薔薇とナイチンゲール

昨夜の着物の着付けの練習の疲れがまだ残っていて、今朝は予定していた時間より遅くまで寝てしまった。

当然、朝はバタバタする。

声楽の舞台発表はもう何度もしていて慣れているから、娘にしても支度にそう手間取るわけではないとしても、それでも準備が不足だった。

アクセサリー類一式を忘れて行ったらしい。

 

リハーサルのため早くに出かける娘を送り出すまでの朝の慌ただしさと、休みだからとのんびりテレビ番組に見とれて動いてくれないオットとの間に温度差がありすぎて、いくらなんでももうちょっと手伝って欲しいんだけど!と朝から憤慨してしまう。

ゴミ出し、ベッドメイキングをお願いしてあとは車で娘と荷物を駅まで送ってもらい、ようやく少しほっとすることができた。

 

小さな発表の場は年間に何回もある。

だから私たち家族も慣れっこだけれど、娘の出番が済むまではやはり緊張する。


出演者が2年生から院生までと大勢なのでとても長い舞台になる中、

娘が登場するのは第二部の最初。

二部だけは全部最後まで観るつもりで出かけた。

 

 


薔薇。

ナイチンゲール。

娘が選んだドイツ歌曲のテーマ。

しまったなあ、

こんなテーマの歌を優しく歌うのに、

朝からピリピリしていたらダメだったよね、と本当に反省。

 

娘が生まれたその時から、あらゆる行事に全て関わり、とにかくひたすら送り迎えになんらかの振込(涙)。

子育てに見返りなんてない。ただ愛おしむだけ、それだけだ。

子はかすがいとはいうけれど、かすがいにもならないことは実はたくさんある(子育てのストレスで夫婦仲がこじれていくのは実によくある話で・・・)

正直メリットなんて求めていたら子は産めない、育てられない。

そう聞くと、真面目できちんとした人ほど自分なんかには子供を育てる資格はない、と子をもつことを敬遠してしまいガチなように思うのだけれど。

 

誰かを幸せにしてあげたい。そんな気持ちが少しでもあればいいと思う。

例えがものすごく悪い、本当にわるいと分かっているのだけど・・・、犬や猫を飼うときに誰がそれを飼う自分はえらい、何か得があるかもしれない、結婚できる、結婚の絆が深まると期待するだろう?

ものすごく例えは悪いが子供もそれほどの気持ちで迎えれば失望は少ない。犬や猫ほどにこちらを愛し返してくれるとは限らない分、もっと悪いかもしれない・・・

ペットを飼うのはすごくお金がかかると聞く。餌代もケア代もバカにならないと。

当たり前だけど人間の子供はそれ以上で、かかるお金もかけなければいけない心労もものすごくて、可愛くて面白いけど、死ぬほど困らされたり悩まされたりする可能性も大いに秘めているから全く気の抜けない相手、なのだ。

私ともオットとも全く違う個性の持ち主、親の苦労もろくにわからぬ、生まれながらに全ての権利があるとでもいうような、ありがたみもさほど感じていない、そんな相手・・・それが子供というもの。

それでも可愛くて、全力で守りたいし応援したい。

ほとんどの親御さんがそうだろう。

それでも頻繁にまだ耳にする悲しい子供への虐待のニュースを聞くたびに、その人たちが子を産む前にもっと考えてくれていたらと思わずにはいられなくて。

産みさえすればなんとかなる、とは残念ながら言えないこの国はそれでも一応先進国。

貧困や虐待に苦しむ子供たち一人一人を救う力がまだこの国にない以上、虐待されるような環境のところに子供ができないようにとひたすら祈らずにはいられなくて。

言葉の難しさを痛感してしまうのだけれど・・・。

 


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