アイスラッガー 二つ

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『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説』を、家族で観てきた。
夏から予告をちらちらと見ていたが、本当にちら見立っただなあ私、ということを実感した。
ウルトラマンゼロという新しいウルトラマン、そしてセブンの息子という設定もしっていたのに、終盤登場した彼の圧倒的な強さ、それが何より二つのアイスラッガーを自在に使いこなすことから来ることに、大変驚いたからである。
まさかアイスラッガーふたつとは。
そうきますか。。。
そんな心境で映画を見終わったあともしばし感慨にふけってしまった。

今回、一番楽しんだのは俺だ、とオットは言い張るが、それはかなりのウルトラマンマニアのオットならずとも、私も楽しかったし、子供達も楽しんだのである。何しろ木曜日夕方のウルトラ怪獣ギャラクシーなる番組を欠かさず視聴している我が子達、ゴモラもエレキングもすっかり味方の大事な友達なのだ。私的にはそんなはずないんだけどなーという心境なのだが。
お話が長く、大人にはよかったけど、小さいお子さんにはいささか辛かったようである。我が家の子供達はまあまあオーケーで、大満足な様子。
実際、M78星雲のウルトラの星の様子がつぶさに見られ、マントなんかつけちゃってなにやらすっかり幹部クラスといった趣のタロウの教官ぽい姿が見え、ウルトラ一族がなぜウルトラ一族になったかが語られる。レオにもアストラにも会えてうれしかったし、ヒビノミライも大活躍で娘も大喜び。見所たっぷりである。
私としてはセブンとゼロの関係にひっかかりを覚えた。自分のお父さんを知らないってどんな!?お母さんは何処!?どうなったの!?
・・・なにやら複雑な家庭の事情がおありのようで、一父兄として心配である。子供のクラスにそういう環境のお子さんがいたら超気を使いまくることだろう。
しかもちょっと悪くてかなり強い、でも本当は優しいいい子って・・・・・・・・・・そんなベタな。



映画の行きも帰りも交通渋滞に悩まされ、息子の美容室やら娘の習い事やら、私の職場の忘年会やらとその後予定が盛りだくさん過ぎてものすごくあわただしい一日だったのだが、しばしウルトラの星に旅できたその時間だけは充実して、ほっこりとまだ胸に残っている感じなのだった。

銀魂 映画化

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今月のジャンプは銀魂月間だと聞き、また購入。
そうしたらいきなり表紙がこれ!
マジでか!?とびっくりして、それから嬉しくて笑ってしまった。
新訳紅桜編とは・・・うーん、そうだよね、映画化するならまずはあのお話からかなと、映画用の音楽もやっぱりDOESがいいなあ、紅桜は「修羅」以外考えられないんだけど、と先走った思いでいっぱいになった。
いや、とにかく楽しみ!
もうすぐコミック新刊も発売されるし、銀さんご活躍でとにかく嬉しい。
っていうか、本当に私、どれだけ銀さんにお金かけてるんだろうか・・・この責任、どうにかとってほしい。

くだんのクイックジャパン誌も無事に手に入れてもちろん熟読。
非常に楽しかった。空知先生のインタビューも歴代担当者会談もファンには堪えられない内容だったと思う。
でも期待していたよりページが少なかったなあ。
もっともっと銀魂の世界を掘り下げて欲しかった。
私には、TBSアナウンサーの小島慶子さんの記事と、俳優の森山未来さんが神戸の震災をたどったNHKの番組についての記事が実はより深く印象に残ってしまったという・・・
我が故郷、神戸市東灘区。
その同郷の星のひとりである森山未来さんの視点を通して、私も神戸を想い、心が震えた。
泣いてしまった。
小島慶子さんという方とそのラジオ番組のことは、私は全く何もしらなかったのであるが、記事は非常に面白く、大変興味を惹かれ、是非一度ちゃんとそのラジオを聴いてみたいと切実に思った。
これもまた新しい出会い、刺激につながるのか。





