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人形姫の視る夢は…

着せ替え人形コレクション公開サイト「人形姫」http://ningyouhime.vivian.jp
管理人かりんの日々のつぶやきです。
コレクションしているお人形のこと、育児のこと、主婦業のこと…
いろんな日々のつれづれ日記です。

アニメ「地球へ…」DVD8巻ジャケットイラスト
地球へ・・・Vol.8 【完全生産限定版】
地球へ・・・Vol.8 【完全生産限定版】

この巻を持っていよいよアニテラのDVDシリーズも完結。
思えばプレミアムファンディスクと、原作者竹宮恵子先生の描きおろしのイラストは毎回本当に楽しみで、うれしいものだった。
最後はまたジョミー・マーキス・シン。
金色の髪、緑の瞳。強い意志に満ちた表情。幼くて怖い顔…戦士として生きたこの人のこの表情に、私は今までもこれからもずっと惹き付けられてやまないと思う。
このジョミーと出会わなければ、私の人生は本当に全然別のものに変わっていた。
彼のことを知り、彼の事を忘れなかったからこそ、私も曲がりなりに、前を向き続け、真実を見続ける勇気を抱いてこられたのだと思う。
たとえ一人の味方もいないと感じる孤独な瞬間があっても、心を折り切る事なく、歩き続けられた。
そうして未来を開いて行く事ができた。
ジョミーがいたから。
ジョミーがそうだったから。
悲しくない訳じゃない、傷ついていない訳じゃない、苦しくない訳じゃない、
それでも意志の力があれば、信じるものへ向かって歩けるはずだと、
ジョミーはいつも教えてくれる。
私の、かけがえのない人である。
「地球へ…」 comments(9)
「地球へ… Expansion Disc II ~君を想う宙(そら)~」ジャケットイラスト
地球へ・・・Expansion Disc II ~君を想う宙(そら)~
地球へ・・・Expansion Disc II ~君を想う宙(そら)~

自分の中の評価はどうあれ、やはり新しい「地球へ…」のイラストを見ると、いつも必ずときめくものを感じる。
アニメの監督自身、ジョミーを原作より随分優しい性格にしてしまったので、とおっしゃっていたとおり、アニメジョミーの表情はいつもどこか儚げで、厳しい顔をしていても線の細さを拭いきれない。
そこがまた新生ジョミーを好きになった次代の人達の好みでもあるのだろう。
そういう私はと言うとなんとなく、本家ジョミーの親戚の、よく似た男の子を見守る親戚のおばちゃんのような気持ちで、アニテラジョミーを可愛く思い、大切に見守っているのかもしれない。
がんばりよ。
思わず関西弁で声をかけたくなったりして。


