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人形姫の視る夢は…

着せ替え人形コレクション公開サイト「人形姫」http://ningyouhime.vivian.jp
管理人かりんの日々のつぶやきです。
コレクションしているお人形のこと、育児のこと、主婦業のこと…
いろんな日々のつれづれ日記です。

昨年の夏、戦ったことについての長いお話

iPhoneImage.png

娘がお土産に頂いてきた可愛いお菓子。

小さなお多福のお面が可愛い!

そうか、次の行事は節分か・・・ちゃんと豆まきしよう・・・!

 

 

 

会社に行くと、日頃、事務所の要として全てを知り尽くし、采配している方がぎっくり腰になりかけたと腰をさすり、困っていらっしゃった。

私も経験者。あれの辛さはよく知っている。

「ノーモアぎっくり腰」

その方が頼りにしてかかっていた整体の医師が行方不明になって困っているというので、ご夫婦で腰痛持ちで、腰痛治療医に詳しい友人にラインで、最寄りの名医を尋ねたら電話で返事があったので、昼休みに折り返し電話をして、おしゃべりしたら、とても楽しかった。

 

同じ地域で、障害を持つ同年齢の子を育て同じ学校に通って、一緒に役員をするってかなりのご縁なのだと思う。

しかも今年、私たちの息子の学年では、明らかに進路指導の先生に恵まれていないのだ。

就労を希望している生徒になんのリアクションもなく1学期を終え、問い合わせに、デタラメでトンチンカンな回答をしてきた進路指導の先生のこと、それを許す校長のことなど彼女の怒りに私も激しく同意で、盛り上がる。

その先生は知的障害ある子供達にも影でひどい毒舌を吐いているのを入学当初から私自身が目撃し、それがうちの息子に対したものでなくても不快で、非常に不信を抱いていた人だった。

それで色々注意していたら他にもあちこちから不穏な噂が聞こえてきて、これはいけない、近寄らないようにしようと思っていたのだ。

そうしたら大切な3年になって突然、担任からはずれて進路指導専任になった。

大丈夫なの!?と案じていたら全然大丈夫でなくて、保護者の希望を全く聞かない、尊重してくれない。

まずは志望調査表に色々気持ちを書いたのを読んでいただいたと思うが、なぜお返事がないのかと問い合わせることから昨年の夏の戦いの幕が切って落とされた。

 

不可思議な微笑を浮かべた進路指導教諭は
「ああ、志望調査書は保護者のお気持ちを知るために頂いてるので、いちいちお返事をしないことにしているんです」
としゃらっと言われた。

私は言葉を失った。

 

私たち保護者は、障害ある我が子の未来を思って必死で進路のことを考える。

夢が大きく現実とかけ離れていることもあるだろう。けれど何らかの可能性があるならそこにかけたい気持ちもあるし、でも我が子の負担になって苦しめることはしたくない、そこのあたりの落とし所としてどのような方針がいいのか、とにかく希望と不安の間を行きつ戻りつしながら、そのことで指標を頂きたくて先生に相談を、志望調査書をお出しするのだ。

それに返事はいちいちしないことにしてる、と笑顔で言われては。

みんなずっと返事を待っていたのに。


なんて、私達親の、切ないような気持ちに寄り添ってくださる気のない先生なのだろう、といっそはっきり思い切ることができるほどだ。

何も1学期が終わって、良くできる子ならまだしも、あれ?あの人全然何もできないのに、どうしてあの企業に実習に行ってるの?先生の選択基準がわからない、どうしてうちは何も声をかけてもらえないの?と1学期の終わりにざわついていた訳で。

 

呆れた私が親友に吐露したことから、このことは即座に保護者に知れ渡り、皆、気色ばんで騒然となったが、中でも私とオットは容赦しなかった。

 

この教師はいろんな保護者の要望に、面談の場で冷静にそれぞれのお子さんの短所をあげ、能力がない、故に希望に応えられないと追い詰め、諦めさせるのだという。

これだけ証拠が並んでもまだそれを希望されますか?というような会話の流れだったそうだ。

(親友から事細かに聞いた)

 

傷つけて撃退する・・・そういう人であるのかと私は考えて面談に望んだ。

 

手前味噌とわかっているから恐縮だけれど、

我が子は確かに知的障害者だから、健常な年相応なお子さんと比べれば理解できていないことはたくさんあるけれども、その障害の中でも精一杯良く育ってくれている方だと私もオットも自負している。

 

息子に障害があるとわかった時から私が心を砕いてきたことは、たとえ障害があるにしても精一杯、社会性を身につけ、モラルに反しない言動の人になれ、マナーを身につけ、絶対守れということだった。