と、浮かれていたら娘発熱!
見る見る39度になりやばいとオットにメール。
あらゆる体制を整えたら、急にまたすとんと37度に落ち、元気になり・・・それでも一応夜、病院に駆け込んだ。
インフルエンザの検査反応は陰性だった。
よかった・・・でもいっそ新型インフルエンザをクリアしてしまって、この冬もう無敵です、と言ってみたかった気もした・・・でも相次ぐ死亡報告は不安でないはずもなく、やはりインフルでなくてよかったと思ったり。
ともあれ、明日は祝日。
娘の療養のためにものんびりします。

映画「NARUTO疾風伝 火の意思を継ぐ者」


バッチリ観てきた。
ずっと目が離せず、母子でガン見状態。熱くなった心を抱えて見終わるまで、十分NARUTOの世界を楽しませてもらえて満足である。

物語の奥行きや設定が深く膨大なものほど、映画という尺に閉じ込められると、不足な分が出てくる気がする。
そういう意味ではどんな作品でもそうなので、たとえば何も知らない人がこの映画一本だけを見て、すべてその作品世界を理解し、ファンになれるとは思わない。それで言うなら昔の、初代ガンダムの劇場版だってそういう感想を当時も持った気がする。やはりテレビ版こそが一番の大切なものだったから、なにかちょっとした違いでも劇場版であるとイヤだったし。
「うる星やつら」のようなお話は映画にすると楽しかったかな。これは現代のドラえもんやクレヨンしんちゃんもそうだと思う。
ああいう、日ごろから単発系のお話は良いのだ。
しかし連綿とした歴史を持ち、それに見合う膨大なデータを内包してそれらすべてを知り、味わい尽くす喜びを味合わせてくれているようなタイプの作品は、やはり劇場版では収まりきれない。
知っている人が観てなんぼ、の世界である。
そういう意味では「NARUTO」を30話そこそこしか観ていないオットと139話まで観ている私たち母子の感覚には大きな開きがあった。
午後2時過ぎからという絶好のお昼寝タイムの上映を鑑賞したせいもあって、オットはほどなく眠り込み、私と子供達は睡魔も吹き飛ぶ楽しさで見入ったのである。
またちょうど、「NARUTO」でサスケ出奔、シカマルが小隊長としての初の任務失敗に涙したあたりを見ている私たち母子にとって、この映画の内容はまさにうってつけ、中忍試験のエピソード以来、すっかり親しみ深くなり、一人一人に非常に愛着を抱いているので彼ら全員がそろい、活躍するこの内容は素晴らしすぎるくらいだったのだ。
夏休み中にテレビで放映された過去の劇場版も何本も観て、知らなくてもそれなりに楽しかったし感動したけれど、反面なんかジブリっぽいと感じたりもして、わかりやすい主人公のナルトと映画だからこその新しい国で新しく出会った劇場用ゲストとのからみが大半を占める内容だったから、今ではすっかりなじんだほかのレギュラーメンバーにあまり会えない内容だと今回は相当さみしかったと思う。
それが今回は木の葉の里中心のお話。新しいキャラは適役だけ。本当に今の我が家の知識、はまりぐあいにうってつけといえる内容の映画で、ラッキーだったとまず思うのである。
みんな、私たちが知っているよりずいぶん成長していて、大人っぽくなっているところがまたまぶしくて。
娘は早々に、アスマが亡くなった事実に衝撃を受けて悲しんでいたが、我が家のアイドル我愛羅ちゃん(我が家では常にちゃんづけ)が風影として立派に、そして幸せそうにしている姿には救われたらしい。(私も感涙)
まだ私たちの認識の中ではパワーという点ではぱっとしない、可愛くて泣き虫の、でも負けず嫌いのサクラちゃんが、とんでもないパワフルくのいちになっていることも感動だったり・・・カカシ先生がとびぬけた大人には見えなくなってきたくらい、皆が元気で活躍していてすごくうれしくて。
ああ、この感じはまるっきり子供を見守る母の心境ですね。
そんな自分にもちょっと感動しちゃいました、うん。