勤め先のクリニックに、ひどい痣を顔につくった女性がやってきた。とっさにドメスティックバイオレンス!?と震えたが、雪の日に足を取られて転び、顔面を雪のない路面のアスファルトに打ちつけたのだという。おそろしや…。足元の悪い日は本当に要注意だと肝に命じる。
それにしても今日は、雪ではなく雨に降られた一日だった。
息子と私に新しい長靴がいることを久しぶりに思い出しつつ、ばちゃばちゃと歩く。
たいていの人は冬の日の、それも雨なんて嫌いとおっしゃるだろうが、実は私はさほどでもない。
もっともしっかりコートと長靴などで固める装備があればの話。
若い頃は学校なんかに煽られて、無理して薄着を我慢していた辛さがあったが、今はもう恥も外聞も全くない。ので、着たいだけ下着とか着放題。ババシャツ、スパッツ、靴下なんでもござれ。なのでちょっとくらい外に出ても全然体温奪われないで結構あったかいまま歩いているのだ。厚着万歳。
でもやっぱり、天気の悪い日は家にいたいもの。
子供達が帰って来るとそそくさと家にこもって、カレーを作る。そして得意の「銀魂」を見る。
新しいDVD7巻では「柳生編」の半分までしか観られず、先が気になって仕方ないので動画サイトを検索。そうしたら続きが見つかったので子供らと3人でパソコンにかぶりつき。
大爆笑で盛り上がる。
確かに友人が危惧してくれたとおり、いささかならず品性がないのは否めない。しかしギャグは秀逸である。私は別に子供を無菌培養したい訳ではなく、知らない事が純粋さの元だなんて思ってないのだ。
理想論かもしれないが、いっそあらゆる汚濁を見聞きし、わかった上でそれに染まらずにいる強さや知性、自らの意志で保つ品位を持って欲しいと思うのである。
たかが「銀魂」を観るくらいで壊れる品ならそんなものいらん。きちんと世のある姿をあるがままに見て受け止めて、その上で自分らしくいられて初めて人間性というのは確立されるもんなんじゃないの!?
と、すっかり銀さん風にモノローグしてしまう私だった。
感化されやすくてすみません。結局自分が観たいのを子供らに観るなとは言えないもので、子供にも一緒に見せちゃう事へのいい訳のような…。
でも。本音です。きっぱり。
「地球へ…」 comments(0)
好き、という気持ち
娘にせがまれ続けていた「地球へ…」DVD7巻を、朝食の後観る。
アニテラはオットがほとんど興味を示さないので、オットが居るときはあまり観ないのだが、なにしろ彼が長期休暇中だからどこかで我慢してもらうしかないなとタイミングを見計らっているうちに今日になってしまったのだ。
本放送は見ているし、場合によってはそれも二度三度と繰り返し観ているから私的にはDVDになってきても今さらで、はっきりきっぱりプレミアムファンディスクの方が目当てとなっている。そちらはもう繰り返し聞いて、多いに楽しんでいるからほぼ自分の欲求は満たされたつもりでいたのだ。
19話から21話までのDVD7巻を子供達に見せながら私は隣室でネットしていると、オットがお前は観ないのかと声をかけて来る。
とっさに、あまり好きではないから観ないのだと答えるとオットも驚いた顔をしたが,私も驚いた。
あまり好きではない…この言葉には語弊がある、と思う。
好きなのだ。好きなのだが、正視し続けるには辛い、という…それが偽らざる正直な気持ちである。
本当に、じっと見入るには辛い。何事もなく過ぎてくれればいいのだが、作画ひとつとっても気になるときは気になるし、微妙な感性は個人の問題だから置くにしても、本筋のブレがキツい。
話の前後を噛み砕かず、毎回毎回その回だけに集中してあまり深く考えすぎず、好きなキャラの顔でも見てれば幸せ的心持ちで観られれば、全然それぞれでOKなのだろうが、結局はそれができるかできないかでアニテラをいいと言えるか、イマイチと言ってしまうかに別れると思う。
地球へ…に限らずすべからく、どんな話もとにかく物語の根幹重視である性格上、私にはキツすぎる。けれど元が好きな作品だと思えば無視もしきれず離れて音を聞き、気が向いたところでテレビ画面を覗きに行き、しばし見入ってまた離れ…そういうウロウロを繰り返す。
したがって私が比較的むきあって見つめられたのは「星屑の記憶」だけだった。
ナスカチルドレンがあまりに美形で、つまりそれは顔を見ているだけで価値ありという気持ちになれる部分だったので見入れたのだ。
基本、サイボーグ009であるとは思う。
原作のままの彼らだとあまりにサイボーグ009で、あれだと幾ら竹宮先生であってもいささかオマージュが過ぎないかとの批判は免れない。現に私のオットやアニメ漫画に全く興味なしの友人達はブルーを最初に見たときから「この人、009の真似だよね?いいの?そんなのいいの?」と聞かれたもの。真顔でどういうつもりで、この作者はこれほど009系にしたのかと問いかけてくる人もおり、最初は読み切り漫画の予定だったのが好評につき長期連載になった作品で…と説明すると、ああ1回きりだからいいと思ったのか、と納得される。
確かに竹宮先生が石ノ森先生の大ファンであり、009も雑誌連載時からリアルタイムで読み込んでいらしたファンでいらっしゃるから(興味深いインタビューがあるのでよろしければ是非)影響とか関係なしとは断言できないだろう、他人には。
影響あるとも真似したともいえない訳で、しかしながらナスチルまで見て行くと、ん〜、やっぱり009かなあ??と思ってしまう事は、初読の27年前にすでにあった。
原作ではコブは001そっくりだし、コブではない一人であるが赤ちゃんでツェーレンに抱っこされていたりするシーンもあり、かなりリアルに009を感じる。009だと数人いるオジさん外見なのは美少年タッチの画風に変わり(なんといっても皆子供という設定だし竹宮先生なのだしね)ナスカチルドレンの総勢は9人。アニメで数を6人に減らしてあるのはキャラの立てやすさもあるだろうけれど、類似を想定されることを避けるためもあるのかもしれないなあと思いつつ見る。
しかし私は、オマージュでいいと思う。
好きという気持ちは、当然ながら愛である。憧れであり、勇気すらもわき上がるような、大きなエネルギーだ。
いい!素敵!と思える事が嬉しい、それが愛なのであり、その愛を消化して噛み砕いて味わいつくそうとしていると、時に自分もまたなにか表したくなり、出て来るものがある、それがオマージュ作品なのだと思う。
竹宮先生が石ノ森先生や手塚先生の作品にインスパイアされ、そして先生なりのオリジナルを生み出されたならそれでいいし、地球へ…の原作は原作としてそれに類するオマージュとしてあるのがまたアニテラであるかと思えば、それが原作通りでなくてもそういうものと受け止めるべきなのだろう。(だからオマージュだから、別物ですからといってくれればそうかそうかと最初から受け止め方も違ったし、余計なショックも受けなかっただろうな…)
そのオマージュがよく出来ていれば、また次のオマージュが生まれる事もあるだろう。
その連鎖で次々違う作品がでるのもまた楽し。そこから初めて読む人にとってはそれは全くのオリジナルであり、衝撃的でもあるだろう。
今、テレビドラマを見てもよくある話に私達夫婦は呆然とするが、娘は大変集中し、のめりこんで見ている、あの姿である。私達大人が既出の作品であまりにも知りすぎた、使い古された物語のテクニックであっても若者には新鮮なのだ。まずは最初の扉なのだということ。
そんな我が子にアニテラは良い最初の扉になってくれたなあと思いながら、一緒に「地球へ…」DVD7巻を見た。そしてナスカチルドレン達の悲劇に泣いた。
アルテラの綺麗で勝ち気で可愛いこと、本当に素晴らしい。戦いのシーンは素晴らしかったと思う。(全然メカものに強くないので詳しい事はわからない、そんな私にはよく見えた)原作では無骨な宇宙服に包まれたまま、戦闘機ごと爆発してしまうので美しさもなにもないのだが、アニメでの彼女の散り方はロマンティックで涙誘われずにはいられない。ぐったりした彼女の亡骸を抱き締めるトォニィという絵も美しかったし。
本当はまだまだ子供であるはずの彼らが、いくらESP能力に長けているからと言ってもどれほど愛とか死をかけて戦う事の意味などの概念を理解していたことかと思うと、また違う意味で泣けて来る。
見終わった後に娘が「ママ、これって戦争の話だったの…?」とぽつりと聞いて来た時、確かに私は言葉をなくした。
どうしてジョミーは戦争をするのと聞かれ、そうしなければミュウだというだけで殺されてしまうからだと答えると、どうしてミュウだからって殺すのかと問われる。キースは好きか嫌いかで人を殺すの?と。
話の根幹は差別意識、というものであることに、今さらながら気付いた時、やはりアニテラにはもっと一番太くあるべきだった話の主軸に力を入れて欲しかった、と痛切に思わずにはいられなかった。
「地球へ…」 comments(6)
今宵は「地球へ…」DVD7巻 パイロット版の夜
今回の竹宮先生描き下ろしのイラストはフィシス。

美しいフィシス。

胸が痛くなるほどの、それはやはり衝撃だった。

本当に、原作そのままに近い絵柄のジョミーが、動く姿を目にした時。

ああ、好きな人に会うって、こういう気持ちだったなあと、どこか遠くで冷静に、動かぬ自分を眺めている自分がいるのを感じる。

会いたかった、もう会えないかと思っていたその人にまた会えて、その存在を確認した時、
人は一瞬なりとも自分の動きを止めるもの、なのかもしれない。
今日の自分を感じて、そう思った。

そうして思った。
ああ、本当に私はジョミーが好きだったんだと。

そんなこと、もう何回も、今までに数えきれないくらい思って来てはいるのだけれど、
改めて強く、そう感じたのである。


ジョミーはミュウで特別だから、14歳より年を取らないけど、
私は普通で人間だから、きっちりあれから27年分老けた。
でも、ちゃんと現実で恋もしたし結婚もしたし、子供も二人生んで、頑張って育ててるんだよジョミー、と話しかけてみる。
でもいつもジョミーは心にいてくれたよね。
だからすごく頑張れたときがあった、すごくすごく辛かったり、困ったりした時にね、と。
初恋の、少し大人びた相手と出会った時にはそんな風に落ち着いて、優しい思いで語り合えたりするものでしょう。
私の場合はそれが、心の中のジョミーなのだが、それがまた微妙で。
ジョミーとはそんなに離れた事がないしなあ、と改めて思いもするのである。
娘を生んで育てていた1年半くらいだけ、ジョミーとその世界は私からとても遠かった。(娘は生まれながらに花と光とピンクとフリルを引き連れて来たのだ。いくらジョミーでもそこからはちょっと遠かった…。ピンクとフリルは全然全く地球へ…の世界にはないよね。花はまあたまにちらほらあるけれども。…が、そんな娘も3、4歳くらいから戦闘ものにもはまりだし、我が家は珍妙なバランスを保ちだすにいたる。。一昨日も仮面ライダーキバとプリキュア5 GO GOを続けて観た。ちなみにプリキュアにでてきた悪役美形キャラの声は子安さんで、娘は『あら♪またキースだわ♪』と笑顔で受け入れていた)
あとはいつも心の真ん中にしっかりと居た人だったから、そう懐かしく語らう必要もないのだけれど、さすがに動くジョミーは新鮮で、思わずなんか語りたくなってしまったのだ。
それくらい、今回の巻のパイロット版は私にはインパクトがあった。
(そんな物好きな人はそうそうはいないと思うが、サイト開設以来7年続けている私の日記をほとんど毎日読んでくださっている人がいたとしたら、私が時折ひょこっと「地球へ…」を、ジョミーを語っていた日があるのをご記憶かと思う。『今日また読み返してやっぱり泣いた』とか打ち込んでいるのを。本当に昨日今日の熱血じゃないのだ、ことテラ&ジョミに関しては)