人に預ける時も徹底してそれをお願いし、悪いことは悪いときちんと叱ってくださいと伝えてきた。

皆さんすごく共感してくださって、おかげさまで息子はいろんな方に教えていただき訓練されて、穏やかに落ち着いて成長できていると思うのである。

もちろん、完全ではない。失敗もするし、反省点は多々ある。でも素直でまっすぐなので、うまく行かない時もストレートであり、陰険ではない。

自閉症ではあるが人と合わせてやっていくことがそう苦手ではない。

 

しかし進路指導教諭は息子に就労はすすめないとおっしゃった。。

例えばある日、息子は終わりのホームルームでクラスメイトに伝えるべく、国語教諭を探して明日の持ち物を聞いてくるよう担任に仰せつかった。

息子が探し出した国語教諭はくだんの進路指導主任と対話中で、息子はちょっと待っていたのだけれど時間の経過にどうしていいかわからず、結局二人の教諭の話の腰をおって「○○先生、明日の持ち物はなんですか?」と聞いてしまったそうだ。

もちろんそれはいけない。

家でも家族の会話で人の話の途中で割って入らない、急ぐ時にはごめんねと声をかけて、とは教えるが、それはそう多いことではないから、十分に身についていなかったのだろう。

「そこで先生が注意されたら息子はどうしましたでしょうか?」

「すみません、と言いましたね」

「それ以降どうですか」

「気をつけているようです」 

「学べたのですね」

「そうですね」

「だけどその一度のことがあるから就労には適さないと先生は判断されて、私の志望調査書を無視して就労移行支援施設への入所に向けて指導をすすめられているということですか、私の了解なく?」

「そういうわけでは・・・」

「そういう会話のマナーで、D類型

(息子の学校は障害の特性で類型分けされていて、重度の方がAで3人の生徒さんに2人の担任がつき、

B、C、D類型で8人の生徒に二人担任という構成になっている。

類型により授業内容が変わってくるので、ちゃんと合っていることが大切だし、

Dに近づくほど能力が高いという通念がある)

のお子さんは完璧なんですか?」

「いえいえ!できない子が多いですよ」

「ではうちの子ができなかったことはそれほど極端にひどい訳ではないんですか」

「もちろんです」

「でしたら、うちの子が就労に適さないと今おっしゃったことはなんですか?Dのお子さんと比べて○○が何かひどくご迷惑をおかけしたことはないと思います。電車やバスでご迷惑をおかけしたこともないですし、登校拒否もしていません(Dの方には両方多い)」

「そうですね。きちんとしてますねえ」

「勉強も・・・Dの方で、うちの子より読み書き計算ができない状態の方、わりといますよね」

「そうです。ただ喋れるだけで何もできない、という生徒も多いです」

突っ込むと否定しない。肯定されると、だったらどうして?とやはりどうしても訝しさが募ってしまう。

 

類型分けによるクラス編成にも前から疑問があったのだ。

学校は何ができなくてもとりあえず喋れて(多弁症でも構わないらしい。すさまじく喋る人は会話ができない人よりもっと周囲を困らせることがあるけれども)、

一人で通学できるという人を最初にとにかく高めに評価するように思えていた。

その通学の仕方を知りもしないで・・・年相応のマナーが身についていない状態のお子さんはもちろん、中には一人で通学できると申告しておいて、実は親御さんが隠れて送迎している方もいて、ちょっと詐欺だなと感じていたのだ。

類型によって受けられる授業に非常に差ががあるので(極端な話、A・B類型の生徒さんは古い学校の中でもっとも築年数があたらしく綺麗な校舎で授業を受けるチャンスは一度もない)、そこにこだわらないではいられなくて私も辛いところだけれど、興味があるからつい他の方の様子もみてしまうし、そうすると色々気が付いてしまうことがあって、そのことと学校の指導のズレににずっと違和感を覚えていた。

 

年相応に物事が理解できていて振る舞えないからうちの息子はだめなんだというように、教師は話を展開した。

が、それで私にダメージを与えることはできない。

「十八歳の年齢として当然という理解力があれば、それは知的障害者ではないです。特別支援学校に来ていません」

と私はキッパリ答える。

彼はぐっと言葉に詰まった。

学校ではしばしば指摘されることに「それがやりたくてもできない、だから障害なんじゃん!!」と、これ、どのお母さんもみんな言ってることなんですけどね。

 