パンフレットを読むと、原作者の岸本先生が、日ごろ十分に描いてあげられないキャラクターがアニメでしっかり拾ってもらって、今回も見せ場をもらっているのでよかった・・・という感じのコメントを寄せてらっしゃるのだけれど、これには私もすごく大きくうなづいてしまって。
アスマ班もガイ班もカカシ班も(娘は新しいメンバーのサイに一目ぼれしている)大好きすぎるくらいだけれども、紅班のヒナタ、キバ、しのも大好きで、とくにシノがいいのだ♪いつもうっそりと意見を言い、「なぜなら・・」と解説するその内容が別に深くないところが超ラブリー。今回もそんなシーンが何度も見受けられ、「そんなに俺は影が薄いか・・・!」の一言には胸がきゅーんとなってしまうくらいの感動だった(大げさ)
ヒナタとネジが共闘している姿も感動ものだったし、イノシカチョウはやっぱり最高である。テンテンもすごい技を身に着けてるし、リーはもう常にリーだから!あの暑さイヤ熱さ、ひたむきさ、最高だから!
ああ、本当に私みんなを愛してるなあと思いながらずっとスクリーンを見つめていた。
カカシ先生は好きすぎて言葉にできない。

こういう場合、悪役がなんやかんやでたいしたことないのもセオリーな気がする。動機付けも「それだけのことで?」と思ってしまうし、最後の改悛シーンはこれはないでしょとやや思わないでもない。でもまあこれも子供の目線を意識した作品であるのだから、子の心の成長、糧として考えればこのまとめは妥当なんだよね、とは納得。
ラストの笑えるシーンはいわゆるBL好みな方へのサービスなんだろうなあ。
私はそういう視点がゼロなのでやっぱりちょっと気持ち悪い気がした。アニメ銀魂で銀さんが同人誌と思しき土方と銀さん(しかも二人ともなよなよした感じのメロウな絵柄)が絡んでるっぽいものをひらひらさせてみせた、みたいなギャグなら笑えるんだったのにな。カカシ先生愛読のイチャイチャシリーズがBL版になっている日が来たら、そのときは私もそういうヒトと受け止めますが。
「おまえ本当によく似てるな」って言うだけのことがそんなに愛の告白?
まあいいけど・・・と首を傾げつつ、劇場を後にしたのだった。

大人買いした原作本、まだ手をつけていない。
いつから読み始めようかと、箱の封印だけあけて(いや、ガムテープをはがしただけなんスけどね)眺めて撫で回しつつ、うひひ、うひひひと喜んでいる一人のときの私は相当不気味。
っていうかまだオットにこの件、告白していません。いつしよう・・・。」

大蛇丸と気が合った

アニメ「NARUTO」の135話までを今日、観た。
君麻呂という悲劇的なキャラクターの回想シーンのなかで、その辛い人生の意味を自問する君麻呂に大蛇丸が「生きる意味なんてないんじゃない?ただ生き続けていれば面白いものがみつかるかもしれない」と言うシーンがあって、驚いた。
全くの同意見だからだ。
うーん…宗旨替えしたほうがいいのかな。
私に大蛇丸のような力と立場があったらどうしただろう。こうなっただろうか。
いや、基本めんどうくさがりすぎて、ここまで手の込んだことはけして出来ないなと思う。
なんにせよそのあとは、泣けて仕方ない133,134話だった。