アニテラがどういったものを巻き起こしたにせよ、こうしてパイロット版をつけてくれたことに今、心から感謝している。
確かにこれでは絵柄が古くさかっただろう、原作地球へ…に数十年の思いをかけている意外の人が見たら、なんだこれ?だったであろうと想像するのは難くない。でも元々古い話なんである。30年たっているのだ。30年って、生まれた子供が中年になるくらいの時間ではないですか。それを承知でリメイクするならいっそ古さに徹してくれてもよかったろうにと思ったり、でもこの絵だとあのストーリーにしにくいよなあ、ジョミーが一番面影なくされてるんだけれど(なんといっても14歳より成長しちゃっているのだから)外見を変えたからこそ、キャラも変えやすかったのではと想像もできる。
その結果がある角度のファンからは喜ばれ、別の角度のファンからは嘆かれようとも。
賛否両論は製作者にとっては成功の証である。
無反応よりずっといいのだ。
だからきっとアニテラはある程度は成功作品の域だろうなあと改めて思った。

本編を見たがる子供達を制して繰り返しパイロット版ばかりを見続け、それからプレミアムファンディスクの「私立☆シャングリラ学園」だけなんとか聞いた。
家族で大笑い。
マツカとキースファンの方々には嬉しい嬉しいお話なのではないだろうか。
私はMっ気というものについてしみじみ考えた。人の幸福、非幸福の受け止め方はなんて色々あるんだろうとか、どうしてSな人、Mな人は互いに自分に合う人をうまく引き寄せ惹かれ合い、見つけ合える事ができるんだろうか、とか。
ま、幸せならなんでもいいか。
MとSは言わばボケとツッコミ。幸い日本はその文化に対して造詣が深く、たいていの人には理解と免疫が備わっている。
この二人に末永く幸あれかしと祈りつつ、今夜はもう少しパイロット版の余韻に浸っていよう。
ジョミーが原作どおりに色々着替えてくれているのが嬉しいのである。
キースと初対面で戦うナスカの戦闘シーン、ちゃんと原作のように黒いタイトなスーツを着ている所とかが、単純にすごく嬉しいのだ。
そこでキースに額を撃ち抜かれ、血を噴き出すシーンでは我が家のオットがなぜか悲鳴をあげた。ふふふ、引き込まれたね(ニヤリ)大丈夫、これでもジョミーは死なないんだよと得意げに解説するわたし。
あとブルー系のソルジャー服とか、短めのマントとかも描かれていてそれもジョミーらしくてすごくよかったなあ。
さらさらの、撥ねすぎていないブロンドの髪はいうまでもなく。
ブルーとキースも大変美形でよろしいのだが、睫毛多すぎではないかと気にかかる。あまりに美麗すぎてなんだかお蝶夫人か、マリー・アントワネットのようなお顔になっている気がしたのだが。私の頭の中では彼らがちらりと映る度にごくごく自然に、エースをねらえかベルばらのアニメソングが流れたのだから間違いないと思う。竹宮先生の絵ではそこまで目、大きくないし、睫毛多くない、長くないよ???といささか疑問。
シロエも瞳大きく、体は華奢で、こちらは竹宮漫画の美少年の王道といった風情。といってもそれは他の作品でであって、地球へ…の中の彼はそれほどでもないはずなのだが。っていうか、地球へ…原作はさほど睫毛多すぎ長過ぎ人種はでてこなかったはず。。。と、まあそれはともかくシロエ、彼はある意味、どう絵柄が変わっても、けして彼らしさをなくさないんだなと深い感慨を持った。
やはり意志の強さのなせるわざ、でしょうか。
フィシスもパイロット版の絵柄が好きで、なんだ、やっぱり最初はこうだったのかと妙にほっとした。。アニテラのフィシス、唇あたりにいつも違和感があって、少し苦手な気がしていたのだ。フィシス自体は好きだから、たとえ唇だけでも否定したくなかったのだけれど。
客観的に見て、パイロット版の絵柄より採用された絵柄の方が肉感的な気がするのだが、その分フィシスがすごく生身の女女した感じになったのかもしれない。
お話の雰囲気もそうだったし…女神というよりは生の女性という路線で。
それもむろん、善し悪しの内なのでしょう。

本当にパイロット版、嬉しい。
そしてやっぱり…色々な思いがわき上がって、ちょっと口惜しいか、な。。。
「地球へ…」 comments(9)
アンがeにこだわるように、mにこだわる

娘のバレエレッスン用に新しいバッグを買いました。一面のトゥシューズ柄が可愛い。
底にシューズ入れスペースがあるところが嬉しいのです。

アンとは有名な「赤毛のアン」の主人公のアン・シャーリー。
彼女はその物語の最初の方で、自己紹介の時に自分の名前の綴りは「Ann」ではなく
「Anne」をイメージして欲しいと相手に懇願する。
相手は(養母となるマリラだけれど)なんでそんなことにこだわるのかと驚き呆れるのだが、アンは大真面目にその方が絶対ずっと上品な感じがすると訴えるのだ。
それでマリラが「では終わりにeの字のついたアンさん」と呼びかけ直して。
その後もアンは、初対面の相手の印象を、自分の名を呼ぶ時「終わりにeをつけて読んでくれているのを感じた」とか「eをつけてないのがはっきりわかった」と言ったりしてウマがあったり合わなかったりした印象をさらに強調したりして、こだわりを見せ続ける。
…好きだったなあ、アンのそう言うところ。
でも日本人のわたしにはあんまり関係ない話だと思っていたのだ、最近までは。
ところがこの頃、わたしの名ではなくジョミーのおかげでしきりにアンを思い出している。
わたしが彼を知った中学生時代、映画のサントラ盤を飽きるほど聞いていてい、それには英語タイトルがついていて。それによるとジョミーは「Jommy」だったのだ。
でも昨今は「Jomy」
…。 
……。
………。
…ええ。
くだらないとわかっています。
でもやっぱりmがあった方が品が良いと思うーーーーー!
幼少時の(14歳なんて今から思えばまるきり幼子のようなもの)刷り込みは鮮烈すぎたものなのか。
どうでもいいじゃんと、ジョミーファンからにすら言われそうだけれど、感性の問題って微妙である。
わたしの中のジョミーは永遠に「Jommy」のままで固定な気がする。

ちなみにわたしは自分の本名でも似たようなことを思っている。
カという音には「ka」を当てるより「cca」という印象であってほしいのだ。
なんとなく、ですが。
いやいや、英語にたいして字面とかはあまりないみたいだと思っていたけれど、案外あるものだ(そうでもないですか?)

