人形姫の視る夢は…

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管理人かりんの日々のつぶやきです。
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きっかけの如何

オットも御朱印帳を買った。

 

 

先日、夫婦で鎌倉へ出向いた時だが途中のドライブで私は自分の大きな失態に気がついた。

御朱印帳を忘れてしまったのだ。

 

若かりし頃からオットとは、随分色々な神社仏閣に出向いている。

けれど御朱印帳を始めたのはつい最近のことで、意外にも鎌倉ではまだ長谷寺のものしか頂いていない。

今日はぜひ、鶴岡八幡宮へもお詣りし、御朱印を頂いて帰ろうと昨夜から楽しみにしていたのに、その昨夜のうちにバッグにいれておかなかったのが敗因だった。

その自分のおばかさ加減を嘆いていたら、オットが「じゃあ俺が御朱印帳を買って、それに御朱印をもらおうか」と提案、いや別にいいよと言いかけて、そうね、いいかもね、と頷いたら、意外にもオットはとても乗り気になった。

そうして選んだのが上記の、鶴岡八幡宮様オリジナルの御朱印帳だ。

もう一つ、舞う巫女様の柄のものもあったけれど、裏表紙の、桜並木の参道の模様が素敵だしと、こちらのものを選んだ。

どちらにお詣りしても思うが、宮司さまたちの手跡はいつも素晴らしい。


さらさらと涼しく筆を扱って、書き上げてくださる御朱印にしばし見とれる。

 

弁天様のお社でもやはり御朱印帳をいただける場には列ができていたけれど、

オットが是非いただきたいと積極的に並ぶ。

(元から並ぶのが嫌いではない人だけれど。

私は嫌いで、いつも一瞬やめようかと思うヘタレ)

 

嬉しいものだな、とこの御朱印帳を求め、初めての御朱印を頂いた帰りにオットは、

晴れ晴れとした表情で何度も言った。

今まではただ、ツマの私の後ろについて「また神社〜〜〜?」と

ため息つきつつ、若干イヤイヤ、

神社やお寺を巡り歩いては

「でもやっぱり行くと空気が違っていいもんだね」くらいの感想だったのだが。

翌日会社に行くときも持って行こうかと悩んでいたくらいで、それというのも会社のそばにたくさん神社があり、そこを一つ一つ回って御朱印をいただきたいからだ、という。

今日も、雨降る寒い日曜日の出勤日だというのに、やっぱり御朱印帳を持って出かけようかと悩んでいた。

結局、仕事のスケジュールを考えて今日はあきらめるか・・・と置いて言ったのだけれど、今までとは随分違う心持ちのようだ。

 

それで思ったのだが、昨年、義妹も御朱印帳を初購入したのである。

それは旅行で、全国的に有名な、大層立派で大きな御社に参拝できることをきっかけに始めることにしたそうなのだが、そのときに接した宮司の方が、「これはスタンプラリーとは違いますので、そのような軽々しい気持ちではお詣りなさらないでくださいね」と言ったそうなのである。

ところが別の、私の友人の方は、違う神社ででだが「これをきっかけに、たくさんの神社をお詣りなさってくださいね」と言われたともいう。

神社の方のお気持ちも人それぞれ、あまりのミーハーぶりに眉をひそめる向きもあれば、どんなことがきっかけ、動機であれ結構、それでより神に気持ちが向くようになれば・・・とお考えの方もいらっしゃるのだろう。

 

私のオットの様子を見ると、後者の方のお考えの方が合っているように思う。

きっかけはどうあれ、刹那の、物理的で即物的な世界でのみの優劣や、貧富に硬くとらわれがちが心が、ひとときそこから離れた精神の世界、心の在りようを思い、向き合う時間を持つきっかけになる。

浸りすぎるのもどうかという話になるけど、そこまではいかない、ほどほどの日常の中で一瞬心を神に思い馳せることに悪いことはないだろうと思った。

 

たっぷりの食料を蓄え、のんびり家にこもって温まっていられる寒い雨降りの日はまた格別の幸福を感じる。

こんな平和にたゆたいながら(どうも毎日眠くて困る)、神か仏かも天使かもわからないお相手にだけれど、感謝と現状維持の願いを祈る。


 

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家族DAYS

「一緒に買い物に行ってくださるような方ではなかった」と、

前に誰かがテレビの中でおっしゃっていた。

お別れする相手の方についてのお話だったのかな・・・時々それをふっと思い出す。

夫婦のことは色々あるけど、価値観っていうのはなあ・・・となんとなく思いながら。

 

買い物は一人でするのが気楽だし、余分なものを買わずに済むという利点がある。

 

でも家族でわいわい言いながら「あ!ねえ、これ美味しそう!」とか

「これコマーシャルでみて食べてみたかったの〜」と言いながら、

必要のないものも一杯見て、時には誘惑に負けて買いながら、

さあ、これで家に帰って美味しいお菓子でお茶を飲もう、とか

夕ご飯はお刺身パーティーだね!とか、

このおツマミでこのお酒でしょ、超楽しみ〜、などと

ホクホクしながら帰る時間もかなり好きで。

だから週末はいつも家族で、いや最低限でも夫婦で買い物に出かけることが多い。

 