そして。ついにやっちまったよ大人買い。
ぱらぱらと頁をめくってみただけでテンションがわーっと上がって来る。
イラスト集でも思ったけれど,線の感じが好き。
問題はいつこの世界にダイブできるか、ということ。毎日少しずつ読む、というのが正しい社会人の在り方なのだろうが、そんな常識しらないよと叫びたいのが私の性格。
全てを投げ打ち引きこもり,好きに自分の世界に沈み込む。好きなものはより深く、より濃密に楽しみたいのが欲望というもの。
でもなあ…この世に子供より大事なものなんてないし。
子供がいない日中に、何日かに分けて読む、というのが今の私のとるべき道に違いない。残念だけど。
何にせよ,大人になってよかった。
こういう買い物ができたときつくづく思ってしまうのである。

あの人に共感

オットが残していったリストを眺めて「ひょえ〜〜〜、めんどくさっっ」と思わず声をあげる。
子供達に課し、こなすよう監督すべきさまざまな学習プログラム。
やらせられる娘も災難だが、監督役を命じられた私も災難である。
心底面倒くさがりやなのに。低血圧でいつもぐったりしてるのに。ハイテンションで根っから活動的なオットとは出来が違うのである。私に似てアンニュイでほけらぽけらとしている娘に、オットメニューをこなさせるだけで休みの間のエネルギーをすべて使い果たしそうだ。
かくて私は半泣きで、ばかばかあんたがしっかりしてないからこんな面倒なことになってるんでしょ!?ママは基本何もしたくないんだから、あんたがしっかりしなさいよ、あんたのおかげで好きなアニメも観られないじゃない!
と、大人気なくぐずってヒスることで娘にプレッシャーを与える。
それでなんとか今日のメニューは消化し、めでたくアニメ「NARUTO」のDVD鑑賞をすることができたのだった。
そんな私が大変親しめるのはもちろんシカマル。
「めんどくせえなあ〜」という気持ちを理解できるものにおいて、私の右に出るものはそうはいない!と力強く自負させていただく。
人生、というか日常生活すべての選択時に何事においても、基準がこれすべて、「面倒くさいか」「面倒くさくないか」であるこの私。
労を惜しまずちょこまかちょこまか、テンション高く動き回れて、熱く騒げる人は見ているだけで疲れる反面、いてくれないと困る人たちでもあるのである。ナルトやサスケたちが起こす大波小波を交わしつつ、その時々でなすべきことを、めんどくせえと呟きながらけだるくこなす。
そんなシカマルに勝手に愛である。

アニメのNARUTO 19話で泣く


私のお気に入りのジュース。切らしてるとアンラッキー、あるとラッキー、単純にそういう気分になるほどのもの。
なんともいえず香りも良くて、味も甘みと微かな酸味が良いのです。
子供達が素敵なナチュラルハウスで可愛い動物のフードつきセーターみたいなのを着て集まってくるテレビコマーシャルも可愛いよね、ミニッツメイド。