「地球へ…」 comments(9)
『マーキス』とか『シン』とか



いきなり宝石の画像ですが、気になるのはこの形。
ビーズに触れるようになった数年前からずっと気になっていたのだけれど、この形、
『マーキス』というのだ。
ジョミーを愛して27年のわたし。
好きなものを心に抱いた事がある人ならばわかってくれやすいかと思うのだけれど、好きなものに対するアンテナを張っていると似たものに対してぴくっと条件反射的に心身が反応することがないだろうか。
たとえば好きな人と同じ名前だったり、属している団体とか、似た風貌とかは、多少鳴りとも気になるだろう。
わたしにはそれがよくある。
好きは一つじゃないから、色々あるけれど、やはり初めて本当に好きだと思った少年の名前、永遠のヒーローのことは別格で、<ジョミー><マーキス><シン>という音は聞くだけで、文字を目にするだけで、鋭く澄んだガラスの欠片が胸に突き刺さってきたかの如くな反応を、いつもつきりつきりとわたしの中に示す。
数年前に拙いながらもビーズアクセサリー作りを趣味にし始めたときからも、カタログなどで<マーキス>この文字を見かける度に、頻繁にその反応を起こしていた。



たとえばこんなビーズを見つける度に。


最近また色々ビーズを買っているけれど、今この<マーキス>という形の石を使ってのアイデアを温めている。
色は当然エメラルド。
そうでなくても最近わたしが買うビーズの色は緑系統が圧倒的に多い。わずかに差し色として青ももとめる。それから紫。紫はたぶん私の中では少しキースのイメージなのだ。
竹宮先生がキースの目の色を紫に塗ってらしたイラストの印象が強いので。
金と黒はジョミーとキースの髪色で、最近それに銀も意識するようになったのは、アニテラブルーの影響かな。
いずれも美しい、愛おしい色達だ。
でも<マーキス>ともなれば、色は絶対エメラルドで決まりである。

職場の先輩と美容院の話をしていた。いつもその方の髪型が、すっきりと洗練された自然体で非常に形がいい上に、その型の性格にもまた大変似合っているなという好印象をもっていたのである。飾り気がなくさっぱりとして聡明だが、女らしく、エレガントでもある…そう思っている事をお話したらやはり、有名女優さんも担当なさっているほどのベテランの美容師さんだそうで、その方自身がとても素敵な方だし、場所も近いから貴女もいってごらんなさいよとすすめてくださり、、思わず、そうしてみようかなと言ったらぜひその方を指名しなさいとお名前をおしえてくださった。
シンさん、とおっしゃるそうだ。
え、シン、さんですか…と問い返すわたしに、そう、シン、さんよと明るく笑顔で頷いてくれる先輩。
先輩、あなたにはわからないでしょう。
もう、そのお名前を聞いただけでわたしの中では決定!って感じです!…とは言わなかったけれど。

恋というのはたわいない感情で、こんな事が嬉しかったりするらしい。
自分でも笑ってしまうけれど、気持ちは真実。
静かな、遠い目をしたわたしの中のジョミーは、ふっ、と微かな苦笑すらも浮かべてくれたりはしないんだろうけどなあ。(案外リアリストなところもあるわたしは、夢の中でも都合のいい空想はしないのである)

愛する、恋するというのは確かに特別な、大切な感情だと思う。
それは不思議なエネルギーだから。
若い頃はやはり、愛には愛で応えて欲しいと願わずにはいられずにいた。
自分と同じ想いを相手にも抱いてほしくて、相手の心も体も時間も全部独占したかった。同じだけ、相手に縛られてもいいから、相手もわたしに縛られてくれたらいいのにとおもっていた。そうできるだけの魅力が自分に欲しいとも願うほどに。
そんな一方的な熱い、どうしようもないエネルギーを、それでも愛という美しい言葉に置き換えて酔っていた面もあるのかもしれず、それが果たして愛だったのかどうか、今となっては疑わしい。
愛とか恋は結局は、都合のいい錯覚、思い込みから進展する事が多いなあとやがて気付くようになったので。
うまくいかない愛の歪みは、元を突き詰めれば根本的に、愛と言う名のもとに自分の願望、時には主義を、相手に押し付け、受け入れさせようとした所からくるものだと判断できる例を、幾つも幾つも見てしまったからである(男女間の愛に限らず、親子間や同性の友人同士でもそれらはあった)
結果、加齢のせいもあるかもしれないが、わたしは今は、好きな人をただ好きだと思う、そのことだけを暖かく感じるようになっている。
好きになれた、その事実が奇跡。
その想いが、魂の中核に強く確かな暖かみを添えて、何か、通常とは違う、生きるためのエネルギーを増幅してくれるような気がするから。
何に対しても熱い想いがないよりも、何かに対して熱くあれることがあるといい。
その心の燃料が欲しいから、時に人は恋に恋するように、やや無理をしてでも意識的に、何かを愛していようとしてしまうのかもしれないけれど。

今、本当に好きだと思う想いを幾つか胸に持ち続けている。
家族だったり(特に子供達)、大切な友のことだったり、、懐かしい恩師や、憧れのミュージシャン、漫画やアニメのキャラクターだったりもするのだけれど、それらはいつも胸の中で優しく暖かく、愛の熱を放って輝いている。
その感情は祈りにとても似ているといつも思う。
気がつけばそんな想いを送っている、相手へ、神様の元へ。その時不思議とわたしは満たされた幸せを感じている。
相手がわたしを思ってなくても、忘れていてさえくれても構わないと思う。ただ、わたしが好きなだけで。
応えのもらえない愛情を無駄な事だと思わない。
誰のためでもない、愛する事で救われる自分がいるから。
たとえばいつか子らが遠く離れて、わたしの事を忘れていても、わたしは全然それでいいのだ。
ただ元気で、生きていてくれれば。
愛するものの、無事と幸運を祈る事がわたしの幸せになる。
その幸福に支えられ、わたしは生かされていくのだ。
これからもきっと。
「地球へ…」 comments(10)
DVD6巻だったり大掃除だったり
ブログタイトルをつけるのは苦手だ。
タイトルを付けるといかにもそれがメインのようになってしまうが、私の日々にそうそういつもメインはない。逆にいえばどれもそれなりにメイン。たとえ単なるゴミだしだったり、洗濯物のことだったり、あっと驚くスターの結婚、もしくは離婚のワイドショーだったりしても。日々はごたまぜ・盛りだくさんで、そうそうきっちり纏めたテーマでなんて語れない。
だから、そう、今日はもう、「地球へ…」だったり大掃除だったり、フィギュアスケートだったり、「吉原炎上」だったりする日だった、本当に。