馴染みのスーパーでのお買い物も大好きだけれど、今日はちょっとドライブがてらにと、初めての店に行って見た。

 

 

そして見つけたのは怖可愛いラベルのメキシコのビール。

 

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常日頃から、捨てがたくなるような可愛いパッケージはやめてほしいと

色んなものに対して思っているし、

そういうものは迂闊に買うまいと思っているのだけれど。

しかもこれ、絶対オットの好みの味ではないと見るからに想像できたのだけど

(私はビールは飲めない)


 

 

この華やかで可愛い毒々しさが素敵。

私の気持ちを汲み取って、「いいよ、どんな味でも飲むよ」と買ってくれたオット。

一番のお気に入りはこの死神。

骸骨としては正統派ですね。

ライダーとか。(趣味のバイクで爆走中、事故死?

いや、それとも人は誰しもいつかは骸骨になるという教えか何かか・・・)

 

ウエディングカップルとか。

(喜びの日に揃って何かあったの?と世にも恐ろしい惨劇を想像しがちだけど、

やっぱりそうじゃなくて、一休法師の教え的な何か表現なのかな。

・・・ま、基本的にどうでもいいけど。)

 

 

娘が母校の後輩の部活の発表を見に行くというので代々木に送り、

迎えにも来てほしそうなので、

その間を夫婦と息子とで夕食。

立ち寄った駅ビルで大好きな仏4号様をお見かけして嬉しかった。

(俳優さん。背が高くてカッコ良い方だった)

美味しい牛ステーキセット。

 

それからささやかにお買い物を楽しんだ。


たとえばこれ。

最近私は、キッチンの三角コーナーを完全にやめて、

代わりに自立する水切りゴミ袋を使っている。

大手100円ショップではポップなオレンジの花柄のものがよく売られていて

最初は我慢して使っていたのだけれど、

キャンドウさんでモノトーン英字柄のものを見つけてからはそれ一筋。

今日もそれを求めてさすらっていたのだけれど、

生憎行き着いた先にキャンドウさんはなく、

代わりに大好きな雑貨店salut!差があって、しかも私が愛する水切りゴミ袋を販売されていたのだ。

僥倖だわと喜び、購入。

 

勢いがついたので、前からほしかった
シンクラックを購入。

ちょっと洗い物があるときとか、調理台がもう少しほしい時に便利だと思って

前から購入を検討していた。

もっと簡単な、丸めて収納できるタイプのものと悩んだけれど、

スプーンが落ちないタイプのもの・・・と考えてこちらを選択。


買い物を楽しんだ後の夕暮れドライブは楽しい。

今日も良い1日だったとしみじみ思う。

小さいことで、大きな充足感を得られる燃費のいい自分の性格は好き。

早速使って見る。



使い心地よし。

そしておしゃれ。

 

満足でございます。

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今月はじめ、オットと出かけた「デヴィット・ボウイ大回顧展」

 

80年代にファンになった私なんて、

もっと前からのファンの方達から見れば本当にもう、ただのミーハーなのだろうけれど。

 

 


そんな私なりにとても、本当にとても好きだったから、

オットがチケットを取ってくれたのは嬉しい驚きだった。

 

 

神格化されるのはスターの宿命。

そして彼はそうあろうとしたのだろうし、そうなることに忠実だったとも思えるけれど、

若き日の彼の思想を聞くと、ごくごく普通の、夢見がちの少年だったということがわかる。

それが今回、私にはとても響いた。

 

無論、あの声、あの顔、あの美意識だから、

普通の人よりはよっぽど特別に生まれついていた人なのは間違い無いけど。

心は、そんなに元から遠い人ではなかったんだなあ、というか。

 

青春時代の私はなぜかとても身近に感じられる不思議な感覚があって、

それは彼がずっとその少年期の気持ちを、

心に留めていた人だったからではなかったか、と思った。



とても美しく老いていったデヴィッド・ボウイ。

彼がもう、この世にいないなんて、まだ信じたく無い。


ボウイを見倣い、私もまだ少しは頑張る!

(・・・何を・・・?いや、まあ・・・なんとなく何かを・・・)

 

 

 

今日は息子の終業式。いや、学年の修了式だ。

またも無事に1年、通い通すことができたわけで実にめでたい。

友らとそれを喜びあい、いろんな感慨に耽りあった。

母たちは時に感傷に浸る。

 

まして今年の息子はなぜか人生初の皆勤賞なのである。

少し前に気づいてびっくりしたのだが、言うと帰って変に意識するかなあと思って息子にはそれを言っていなかった。

ちなみに上の娘は皆勤7年、卒業式での「スーパー皆勤賞」表彰式では、野球部、空手部、柔道部、アメフト部、サッカー部の至極大きな男子たちに混じって一人女子で、しかも極小サイズの娘が登壇していて、皆の驚きを誘っていたものだが(っていうか私たち両親も驚いた。わが娘ながらスゲェ!と言う感じだ)、本当に我が家の子供達は丈夫だ。