自堕落を愉しむ〜♪
と、大張り切りで楽しく突入した休暇なのだけど、小心者なのでまず
朝は家族で一番早く起き、家族が起きてくる前に洗濯機を回しつつ、掃除機をかけるとすごくホッとして、朝食を作って食べるまでの段取りにしておくと、本当に心が安らかになる。
食後の食器洗いはオットがしてくれることも多いので、そういうときにオットにまかせてのんびり読書などできると、自分的に大変自堕落してる気持ちになれて喜ばしい。
つくづく小市民だと思う。
しかし根っからインドア派母子は人並みはずれて活動的で精力的なオットを己の趣味に巻き込むべく、現在のところアニメの「NARUTO」をdvdで一枚、必ず見るように義務付けているのである。
今のところまだ、ナルトたちが木の葉の里の下人になって初めて里を出て果たす任務の話で、敵の暗殺者がザブザとハクという忍者コンビなのだが・・・今日はその彼らのために家族で涙してしまった。
いやあ、アニメ観てまだまだ泣けるんだ、って本当に自分でもびっくりした。
可哀想、という言葉は平たく単純だけれど。
知らず知らずにいつの間にか、ハクの人柄に引き込まれ、その物語に感情移入してしまっていて、その彼が入れ込むザブザにそれほどの心はない!とか憤っていたのにそうじゃなかった・・・オットはこの人たち(ハクとザブザのこと)一々説明しすぎる、ここまでなんでも心語らわなくていいんじゃないの?と言っていたし、それはそうだと私も思うのだが、まあアニメだし原作も漫画だしいいんじゃないかな。
それにしても哀れで、胸がしめつけられてしまった。
そしてカカシ先生のカッコよさ・・・身体的にも精神的にも良い男・・・ぶりにも惚れ惚れする。
明日は家族でサンシャインシティに出向いて、映画を観たり水族館に行ったりウルトラマンフェスティバルを覗いたりする予定だけれど、当然『ナルト』展も行く!
ふふふふふ、この年になってこんな楽しみができるなんて、と実は子らよりホクホクした気分である。
ネットで調べたらカカシ先生役の井上和彦さんは先月こられてトークショーをなさったようで、思わずオットに嘆いたら、そのころまだ私がカカシ先生を知らなかったことを冷静に指摘された。
そうだった・・・。
そういえば私の親友の携帯電話のメルアドが一時「○○○kakashi△@・・・」みたいな感じでわけが判らなかったのだが、今、いきなり意味がわかった。
友に聞いたら、そう私カカイルだったから、という。
それも意味がわからない。さらにきいたらBLでカカシ先生とイルカ先生のカップリングが好みだったという。
そうだ、そういう嗜好の友だった・・・彼女がその世界に嵌っていたころ、私は幼児期の子らの育児で日々戦争状態、おかあさんと一緒とディズニー、ジブリしかアニメを見ていなかったようなころだ。
子らが成長してやっと友の好みに追いついたけど(BL以外でなら)、友はいったんオタク世界は抜けて、現実世界の泥沼であえて飛び込み悲恋を目下かみ締めているところ・・・なんだかうまくいかないなあ、と私はちょっとため息なのだ。
アバターに嵌った後の音信不通は何かあると思ったら案の定で、あまりの判りやすさを思わず、心の中のカカシ先生にぐちってみる。
先生がもっとしっかり友の心を引きとめておいてくれたらよかったのに。
・・・ついありえない八つ当たりをしてしまった。
まあそれは忘れて、自堕落な夏をやっぱりもっと愉しもう。

『今さら』すぎる

愛用のお針箱に入れるものも、なんでも可愛いといいなあと思っていて、長い間糸切りばさみも気に入るものが見つかるまではと妥協して買わずにいたのだけれど(100円ショップのものは糸切り鋏に関していえば良くない…)、このアンティークなデザインに惹かれ、レビューを読んだらたくさんの方が大きさも手頃で切れ味もそこそこ、使い心地はけして悪くないと書かれていたし,お値段も300円台だし!で購入してみた。

デザインが秀逸。

2種類とも買ってしまうという贅沢。


おまけ。これはテリア型の可愛い糸巻き。黒い子はウッド製、飴色の子は水牛の角、白い子は白蝶貝…という素晴らしき天然素材。
この密かな贅沢が楽しくて,日頃ちまちま倹約してるのかもしれない私。
いや、たぶん、世間的にみてきっと私は何も倹約してない部類に入るんだろうな…。