お天気が悪くなると脅かされていたわりにはそれほどでもなく、従って大掃除日和だった本日。子らも含めて家族できっちり大掃除をした。
引っ越して来てまだ7ヶ月.早々汚れてる所なんてないよね、と軽く見てたら大間違い。いえ、それだけ日頃の私が主婦失格ということ。くそ〜、来年こそ汚れをためないわっ!という私の、十何回目かの誓いをオットも母も子供らさえも、ふ〜ん、そうだね、そうできるといいね、と聞き流してくれる。そんなに耳にタコですか。。。
よく頑張ってくれたご褒美に子らがねだる「地球へ…」の最新DVD6巻を流しておいて,私はもっぱら音だけ聴きながら掃除を続ける。
この印象的な回をそんな流し見してとファンの方には怒られてしまうかもしれないが,私なりに一度はちゃんと通してみたので,後は子らなりに望むなら何度でも見てくれればいいと思ったのだ。もうそれなりの感慨には耽ったあとなのである。
思えば今年は本当に思いがけず「地球へ…」yearだったわけで、甘さと痛みを共に強く感じた1年だった。一時真剣に悩んだりしたのもそれだけ深く己の内部をみつめることになったからで、私の中の聖域ぶりを確かめられた事は意義深かったと思う。
DVDでもう一度2007年「地球へ…」を観るごとに、これはこれ、こういうものとして観て楽しむべきものだと強く感じた。
確かに最初,原作とはニュアンスを変えた描かれ方に結構なショックを受けたのは事実である。
自分でもアニメのことでこの年令でどうしてこんなに?といぶかしむしかないほど考え込んだりしたのだけれど、それすらも娯楽のうちだったんだなあ…と、ごしごしと窓を磨きながら考える。
つまりはちゃんとこのアニメから恩恵を受けた事になるのだ、と。
人生,悩む事もまた喜び,甘い痛みなのだ。
他人が作ったものの中から自分が100%の喜びを得られるかどうかは運命次第で、そのような幸運に出会えれば,その時は本当に喜べば良い。中々そうはいかないのが普通だろう。原作付きの作品に関しては、誰がどうアレンジし、それを誰がどう批判したり支持したりしようとも、原作が変わるものではけしてない。本来あらゆるメディアが原作ものを手がけて色々にアレンジして世に送りだしているものを、これに限って原作通りにしてというのも無理があるとも思う。
思えば子供の頃は「キャンディ・キャンディ」の作画にショックを受けた。「はいからさんが通る」も辛かった。でも「ベルサイユのばら」と「パタリロ!」は私的にはOKだった…みたいな経験を今までだって積んで来ている。
たまたまだが先日友人と話していて、彼女に勧められたアニメの感想を述べたのだ。
私は長い間アニメから離れていたし、その友人も元々,青春時代にもほとんどアニメを見た事がなかったと言う人であるが、NHKで真夜中に観たらしい「今日からマ王!」に惹かれたそうなのである。
それで原作を読んだら大層面白かったから貴女もぜひ、と一昨年くらいから勧められていたのだった。
それを今年になってついに観たのは、それだけ私がもう現代アニメに疎くなっていたからだし、でもジョミーの声である斎賀みつきさんが、この作品にも出ている事を知ったからでもある。
で、観たのだが普通???みたいな感じ。ライトノベルを読むと3冊に1冊くらいはこういう異世界トリップもので選ばれた勇者みたいな話じゃない???いや、面白くない訳じゃないし、もともと私はこういうのは好きだけれども…そもそも子供の頃最初にハマったファンタジー「ナルニア国物語」がそうだから…という感想を述べた所、彼女はアニメがよくないのよ、原作はもっと面白いの、ときっぱり言った。
そして「でもアニメの方がいいって言う人もいるから一概には言えないけどね。これは私個人の感想」と付けたし、ああ、なるほどと頷く私。だからそのうち原作も読んでみてねと言われてうんうんと快く頷けたのだった。
あと「銀魂」についても同じようなことを友人は言っていた。原作漫画から入った友人にとってアニメの銀さんには物足らなさがあるそうだ。原作の銀さんの男気っぷりはもっともっと素敵なのだと。
私はアニメでも十分楽しく感じていた…銀さんにさほどはまだ男気を感じるにはいたっていないけれど。(やはりいつかは原作も読むかな)
つまりは、原作とアレンジものとはそういうものだと思ったのだ,本当に。
魅力が一致してもしなくても、それぞれにいいという人がいるならそれで良いでしょう、と。

「地球へ…」DVDに関しては近頃の私のそんな気持ちを十分に再確認させてもらえるものだと思っている。新しい「地球へ…」を観た。そしてたくさんの新しいファンの方を得たんだなあと喜ばしく思う。それは本当にそう。
このまま作品として忘れられていくよりも,私より一回りふたまわり年若い人達の心と記憶に何らかの足跡をとどめられたなら,それが一番うれしいことだ。
何より自分の子供らが一緒に熱心に観て,楽しみ,ジョミーやブルー、キースやフィシスといった人達の事を知り,心に残してくれた。
その喜びはとても大きいのである。
「地球へ…」の美しい音楽、声優さん達も、私の中の「地球へ…」の歴史の中に新しく積み重なり、本当に好きになれたもののひとつ。その幸せが大きな収穫。


娘がこよなく愛したトォニィ。なぜか彼女は最初から,彼の容姿に一目惚れ,最終回にいたるまで、ずっとトォニィだけを目で追い続けていた。最後に新ソルジャーとなるトォニィの勇姿には大感激で、ずっと余韻を噛み締めている状態である。我が娘的にはアニテラ大好きなのだ。
今回の原作者竹宮先生の描き下ろしイラストはトォニィらしいとは聞いていたのだけれど、予想以上にインパクトのある、素晴らしい絵。
アニメで「地球へ…」を知り、アニメのトォニィしか知らない娘にはどうかなと少しだけ心配だったが、娘は、大喜び。違和感はなかったようである。
私もつくづく見入り、感慨深かった。
アニメだとオスカル?みたいに感じたけれど、この色使い、この髪型、何より目線。
ああ、トォニィだなあ、と本当に思った。
2007年のトォニィ。まさかこれほどの長い歳月を経て,もう一度新しく描かれたトォニィに出会えるなんて…ただ感動である。
今回のプレミアムファンディスクにもトォニィ登場で嬉しい限り。ジョミーに彼女、なんて考えただけで胸が楽しくざわついて、それもうれしく、皆と一緒に尾行気分して楽しかった。