いや、ちゃんと1年のうちに何回かは熱を出すし、風邪も引くけど、いつもそれがなぜかうまい具合に週末だったりするので、休まずに済んできた、という感じだ。

それでも息子は自閉症という特徴柄、あまり自分で表現できないでいることもあり、気を使って様子を見守り、どうも調子がいつもとおかしいと感じると大事をとって休ませる、と言うふうにしてきたのである。

それを今年、私は息子に感じなかった、ということか。

確かに・・・、身長ももうオットを超え、クラスメイトと担任の先生に恵まれて楽しく、生き生きと充実した様子で暮らす息子は体力もつき、精神的にもとても成長して自己回復能力が高まっていたように思う。

ちょっとくらいの疲労はストレスにならず、よく寝てよく食べて、楽しくその瞬間瞬間を過ごして、上手に日々を楽しんでいた。

生来、温和で、面白いところのある息子は外でも上手に人と接していて、自閉症スペクトラムの診断を受けている身の割にはひどくバランス感覚が良い。

ありがたいことである。

でも、そう在れているのはたくさんの、本当にたくさんの方達からの支援のおかげなのだ。

 

今現在の関わりの中の人たちに大感謝である。

だけど、ここまで助けて育ててくださった方達にもまた、改めてお会いし、お礼を言いたい気持ちでいっぱいになるのだ。

 

というわけで今日はそんな気持ちを共にする友人と一緒に息子の母校にでかけてきた。

小・中と9年間通わせていただいた学校である。

息子も楽しみ、幸せな時間を過ごさせていただいたけれど、母もそれはそれは楽しかった・・・!

だからいつも帰りたくなる。

 

大好きだった担任の先生にお会いし、嬉しい気持ちでお話していると学年主任の先生やかつての担任、教科担任の先生と次々と来てくださって、子供達の今の様子を聞いてとても喜んでくださった。

とても嬉しくありがたくて、きっとまた来ますから、といつもながら決心してしまう。

本当に・・・学校で育つのは子供ばかりでは無い。

私も何も知らない、わかっていない1年生としてこの学校に入学し、息子と同様、母としても育てていただいた。

それがとても大きな財産になった。

 

共通の思い出があり、現在進行形でも仲の良いお友達と、昨日、中学を卒業したばかりの後輩への贈り物を選ぶ買い物をし、美味しいお茶を飲んで楽しく過ごした。

時が経つから歳もとるし、その分死期には近づいているでしょう、それでも私は幸せ・・・すごく特別いいことはなくても、だ。

悔いはいつも何かしらあり、反省するけど、でも人はそう完璧には生きられないとも思っているから、まあまあこんなものでしょうと満足している。

迷う時こそ覚悟を決めて、私はこれからもなんとかやっていくだろう。

 

願わくば、この優しい環境が続きますように。

やれるだけやったら、もうあとは、神頼みしかない。

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鎌倉で・・・

多忙時のオットはいつも「どこかで休みをとる・・・!」と言いながら頑張る。

そうして取れた休日は、やはり夫婦で鎌倉に行こうということになる。

 

住むことはもう、諦めたのだけれど・・・。

それでも来ると、やっぱり、とてもホッとできる慕わしい町。

 


家からのドライブの距離もちょうど良くて気に入っていて、

美味しいものを食べましょうと盛り上がりながら、

好きな曲を聴きつつ楽しんで車を走らせる。


獲れたての魚介類を料理して出してくれる小さなお店は、

テレビでなんども紹介されて人気だけれど、

平日だからかタイミングよく、最初の整理券をとることができてオットは大喜び。

その後、みるみる人が集まり、あっという間に満席になった。

5席でもうきっちきちのお店なのだが、6・7番目に来た50代の女性二人が

「皆に詰めて貰えば座れるのではないか」

と粘る空気に、先に座った5人、皆で緊張してしまった(笑)

満員電車じゃないんだから、せっかくの美味しいお食事くらい、

最低限どの快適空間で食べさせてほしい。

お店の方は慣れているのか、やんわり丁寧にお断りしてくれたからよかったけれど。



それから向かった長谷寺。

いつも季節の花が溢れる美しい場所。

これは三椏(みつまた)というお花だそうだ。



いつからか、長谷寺へお詣りすると良いことがある、と感じるようになった私とオットは

定期的に「また、そろそろ行こうか」という気持ちになるのだ。

あれ。これが信心するっていう気持ちなのかな?