特別支援学校とは、障害ある子の特性を理解して、伸ばせるところを伸ばし、短所を補い抑制する訓練をする場所であって、

健常ならこうだけどあなたの子はこう、つまりあなたの子は健常じゃないですよ、と

わざわざ保護者に再確認させ、子供の未来を思い描くことを諦めさせるところではないはずだ。

それがわかっていない保護者は我が子を特別支援学校に通わせませんからね。

 

息子は小さな頃からは読み書きが得意でルールに外れることはしなかった。間違ったことをしてしまう時は、それがよくないことだと知らない時で、いけないと教えると大方しない(女性好きで女性に近寄りたがるという癖だけは幼い頃から治りにくい。とほほ・・・)

つまり基本的なルールは普通に理解し守れて、共同生活を幼稚園や学校で送れており、言葉は幼稚園の時で2語文、小学校3年生くらいの時で3語ほどしか話せなかったけれど、家庭や学校でコミュニケーションはよくとれていた。

知らない人、信頼関係が築けていない人の前では無表情になるが、基本は表情豊かで自分の気持ちを伝える動作や表現がうまく、愛嬌がある。

それが小学校5年くらいから文章として話せることが増え、今ではかなり会話ができ、敬語も一生懸命場に応じて使おうと努力している。

綺麗に字がかけ、辞書やスマホを使って文字を調べたり、PCの入力も得意で、最低限度の計算もでき、カレンダーや時計もしっかり理解して、生活に使っている。

これらはすべて今まで学校側からも報告されてきたし、私自身もよく知っている。

運動神経が良く(足、早い)、手先がものすごく器用であることは全ての先生が認めてくださっているし、美術が得意なので小学生時代から今に到るまで学校で画伯と先生方に呼ばれている。

そして、なにより、性格温厚だ。冗談もわかって面白く、柔軟な反応ができることも多い。自閉症の割にはコミュニケーション能力が高いほうなのだ。

他害、自害一切なし。

正直に言ってしまうととても自慢の大切な息子。

頑張って育ててきたのだ。いろんな方に頭を下げ、お詫びとお礼を何万回も言いながら。

 

違うというならどうぞ否定を、と私は教諭に迫り、横で無言でただメモだけ撮り続けていた(これも異様で、他のお母さんがたも、横で担任の先生が何もフォローしてくださらなかった、と嘆いていた。進路指導主任に一切口をだすなと言われているのは明白な様子)担任も大きく、こくこくとうなづいていた。

私はその担任に

「○○はそんなにダメな生徒ですか?C類型最低の子でしょうか」

と伺うと、担任の先生は大きく息を吸い込んだ後、

「いえ。○○くんは勉強も運動もよくできて、何よりお友達にものすごくやさしいです。○○くんの気遣いにみんな助けられています。」

と、進路指導主任をじっと見ながら言ってくださった。

追い詰められた進路指導主任は、椅子を後ろにひいた。

そしてとても歪んだ妙な笑いをうかべ、1学期のある就労移行支援施設での実習時に、息子はできないことに苛立ち、施設を飛び出したことがある、そんな生徒には就労を進められないんです、と言って勝ち誇ろうとしたのだった。

 

その施設は、実習にくる生徒すべてにまず折り紙の折り図を渡すのだった。

それを見て、いかに折り紙をできるかで、知的にどの程度か判断し、手先の使い方も見るとのことだった。

息子はヤッコや箱、風船など綺麗に折れた。が、鶴でつまづいたらしい。

施設としては助けを借りず、そこまで折れたことでもう十分すごいと思っていてくださったそうだが、息子は完璧主義。

できない自分にイラだち、「僕はもうここをやめます。家に帰ります」とすねたらしい。

「とても面白かったです!わーっとパニックになるのではなく、プライド高くグレた。でも、『まあまあそんなこと言わないでさ、次はこれをやろうよ』って話して別の作業を促したら気分を変えて、おちついて最後まで過ごせましたからね」

と施設の指導員さんに後に言われた。

 

その日帰宅した息子は「ママ、鶴を折る」と私に言ってきて、5回ほど折って習得し、翌日の実習で指導員に「僕は鶴を折ります」と声をかけ「お!やってみるか!よし』と気持ちよく指導員さんが応じてくれた目の前で鶴を折り、すごいなとほめられてニッコリ笑ったそうだ。