くすくす笑っている間に一応大掃除終了。
いえ、家の掃除っておわりがないので,凝りだすとキリがなく、もうこの辺にしておこうかと誰からともなく言い出して、それで終わっただけのこと。
心残りはあるのだけれど、フィギュアスケートは観たいし、スペシャルドラマの「吉原炎上」は観たいしで、適当なところで切り上げたのだった。
そのうちまたゆっくりじっくりDVD6巻を楽しもう。

絵草紙 吉原炎上?祖母紫遊女ものがたり
斎藤 真一


「吉原炎上」は東映の映画を20年くらい前に観た印象がまだ強い。当時私はその会社で事務員として働いていたので、一般公開前に試写を観せていただき、感銘を受けた。
絢爛たる世界、底知れない哀しみ,業の深さ、凄まじい生き様、死に様。かつてこんなに悲しい世界があり、必死で生きて死んで,見詰め続けた人がいたんだと感じ入ったのだったけれど、それを今見て。
最初に、娘を売る、と言う言葉だけでもうドーッと泣けてしまってだめだった。
花魁の世界の華やかさよりやはり心の持ち様、気概の大切さに心打たれた方が大きかった。身を売りつつも心は純真、純真なままでは生きられぬから開き直り、強くなる。
けれどやはり愛はいつも綺麗で透明。それが大切だからこそ,誰にも恥じない筋を通すという気持ちの持ち様は気高くて。
通常私は,時代劇を見るときは何より着物や小物,化粧や髷など、ほとんど女の身の飾りが気になるのだが,今回はさほどそれには気分が向かわず、むしろ遊郭の建物の、不思議に優雅で、どこかエロス漂う作りのセットに目を奪われたり、女優さんそのものの演技に目がいったりして、違う楽しみ方をしたと思う。
正直,極端に日本人離れした観月ありささんが久野の役にハマっていたかどうかはわからないのだが、ライトな役が多い観月さんには大いなる挑戦で面白かっただろうなあと思いながら拝見。似合っていたかどうかは微妙。もちろん元が綺麗な方だから,何を着てもダメということはけしてないとは思うのだけれど。
俳優さんが、ことに二枚目の方がバラエティーで、役とは違う素のイメージでおしゃべりをしてくださるのは見ていてとっても楽しいが、いざドラマを観る時入り込むのに邪魔になるなあと今日初めて感じた。
東幹久さんって…………。
結末は,私が20年前に映画で見たものとは違っていて、かなりほっとした。
そうだよね、年末近くに物悲しい最後じゃなんだかあんまり縁起がよくないもの。
実際のお話はどうなのだろう?
今度,原作も読んでみようと思ったのだった。
(つまりはこれもアレンジ効果ということですね)
「地球へ…」 comments(0)
「地球へ… Expansion Disc 〜さよならを君に〜」感想

今回の特典はこのシール。一見、わあ♪とは思うのですが、ひとつひとつを切り離して例えば本当に使うとしたら、『この絵をいつ、どんなところにどういうタイミングで貼るのよ?』と思われるシーンがたくさんあって、よく考えたら謎です。実用するものじゃないんですよね、たぶん。幾つかの、好ましいジョミーのシールは来年の手帳にでもお守り代わりに貼りたいと思わされるのですが、勿体無いかあ〜と。また30年くらい寝かせますか。
今回はタロットカードがついてなくてがっかりです。
いっそ、「地球へ…」タロットカードを制作販売して欲しい!そうしたらそれを機会にタロット占いを覚えようと言う人も増えると思うのですよ。
まあ、そういう人が増えたとして、社会にどのようないい事があるかはわかりませんが…………。


初めて「地球へ… Expansion Disc 〜さよならを君に〜」の発売を知ったときの気持ちは、正直、そんなに嬉しいものではなかったと思う。
「ナスカ篇最終決戦直前 特別番組」視聴時に受けた苦くて痛い衝撃が、不意にまた甦ってくる気がしてしまって、とっさにもう勘弁してと呟いたほどだ。
深く原作を愛し、ジョミー・マーキス・シンをヒーローとして敬愛するものとして、正直アニテラには苦しめられた部分がかなりある。キャラ萌えという言葉を今回初めて知ったのだが、そういう視点で作られ、それが目的の一部であるなら、なるほど確かにこれはこれで良いものなのだろうと今は思うが、ナスカ篇特別番組J放映直後に私の中に残ったダメージは相当大きなものだった。
たかがアニメ、たかが漫画と思いつつ、それだけ自分が純粋に、子供の頃から時間を止めて、ずっと大事に守って来た部分だったのだということに気がつかされたりもして、おかげでなにやらあれこれ思い惑っては、心の整理をつける苦労をすることになったくらいだ。
そんな嵐を乗り越えて、やっと涙も愚痴も枯れて来たかなと思えた頃にまた、ブルー視点で、アニメでは描かれなかったブルーの物語も含めて17話までの総集編と言われても、素直には喜べない。
そんな私の気持ちとは対照的に、ちらりとさまようだけでもネット界では、あちらこちらでブルー様ファンの方々の喜び溢れるコメントが散見できて、人を愛する気持ちになんの文句がある訳でもなく(勢い余った方々が、他キャラ冒涜発言を嬉々として発されない限りは)お友達にもブルー様ファンは多いので、微笑ましく見られるようになり、なにより作品としての「地球へ…」を愛する気持ちが一番である以上、どう表現されたものも知っておきたいと言う気持ちから、私も早々にこのディスクを見る事を心に決めたのである。
なので今回、相当な心の準備が出来上がっていたと言っても差し支えない。
そうして観た。
で、何度も見直している。
あの、これ、ジョミーのディスクですね???
えっと、なんか嬉しいのですが…。
いいのですか………?