しみじみと詣らせてていただいたあとに見晴らす景色は、

本当にただ、晴れ晴れと美しいと思う。

木瓜(ぼけ)の花が、それはそれは可憐で美しかった。

見ていて、飽きない。

 



小町通りを楽しく歩いて、鶴岡八幡宮へ。

春休みだからか、若い方もいっぱいいらして、

娘さんたちは可愛く着物を来ていらっしゃる方が多かった。

どうやら気軽にお着物を借りて、

着付けてもらって、そのまま何時間か外歩きできる、というものが流行っているよう。

お嬢さん方が楽しんで着物を来て、歩いていらっしゃる様子はとても素敵。

いいことだなあ、と本当に思った。


八幡宮の「八」の字は、鳩になっていて、

お守りなどを買うとその袋にも印刷されているこの字体。



海からの参道。

竜宮からもお詣りに来るのか、それともここから竜宮に行くのか。

インドア派の私は水泳も嫌い、海水浴もしない。

ただ、海を眺めるのが好き。

何気なく、お茶だけじゃ悪いから、二人で一緒に食べようか、と注文したパンケーキが、

ものすご〜〜〜く美味しかった!!

(冷めると普通の味になるので、焼きたての、ほくほくのうちに食べるのがおすすめ。

本当にふわふわに柔らかくて、子供達に昔、よく読んだ絵本を何冊か思い出してしまったほど)



やっぱりここに住みたかった・・・というと、

オットにまだそれも決定じゃないよ?と笑われたけど。

それはさておき、また来よう!と決めなければ帰る気持ちになれない、

去りがたくさせる夕暮れの海。

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冬の庭そして春を呼ぶ雛

息子がいる喜びをしみじみ噛み締めながら穏やかな朝食。

週末はいつも、オットと相談して予定を決める。

今日は我が家の猫の額庭園のメンテナンスをしようと決めた。

新しい花の苗が欲しいと家族で少し遠いホームセンターまでドライブ。

さらにスーパーにも寄り、美味しいものをどっさり買い込む。

それぞれ好きで食べたいものを買ったから、ホクホクした表情で帰宅して、美味しいお昼ご飯を作って食べた。

そして眠くなる前に庭仕事。

今日、いちばんのお気に入りはこのアルメリア・バレリーナ。

繊細な立ち姿にまさにバレリーナの姿を見る。

赤く小さなお花の塊もかわいい。

貧乏なので、基本、多年草が好きなのだが、

1年草とわかっていても買ってしまうのはこのネモフィラ。

Baby Blue Eyesとも呼ばれる本当に可憐なお花。

この花がこんもりと咲き誇ってくれると、見ているだけで幸せになる。



予算は一株198円以下だったのだが、

多年草なら話は別よと言い訳しながらお迎えのアネモネ様。

情熱の赤い色が庭の中でものすごく引き立つ。



可愛すぎるデージー、ピンク色。

白と黄色の2色買ったポピーの魅力はいかにも細い、

いたいけな様子。

儚げと見せて案外丈夫。

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隙間を美しく埋めてくれるアリッサム。

昨日に比べて風が冷たく、庭仕事も楽では無いのに、心が楽しくて、夫婦で黙々と何時間か庭で過ごした。

綺麗に彩られた庭に心が和む。

春になれば、たくさんの花が咲いてそれは綺麗だろうとわかっているけれど、

冬が好きな私は、今のままの庭も好き。

厚いダウンを着込みながら、しばしブランコに揺られて庭を眺める。




雨水の日でもある今日、また我が家に雛人形を飾った。
ずっと娘の役を引き受けてくださってありがとう。
今年もよろしくお願いします、と祈りながら。
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春一番と息子帰還

昨日まで穏やかに晴れていたのに、今朝は強い風が吹いていて驚いてしまった。

普通じゃない・・と思わず呻く。

春一番というのがある季節だということをすっかり忘れていた。

よりによって今日でなくても〜、と思ってしまうのは、今日は息子が帰って来る日だから。

飛行機は大丈夫なのか悩んでしまった。

 

この季節では当たり前だが、インフルエンザの猛威もすごい。

体調管理がものすごく難しい時期である。

 

感染力の強い病気が流行って、気をつけても気をつけても逃れられない、ということがある。

この時期になるといつも思い出すことがある。

 

昔、娘が通っていたバレエ学校の発表会もこの時期で、いつも本当に大変だったのだ。

幸い我が家は困ったことはなかったが、周りではまさかという人に限ってインフルエンザやノロウイルスに罹患して、せっかく今まで練習を重ねてきたのに、舞台に立てなかったという子もいた。

それはシビアな問題で、単に練習の成果をお披露目できなかったことが残念、では済まない。

他のところはどうかよく知らないけれど、少なくともうちが通っていた学校は、発表会参加費用に数十万円、衣装のレンタルに数万円払っていて、それは舞台に出なかったからといって返って来るものではなかったのだ。

それからもちろん役への執念・・ということもある(ことに、センターポジションだったり、ソロをとったりしていると・・・)

だからか、ある年は具合が悪くてろくに挨拶もできない状態で連れてこられたお嬢さんが、ついに楽屋で嘔吐してしまって阿鼻叫喚の地獄図になったことがある。

人数の割には小さな楽屋で、窓もない地下室のそこは空気が悪く、しかもかさばるけれども美しい衣装の数々がある場だったので、大変だったことは今思い出してもぞっとするほどだ。