さて、本当に今更だろうとわかっているのだが。
今日また私は新たな恋を認識した。
アニメ「ナルト」のカカシ先生。
ね、あまりにベタでしょ、普通過ぎて、しかも今さら過ぎなのよね?
しかし、私が見始めたのはつい最近のこと。夏休みに入って子供達の過密スケジュールもゆったり、根っからインドア派な母子なのでオットが人から頂いたかなり贅沢なナルトのDVDボックスに手を付け始めたのである。
それは、これだけ世の人が騒ぎ,海外でも大変な人気だと言うニュースはいくらでも見聞きしたことはあったから、本当にすごいんだろうなあと素直な気持ちで入門。
そして6話目くらいにして虜に。
ついでながら明後日まで我が家に滞在している現在74才の我が母までハマった。
「これ面白いわ〜!いや〜、神戸帰ったら私ひとりで観なあかんやん」
と言っている。昔から娯楽には柔軟な母であった。
母からしてこうなのだから、私がはまらぬ訳は無く(たいして立派ないい訳になってないな)、子供らももちろん目を輝かせて見ているが私は気がつけばカカシ先生にときめく気持ち。
声が井上和彦さんで素晴らしいのだ。飄々としてきりっとしててかっこいい〜♪
アンソニーのときよりも、島村ジョーの時よりも好きかもしれない。
今日燃え上がった気持ちのまま、ネットを検索して原作中のカカシ先生の運命も知る。
切ない〜!

とりあえずアニメを全部観ることと、原作を大人買いすること…できるか?…が本日新しく私の中の課題に付け加えられた。
いいのかね、これで…と思いつつ,楽しみが増えることは単純に生きることを楽しくしてくれるものだとも思うのだった。



家族共通ヒーローの座

プレイボール vol.4 [DVD]
プレイボール vol.4 [DVD]
清水恵蔵,泉保良輔,ちばあきお

世間ではどれくらい浸透しているのかわからないけど、我が家ではすっかり定着したTSUTAYADISCAS。
現在夫婦で楽しむ米ドラマ「HERO’S 供廚伐搬欧燃擇靴爐燭瓩離▲縫瓩鮗擇蠡海韻討り、それがこのプレイボールだ。
いわずとしれたちばあきお先生の名作である。昔、キャプテンで涙した私だったが歳月を経て数年前、谷口さんがまたアニメとして復活していたことは知らなかった。
当時のアニメの声が魅力で、それにすっかりなじんでいるから、そこの部分は違和感があっても仕方ないという覚悟で借りる。
この数ヶ月で家族を巻き込み、昔のアニメ「キャプテン」を通して観た。
いまやすっかりオットや子供達の心の中にも谷口キャプテンの魂は根付いて、揺ぎ無いポジションを獲得している。
長年私が、ジョミーの次に好きと言い続けてきた意味がやっとわかったようだ。私としては家族が「わっかい日は♪皆 なにかをめざせ♪」とくちずさんでいるだけですごく嬉しい。
谷口キャプテンの続編があるというと、家族皆が観たがったので引き続き『プレイボール』鑑賞中なのだ。
OPはザ・ルーズドックスが謡う「君は何かができる」である。これが変わっていないのはうれしい。
声優さんは・・・今日で4巻、7話分を観るのだが、いまだに慣れない。
冒頭は必ずこれまでを振り返るナレーションがはいり、それが当の谷口さんなのだが、どうしてもピンとこない。
しかし話が始まってしまえば谷口さんである。描かれ方がかわるはずもなく、このひたすら真面目で堅実で努力を惜しまない人がこつこつ努力を積み重ねて本当に大きな夢に向かっていこうとする姿勢には頭が下がるし、胸が熱くなるのだ。
ほんと、子どもに見せられてよかった。
何より、私自身も時々谷口さん魂に触れなきゃだめだということを、日常に慣れ、適当になりがちな我が身を省みて反省する。
いつもフレッシュで前向きな真剣なまなざし。何事にも手を抜く発想をしない谷口さんそのものになりきることは、私にも、私と似た家族にも無理ではあろう。が、見習いたいとは思うわけである。見上げる相手として本当にふさわしい。
我が家の永久ヒーローの座、間違いなしの人である。

ささやかな悩み


今年も飾ってます、自慢のハロウィンツリー。
本当は木は黒い葉っぱの方がいいよね。昨年、そういう風に作られているのを見た。
これは普通にクリスマスツリーの横流しでしょう?みたいな木なのだけれど、買った当時はハロウィンにもツリー?っていう発想が斬新で、気に入ってしまったのだ…セットになっている飾りもいいなと思ったし。