このディスクのジャケットイラストを見たときも意外ではあったのだ。
さぞや。もう力任せに目一杯、ブルー様の美麗アップか何かのイラストかなあとなんとなく思い描いていたら、彼方に後ろ姿でいらっしゃるばかり。むしろ中程に構えたキースとジョミー、一番手前のシロエらの表情がそれぞれくっきりと鮮やかでかっこいい。
ブログパーツの絵柄もこのジャケット絵から切り取られたジョミーになり(とても嬉しく)、どうやらせめても少しはジョミーに配慮してくれたのかなと少しありがたがったりもしてしまって。まあそんな気にさせられること自体もう、間違ってるんじゃあ…とは思うのだけれど、精神的に虐げられたものとしてはささやかな配慮にも慈悲を感じないわけにはいきません。
そしていざモノを手にしてかぱっとジャケットを開けば裏もこのジョミー、ディスクそのもののピクチャーもジョミー。
え?いいの?ありがとうございます、という感じだ(←だからこの感覚がもうすでに……以下同文)
さらに観始めたら、総集編はジョミーが一杯で、ブルー様、そんなに出てないではないか。そして出演者として監督のヤマサキさん、声優の斎賀さん、杉田さん、子安さん、小林さんらが語る語る。
主にジョミーのことを。自分らの役柄を語るときも、まずジョミーありきでジョミーに対して、自分たちの演じたキャラがどういう想いであったろうかということを前提にされた話し方なので、必然的に本当に各方面からジョミーを掘り下げることになる。
それと声優さんがたが非常に原作を読み込んで、そちらも意識なさっていたということがよくわかった。アニテラファンの方が、原作原作と言う人は原作だけ読んでればとのご意見発してらっしゃるのを何度か拝読したことがあるので、それについては私も微妙な気持ちだったのだが、そうだよなあ、原作あってのアニメである以上、その原作無視、スルーは変だものなあと、やっとなんだか腑に落ちた気はした。
ブルー様については監督が、ジョミーを原作より随分優しいキャラにしてしまったゆえに、ナスカではかなり葛藤するだろうと思い、その背中を押す役目を果たす人として存在してもらったつもりである旨を話されていた。原作のジョミーのように自由奔放ではない優しいジョミーに、原作ファンの人は何だこのジョミーはとも思われただろうし、ブルーの延命も、人気を引っ張るためにしたんじゃないのという見方もされて仕方ないとは思うけれど、謝るしかないけれど、理解して頂ければ、というような。
はあ……………。。。。
斎賀さんのジョミーに対する想いはもう本当にまっすぐで。聴いていて、うんうん、はい、そうです!と。この方が声をしてくださったから私はアニメのジョミーも好きになれたんだなあと今更ながら思った。この方に出会えた事はジョミーにとっても絶対幸運だったはず。
ブルー様について語られたこととしては、監督の「ジョミーの背中を押す存在」「人気を引っ張るためと思われても仕方ない」という発言も、きっと他意はないんだろうけど、ききようによってはすごく脇役のことを語るような言い方と思い(でも、言いにくいんですけれど、ブルー様はもともと脇役そのものだと思う)、子安さんがキースを演じる上でブルーのことを、「もともと4話で死んでるはずの人なので」「キースはその存在もしらなかっただろうと…だから僕はなんの思い入れもなかったですねえ、ブルーに対しては」と。これも結構、え、そんな言い方いいの?と驚かされ、杉田さんは「ブルーというのは他の人の存在あってこそ」と控えめにおっしゃり…
つまり、私はてっきり、皆でこぞってブルーしか見えない、ブルーがかっこいいという話をなさるものと鼻から思い込んでしまっていたので(あのナスカ篇の後遺症で…)、普通に聴けば、ふんふん、なるほど、そうですかと聞き流せるはずの部分にいちいちびっくりしながら、でも楽しい座談会を拝聴させていただくことになった。(これは総集編DVD2巻に続くそうだ)
そして、発売告知当初は最大の目玉に思われた「Type Blue The Origin」に関しては、私は元から、あらゆる理由を想定してけして長いものにはできないはずと思っていたのだが、その私の予測さえ大きく下回る、わずか3分。
その中で、新作映像のブルー様の姿はかなり少なく、美麗さは際立たない。むしろ若かりし頃の長老たちの姿に感動。ハーレイかっこ良くて、彼がかばってる浅黒い肌の可愛い美少女が誰か、最初は理解できず…ブラウさんだとわかったときは本当にびっくり。戦うエラ女史、若いとき美人じゃないですか!ゼル…姿を若く保てるはずのミュウのあなたがなぜにこの当時の姿を保たないのか…いや、長老ズは皆、どの程度老けるかを、どのような基準で決めたのか。それとも若年ブルーが象徴的に言った「これより我々はコールドスリープにはいる。長き眠りについて…」の間に、自然に老けちゃったのでしょうか。どれくらいスリープしていたの?ブルー様300年人生の内訳はかなり睡眠状態!?!?…などいくつか衝撃はのこったものの。
なによりこの短さこそが衝撃的。さすがの私も驚いた。
架空の劇場板予告という作りだったとは。
びっくり…そしていいのかなあ、と不安になる。
今回、このディスクの制作販売を一番に喜び、たくさん予約した人達って断然圧倒的にブルー様ファンだと思うのだ。
そのブルー様ファンはこれで…いいのかな?

おずおずと、ネットでそういう方達のお気持ちを見てまた感動した。
ブルー様ファンにはちゃんと、ブルー様が主役の、ブルー様のためのディスクに見えている模様。あのジャケットイラストすら、中央に象徴的に位置どっているということにおいて、満足してらっしゃるようである。
愛って偉大だ。寛容なのだ…。

総集編としてはどうだろうか?不思議でならないのは、「E-1077」のお話が皆無といってしまえるくらいすっぱり削られている点である。いきなりシロエ最後のワンカット。それでキースの青春時代終了。
え、いくらなんでも削り過ぎでは、と大いに戸惑う。
私の今までの人生が間違っていたのかもしれないが、私は総集編と言うものは、物語の細かいディテールはもちろん伝えきれないまでも上手に大切な部分を拾い、繋ぎ、まだ物語を見ぬ人すらも惹き込む力を持つよう作られるものと思っていた。淡々と、本筋を拾うだけでも良作であればあるほど魅力を人に伝える事ができる。私の好みに合わないにせよ、アニメの地球へ…はもちろん、全く知識のない人達をもファンにする力があったのだろうから、総集編は当然、ある程度その主なシーンは網羅されているもの…と、これもまた強烈な思い込みだったのか。
キースのファンとしてもこれはあまりな…と不安になる。キースこそ、ジョミーと対峙する人、二人の主人公のうちの一人、なくてはならない片翼の存在のはずなのに。

以上、さまざまな想いが私の中でせめぎあった力は、このディスク視聴以前の予想を大きく上回るものだった。
やっぱり破壊力ある…。
そして私がブルー様ファンで、これだけ期待させられたのに、このディスクの内容だとかなり暴れてしまうと思うのだが、賢いブルー様ファンはちゃんと心の予防線を張っておられたご様子を伺い見る。その姿勢には多いに学ぶところがあった。
アニメの規模、実際の人気など考えてもそう近い将来にこの幻の劇場予告が現実のものとなる可能性はかなり低いとは思うのだが、もしそうなった暁には、私も快く観に行こうと思うのである。
今までもずっと私はブルー様は嫌いだった事がないのだから。出番少なくてよくわからなかっただけで。
そう言う方の新たなる一面を見てみたいという気持ちは、私にだってあるのである。
「地球へ…」 comments(5)
「地球へ…」DVD5巻発売!
地球へ・・・Vol.5 【完全生産限定版】
地球へ・・・Vol.5 【完全生産限定版】