また別の年にはインフルエンザなのに、やってきてしまった方がいらした。

もちろんその子も親御さんもその時はちょっと風邪気味だけれど大丈夫としかおっしゃらない。

しかしその子の具合の悪さは側から見ても明らかすぎたし、困ったことに、その発表会の直後、お友達7、8人がばたばたとインフルエンザに倒れてしまう事態となった。

感染源は間違いなくその子だというということで多くの人の意見が一致してしまい、かなり困った雰囲気になった。なんというか・・・少女漫画の中の揉め事のようなことが起きてしまったのだった。

幸い我が家はいつも風邪もひかず、無事にのりきってきたので直接揉め事とは無縁だったし、中学受験を控えて辞めることを決めていたのでよかったのだけれど、それにしてもいろんな話を耳にして、色々なことを肝に命じたものだ・・・。

 

今回、息子のクラスメイトの一人が、出発の朝から具合の悪そうな様子で登場した。

いつもは笑顔が素敵なお子さんがひたすらだるそうにしているのだが、お母様は明るくて、ちょっと風邪を引いたけれど大丈夫、熱はない、薬も飲ませたと笑顔でお話され、元気に息子さんを見送られる。

息子さんの方はいつもより寡黙な様子で、ややノロノロとした動作で空港に消えていった。

こんな空気、前にも覚えがあるなあと記憶を探った私の脳裏に蘇ったのが上記の、娘のバレエ学校時代の思い出なのだが、やはり予感的中で、そのお子さんは向こうに着いてからろくに観光もできずに寝込んでしまい、現地でインフルエンザの診断を受けたそうで、翌日にはお母様が飛行機で飛んで迎えに行き、連れ戻ったと連絡があった。

ああ・・・。

 

でも気持ちはわかるけれどね、と今日、空港にお迎えで集まった私たち保護者はうなづきあったのだった。

発表会ならまだ毎年あるから・・・と思えなくもないけれど、修学旅行にリベンジはないものね。

 

一つ言えるのは、会場を抑える都合だったり、ツアー料金の都合だったりなど、色々事情はあるにしても、それでも、少しでも皆のために良い形をと願うお気持ちがあるのなら、この時期に大きなイベントを持って来るのはやめていただきたいということだ。

全ての学校、習い事の関係者のみなさんに心からそう訴えたい。

バレエ学校のインフルの親子さんなんて、その後とても辛い思いをされて、多分一生の傷になっていると思うのだから・・・。

 

今回の修学旅行では前日に発症して行けなくなったお子さんも一人いらして、さらに言えば、先週末からから校長先生自身もインフルで倒れていると風の噂に聞いていた。

修学旅行の前の週にノロウイルスで倒れて、治ったけれど吐いたり下したり散々し尽くした後で、と、ボロボロになった直後の体で旅立ったお子さんも何人かいたという。

本当に無理のある企画だった気がしてならない。

 

それに比べれば何事もなく、行って帰ってこれたことは大きな幸運だったと思う。

でもその結果が出るまで、私はものすごく緊張して、ずっと息子の体調に気を配ってきたので、当然だよと言いたい気持ちもある。

母たるもの、子らの体調を気遣わぬ日は1日たりとて無いと言えるが、それでもこの1ヶ月は本気で神経を使い、修学旅行1週間前にはその神経を削るようにして、あらゆる用心を重ねてここまできたのだ。

 

ずっと見つめ続けてきた我が子だから、顔をみたら色んなことがすぐわかる、とも自負している。

三日ぶりに息子の姿を認めた瞬間、こちらと目が会う前から、友達と笑顔で楽しそうに歩いて来る様子で、元気で、この数日間がとても楽しかったのだということがわかった。

目が合った瞬間の笑顔で幸せな気持ちになった。

解散式が終わる最後の時まで係の仕事を果たして、先生からも笑顔で問題なく立派でしたと言っていただいて帰ってきた息子を、オットも娘もハグして迎えた。

実際に先生方が、忙しい日々の中でとても丁寧に描いてくださった連絡帳を読むと、本当によく遊び、よく食べ、よく寝て、元気一杯だったようである。

飛行機の到着が40分あまり遅れて解散までかなり時間がかかったけれど、ほっとしてとても幸せな気持ちだったので、何もかもが輝いて見えた。

 

 

オットが行きたいお店があるからと、国際線ターミナルに移動。

とても綺麗な雛人形が飾られていた。

 

食べたのは、とても大きな器でたべる美味しいうどん。


家族が揃って食事できるっていいね、と言いながら舌鼓。

幸せ。

 


シーグラスや貝殻をつかって息子が作成してきた時計と、

 

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記念の小さな守り神。

 

良い旅を息子がさせていただいたことに、とにかく感謝の気持ちでいっぱい。

 

ミッションクリア!と心の中で叫びつつ。

 

 

 

 

 

 




 

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日々を駆け抜け一旦停止

ある可愛いタレントさんが、

空の写真を SNSにアップするのがお好きではないとおっしゃっていたらしいけれど、

私は空を見上げるのが好きなので、

綺麗!と思った瞬間写真に撮りたくなる。

自分が好きなことをするのに、誰がどう言ったとか思ったとか、

もちろん関係ないのだけれど、ふと、心をよぎりはするものですねえ、と思いながら。

 