この顛末を私は実習最終日の反省会の時に、良いお話、褒め言葉としていただいたのだ。

できなかったことを練習してきてもう一度してみせてくれた気持ち、本当にすごいと思いました、立派でした、と。

横で担任も聞いていたことで、その話をなんと、この進路指導主任は「改悪」したのである。

怒り心頭。大爆発。

それまで自制していた私の気の強さが奔流となって流れ出た。

私は外見的に大人しそうに気弱そうに見えるそうで、そのギャップがいつも必要以上のインパクトを人に与えるのに我ながら困っているのだが、この日の効果は高かった。

進路指導主任は立ち上がってその場で机の上に深々と頭を下げ、

「非常に申し訳ありません、他の生徒のことと勘違いしていました。○○くんのことではありませんでした!」

といい、○○くんのことは教師皆が認めています、私も認めています、今後は○○くんのの進路のために努力します、、足を引っ張りません、邪魔しませんという、実に珍妙な約束をなさったのだった。

じゃ、今までやっぱり足をひっぱてたのかい、邪魔してたのかい、と突っ込みたくなるのは仕方ないんじゃないかしら・・・。

 

このことは録音していて、オットと聞き直し、要点を整理して校長と面談。

同じくトンチンカンな校長の答えを切って捨てる。

そもそも私たち保護者は、子供をなんとか企業就労させたいと望んでいても、企業に見学に行かないでくださいと言われている。

親が勝手にアクションを起こして企業が疎ましく思い、学校全体の印象が悪くなることを懸念してのことなのだが、見学しないでどこを私たちは希望すればいいのだろう?

そうやって不安を覚えつつも待っていたら、何もしてくれなかった。

一度も企業での実習をさせてもらえないまま1学期が終わってしまった。

障害者差別解消法、ノーマライゼーションが聞いて呆れる。

見学できないで、進路を決めることができるわけがない。親は動くな、学校が動くと言われて動きを封じられて結果、何もしてもらえない、この状態こそは差別そのもの、いつの時代のどこの国なのか。

この学校こそが障害ある子供達を差別し、いいように適当に扱っているのだ、と私たちは校長と副校長に詰め寄った。

校長先生はなんとかこの学校の体質を変えたいと念願しているのだが、なかなか難しんですとおっしゃった。

何がどう難しいのかは話してくださらなかった。

 

2学期にはお手紙が配布され、保護者の方で企業見学をされる場合は、学校にもその予定をお知らせいただけるようお願いします、とやんわり方針変更が通達された。

 

 

いずれにしても以来、私はすっかりモンスターペアレントの仲間入りを果たした。

可愛い優しいお母さんとして卒業させてよ!と吠えたいところだが、もうこうなったらなんだって構わない。

今では私が行くと校長先生以下、全ての先生に緊張が走る状態で、校長先生なんか廊下でばったり会うと後ずさりし、どもりながら挨拶される。

フン。

 

そして進路指導の先生はやつれはじめた。

毒舌は自分だけの専売特許ではないと実感したことが応えたのだろう。

私の職場の方達も私とその進路指導の先生および学年主幹、校長・副校長とのバトルを知っている。

なぜならバトルのあったその夏の日、私が胃けいれんに倒れたからである。

 

その長い面談の帰りには小雨が降っていた。

ひとり、人気ないグランドを横切り帰ろうとする私の後ろから走ってくる人の足音が聞こえ、名前を呼ばれて振り向くと、他のクラスの担任で若い先生が「○○さん!雨が降っています、これをどうぞ!」と折りたたみ傘をさしだしてくださった。

それから別の、美術の先生がまた走ってきて、○○くんの絵がすごく良いので・・・・展に応募したいのですが、いいですか?よろしかったら僕が写真を撮って、書類を書いて応募しますと声をかけてくださり、私は両方の先生にお礼を言った。

暖かさを感じてうれしかった。

多分、他の先生方は心配してくださっていた、私の気持ちをもわかってくださっていたのだと思えた。

救われた気持ちがした。

したけれども、もうその時点で胃がひどく痛かった。

やばい、胃けいれん起こしてる。私もヤワだなあと情けなく思いながら、自宅までの30分の運転を必死でこなし、帰宅するなり寝込んでソファで呻いた。

子供達がオットに私の以上を伝える電話をして、帰ってきてくれたオットに時間外の救急外来に運ばれる。

しかしその時点で私はなんとかもう落ち着いており、胃薬だけもらって帰った。

翌朝、出勤前に前日の時間外診療の清算をしにいこうと乗ったバスの中で再び激しい胃痙攣に襲われた。

激しい  気性は自覚しているが、だからといって人とやりあうことが好きな訳ではない。面倒ごとは嫌いだし、できれば平和な一生を希望しているわけで、それが本気でやりあったのだからストレスにならない訳はなく・・・つまりは本当は気弱な人間なのだ、私は。

