もかも素晴らしいのに違いない。

が。

そこまででなくとも、当座しのぎでいいやくらいで求めるものはシンプル可愛く100円そこそこで手にはいるのが今だよね、と、今日も会社で仕事しながら年の近いひと(それでも6才下)と話した。

 

年はとったが今の方が私は楽しい。

雑貨もコスメもファッションもささやかなお金で十分素敵で満足できるものが手に入る。

安いから惜しげなくカスタムしやすい、というのもある。

なんにせよ、皆がそれぞれ好きな形で楽しく生きればいいんじゃないという、何に対しても今の柔らかな風潮の方が生きやすい。

 

バブルのあの頃、受験戦争が厳しく学歴は絶対で、進路の選択基準には「就職に有利」という言葉に大きく左右された。

 

私の友人は音大に行きたかった、でも親にそんなところに行っても就職できない、仕事につけないと言われて諦め、当時全盛だった短大に行ったんだと今でも話す。(うちの娘が音大に通っているのでその話題でどうしても思い出されてしまうらしい)

良い会社に就職して経理部でバリバリ働き、適齢期に恋愛結婚で寿退社、現在も旦那様の会社の経理のお仕事を手伝っている彼女はPTAでも頼もしい経理のスペシャリストなのだが、時に、もう一つの夢を思い出すようだ。

私も親に就職のことをうるさくいわれて、英文タイプ(当時はPC登場前。ワープロが普及し始めた頃。会社のおじさんたちはワープロなんて使えなかったし、最新式のビジネスフォンにも手こずり、ファックスもコピーも苦手という人がたくさんいた)や簿記、そろばんまでやっていた。

いや、それはそれで当時役に立ち、その頃身につけたことが今、役に立っているので、もちろん有意義だったのだけれど・・。

 

でも、誰もが個性的なようでいて、実はそう個性的ではない、皆と同じ流れに乗っていないことはタブーだったあのバブルの頃はやっぱり今から思うと考え方も、根底にある気持ちも古かったなあと思う。

心の中はそう自由な人ばかりではなかった。

今、ギャグとして登場するあの頃の文化を見てとても楽しく、毒々しいような魅力を再認識もするけれど。

 

バタバタしている感じだけど(明日、声楽部の娘の発表会が大学であって、そのあと明後日の日本舞踊ゼミの発表会で着る中振袖の着付けの練習を、娘と汗だくで今までしていて、今日もこんな時間まで全然ゆっくりできなかったのだが)、その時その時精一杯楽しんできたし頑張ったし、私的には今の日々でごく満足だ。

今は自分の子供達のことを含め、ま若い人がどんどん伸びていける環境で、本当に幸せなゆとりとか達成感を得られる世の中であればいいなと祈るばかり。

私は親らの厳しい老後を見てそろそろ自分の老後のことも真面目に考え、準備していかなくてはと思っている。

そうして死ぬ時「ああ、面白かったわ」と言いたいものだ。

 

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