冬晴れの日が続く今日この頃。

抜けるように青い冬の空の美しいこと。

冬の木々の枝もまた素敵。

 

息子が作った作品が、展示されているというので

先週末は家族で上野の東京美術館へ。

たくさんの子供さんたちの作品の数々に触れられてとても良かった。

なんともいえず元気をもらえた気がした。

若さと未来、希望への輝きを感じたというか。

 

幼い頃から無類の動物園好きの息子がもちろん上野をスルーできるわけはなく、

冬の動物園を家族で堪能。

人気のハシビロコウさんにまた会えてうれしい。

遠くでそっぽを向いていらっしゃると思っていたら、

視線をくださって有難し。



夕方の根津神社の梅がとても綺麗で

穏やかで美しい冬の日々の有り難みをも実感できた。

何気ない日々の営みが単純に幸福だと思う。

特別なことは何もないけれど。

 

(いや、結構あるかな・・・・)


念入りに神様にお願いしたのは、旅立つ息子が無事であること。



晴れた日の朝、息子、修学旅行へ!

 

朝5時起きで、家族総出で羽田空港へ見送り。

先生方と学年のみんな、保護者の方達、

みんな晴れ晴れとした笑顔で、心配だけれど嬉しくもあり。

 

この旅行を控えての日々は重圧だった。

とにかく風邪をひかさないこと、それが一番。

そしてもちろん荷造りには気を使い、何度も母たちで相談を繰り返し。

 

足りないものはないか頭と心を悩まし、

朝7時半集合というその日、間違っても遅れてはならないとギリギリまで神経を張り詰め。

 

だから無事見送れて嬉しい!

心底ホッとして。



でも三日も息子がいないなんて寂しくて!

ひとり旅に出るというお母さんもいれば、

別便で行き、離れた場所に止まるからと、でも子供達と同じ場所に旅立つ母グループもあり。

私も息子がいない3泊4日、どこかに旅行、もしくは同じところに友達とと前から思っていたけれど、

オットの会社の毎年恒例の大人事異動がこの翌々日にあって、

多分我が家の平穏は変わらないとは思いつつも、やはり旅行どころではないなと

結局普通にただ家で待つことに。



気晴らしに久しぶりに高円寺に遊びに出かけてお買い物を楽しみ、

オットにバレンタインのプレゼントを購入。

美味しいお寿司でお腹も心も満ち足りたけれど、息子がいない寂しさまでは埋まらない。

元気でいるといいね、楽しんでくれるといいね、と家族で言い合いながら待ち、

 

やっと明日息子が帰ってくるので、今、とってもホッとしている私。

 

なんというか小さなこと(小さくもないかな?)が色々あって、忙しいような日々が相変わらず続いている私の日常だった。

賑やかで日々の色彩は鮮明で、それを言葉や写真で残したいのに、そうするために落ち着いてPCの前に座ることができない。

座れた時にはもう眠くて仕方ないという・・・でももっと自分と向き合う時間を作ろうとしっかり心に決めたのは、久しぶりの仕事が決まったから。

 

何しろ娘の大学の費用がすごい。予想し覚悟もしていたけれどもちょっとやそっとの切り詰め方では賄いきれないというところで、老後破産の不安もあるしで、仕事をゆるゆる秋から探していたのだった。

若い時の感覚で、やっぱり人材派遣会社に登録したら色々ご紹介くださったのだけれど、とにかく遠い。

華やかなオフィス街、大きな会社はもう今の私があまり求めるところではなく・・・もっと家から近いところで、フルできちきちではなく、子供の学校での用事に対応できる感じのシフトで事務のお仕事を・・・というある意味すごい贅沢な希望を持ってさがしていたら、やはりなかなかなくて。

難しいなあと思っていたら先週、家から5分で区に関われるお仕事の、地道で堅実ながら週3、4日の事務のお仕事に採用をしていただけることになった。

それが嬉しくて。

オットも友人たちも何かと私の働き先を心配して、ああでもないこうでもないと言ってくれていたのだけれど、これには全員が文句ない、素晴らしい、一番いい!と大喜びしてくれたので、私もさらに嬉しくなった。

3月から、だから少し外に出るのだけれど長年親しんできた街の、ほんの家から5分の場所でのことなので、安心して通えそうだ。

6ヶ月契約というところがまた嬉しいのだ。それだけだと思うと本当に気楽。

 

娘はもう早々に春休みになり、丸2ヶ月となんだか夏休みより長い。

思えば今まで受験受験で勉強に追われ、部活動に追われる本当に忙しい数年間だった。昨年の今頃はもう大学には合格を決めていたものの、部活の卒業公演のための練習量が半端ではなく、休日返上だし帰りも遅いし、バレンタインの友チョコ準備も大変すぎて。

それが今年の2月はこんなに平和で穏やかで、この幸福が信じられない。

私に似て、用がなければ家に居たい派の娘にだから、今、しみじみと料理の基本を教えているところ。家の中のあれこれを教えながら、彼女を本当に大人にしていく時間を楽しんでいる。