人前で呻くのが嫌で必死でこらえたが、どうにも痛みは激しく呼吸すら苦しく、バスからおりた後、這うようにして病院に行き、たどり着いた受け付けで、くずおれてしまった。

恥ずかしいことにそこから数十分、しばし記憶曖昧である。ただ会社に連絡しなければ、私が行かないと皆がどれほど心配するかということだけ強く強く思い続けていた。

ブスコパンを投与され、オットがまた呼び出され、きてくれたオットに職場に欠勤の連絡を頼んだ。

後に事の顛末を職場で話し、

「○○さん、お子さんのためにがんばったんですね!」

「それはでも戦っちゃいますよね」

と慰めていただいた。同日、学年主幹から「今までのこと、全て深く反省し、心よりお詫びもうしあげます」と謝罪の電話があり、問題の進路指導主任が体調を崩して休んでいるとその時聞いたことを伝えると、職場の上司に

「○○さん、見事、刺し違えてるじゃないっすか!」

と笑われたものだ。

 

おかげでいつも以上に暑苦しい夏を送った後の秋は、学校側が急遽手配した実習の嵐だった。

大変なのは当の息子だが、息子は状況を理解し、落ち着いて、全てをちゃんとこなしてくれた。

こんなにも成長していたんだ、と親の私が驚くほどに。

 

しかしながら、全ては手遅れの感は否めない。

就職をするならもっと早いうちから企業に打診し、実習を重ねて秋には結果をだしていないといけなくて、学校側は清掃での就労ならいくつか当てはあるが、事務補助での就労は少ないとどうしていいかわからぬ様子。

私がネットで調べた特例子会社の名をだすたびに、そこに連絡してみて、「すみません。もう締め切られたあとでした・・・」と私の怒りの再燃を怯える様子で電話してくる、ということが何度も続き、結局、何も決まらぬまま年を越した。

親がネットで調べて、学校がそれを後追いしてダメで、あとはもうリアクションがない。これが進路指導なの?

私もオットもはや、呆れるのを通り越して笑ってしまえるほど。

もとより、就労でなければならないというつもりはない。

企業に実習に行ってみて、どれくらい息子ができるか様子をみて、気が済んだら就労移行支援施設を希望しようと思っていた。

実際、区内には就労していない20才過ぎの障害ある方が大勢いらっしゃるので、行政的にどうしても高卒の子はひとまず訓練施設へ、その訓練施設をもう出る段階の人を優先的に就労へ、という思惑があるのかなとも理解できるし、先輩方に聞くと、就労移行支援施設の進路指導は素晴らしくて、見学会も実習もばんばん開催・実施してくださり、就労への道が開けやすいそうだ。

なおかつ、楽しいよ、と。

息子も就労移行支援施設での実習が一番気楽で楽しかったように見える。

なので、ひとまず必ずは申し込まなければいけないという区内の就労移行支援施設には利用希望をだしているのだけれど、どうにもすっきりしない。

そういうご家庭が今年の息子の学校の3年生にはたくさんあるのだ。

 

そんな訳で友人と愚痴をこぼしあってうさを晴らし、職場で、最近進路指導の先生が順調に痩せてきてると評判なんですよね、と話すと

「ちゃんと痩せるくらい応えててよかったっすよね」

と笑われたのである。

「しかも最近は妙に派手な変なシャツをきてくるようになっていて、夏祭りではギターかき鳴らして尾崎豊歌ってたし、変なんですよ。でも一番尾崎に嫌われるタイプの先生なんですけどね、どういうつもりなんだか」

というと、それはもうかなり危ない精神状態になってるんじゃないっすか、と大笑い。

先生には申し訳ないけど、せめて馬鹿話のネタくらいにはなっていただかないと気が済まないわ。

 

以上のようなこともあって、私は何ヶ月もブログを打つ気になれなかったのだ。

入学した時からなんだかがっかり、これで本当に日本一なの???と不可思議な学校だったが、もう卒業まで2ヶ月ほどだ。

いっそ早く卒業したいなと楽しみですらある。

4月からはどうなるのか、今もよくわからなくて、実は他にもそういう方がたくさんいらっしゃることにもう驚き呆れているしかない状態なのだけれど、こんな中途半端な宙ぶらりんからは少なくとも解放されているはずなのだ。

 

くだんの教師は今、息子の評価をあげ、きっと就労移行支援施設にはいっても半年も通いませんよ、3ヶ月くらいで就労が決まると思いますと妙にもちあげる。

校長と相談して誉め殺し作戦に転じたんだな、きっと、・・・と思っている私である。
 

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