アニメ銀魂128話を見て真剣に悩む。総悟はかなりやばい人なのではないかと。
あの短時間であの調教ぶり…はっきり言って怖すぎる。
サドだサドだとは聞いていたけど、ホンモノぶりを見たのはこれが初めてかもしれない。
うららちゃんの人生が今後どうなってしまうのか心配で仕方ないまま終わってしまった。
そして子供への説明にさすがに苦慮した。最近の銀魂は本当に一瞬以上説明に悩まされる。
主題の文通うんぬんより、ただただ総吾の力に驚愕した今回のエピソードだった。
うーん、こわい。

聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC)
聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC)
中村 光
久しぶりに本屋さんに寄ったら平積みされていたので購入。
前に人から借りて、通り一遍読んで面白かったので、買って持っていてもいいなあと。
少し間が空いているので、再読しても十分笑えた。
私にはお金に細かいブッダ感覚も、衝動買い好きなイエス感覚もあるので、どちらにも共感してしまえて。
一番笑えるのは二人でお笑いユニットを組むことになった時のイエスの説得、天界にいたときからいつか君とやりたいと思って色々ネタを考えていたというイエスに「そんな前から私のことをそんな目で!?」というブッダの返し。これだけでしばらく笑えてしまう私。皿に横たわる涙の猫とか、我慢するとそのストレスで開いてしまうイエスの聖痕とか、この二人(仏陀とイエス・キリスト)ならではの笑いのツボが満載なのだ。
私にとって初めての仏陀とキリストのネタとは、今を遡ること20数年前の猫十字社先生の「黒のもんもん組」だったのだが、あちらも久しぶりに読みたくなった。こんなほのぼのした関係の仏陀とイエスではなく、もっとハードでエグかったけど、面白かったという記憶がある。でも当時、友から借りて読んでいたので、実家に依頼してもだめなのである。
今では年賀状でしか音信のないその友に、「あれまだ持ってる?貸して」と頼むのも唐突だなあと、思案にくれた平和な夕暮れである。


「魍魎の匣.」第1回目

録画しておいた新アニメ「魍魎の匣」を楽しみに観る。
甘さと鋭さのある作画、昭和初期を感じさせる丁寧な背景の描き込みとカラートーン。
原作の世界観をとても忠実に再現しようとしている心意気にまず感心する。
少女らの不可思議な世界は現代にはもう通じようがないもののような気がするが、昔は吉屋信子先生のお耽美な少女世界がそのまんま、あるところにはあったに違いないのだ、きっと。
だからいいんだよなあと思う。
冒頭の、匣の中で花に埋もれ、微笑み「ほ」とか細い可愛い声を立てる少女の生首のシーンからもう不思議さ炸裂。
そうなるまでの一連の物語が始まり・・始まり・・・・出てこないじゃん、京極堂。時間足りなかったじゃん、彼がでてくるまで。
でてこないままおわっちゃったよ!?
が、私の感想である。
平田さんのお声を一言でいいから聞きたかった・・・。

夜中枠のアニメはたぶん、家族で観ること、子供が観ることを念頭におかなくていいから、本当に大人の本分として作られるのがいいんだろうなあと、今まであまり観たことが無いので、その分とても楽しみである。
これはやはり録っておいて子供にも見せて、ということはしない類のアニメだ。今しばらくは。
オットと、というのも考えにくい。
オットは抽象的でファンタジー要素が絡んだものは苦手でその世界観、設定を受け入れるまでにかなりの抵抗を組みふさなくてはならない性分なのである。
首が匣の中で生きているというだけでもうだめ。そこから先に進まぬことと思う。
しかもすごい怖がりなのだ。おどろおどろしいトーンと雰囲気だけでドン引きすること請け合い。
よってこれは家族と苦楽を分かち合わず、私一人で気にかけ、楽しみにしていくものになりそうだ。

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