小さな可愛い赤ちゃんだった時がついこの間のことのようなのに、もう娘も来年は成人式なのだ。

私のように早くは結婚(23歳。でも娘が産まれるまでに7年もかかったー)しないかもしれないけれど、いつでも一人でなんとかやっていけるだけのスキルはちゃんと身につけておかなくてはと、ここのところずっと気になっていて、本人もズンズンなんでもできるようになっている弟を見ながら焦っていたので、この春休みは嬉しい時間。親子で楽しんで過ごしている。

 

パタパタっと学校の役員の引き継ぎとか、息子の進路についての動きとか色々まだ気になる案件はあるのだけれど、大好きな冬の時間を楽しみながら、私は元気に過ごしている。

それが一番ありがたいかな。

 

 

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リフレッシュ

曇った空が好き。

特に空を覆う雲の隙間に見える光が輝いているときが。



大好きな大澤誉志幸さんがその昔、デビューされたバンドの名前はクラウディスカイ。

よくおっしゃったものだと思う。

名前の由来はわからないけれど、

私は単純に曇り空がいいなと思う。


歩きながら見あげる空もいいけれど、

車で走りながら見る空もいいのだ。

オットが運転してくれている横で見るのが、ということだけれど。

 

 


というわけで、少し久しぶりに深大寺にお参りに。

浅草寺につぐ古刹。

お正月をだいぶん過ぎても週末などは大変な賑わい。

お蕎麦屋さんがたくさんあって、

今日は運良くすぐに、お気に入りの湧水さんで食べることができた。

 

食後は散策。

大人気の鬼太郎茶屋。

 

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御朱印もしっかりいただいて、大満足。

願うはひたすら無病息災。
 

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強制休息

最近、歳をとったということが増えているのだけれど、それはまだ自分の中ではどこかギャグで、言うほど老け込んではいないなと内心思っている。

ところが食物アレルギーになったというのは、やっぱり何か弱った部分が出てきた証かなとも思える訳で、一昨年の9月に自分で驚く反応があり、医師に相談して12月からエピペンを持つようになり、その2ヶ月後の昨年2月についにアナフィラキシーで救急搬送されて・・・という経過を経てから慎重に、気をつけてすごしてきたつもりだ。

最初は食べられないと思うものが多すぎて寂しかったが、その後、食べられるものをたくさん、美味しくいただくというお気楽な思考が身についてきて、そう不自由でもなくなった。

太りすぎてきていたのでちょうどよかったとも思ったりして。

でも、何気なく普通のものを普通に食べたら具合が悪くなった・・・というのが一番困る。

特に、最近のスーパーの種類豊富で彩鮮やか、実際に美味しくてリーズナブルなお値段のものがダメな時には。

ああいう食品というのは困ったことに成分表示がパックの真裏に貼られている。

なので私のようなアレルギー持ちがそれを見ようと思ったら、商品を手に取り頭上に掲げて覗き込まないと調べることができないのだ。

それが一番困るー。お願い、真下に貼るのやめてー、パッと見てわかる上に貼って〜・・・というのが今の私の切なる願いだ。

 

昨日、友人たちとPTAの仕事の後に学校近くのスーパーに行って、美味しいお惣菜を買ってきて昼食に食べた。

一つは前にも食べて問題なく大丈夫だったもので、一つは初めて食べる鶏ザンギだけれど、見た所良さそうで、嫌だったけれど真裏を覗き込んで表示ラベルを見、アレルギー反応を起こしそうなものがないことを確認して購入した。

それでも外で、他の人たちと食べるときは私はゆっくりゆっくり時間をかけ、体の反応を確認しながら食べる。

なので1人前のお弁当では時間が足らない。ごく少量のものだ。

食べている間はただ美味しいだけで大丈夫だと思ったのだが食後5分ほどして、あれ、と思う違和感がきた。

なんというのだろう。

今回は気道が狭まっていく感じはなかったものの、喉奥が少しだけ腫れた気がした。そしてざっと身体中の血液がざわめき、手足が痺れ出す。顔面が痺れてきて、まずいと思い、すぐ薬を飲んだ。休めば落ち着くかと思ったけれど、周りの皆が私の顔色が悪いと心配しだしたところで、病院に行った。

幸い、となりが病院だったのだ。

 

パルスオキシメーターで酸素飽和度を測ると92。

通常は99か98だから、多少の息苦しさは本物だったのだろう。

驚いたのは血圧で149もあった。私は普段、100ないことがほとんどだし、アナフィラキシーだと血圧が下がっていると思っていた。実際、自分では血の気が引いていくような不安な感じがあったからだ。

自分で抗ヒスタミン剤は飲んだけれど、救急でもう一錠、飲ませていただいて横にならせていただいた。

どうやらそれで落ち着くことができた。

 

が、久しぶりのその騒ぎで昨夜から私はやっぱりナーバスになってしまったのだ。

一番ひどい症状の時から比べたら軽いとわかっていたけれど、それでもとっさに、母より先に死んではならないと思ったし、子供達のこともまだまだ心配だと思った。でも死とは案外こう言う風に突然に、本人にも信じきれずにいるうちに来るものなのかもしれないな、とも。