ついに来た、とディスクを手にしてニンマリ。
今日は休日を謳歌して,ママ友と美味しいイタリアンなんかでランチしたりウィンドーショッピングもして楽しんだのだが、これが一番嬉しいと思う。
なんと言っても私はオタク。この春の「地球へ…」テレビアニメ放送が私を変えたのだ。
子供達も待ちかねていたので,真先にプレミアムファンディスクの中の「私立★シャングリラ学園」第5話学園祭を聴き、大笑いしてから本編を見る。
マツカ。原作より5割増美形に描かれていて、(しかし原作中でも,最初の登場シーンより晩年の彼は美形度がアップしている)声も男性なのに本気で可愛い高城元気さん。女っ気が少ない「地球へ…」の中でもさらに少なそうなキース周辺に,女性的なキャラの配置をするとすれば,確かに彼、マツカしかいなかったかもなあと思う。原作者竹宮恵子先生が,名を付けるとき,女性的なものを意識してジョナとしたと何度もおっしゃっているし、そういう位置づけは確かにあったのかな。
プラトニックにしても恋人的な、「真に理解する=真実の愛、すなわち恋にも似た感情」みたいな。
キースとマツカの心の結びつきが強くなって行くはじまりもいいけれど、キースとジョミーがついに生で初顔合わせをする回でもある。
しかしながら、いよいよジョミーのかっこよさ全開シーンの連発か?と高まる期待がことごとく裏切られて行く,私には辛いあたりのはじまりでもある。
ブルーが目覚め、フィシスが攫われ,ジョミーが…台詞が行動が!?えっ、これ、私が思ってる「地球へ…」じゃない、別物ですけど!?と認識せざるを得なくなった辛い決定的なくだりでもある。
本放映時のショックが大きくて辛い思い出になってしまっているが,今回は覚悟もできていれば諦めもついているのだ。
今、劇場板地球へ…を振り返ってもアレはアレ、まあそういうこともあったね、とほとんどの人が割り切ってさほどきにしていないと思うが,私もその通り、アニテラも一日ごとに過去に流れつつはあるわけで、いつの日かまた「そうそう、なんかそういうアニメもあったなー」と振り返ることになる…(『そういう』っていう内容は私の胸の中に秘めさせて頂きますが)もう私の中の時間はそちらの方へ流れているのだ。それをこのDVDを観ながら強く感じた。
それでも。なんのかんの言いながら,30年の歳月を経ても甦り,新たな感動その他の波紋でとにかく熱い新しい風を起こしてくれた「地球へ…」に、私の2007年を捧げられるとは思っているけど。

さて、もうぶっちゃけ言ってしまうが本編より、プレミアムファンディスクなのだ。今はもう全然,そっちの方が楽しみ。もういっそこれだけでアニメ化して深夜枠でもなんでもいいから放映して欲しい。このパロディにこそ、制作スタッフさんたちの、「地球へ…」への愛情を感じるのである。
今回は学園祭篇。今までの流れからしてただで済む訳はなく、しかしジョミーが随分ソルジャーらしくなって(学園的にね)たくましく見て見ぬふりが出来るようになっているあたりにニヤニヤしたり。前回はブルーの鼻歌カミホーが聴けたけど、今回はフィシスなのもいい。
ここ一連の流れで思うにジョミーが一人ツッコミなら最大のボケはキースなのだ。
うーん、さすがW主人公。
「地球へ…」 comments(4)
「地球へ…」さようならを君に
地球へ・・・ Expansion Disc I ~さよならを君に~
地球へ・・・ Expansion Disc I ~さよならを君に~

予告を読むと、1話〜17話までをスタッフ・キャストのインタビューと共に再講話、そして、完全新作映像「TYPE BLUE - the ORIGIN -」を収録!
とのことだが、ディスクは1枚で35分。
軽く総集編するとして、そこにスタッフ&キャストのインタビューも交えたら、もういくらも時間がのこっていないのでは?と思ってしまうのは素人の浅はかさだろうか?
なんだかあんまり、新作ストーリーにかけてる時間が残るような気がしない。
もしかしてすごく短いお話になるのでは?お話というよりプロモーションビデオ程度か?と、今日になって気がついてびっくりした。
たとえ時間が短くとも、ちゃんとストーリーらしい形になっているなら、多くのブルー様ファンのためには喜ばしい事だからそうであることを祈る。
でも、タイトルの割にはじつは話が短い場合、現在多くのブルーファンの方々が期待している「ブルー最強伝説」にはいたらないのではないかと思われる。っていうか公式で「ブルー最強」という言葉が出た覚えはないような気がしてきた。
ファンの中から出た言葉なのかなあ。
ブルー最強。その言葉に私はなぜかひっかかる。心に矛盾が生じるのだ。
アルタミラの虐殺時などでブルーの戦士ぶりをどう描くかによっては、本編とのつじつまが合いにくくなるだろうと推察されるのである。
もし、ジョミー級に、もしくは以上にブルーが強さをみせつけていたのなら、その時点からもう人類側はミュウの戦力を真剣にとらえ、熾烈な戦争はとうにはじまっていたのではないだろうか。たしか本編では悩みに悩んだジョミーがついに導きだした結論が「人類と闘い、勝って、地球へ行く」だったわけだけれど、そういうからにはそれまでのミュウと人類の歴史に闘いと認識される事件は起きていなかったのだと思う。
が、それがあったというならば、ブルー自身がその長い人生の間に地球に仲間達ともども到着することも可能だったように思われる。ジョミーでさえ数十年で到達しているし、何しろ人類側はまだキース・アニアンという最強の戦士を生み出すにいたっていない状態なのだから、楽勝だっただろう。したがって、ジョミー拉致の理由があまりなくなる(いや、皆無かも)、いや、人類が最強戦士の存在、戦艦に潜む大量のミュウを認知していたら、ESPチェックは厳しさを極め、ジョミーもシロエも14歳以前に抹殺されてしまっていたのではないか…などなど。
ジョミーが生まれるずっと前の、ブルーが本当に若かった頃のお話だとしても、基本的にあまりいじりようがない…そこを変えてしまうと「地球へ…」の物語が変わってしまうことになる。
だから、お話短いのかなあ。とついつい今日は思索にふけってしまった。
新作ストーリーは長くても15分、と見た。
それも「最強伝説」は無理っぽい、と。
どうだろう。

今日は仕事お休みで、のんびり好きな事ができると思ったのに、ざっと上記のようなことを真剣に、そして全力で考えながら、庭の落ち葉を掃除し(けっこう強敵だった)普通に屋内の掃除洗濯をしていたら、子供達が下校してきちゃう時間になっていた…そう、水曜日は早いのだ、下校が。
とほほほ。
まあ、好きなだけ「地球へ…」のことを考えていられたからいいか〜。


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