喘息の発作がひどかった小さな時から、長女の出産時の時や前回のアナフィラキシーショックの時など、何度か死を近くにかんじたことがある。その度に思うのは、ああ、周りはこんなにも普通で何事もなく皆元気なのに、私だけはだめで死んでいくんだ・・・ということだ。

自ら命を絶つ人は、例えばその前に自分が不治の病に罹ったらどう感じるのだろう。

そんなことまで思う私だ。

 

不安なのだろう。自信もなくした。大丈夫だと思って買って美味しく食べた何気ないお惣菜もだめだなんて、と。

鬱にもなるな、と。

 

そばにいてあげる、とオットが言った。

珍しく今日は、しなければならない大事な予定が入っていなくて、元から休みを取ろうかとおもっていたから、と急遽会社を休んで、1日一緒に過ごすことになった。

 

午後1時間しか授業のない娘も一緒である。

だから親子でまず、息子を学校に送るドライブをして、それから美味しいご飯を食べに行った。

 

 

お店の方が十分調べてくれて、気を使いながらだしてくださったたらこのパスタ。

お心遣いがありがたくて美味しくいただく。

何より、素晴らしく軽くサクッとして美味しいワッフルとホイップクリーム。

幸せだと心から思った。
 

何がどうというわけでもないけれど、家族と一緒に美味しいものを食べ、のんびりお茶を飲んで本を読み、百円ショップで雑貨を買って。

気がつくと楽しくうきうきとした気持ちになっていた。

ま、そういうこともあるな、と昨日の経験を振り返って肩をすくめる。

食物アレルギーのことはこっちにおいておいてですね、と本当に何かものを横に置くようにしながら、「他は全部健康ですから!」と断言してくださった人間ドックの時の先生の言葉を思い出し、力も湧いて来る。

実際そう痩せ細ることもなく元気に生きて、結構ランチや飲み会にも参加できているので、そう悲観することはないのだ。

なんとかなるかな。

気をつけながら明るくいこう、と改めて思った。

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最後かもしれない

我慢しようと思っていたのだけれど、やっぱりこの先の心残りになるといけないと思い直し、やってきました小雨の中の秋葉原。


結構な人混み。

整理券もらって軽く4時間待ち。

すいません、銀さんの人気、なめてました。

 

お茶してランチして、スマホを使ってやるべきことをやって。

案外時間は無駄にしてない。

今月20日にある娘の舞台用のドレスを相談して決めた。

ネットで画像を見て色々選ぶだけでもかなりの時間がかかるので、

実にちょうど良い時間だった。


とても元気な、ハイテンションなスタッフの方達の手際のよい案内でスムーズに入場。

いきなり謝っておられます。

手前の部屋だけ撮影自由というので撮らせていただいた。

後ろにずらっと貼られているのは単行本の表紙。

67冊分かな?壮観。


せっかくだからこんな注意書きも撮って見た。
 


「お手を触れないで」だけわかりにくいかな。

男性に触られるのが嫌いな九ちゃんに投げ飛ばされている銀さんの絵。

要は原画の展示会で、たくさんの生の、本物の銀魂の原稿を見られる貴重な機会。

でも中に入ると、並んでいても全然見られない。

並ばないで、空いているところからどんどんご覧下さいとスタッフの方達の声かけしきり。

あまり長く立ち止まらないで、との声も。

でもどうしても立って、ものすご〜く見入りたい人たちがいるわけで、

その人たちが退いてくれるまでその絵が見られないから、どうしても人が並ぶし混むし動かないのだ。

そこに膠着していると、すごく素敵な素晴らしいカラー原画の前が無人だったりするので、

私はどんどんそういうところから見ていった。

 

こういう展示会には何度か足を運んだことがあるけれど、

じ〜〜〜っといつまでもいつまでも見入ってどうなるんだろう、と思っている。

絵が上手になる?ペンタッチの勉強になる?

作品の真髄がわかる?

いやいや、それはないでしょ、絶対。

それよりバランスよく、スマートに振舞って、本当に好きな作品の良さを他の人とシェアしましょうよ。

その方が銀さん喜ぶから、絶対。

 

iPhoneImage.png

物販で私が購入したのはこの1800円のパンフレットだけ。

これに全て展示内容が掲載されているので、ゆっくり眺めて読めて大満足。

節約が大信条の我が家で先日オットが大きな無駄遣いをかまし、

新年早々、失意ですっかり嫌気がさした私だけれど、

これでそれもちゃらという気がした。

それに私的には銀さんに使うお金は無駄じゃないのだ。

(グッズは全然買わなかったけど!)

 

生の銀さんに会える機会は、もうこれが生涯最後かもしれない。

そう思えて東京展示会最後の今日、出かけたのだけれど、

行ってよかった。


当日券と日替わりでもらえる名刺。

最終日の今日もらえたのは、ホストな銀さんの名刺だった。

額に入れて飾ろうかな、一応・・・。

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